第6話 冒険前夜

 早めに特訓を切り上げ、街に戻ったクライストとエーレはイースタン通りの小路を歩いていた。武器製作の依頼をするため、ウェスタン通りに向かう為だ。

 ここでもクライストは人前で左眼を晒さないように眼帯を装着している。

 途中、通り掛かった公園では多種族の子ども達が仲良くクッキーを分け合っていた。

 この時間は丁度おやつの時間なのだろう。

 そんな平和な日常を目の当たりにし、自然と頬が緩くなる。

 すると、横から声をかけられた。

「そんな子ども達ばかり見つめてどうしたのかしら?・・・・・・ああ、あなたもおやつが欲しいのね」

 エーレさんは少し考えると一人、納得した素振りを見せ、ポケットから飴玉を取り出し、私に手渡してくる。

「ち、違います!ただ微笑ましいなと思って見てただけです!」

 私はそう言うと飴玉の乗った手をぐいっと押し返す。エーレさんは「そう」とだけ言って、少し残念そうな顔で飴玉をそっとポケットに戻した。


 ギルドのあるセントラルエリアを抜け、ウェスタン通りに入る。それから暫く進み、通りの左沿いにある裏路地へ入って行く。

 私はエーレさんの後ろにピッタリとくっつき、暗くて狭い路地を進んで行った。

 右、左、右そしてまた右に・・・・・・。

 すると、エーレさんは足を止めた。

「あうっ!?」

 辺りをキョロキョロと見渡していた私は足を止めたことに気づかずエーレさん背中におでこをぶつける。

 ぶつけたおでこをいい子いい子とさすっていると、エーレさんは「着いたわ」と言ってこちらに向き直った。

 そこに在るのは石造りの古びた工房で、取り付けられたランプの火でぼろぼろになった木製のドアが照らされているのが特徴的だ。

 特に看板らしき物は無かったが、鉄と鉄をぶつけ合う甲高い音がドアの向こう側から聴こえてくるので、目的地で間違いなさそうだ。

 エーレさんは二度ノックし、返事を待たずしてドアノブに手を掛けて、扉をくぐる。私もそれに続いた。

 鉄の匂いが鼻をくすぐる。

 周囲を見渡すと、内壁には剣やナイフ、大槌、弓、杖などが所狭ところせましと陳列していた。

「わぁー、色んな武器がある!!」

 普段見ることない、色々な武器や防具を見た私は驚きと期待に満ちた声を上げた。

 武器屋にすら行ったことがない私が鍛冶師スミスの工房に訪れることができて、いつも以上にテンションが上がってしまう。

 工房の中をあっちこっち見て回っていると、外で聴こえた甲高い音がさっきよりも大きな音で耳に響いて来た。

 音の方に振り向くと、奥に大きな炉の前で炎の逆光に映る二つの人影があった。

 一人はよく知ったシルエットを壁に写すエーレさんで、もう一人はここの鍛冶師だろうか?髭が長いご老人が椅子に腰をかけ、加熱され赤く染まった鉄につちを振りかざしている。

