第7話 ジャスミンの大森林

 薄明はくめいの空の下、太陽が昇りきっていないためか、冷え切った風が頬を打ちつける。

 私とエーレさんはパカパカと疾走する『羽毛馬フェザーホース』にまたがり、『ジャスミンの大森林』を目指していた。

 私たちがいま搭乗している羽毛馬は全身が羽毛に覆われたウマ科のモンスターで冒険者が遠出する際によく用いられるのだそうだ。

 さっきエーレさんが羽毛馬をレンタルした街のお店で言ってた。

 疾走する鳥馬が地面を蹴るたびにお尻をもふっとした感触が包み込む。

 見た目以上に動きは俊敏しゅんびんでツヤツヤの羽はすべりやすい。

 私は振り落とされまいと羽毛馬を操縦するエーレさんの腰にぎゅ〜としがみついた。

 背中は温かくて、いい匂いがする。

 エーレさんはちらりと腰にしがみついた私を見下ろすと、

「・・・・・・クライスト、操縦しづらいわ」

「嫌・・・・・・・・・ですか?」

 私は少し眉尻を下げ、潤わせた瞳で上目遣うわめづかいでエーレさんを見つめる。

「べ、別に嫌ってほどじゃないけど・・・・・・」

 気恥かしそうにエーレさんは顔を赤らめた。

「ありがと!エーレさん!」

 私は一際ひときわ強くエーレさんを抱きしめたら、エーレさんは顔を逸らすようにして、前に向き直った。

「あと三時間ほどで着くから大人しくしているのよ」

「はーい!」

 私たちを乗せた羽毛馬は生い茂った草々を踏み荒らし、顔を覗かせた太陽をバックに目的地まで颯爽さっそうと駆け抜けていった。


 朝日は昇り、よどみのない青空が何処までも伸びる光景をさえぎるように『ジャスミンの大森林 』は姿を現した。

 スピードを落とすことなく、羽毛馬は深緑が広がる大森林にどんどん近づいて行く。

 距離を縮める毎に上空にまで伸びる木々はその威圧感を増していた。

「高いですね〜」

「そうね。ずっと見上げていると首が痛くなってくるわ」

 そう言いつつも私たちは高くそびえる木々を眺めていた。

 木の真下まで来ると羽毛馬はその足を止める。

 私は草原にぴょんと跳び降りるとエーレさんも続くように私の隣に着地する。

「これからどうするんですか?」

「先ずはこの中に入って様子を見ましょうか」

「そう・・・・・・ですね」

 この大森林の中に数多くの冒険者を葬り去った凶悪なモンスターがいると思うと、その返事は歯切れの悪いものとなった。

 前を進むエーレさんの後ろ袖を指先でギュッと掴み、樹木の密集地に足を踏み入れる。

 穏やかな風が木々の隙間を通り抜け私の頬を撫でた。同じように足元に生える草や花たちもゆっくりと風に揺れる。

 この大森林の中は澄んだ空気が身体を満たしていくようで心地が良い。

 私はエーレさんの後ろ袖から手を離し、手を大きく広げて深呼吸をした。

「新鮮なパワー、ビンビンって感じですね」

「ごめんなさい、ちょっと意味がわからないわ」

 エーレさんは私に向かってニコッと微笑んだ。

 やだ、その顔なんか怖いっ!

 私は誤魔化すように別の話題を振った。

「そ、それにしてもこの広い大森林の中からどうやってケルミエールを見つけ出すんですか?」

 エーレさんは顎に手をやると話し始めた。

「早く見つけ出す方法もあるにはあるのだけれど、あまりオススメできないわね」

「そうですか・・・・・・」

「だから歩いて探しましょ」

 そう言ってエーレさんは前に向き直り、足を進める。

 オススメできない手段とは一体何だろう?

