第4話 エーレさんと特訓

 クライストが私のすぐ隣でスースーと寝息を立てている。

 時刻は午前六時十五分。

 もうすぐ出かける時間なので、クライストを起こしてあげなければならない。

 私は軽くクライストの肩をする。

「クライスト、朝よ。起きなさい」

「・・・・・・・・・・・・」

 全く起きる気配がない。

 この子は本当に世話が焼ける。

「クライスト、起きて」

「・・・・・・」

 反応が無い。

 もしやこれは好機チャンスかもしれない。

 ちょっとレイラって呼んでみようかしら。

 名前で呼ぶのは恥ずかしいけれど寝ているなら気づかれる問題はないわよね・・・・・・。

 私は恐る恐る口を開く。

「・・・・・・・・・れ、レイラ?」

 名前を呼んだ瞬間、全く起きる気配がなかったクライストがバサッと起き上がり、私に飛びかかってきた。

「おはようエーレさん!」

「きゃっ!?」

 私は突然の出来事に驚いてしまった。

 クライストがにやけた顔をこちらに向ける。

「エーレさん?」

「な、何かしら?」

 ――私としたことが思わず、噛んでしまった!?

「いま名前で呼びましたね?」

「そんなことあるわけないでしょう?」

 今の私ははたから見たら明らかに挙動不審に映っていることだろう・・・・・・。

「でも、いまレイラって呼ん・・・・・・」

(ここはどうにかして話題を変えなければ!)

「それより、今日の討伐の件だけれども予定を変更してクライストの特訓にしましょうか。あなたが襲われてもある程度は自分で身を守れた方が戦略の幅が広がると思うのだけれど・・・・・・」

「あの、エーレさん・・・・・・」

「何か問題でも?」

 私はそれ以上は言わせまいとクライストを鋭い眼光で睨みつける。

「ナンデモナイデス」

「そう。それなら良かった」

 私はクライストに優しく微笑んだ。




 装備等の支度を整えた二人はイースタン通りの最東端にあるゲートの前に来ていた。

「今日は何処に向かうんですか?」

「ほら、少し離れた先にカルレア山が見えるでしょ?そこが今回の特訓場よ」

 私はゲートの先に視線を向け、目を凝らすと確かに深緑の草木に生い茂った山が見えた。

「登るんですか?」

「登るわよ」

 そう言うと、エーレさんは先に歩き始めた。

「ちょっと待ってよエーレさぁ〜ん!」

 私はエーレさんを慌てて追いかけた。

 追いつくと、エーレさんは突然こんなことを言い出した。

「これは特訓・・・・・・なら走って鍛えなければ駄目ね、クライスト走るわよ。頑張って着いてきて」

 そう言ってエーレさんは地面を蹴ると、疾風の如く走りだした。

「そんなー!って、速過ぎ!?」

 私も置いてかれないように走るがエーレさんとの距離をどんどん離される。

 すると、突然エーレさんは立ち止まった。

 私のことを待ってくれているのだろうか。

 私が追いつくとエーレさんは振り返る。

「クライスト、これは山までの競走よ。勝ったら何でも言うこと一つ聞いてあげるわ」

 そして、再びエーレさんは草原を駆け、先に行ってしまった。

 いまなんと?

 勝ったら何でも言うことを聞いてくれる?

 エーレさんが?

 ということはエーレさんにあんな格好やこんな格好させてイチャイチャできるの!?

 この瞬間、私の中で何かが弾けた。

 ――絶対に勝ってやる!!

 私は思いっきり地面を蹴り、加速した。

 今までゆっくりと進んでいた景色が速く、勢いあるものに変わった。

 凄い!私ってこんなに早く走れたんだ!

 エーレさんとの距離を少しずつ縮ませていく。

 それと同時に、目の前の山がどんどん近づいてきた。

 このままじゃ駄目、エーレさんに追いつく前に山に到着しちゃう。

(もっとスピードを上げなきゃ)

 走る速度を上げようとするが、身体は思うように動いてくれない。

 ――如何どうしてっ!

 呼吸が乱れ、空気を吸うことすら辛い。酸素が全然足りない。心臓の鼓動がバクバクと凄い早くなる。鼓動の音が鬱陶しい。両脚が悲鳴を上げ、とても重たい。気を緩めたらすぐに立ち止まってしまいそうになる。

 ――でも、私は強くなるって決めたの!

 昨日の夜、噴水の前でエーレさんに言ったんだっ!

 こんな所でつまづいてちゃ、エーレさんを守るなんて夢のまた夢。

 絶対に追いつくんだから!!!

「うおおりゃあああああああああぁぁぁっ!!」

 腕を大きく振り、さらに加速。広い大地を駆け抜けていく。

 次々と景色を追い越して、遂にエーレさんの背後を捉えることができた。

 意地でエーレさんの隣に並ぶ。

「やるわね、クライスト」

「負けない!エーレさんに負けたくない!」

 山まで残り500メルト。

 ここでさらにスピード上げないと。

「うおりゃああああああっ!!」

 やった!少し、前に出れた。

 そのままゴールに向かおうとすると、

「クライスト、確かにあなたはよく頑張ったわ。でも、私を見くびっては困るわね」

 ――え?

 エーレさんは地面を蹴って加速。蹴った大地は割れ、先程とは比べ物にならないくらい加速した。

 ぇぇええええ!?そんなの反則だよぉ!