 私は数段しかない階段を下り、エーレさんのもとに歩み寄った。

「この人が私の武器を作ってくれる鍛冶師の方ですか?」

 そう言って私は鍛冶師の横から仕事を覗き込む。

 すると、袖をぐいっと引っ張られた。

「そこにいてはお仕事の邪魔になるわ」

「そうですよね。・・・・・・ごめんなさい」

 私は大人しくエーレさんの隣で作業が終了するのを待つことにした。


 それから約一時間が経過し、一段落着いた髭の長いご老人が手を止める。

 立ち上がり、後ろを振り向いたご老人は並び立つ私たちを目で捉えると瞳をパチパチと瞬かせて驚きの声を上げた。

「だ、誰だ、お主ら。わしになんか用か!?」

「こんにちは。以前ここで剣を依頼したエーレ・アーベンロートと申しますがお忘れでしょうか?」

「エーレ・・・・・・ああ、《アイオロス》を作ってやった少女か」

「はい。その節は大変感謝しております」

 エーレさんはご老人に深く腰を折り、頭を下げる。

「そんなお主が何の用じゃ?あれ以上の剣など作れんぞ?」

「今度は剣ではなく、弓の方をご依頼したいのですが・・・・・・」

「お主、弓も使えたのか?」

「いえ、弓を使うのは私ではなく、と、友達のクライストです・・・・・・」

 エーレさんは少し気恥しそうに言うと、手を私の肩に乗せるとご老人の前に押した。

「クライスト、こちらは鍛冶師のゲル・メイダスさんよ」

 このゲル・メイダスという鍛冶師は瞳のつり上がった恐い顔をしているが、性格は温厚なようだ。黒く汚れた作業着を身にい軍手をはめている。一つ特徴を上げるとすれば髭がとっても長いこと。座ってたときには分からなかったけど、体躯たいくはとっても大きい。

「初めましてメイダスさん。私、レイラ・クライストって言います」

「儂がゲル・メイダスじゃ!それでお嬢ちゃん、どんな弓をご所望だ?」

「どんな敵が現れても、エーレさんを守れる弓が欲しいですっ!!」

 私にとってもっとも大事なの人はエーレさん。なら、そのエーレさんを守れる力さえあれば十分だ。

「・・・・・・クライスト」

 それを後ろから聞いていたエーレさんは成長した我が子を見守るような、おだやかな微笑ほほえみを浮かべていた。

 メイダスの口角こうかくがニイッと吊り上がる。

「そんな台詞を聞いたのは久しぶりじゃのう。・・・・・・良かろう、お嬢ちゃんには『とっておき』を打ってやる!」

「ほんとですかぁ!」

 クライストはぱあっと笑顔を咲かせると、「やったー!」と言ってすぐ後ろに居たエーレに抱き着いた。

 その様子を見ていたメイダスが「じゃが・・・」と再び口を開く。

「『とっておき』を打つには素材が足りん。だから、お主らに足りない素材集めるクエストをお願いしたいんじゃが・・・・・・」

 メイダスさんは自慢の髭を弄りながら「どうじゃ?」と尋ねてくる。

 まぁ私の武器を作るためのクエストなんだし、そのくらいはやってあげなきゃいけないと思う。

「わかりました!やります!・・・・・・良いですよね、エーレさん?」

 抱き着いたままエーレさんを見上げる。

 すると、エーレさんは頭を優しく撫でてくれた。

「ええ、勿論よ。・・・・・・一緒に頑張りましょうね」

 そう言ったエーレさんは小さく微笑む。

「はい!」

 私はエーレさんに笑顔で答え、メイダスさんに向き直った。

「それで私たちは何を集めてくればいいんでしょうか?」

 メイダスさんは少し表情を曇らせ、ゆっくりと喋り始める。

「・・・・・・必要なのは『ケルミエールの角』じゃ」

 それにいち早く反応したのはエーレさんだった。。

「『ケルミエール』ですか、・・・・・・貴方ほどの鍛冶師が『とっておき』と言うからにはそれなりの素材が必要であるとは覚悟していましたが・・・・・・」

「その、けるみえーるって何ですか?」

「この街から遠く離れた西方にある『ジャスミンの大森林』に棲息せいそくするシカ科のモンスター、『森の王』とも呼ばれているわ」

「『森の王』・・・・・・」

 王と呼ばれるからにはきっと凄く強いモンスターなのだろう。

「そいつを討伐に行った冒険者はほぼ潰滅かいめつ。生きて帰ってきた奴らも皆、重傷じゃ」

 メイダスさんは静かな声音で補足した。

「そんなのどうやって倒すんですか!?」

 私はメイダスさんに肩をゆっさゆっさと揺らすが沈黙しか返ってこない。

「大丈夫よクライスト、私がついてるわ」

「エーレさん・・・・・・」

 やっぱりエーレさん超カッコイイ、抱いて!