 エーレさんがって言うくらいだからあまり褒められた方法ではないのは確かだ。

 不意に歩いていたエーレさんの足がピタリと止まった。

「・・・・・・クライスト、ストップ」

「はい?」

 言われるがまま、私はその場で立ち止まる。

 すると、急に静かになったことで先程まで聞こえていなかった音が聞こえてくる。

『『ゴォオオオオオオウウウゥゥッ!!』』

『『『ブォルルルゥルルッ・・・・・・!!』』』

 双方からモンスターと思しき鳴き声が大きな地響きを立てながらどんどん近づいて来る

 ――挟み撃ち!?

「クライストは右側から来るモンスターを討伐して!」

 エーレさんはそう言うと右側を指で指した。

「ええ!?そんなっ!!」

「私は反対から来るモンスターを迎え撃つわ。挟まれたら厄介ね。互いに距離を離して各個撃破する、良いわね?」

「・・・・・・はい」

 私は俯きがちに、小さく返事をした。

 まだスライムしか倒したことない私に出来るのかな・・・・・・。

 重っ苦しい不安に刈られているとエーレさんは私の頭にポンと手を置き、優しく撫でてくれた。

「あなたなら大丈夫よ、誰が鍛え上げたと思ってるのよ?」

 私はゆっくり顔を上げてエーレさんの顔を覗き込むように言った。

「エーレさんです」

 私と目が合うとエーレさんは微笑んだ。

「あなたを鍛えた私を信じなさい」

「うん!行ってくる」

 私はエーレさんを背中に感じながら、これから近づいて来るで在ろうモンスターに向かって駆け出した。

 ――そうだ!私はエーレさんに鍛えてもらったんだ!

 エーレさんを守れるくらいに強くならなくちゃいけないのにこんな所でビビってなんか、いられない!!

 深緑で囲まれた森林の中を声がする方へ進んで行った。


 私は森林の右奥へと駆けて行くクライストの背中をじっと見つめる。

「私のならきっと大丈夫、・・・・・・あの子は強い子だもの」

『ゴォオオルルルルルアアアァァァッ!!』

 モンスターの咆哮ハウルが私の背後でとどろく。

五月蝿うるさいわね」

 振り返るとそこには硬くゴワゴワした真っ黒な体毛に覆われた大きいクマ科のモンスター『ハンマーベアード』が三頭並んでいた。

 三体とも鋼鉄こうてつうろこを前足にまとっている。その前足は拳を握ると高い攻撃力を兼ねたハンマーと化し、あらゆるモノを破壊するので迷惑なモンスターとして有名だ。

(それでも私の敵では無いわね)

 こいつらを手早く倒してクライストの応援に行かないと。

 私は肩にかかる白い髪を手で払い、漆黒のつるぎを抜いた。

「さぁ、殲滅ぼうけんを始めましょうか」

 煌めく蒼い双眸そうぼうらいだ。


「はぁはぁ・・・・・・」

 荒くなる吐息を吐き出しながら、ひたすら木々の間を走り抜ける。

『『『『ブォルルルルルルッ!!』』』』

 ――わぁ!すぐ近くにいる。

 複数のモンスターの声が聞こえた方向へ転換し、再び疾走。

 すると、前方から二本の牙を生やした大きな獣が群れで正面から突っ込んでくる。

(あれは猪かな?)

 名前分かんないから『巨猪イノちん』とかでいいや。

 それにしても凶暴そうだなあ。

 数は一、二・・・・・・六頭。

 急いで腕を背中に回すとあることに気づいた。


 弓が・・・・・・ない。


 そうだ!

 弓はリュックの中に入れといたんだ!

