世は情け

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「湯浅五助はな、

吉継の介錯人であり、

主人あるじの最期の遺言に忠実な者じゃった。


吉継は遺言として

敵方に自分の首が渡らぬように

土の中に埋めることを命じたのだ。

五助は遺言通りに

吉継の首を人目につかぬところに埋めた。

しかしなぁ、運の悪いことに

敵方の藤堂高刑に見つかってしまうてのぉ。」


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主人あるじの首には到底及びませぬが、

どうか私の首で勘弁していただけませぬか?


あなたも武士ならばわかるはずです。


主人あるじの最期の言葉を

自らの命にかえてでも成し遂げたいという

この私の思いが。


どうか、どうか私の首をかわりに。


主人あるじの首だけはお見逃しを...』


『...ようわかりました。

この藤堂高刑、

敵ながらあなたの忠義には感服いたしました。


あなたのお望み通り、

大谷吉継殿の首は諦めましょう。

かわりにあなたのその首を頂戴いたします。


...せめて、最期にあなたの名をお聞きしたい。

よろしいだろうか。』


『...私は大谷吉継様が家臣、湯浅五助と申します。


冥土の土産として、

私もあなたの名をお聞きしてもよいか。』


『無論です。

私は藤堂高虎様が家臣、藤堂高刑と申します。

しかし、

私のような者の名が冥土の土産となりましょうか...』


『えぇ、なりますとも。

主人あるじの最期の願いを叶えられるのは

ひとえに高刑殿の寛大なお心のおかげでございます。


あなたは私の恩人ですよ。』


『あぁ...あなたとなら

きっとよい友となれたでしょうに.....』


『何をおっしゃいますか。

我らはもうよき戦友ではありませんか。


同じ志を持ち

同じ戦場に立つ武士なのですから。


我らは仕える主人あるじが違かった、

ただそれだけなのです。』


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「藤堂高刑はその約束通り

吉継の首の在りどころに関しては

決して口をわらなかった。


それどころか、

高刑の主人あるじであった藤堂高虎は

関ヶ原の地に吉継と五助のお墓を建てたそうだ。」




「世は情け」

…世渡りにはお互いに思いやりの気持ちをもって助け合うのが必要であるということ。

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