 私は潤ませた瞳をぬぐい、「よし!」と気合を入れ直した。

「出発は明日の早朝。夜までにポーション等の必要アイテムを揃えに行くわよ」

「はい!」

 私とエーレさんはすぐさま工房を立ち去ろうとすると、後ろから声を掛けられた。

「ちょっと待てお嬢ちゃん。・・・・・・これを貸してやる」

 そう言って手渡されたのは壁に掛けてあった弓と大量の矢が入った矢筒、それにナイフ。

「ありがとうございます、メイダスさん!」

「絶対に返しにくるんだぞ?」

 メイダスさんは真剣な表情でそう言うと、作業に戻ってしまった。

 私は少し遅れて、「はい!」と返事を返す。

 ――私たちは絶対に生きて帰ってくる!!

 その決意をさらに固め、工房を後にした。




『エルフの森』でアイテムの補充をし、エーレさんとアリシアさんの他愛のない口喧嘩を見守ったあと、夕食を済ませて家に帰ってきた私達は明日の準備に取り掛かろうとしていた。

 家の中なので眼帯をパッと外すと、それをポケットの中にしまう。

 それまで閉じていた視界に突然光が射し込んだため、瞳をパチクリさせて視界を慣らしていく。

 それから床に陳列させていたアイテムを次々とバッグにしまっていく。

 やがて全てのアイテムをカバンに入れた私はエーレさんに次の指示を仰ごうとすると、彼女はベッドに腰を落とし、漆黒の剣を丁寧に磨いていた。

 私はエーレさんの傍に寄って、磨かれている漆黒の剣を観察する。

「この黒い剣がメイダスさんの打った《アイオロス》ですか?」

 エーレさんは真っ黒な剣に視線を落としたまま、「ええ、そうよ」と答えた。

「その剣はどんな剣なんですか?」

 エーレさんは暫し沈黙すると、落ち着いた話し始める。

「・・・・・・この剣は超上位モンスター『タイラントホーク』の素材を使った迅風の剣」

「その剣は他の武器と何が違うんですか?」

 超上位モンスターの素材を使う程の武器、何か他とは違う秘密があるはず・・・・・・。

「この剣は敵に連撃が決まれば決まるほど攻撃力と俊敏性が上昇し続ける能力を持っているわ」

「攻撃と速さが上昇し続ける・・・・・・」

 そういえばガンロックとの戦闘でエーレさんの動きがどんどん加速したように見えたのはこの剣の能力だとすると説明がつかなくもない気がする。

「だけど、この剣にも欠点があるの」

「欠点ですか?」

「・・・・・・持ってみて」

 エーレさんは「気をつけてね」と言って私の前に剣を差し出す。

 私はそれを躊躇することなく、両手で受け取った、次の瞬間。

 剣はぐんと吸い寄せられるように降下していき、大きな音を立て、私の手ごとフローリングの床を突き破った。

「いっだぁーい!」

 自らの手を救出するために剣を必死で持ち上げようとするが、全然持ち上がる気配がない。

「エーレさん!助けて!手があァァァ!」

「もう・・・・・・だから気をつけてね、って言ったじゃない」

 エーレさんは嘆息を吐きながら、床に埋まった剣を持ち上げる。

 私はすぐさま下敷きとなった手を毛布の中に突っ込み、手の痛みが治まるのを待つ。

 すると、エーレさんは私を奇異なものでも見るかのような目線を浴びせてきた。

「・・・・・・毛布に治癒の効果は無いわよ」

 そんなこと言われなくとも分かっている。エーレさんは私を何だと思っているのだろうか。

「これは小さい頃からの癖なんです。ほら、熱いものを触ったときによく耳たぶで冷やすじゃないですか。・・・・・・あんな感じです」

「・・・・・・あなた、それ例え間違っているわ」

 エーレさんはこめかみに手を当て、やれやれと横に首を振った。

「まぁそれはともかく、これでわかったでしょう?この剣は途轍もなく重たいから扱える人が限られてくるのよ」

 こんな剣を軽々と振り回すなんて、華奢きゃしゃな容姿に反してどんだけパワーあるの!?