 幸いなことにイノちんとは、まだ距離が離れてる。

 背負っていたリュックを置き、中からメイダスさんから借りた弓とたくさん矢が入った矢筒を取り出す。

 手に取った弓は紅色にいろどられており、きらびやか光沢が木漏こもれ日を浴びて反射していた。

 弓を手にし、顔を前方へ戻すとイノちんは目の前まで近づいていた。

『 ブルルルルルルッッ!!』

「ぎゃああああぁぁあああああああ!!」

 すぐさま矢をセットし、目の前のイノちん目掛めがけて弓を引く。

 闇雲やみくもに放ったクライストの矢はイノちんの額を貫通した。

 額を撃ち抜かれたイノちんは勢いをその前に私のすぐ横を転がって行った。

(近かったからテキトーに矢を射っても当たったぜ)

 心の中で少しだけドヤってから、大きく息を吐く。

「まず一匹・・・・・・」

 残り五匹となったイノちんは仲間がられた光景を目の当たりにして脚を停めると、私を囲むように陣形を組みだした。

 ――まずいなあ。

 さっき矢が貫通したのはモンスター自身の突進力と弓を威力が相まった結果だろう。

 なので、今脚を止めて様子をうかがっているモンスターたちは一発で仕留しとめられるか分からない。

 どんくらい矢が刺さるか試そうかな・・・・・・。

 矢を弓にセットし、前にいるイノちんに矢を放つ。

 だが、その矢は強靭きょうじんな牙に弾かれた。

「ええー!」

『 『 ブルルッ』』

 それを合図にモンスターが一斉に突っ込んできた。

 私は咄嗟とっさに目の前モンスターの足元に滑り込み、腰から藍色のナイフを引き抜くと猪の胴体を斬り裂いた。

『 ブルゴオッッ!?』

 モンスターは腹から鮮血が噴き出しと、その場に崩れた。

 牙以外の部位は基本柔らかいみたい。

 私は二歩程の後退すると、矢を二本セットし、残りのイノちんに放つ。

 一本は牙で防がれたが、もう一本は脚に命中した。

 脚を傷つけたモンスターは突進しようとして、バランスを崩し、横に倒れた。

 ――狙い通り!

 すると、二匹のイノちんは同時に突進してきた。

 私は矢を一本射つとすぐさまモンスターに突撃した。

「ッ・・・・・・」

 少し前に出ていたモンスターが矢を弾くタイミングで開いて隙ができた体にナイフで一閃。勢いそのままに回し蹴りで切りつけたモンスターを横に倒すと、続いて来ていたイノちんがそれにつまづき、転倒する。

『 ブギュッッ!?』

 転倒したイノちんの首にナイフを突き刺し、捻ると血が飛び散った。

 あと一匹と思い顔を上げた瞬間、横の茂みからガサゴソと音が鳴る。

「え、なに!?」

 また何か出てくるの!?

 後ろに三歩跳び、警戒するとソレは出てきた。

「「プギュギュギュ!!」」

 それは二頭の小さなイノちんだった。

 その二頭は残った最後のイノちんの元まで駆けて行き、かばうように私に向かって威嚇した。

(親子なのかな?)

 殺すのはちょっと可哀想だなぁ。

 すると親のイノちんは庇った二匹の毛をペロペロ舐め始めた。

 こんなの殺せないよ。

「はぁー、分かったからもう私に近づいて来ないでね!」

 そう言って私はナイフを腰のさやに戻し、弓を肩にかけた。

 エーレさんを探しに行こっと。

 私はすぐ側にあった木に登り、周囲を見渡してエーレさんを探す。


 いないなー。


 もっと高い所から見てみようかな。

 そう思って木の枝に手を掛けた、その時。

 突然、足元の太い枝が折れて下に急降下する。

「きゃあああああああああああああああああああああ」

 身体が浮遊感に包まれていく。

(やばい、死ぬ!)

