嘘も方便

僕の前を歩く広い背中の持ち主は

時折僕の様子を見るように後ろを振り返る。

僕を気遣ってくれているのがよくわかる。

本当に湯浅さんは優しい人だと思う。


「先ほどの話なのですが...」


「先ほど、ですか...?」


えぇ、と言いながら頷く湯浅さんは

少し難しい顔をしていた。


「先ほどのアオイ殿の名の話です。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「私もあなたの名をお聞きしてもよいでしょうか。」


「僕は...」


僕は佐江川蒼依。

ここの時代から

何百年も後の日本で生きる僕。

本来ならば

この世には存在していないはずの者。


佐江川蒼依と名乗っていいものか.....


今ここにいる僕は

本当に佐江川蒼依なのだろうか。


僕は....誰なんだろう?


「...もしや、名をお忘れで?」


「えっ、いや...それは.....」


忘れていたらどれほど楽だっただろう。

もしかしたら僕はこの時代で

新しい人生を歩んでいたのかもしれない。


新しい時代に、

新しい場所で、

新しい名前を名乗って、

新しい自分として生きていたのだろう。


それはなんて幸せなことだろう。


「僕は...」


のどがカァッとあつくなる。


「大谷、蒼依...です.....」


「...大谷アオイ殿、ですか。

それはそれは...私の主人と同じ姓ですね。」


湯浅さんは少し驚いた様子ながらも

優しく僕に笑いかけた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「もしかすると、

アオイ殿は吉継様の血縁の者かもしれません。」


血縁の者。

この世にいるはずのない僕だが、

事実上、吉継さんの子孫にあたるのだろう。


「何もわからないままでは

アオイ殿にとっても大変でしょうし、

すぐに調べさせましょう。

ならこの手の話は得意ですから。」




「嘘も方便」

…うまく世渡りするためには嘘も必要であるということ。

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