 私の思いなど露知らずという感じでエーレさんは話の続きを喋り出す。

「それにこれだけ重たいと動きが鈍るから初手を当てるのが難しい」

「その割にはガンロックと戦ってた時は普通に初手の攻撃当ててましたよね」

 あの時エーレさんは特に怯む様子もなく、ガンロックを剣でフルボッコにしていたことは今でも鮮明に覚えている。

 エーレさんはきょとんとした顔を私に向けた。

「あんなもの止まってるも同然でしょ。攻撃が当たらなくてどうするのよ?」

 さも当然のように語るエーレさんに私は口をぽかんと開けっ放しになった。

 エーレさんを守れるくらいに強くなるという私の目標はこの発言でさらに遠のいて行った。

「それに欠点はもう一つある」

「それは・・・・・・?」

 エーレさん一度間を置いてから口を開いた。

「キャパシティーオーバー」

「きゃぱしてぃーおーばー・・・・・・?」

「ええ、攻撃力と俊敏性が上昇し続けて、自身の許容範囲を超えるとその力に身体が耐えられなくなり、全身を激痛が襲う」

「それ大丈夫なんですか?」

 その力の危険性を理解したためか、身体の血の気がサーッと引いていくのを感じる。

 エーレさんはそんな私の頭を優しく撫でた。

「そんな深刻そうな顔しなくても大丈夫よ。私の許容範囲を超えることなんてそうそうないから」

 そう言ったエーレさんの表情はとても柔らかなものだった。

 私は撫でられるがままに手の感触を楽しんでいると、エーレさんの傍に置いてある剣が視界に写った。

 そういえば私と出会った時も一緒に冒険に出た時もエーレさんは腰に二本の剣を差していた。

 《アイオロス》ともう一つの柄や鞘が蒼い光沢を放つこの剣。

「エーレさんこの剣は?」

 手を剣に伸ばすと、私が触れるよりも先にエーレさんの手がその剣を掴む。

「これに触らないでっ!!」

 ――え???

 突然エーレさんは声を荒らげて、私の手が剣に触れることを拒んだ。

 その顔は何かを恐れるような恐怖に染まっていた。

 それもつかの間、すぐにエーレさんははっと我に返り、慌てたように手を左右にふりふりする。

「これは別に大したものじゃないから、ね?気にしないで」

 本当に大したものでなければ、あんな哀しそうな顔なんてするはずがないのだ。

 でも、今は言いたくないのだろう。

「それより明日は朝早いのよ。もうお風呂沸いてるだろうから先に入ってらっしゃい。・・・・・・・・・それとも一緒に入る?」

 エーレさんは頬を真っ赤に染めて上目遣いで私の顔を覗き込む。

 ――エーレさんとお風呂だとうっ!?

 この神イベントを逃すわけにはいかない!