 ぶつかる!と思って眼をギュッと瞑ったがいつまで経っても地面に当たる衝撃が無い。

 恐る恐る眼を開けると、そこには綺麗な白い髪の人が私を抱き上げていた。

「エーレさん!・・・・・・・・・・・・じゃない?」

 私をキャッチしていたのは白い髪が肩口に少し触れるくらいの長さで紫を基調とした彩やかな花が施されてある着物と呼ばれる服を身にまとうエーレさんによく似る人物だった。

 歳は私と同じくらいに見える。

「・・・・・・怪我はない」

「ふぇ?・・・・・・あ、はい」

「そっか」

 そう言うとその女の子は私を下ろす。

「あ、あの・・・・・・ありがとう」

「どういたしまして、それじゃあ」

 そう言うと彼女はそでひるがえして歩き始めた。

「クライストー!」

 すると、後ろから馴染みのある声が聞こえた。

 振り返ると、そこにはこちらに向かってくるエーレさんの姿があった。

 エーレさんは私の前まで来ると、私の体のあちこちをぺたぺた触り始めた。

「あなたの悲鳴が聞こえたけど、大丈夫?怪我は無い?」

 エーレさんは不安そうに眉尻を下げる。

「はい。ちょっと木から落ちちゃったんですけど、通りすがりの人に助けて貰ったので平気です」

「そう。それにしても貴方血だらけね・・・・・・」

 言われて私は自分の身体からだに目を落として確認する。

 確かにエーレさんの言った通り冒険の衣装は赤黒い血で染まっていた。斑点の模様が良いアクセントとなっている。

「気づかなかったです」

 私の口からはいくらかトーンを落ちた声が漏れた。

 するとエーレさんは膝に手をつき、目線を私の高さまで合わすと言った。

「でも、気づかなかったのはそれだけクライストがバトルに集中していたという証でもあるわ。凄いじゃない」

「エーレさん・・・・・・」

 私はあまりの嬉しさに目の端に水が溜まる。

 やっぱりエーレさんはすっごい優しいなあ。

「だから今日は絶対に抱きつかないで頂戴・・・・・・ね?」

 エーレさんは諭すように首を傾け、こちらに朗らかな笑みを向けてきた。

 前言撤回、エーレさんは全然優しくない。

 嫌がらせに抱きついてやろうかと思った時、エーレさんが再び口を開く。

「というか何故なぜここら辺草木が枯れ果てているのかしら?・・・・・・不気味ね」

「え?」

 周囲を見回すと先の戦闘までは辺りに緑が広がっていたはずなのに、今では見る影もなく、別の場所のようにさびれていた。

「なんで・・・・・・」

 私はあまりの事態に状況を飲み込むことができずに呆然ぼうぜんとしていると、エーレさんは私の手を引っ張った。

「とりあえずここから離れましょう」

 そう言って元来た道を戻っていくエーレさんに手を引かれたまま進むと、はクライストの瞳に映ってしまった。

「ひっ・・・・・・・・・」

 それは紫に染まり、血反吐ちへどを吐いて死骸しがいとなったイノちんの家族。

 さっきまで頑張って生きていた二頭の子どもは嘘のように静かに、動かなくなっている。

 ――どうして!?さっきまではあんなに・・・・・・

(・・・・・・あんなに元気にしていたのに)