 さっきの剣のことは気になるがエーレさんとのお風呂の方が大事なので一旦放置しておく。

 私はエーレさんの腕に抱き着きながら、一緒にお風呂場へ向かった。

 脱衣所の前まで来ると、私はステンレス製のドアノブを握ってバーを下ろす。

 そのまま押し入ると、洗面台や多くのタオルが収容された棚などがあった。

 二人で着替えるには少し狭いかもしれないが、その分エーレさんと密着できることを思えば大した問題にはならない。それどころか加点まである。

 すぐ隣には浴室に通じる扉があるが、不透明なため中の様子を見ることはできなかった。

「早く脱ぎましょ?」

 そう言うとエーレさんはおもむろに服の裾を掴み脱ぎだそうとする。

 私は急いでそれを制止させた。

「ちょ、ちょっと待って下さいっ!」

 エーレさんはちらっとおへそを覗かせながら、「何よ?」と言って訝しげに冷たい視線を送ってくる。

「私がエーレさんの服を脱が・・・・・・」

「却下」

「まだ全部言ってないのに・・・・・・」

 せっかくの提案を即答で拒まれ、軽く項垂れる。

「別に服くらい自分で脱げ・・・・・・・・・って、キャッ!?ちょっとクライスト、やめて!くすぐったい・・・・・・あはっ、あはははははは」

 エーレが再び服を脱ぎ始めたタイミングを見計らい、クライストは後ろから襲い掛かった。

 右手はエーレさんの着用している白い軽装をひっつかんで、左手は彼女のお腹に回し、くすぐり回す。

 エーレさんのマントと上着を剥ぎ取り、靴下を引っ張った。

 徐々に滑らかな肌が露わになっていく。

 何だかエーレさんを襲っているようで、いや、はたから見たら襲っているこの状況に興奮し、吐く息が荒くなる。

 エーレさんの上半身はピンクのブラが肩口から外れ、下半身は靴下を片っぽだけ脱がされた状態である。

 エーレさんは脱衣所の床にへたり込んだまま肩をわなわなと震わせ、荒い息を吐いていた。

 その頬は赤く染っていた。

 すると、エーレさんの眼光がギラっと光る。

「よくも私を滅茶苦茶にしてくれたわね・・・・・・やられる覚悟はできているのかしら?」

 その瞳は青く澄んではいるが、その奥には炎が宿っているように見えた。

 私の身体からはブワッと冷や汗が流れる。

 私はエーレさんに向かって精一杯の作り笑いを向けた。

「優しくお願いします!」

「するかぁァァァァッ!!」

「いやあああああああああぁぁぁ」

 私はエーレさんに乱暴されてしまった。

 これはもうエーレさんのお嫁になるしかないまである。


 湯けむりが立ち上り、浴槽に張る水の上を白く埋めつくしていく。

「ふー気持ちいいですねエーレさん・・・・・・」

 私はエーレさんの股座にすっぽり収まるように座っていた。

「ええ・・・・・・でも少し狭いわ」

「おぅふ・・・・・・」

 エーレさん軽く身を捩ったことで背中にある柔らかな二つの感触はより確かなものとなり、変な声が漏れてしまった。

 身体が動くことで水面に小さな波が起こる。

 私はなんとなく、その波の行方を追った。

 波が浴槽の端にぶつかり、再びこちらへ戻ってくる。

「・・・・・・明日から冒険ですね」

 私はそれとなく呟いた。

 すると、後ろから腕が伸びてきて私を包むように抱きしめる。

「大丈夫よ。私がついているもの」

 首を回し、顔だけ後ろに振り向くと朗らかな微笑みを浮かべたエーレさんと目が合った。

 ――そうだ!私にはエーレさんがいてくれる。

 今はただ守られる立場だけど、きっといつか。

 私がエーレさんを守るんだ。

 よしっと私が手をグーに固めると、エーレさんはおもむろに立ち上がる。

 浴槽から出た彼女はタイルの上で軽く膝をつき、口元に手を置いて「ん、んッ!」とわざとらしく咳払いをした。

「よ、良かった背中流してあげるけど?」

 エーレさんは片目だけ開くとこちらを一瞥する。

 そんなエーレさんの右手には既に泡立ったボディスポンジが握られており、それをわきわきさせていた。

 私は浴槽の縁に顎を乗せ、口の端を吊り上げると軽く煽るように言葉を返す。

「今日は随分、積極的なんですね・・・・・・」