「まさか・・・・・・」

 私はバッと後ろを振り返る。

 だが、私を助けてくれたあの紫の着物を着た女の子の姿はもうなく、代わりに蒼い桜の花びらがひらひらと舞っていた。




 真上から差す木漏れ日を浴び、ケルミエールの探索を再開した。大森林の中を奥へと進む。だが、ケルミエールが見つかる気配は一向に感じられない。

「いないですねー、森の王様」

 私は視線をあちこちに向けるがそれらしい影の一つも見当たらなかった。

「最初からそう簡単に見つかるなんて思ってないわよ。・・・・・・最悪野宿かしら?」

 隣を歩くエーレさんは、淡々たんたんとそう告げる。

「エーレさんと大自然の中で星を観ながらキャンプですか、それも楽しそうですね」

 ロマンチックだなあ〜とか思っていると、

「そうね、大自然に囲まれて星を観ている間に夜行性の凶悪なモンスター達にも囲まれて休むいとまも無いなんて、さぞ楽しいでしょうね」

 エーレさんは顔を引きらせ、皮肉げに笑う。

「あははー・・・・・・・・・」

 そんなエーレさんに私は乾いた笑いしか返せなかった・・・・・・。

「そういえばクライストは・・・・・・い、いのっ、いのちん?との戦闘で弓を使ったのでしょう?」

 エーレさんは興味ありげという感じに私の顔を覗き込んだ。

 ちょっと?イノちんって困った様に言わないで下さいね?恥ずかしくなっちゃいます。

「そうですね・・・・・・初めて使った割にはよく出来たと思います」

「まぁ左眼を使えば出来ないなんてことは無いでしょうからね・・・・・・」

 エーレさんはうんうんと頷きながら勝手に理解していた。

「えーと、ですね。私、左眼使ってませんけど?」

 不意にエーレさんが足を止め、眼をパチクリ瞬かせていたが、私は続けて話した。

「いやぁーあの時は慌てていてですね、つい眼帯外すの忘れちゃって」

「ということは力を使わずに、あのイノちんの頭や脚をピンポイントで狙って射ったと・・・・・・?」

「ですです!」

「驚いたわ、貴方にそんな芸当ができたなんて・・・・・・」

「私もビックリです」

 とエーレさんに相槌を打った――その瞬間。

 何かが焦げるような臭いが鼻に触れる。

「エーレさん!?」

「ええ、気づいているわ。匂いがする方へ向かいましょう」

「はい!エーレさん」

 匂いがする方角へエーレさんと一緒に森林の中を高速で駆け抜ける。

 森林を進むたび、周囲に黒い煙がただよい始めた。

 黒煙はどんどんその濃度を上げている。

「エーレさん!これって・・・・・・」

「火事ね。それも大規模な・・・・・・」

 足を止めることなく、黒く染った煙の中を突破すると視界が開いた。

 そこで私は目を丸くさせる。

 その瞳に映った光景は凄惨せいさんなものだった。

 木々が焼け落ち、地に咲く花や実った果実も真っ黒に焦げ、灰と化している。

 それでも炎はその勢力を更に上げて燃え広がっていた。

「・・・・・・酷い」

「クライスト隠れて」

「え?」

 エーレさんに袖を思いっきり引かれ、大木の裏に隠れる。

「一体何が・・・・・・?」

「静かに」

 大木を背にしたエーレさんはそう言うと、警戒しながら何かを覗き込んでいる。

 その視線の先が気になり、私もひょこっと顔を出す。

 見た先には燃え盛る炎によって逆光ぎゃっこうに映る四人の人影。

「こんなに燃やして大丈夫なのかよ?」

「平気平気!というかこれくらい派手にしないと森の王も気づかないだろ?」

「ほんとそれだわー」

「これで俺達も晴れて上位ランカーの仲間入りだぜ!」

「だな!」

「おうよ!」

「「「「ガハハハハハハ!」」」」

 その影の正体は冒険者らしく、彼らもケルミエールを狙っているみたいだ。

「大変です!エーレさん!あの人たちもケルミエールを狙ってるみたいです!」

 私は手を大きくわちゃわちゃさせて、首をブンブンとめぐらせている。

「そんなに慌てなくても大丈夫よ。・・・・・・というか少し落ち着きなさい」

 べしっとエーレが私の頭部にチョップを入れると、強い衝撃が走った。

「うぅぅ・・・・・・痛いですー」

 私は涙目になりながら、チョップされた所をさすさすと撫でた。

「あ!ご、ごめんなさい!そこまで強くする気はなかったの。許して、クライスト」

 今度はエーレさんがあわあわと両手を振る。その声はだんだんと小さくなっていた。

「・・・・・・うん。ゆるす」

 私はそう言ってエーレさんの両手を握りしめる。

 すると、しゅんとしていたエーレさんは嬉しそうに笑った。

「・・・・・・ありがとう」

 私は照れくさくなってつい顔を逸らしてしまった。

 あれれ?エーレさんってこんな素直でしたっけ?思わずドキッとしちゃったよー。

 などと思っていると大きな炸裂さくれつ音がした。

 気になって再び四人の冒険者をのぞいてみると、既にこの辺りは酷い有様ありさまとなっているのに、更に被害を拡散させようと手榴弾しゅりゅうだんや大きなたる爆弾を爆発させていた。