 ニヤニヤとエーレさんを凝視していると、彼女は顔を逸らし、「そんなことないわ。・・・・・・普通よ」と少し赤くなった顔で言った。

 ――照れ屋さんめ、可愛いなあ。

 そう心の中だけで呟くと、私も浴槽から上がり、エーレさんの前にあるバスチェアにちょこんと座る。

 エーレさんは柔らかな左手を私の肩に添えて、ゴシゴシと背中を洗い始めた。

「ん・・・・・・く、ふぅ」

 自分の身体を他の人に洗って貰う経験などほとんどなかったので、少し違和感を感じる。

 エーレさんの手がつつっと私の背中を滑るたびにくすぐったくて、変な声が漏れそうになるのを口を手で塞ぎ、必死に我慢する。

 すると、エーレさんは私の耳元で囁いた。

「何をそんなに堪えているの?」

 その艶やかな声色は私の脳に響き、中をぐちゃぐちゃに蹂躙していく。

 耳にかかる吐息が妙にくすぐったい。

 エーレさんは手をゆっくりと、そして確実に前に進み、私のお腹へと到達した。

 エーレさんはおへそ周りを指先で何度も何度もなぞっていく。

「はぁ、いや、そこは・・・・・・」

 エーレさんは私が身悶えするのを楽しそうに眺めている。

 遂には右手に持っていた泡立てボールを置き、両手を使って私の身体を洗い出した。

 お腹をなぞる手は段々と上がっていき、私の胸部にまで到達する。

 エーレさんは私の慎ましやかな双丘を執拗に撫で回し、優しく揉みしだいた。

 後ろから揉まれているので柔らかなエーレさんの胸が私の背中を圧迫し、ぐにゃりと形を変える。

 だが、それ以上に私の胸はエーレさんの手によって次々と形を変えていく。

「あっ、ひゃっ、やめ、あん・・・・・・」

 自分の口から出たとは思えない程の可愛らしい嬌声に耳の先まで真っ赤になる。

 暫く揉まれ続けているとエーレさんは胸部から手を離し、残りのまだ洗えてない箇所を洗い出した。

「ふぇ・・・・・・もう終わりですか?」

「いつまでも遊んでるわけにはいかないもの」

 そう言うとエーレさん自らの手を一度流し、今度はシャンプーボトルを手に取り、中の液体を掌に垂らす。

 シャンプーを少し泡立てると私の髪を丁寧に洗いだした。

 シャカシャカとリズミカルに頭皮を刺激し、しっかり汚れを落としていく。

「気持ち良いです〜」

「それは良かったわ」

 エーレさんはシャワーを手に取り、温度を確かめると私泡が残らないように私の頭や身体を丁寧に流す。

 全てを流し終えるとエーレさんは口を開いた。

「今度はクライストが私を洗って・・・・・・」

 懇願するようにエーレさんはそう言うと私が先程まで座っていたバスチェアに腰を下ろす。

 その瞳には潤んでいたが儚い期待が込められているような気がした。

 私は泡立つスポンジを手にすると、エーレさんの背中を優しく擦る。

 エーレさんの柔和な肌はとてもしっとり感があっていつまででも撫でていたかった。

 先に腕や足やらを洗っていく。

 脇の下や太ももを洗うときなんかは少しくすぐったそうにしていた。

 そして最後に残った胸。

 私は器用に膝を使い、エーレさんの前まで回り込む。

 その様子を見ていたエーレさんは「へ?」と回り込んだ理由を図りかねているようだった。

 私はスポンジを置くと巨乳とまではいかないが、それなり実った乳に手を伸ばす。

「・・・・・・えい」

「ひゃあ・・・・・・」

 甘い声を漏らしたエーレさんは慌てて手の甲で使い口を塞ぎ、そっぽをむく。

 いまさら口を塞いでも手遅れですよ、エーレさん。

 私の口の端は無意識に吊りあがっていた。

「・・・・・・へぇー『ひゃあ』ね」

「・・・・・・・・・・・・」

 エーレさんは顔を真っ赤にして、俯いてしまった。恥ずかしさのあまりか、身体がプルプルと震えていた。

 もうちょっとエーレさんの可愛い声を聴いてみたいなー。

 私はエーレさんの胸に触れていた手をゆっくりと滑らせると、エーレさんは指を唇にひっかけ、くぐもった声を漏らした。

 軽く揉んでみると滑らか乳房はいとも簡単に沈んでいく。

「んんっ・・・ひゃあ、あんっ」

(すっごい柔らかい)

 少しだけ力を込めて、揉みしだいてみる。

「あっ・・・・・・そんな、激しくしちゃ・・・・・・やっ・・・・・・だめっ!」

 エーレさんは肩をわなわなと震わせ、身を捩った。

 流石にちょっとやり過ぎたと思い、パッと胸から手を離したその瞬間、私は膝を滑らせ前のめりに突っ込んだ。

 散々私に胸を揉まれ続けたエーレさんに私を受け止める力は無く、なすがままに押し倒される。

 滑り抜けたバスチェアは宙を舞い、音を立て、床に転がる。

 私はというと床に仰向けとなったエーレさんの上に覆いかぶさっていた。

 エーレさんと初めてあった日のことを思い出す。

 すぐに退けようと思ったが、エーレさんに付着した泡がそうはさせまい私を滑らす。

 私とエーレさんの胸が互いに擦り付け合うように密着する形になった。

「ひゃっ、あ、あん、あはっ・・・・・・」

「そんな・・・・・・動いちゃ、ひゃん、・・・・・・ら、らめぇ」

 互いに甘美な喘ぎ声を漏らす。

 身体を離そうとすればするほどを余計に絡みつく。

 顔を上げると、すぐ目の前にはエーレさんの顔があった。

 肩を上下させ、エーレさんの呼吸は乱れきっており、その表情は上気し、目はとろんとなっている。

 いつもと違う甘い香りが私の理性を剥ぎ取っていく。

 だが私は本能を押さえつけ、エーレさんに声をかけた。

「・・・・・・あ、あのエーレさん?大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫なわけないでしょう」

 息は絶えたえのままエーレさんは答えた。

「はは、・・・・・・ですよね」

 私は乾いた笑みを貼り付けた。

 どうにかして起き上がり、シャワーを自分に浴びせることができた。

 エーレさんは転がったバスチェアを拾うと元ある場所に戻し再び腰を落とした。

 その後、私はエーレさんの綺麗な白い髪を洗い、全て流し終えると二人で五分ほど湯船浸かってからお風呂を上がった。

 私たちはそれぞれ寝間着に着替え、歯ブラシを済ますとこの家にひとつしかないベッドに一緒に潜った。

 横になり、エーレさんの方を向くと目がばっちり合った。

 すると、エーレさんが口を開く。

「・・・・・・明日はきっと過酷な冒険が待ち構えてるわ」

 そう言ったエーレさんの表情は少し暗い。

「でも、私たちならどんなことが起きても乗り越えられますよ」

 私がそう言うとエーレさんは一瞬、目を丸くし、笑みを浮かべた。

「・・・・・そろそろ寝ましょうか」

「はい」

「おやすみクライスト・・・・・・」

「おやすみなさい」

 二人は求め合うように手を握り、瞼を閉じる。

 意識は真っ黒な渦の中に落ちていった。




 スースーと一定のリズムを静かに保ち、エーレさんは寝息を立てている。

 私は繋いで手を離し、音を立てぬようにベッドから下りた。

 私は明日の荷物がまとめて置いてある部屋の一角の前まで来て、お目当てのものはすぐに見つかる。

 それは先程、エーレさんが取り上げた、彼女の二本目の剣。

 蒼い光沢を放つ鞘から柄を握り、ゆっくりと引き抜く。

 一瞬、異様な冷たい風が私の頬をいだ気がしたが、私は別のことに眼を見開いた。

「・・・・・・何これ、剣身がない?」

 鞘から出てきたのは剣身が根元辺りで途絶えていた剣だった。

 エーレさんはどうしてこんなものを持ち歩いているのだろう。

 戦いの場ではほぼ意味をなさない剣。

 さっき私に触らせないようにしていたのはこれが大事な形見か何かだったからだろうか。

 それとも別の何か・・・・・・。

 一人で思考を巡らせたが、答えなんて出るはずがなかった。

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