 ――その時ふとある疑問が過ぎる。

「彼らはどうしてこんなにも森林を破壊しているんですか?」

 それにエーレさんは即答した。

「森の王を見つけるにはこれが一番手っ取り早い方法だからよ」

 私はちょっぴり首をかしげた。

「この大森林の環境破壊・・・・・・それがケルミエールを探し出す最も簡単な手段・・・・・・」

「で、でも!だからってこんなことしていいはずがないじゃないですか!」

「・・・・・・そうね」

 こんなことエーレさんに言っても仕方がないのに、言わずにはいられなかった。

 エーレさんはこの方法を知った上で選ばなかったのに。

 このやるせない想いをエーレさんにぶつけることしかできない私は、なんてちっぽけな存在なのだろう。

 私は眼帯で閉ざされた左眼ひだりめを触った。

 そもそも、自身には左眼に宿る力・・・・・・他の人とは違う力を持ってしまった憐れな主人公だと思い込み、自分の小ささに気づけなかった自分がひどく気持ち悪い。

 そんな私ですら、エーレさんは受け入れてくれる。そのことを分かっていながら縋ってしまう自分が嫌。

 こんなんじゃいつまで経っても隣に並ぶことなんてできないし、その背中すらも見失ってしまうかもしれない。

 なら、どうやったら見失わずにいられる?

 その答えは簡単だ。

 ――この火事を止めること。

 今までの自分だったら何もできなかった。

 でも、ここで動き出せたら少なくても半歩は前に進める筈なんだ。

 また、エーレさんに頼ってしまうかもしれない。それでも、何もしないよりは全然良い。

 私は向き直り、エーレさんの顔を見つめる。

「エーレさん。私、あの人達を説得して、この火を止めたいです」

 エーレさんは私と目が合うと、悲しげに微笑み、さとすように言った。

「もう遅いわ」

「え?」

 一瞬、何を言われているのか分らずに頭が真っ白になる。だが、その意味はすぐにやって来た。

「イラルガ!ケルミエールが来たぞおぉぉー!!」

 体の大きな冒険者が指を指しながら叫んだ。

 彼の指す方向には豪炎ごうえんの中から大きな音を立て、歩いて来る巨大な黒いシルエット。その高さ7メルトくらいはありそうだ。

「分かっている。ケビンは魔法の詠唱を始めろ!その間は俺たち三人が時間を稼ぐ!!」

「オーケー、任せなイラルガ」

「メルナート!!コルブ!!行くぞ!!」

「「おおっ!!!!」」

 三人は一斉にその黒いシルエットに突っ込んだ。

 その様子を眺めていた私にエーレさんは後ろから言った。

「この手段を選ばなかった理由はもう一つあるの・・・・・・」

 私は一度振り返ったが、あごでエーレさんに前を見るように促され、再び前を向く。

 それと同時にエーレさんは言葉を続けた。

「選ばなかった理由・・・・・・それは・・・・・・」

 四人の冒険者達と対峙たいじしていた黒い影が音もなく消えたその瞬間。

「・・・・・・森の王の逆鱗げきりんに触れるからよ」

 ドパァンッ!と三つの頭が一斉に吹き飛んだ。

 突進して行った三人のうち二人と後衛で詠唱を唱えていた魔法使いの肩からうえ跡形あとかたもなく消え、灰だらけの地面に頭部を無くした身体が崩れる。

「ひっ!?あ、あああ・・・・・・頭が・・・・・・」

私は驚きのあまり両手で口元を覆った。

「ああああ・・・・・・メルナート、・・・・・・コルブ・・・・・・ケビン・・・・・・」

 唯一死を免れた冒険者は自らの愚かさに絶望し、膝を突いた・・・・・・。







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