 すぐに私を追い抜かし、エーレさんは先に山に着いてしまった。

 その後、私は一分遅れて山の前に到着した。

「はぁはぁ、あーもう疲れたー」

 私はその場の草原にごろんと転がる。

 広がる空は青く、雲はゆったりとした流れに身を任せて浮かんでいた。

「勝負は私の勝ちね」

 エーレさんは満足そうに胸を張っている。

 なんで、息切れすらしてないの!?

 私はこんな人を超えようとしているんだ・・・・・・。なんだか笑えてくる。

「あははっ、やっぱりエーレさんは凄いです。でも、次は絶対負けません!」

 私はそう言って、燃え上がる意志を瞳に宿した。

「いつでもかかってきなさい。何度来ようが

 、こてんぱんに叩きのめしてあげるわ」

 私と視線を交えたエーレさんは不敵な笑みを浮かべる。

(こてんぱんって言い方可愛い)

「あなたの顔、なんだかだらしなくなってるわよ?」

 エーレさんは頭に疑問符を浮かべたまま、首を傾げた。


 それから少し休憩を挟んだ二人は山道を進んでいた。

 山の中は木陰で覆われていて、木漏れ日が射し込んでいる。

「はぁはぁ、あとどのくらいで着くんですか」

 私が前に進むエーレさんは尋ねると。

「もうすぐよ、少し我慢なさい」

 エーレさんは冷たい声音で答える。

 暫くの間、木々の間を縫うように歩いて行くと前方に開けた場所が見えた。

 そのまま真っ直ぐに進み、木々から抜けると、目の前に広がっていたのは彩やかな色をしたお花畑だった。

「うわぁー、お花畑だ!」

 吹き抜けるような風が私たちの肌をなぞり、目の前に咲く、花たちの花弁を巻き上げる。それは何処か幻想的な風景だった。

此処ここは『カルレアの花苑はなぞの』と云って、辺りにはモンスターも寄り付かないから冒険者も足を運ぼうとしないちょっとした秘境なの」

 花畑に足を踏み入れたエーレさんがここについて説明した。

 私はお花畑の中をエーレさんと並んで進んでいた。

「お花見でもするんですか?」

 私がエーレさんの顔を覗き込む。

「あなた、頭の中までお花畑なのかしら?」

「満開かなあ?」

 エーレさんは頭痛でもするかのようにこめかみに手を当て、嘆息を吐いた。

「ごめんなさい。頭がそこまで残念だったとは思いもしなかったわ。今日の目的覚えてる?」

「・・・・・・特訓。ってことはここでするんですか?」

「ええ、ここなら場所も広いし、周囲を気にせずにあなたの眼の力も使えるわ」

「でも、お花たちが・・・・・・」

「その心配は必要ないわ。この花は『ヒメラギ』と云って、自己再生能力が高いから多少荒らしても明日にはすぐに元通りになるわよ」

 なら心配は要らないかな?

「分かりました。私、やります!」

 私の手に自然と力が込められる。

 エーレさんは私の言葉を聞いて優しい笑みを浮かべ、邪魔になりそうな荷物を全て大きな木の木陰に置きに行った。

「それじゃあ、すぐにでも始めましょうか」

 戻ってきたエーレさんはそう言って、腰から一本の木刀を引き抜く。

 今回の特訓のために、わざわざ持参してきたようだ。

「あの、私は何を使えばいいんでしょう?」

 いま手持ちにはギルドから配布された剣しか持っていない。もしこれがエーレさんに当たりでもしたら大怪我に繋がりかねない。

「その剣で構わないわ」

「でも、それだとエーレさんが怪我を・・・・・・」

 それ聞いたエーレさんは視線は鋭く、突き刺すようなものに変わっていった。

「人の心配をしてないで、自分の心配をしなさい。私はクライストに心配される程、弱くないわ」

 エーレさんは木刀を手にし、構える。

「――っ!?」

 エーレさんが纏っていた雰囲気はガラリと圧があるものに変わった。その威圧感はガンロックものとは比べ物にならない。

 これは本気でやらなきゃられる。

 手にしていた剣の先をエーレさんに向けて構えた。

「行くわよ――はッ!」

 エーレは一瞬にして間合いを詰め、木刀を振り抜く。

 クライストは微かに目で捕えることができたが、エーレの速さに回避が間に合わない。

「――がはッ!?」

 横っ腹に一撃を浴び、横に吹っ飛ばされる。

 エーレの一振をモロに食らったクライストはお腹を抱えて、その場にうずくまった。

「クライスト立ちなさい。その程度で音を上げるなんて許さないわよ」

 私は剣を花畑に突き刺して無理に体を起こす。

「ま、まだまだ!」

 エーレさんに向かって突進するがあっさり躱され、木刀の柄が私の鳩尾に入った。

「――ぅ」

 続けて、エーレさんの回し蹴りが首の右側に直撃する

「ッッ!?」

 衝撃により視界がぐにゃりと歪み、横方向にぶっ飛ばされる。気づいた時には花の上に転がっていた。

「むやみに攻撃してはだめよ。もっと頭を使いなさい」

 ――だったら、突撃あるのみ!

「はああああああああぁぁっ!!」

 クライストは再びエーレに向かって突っ込んだ。

「その手は通用しないって学習しなかったのかしら?」

 エーレはそう言って、木刀を構えて腰を落とす。

 だが、クライストは構うこと無くエーレの懐に飛び込み、身体を旋回させ、自らの真後ろに剣を振り抜いた。

 カッと高めの打撃音が木々に囲まれた花畑に響く。

 その剣は一瞬で背後に回り込んでいたエーレさんの木刀に当たっていた。

「ふっふ~ん。どうだ!」

 エーレさんの不意をつくことに成功した私は顔を決めると、

「詰めが甘いわね、三十点」

 エーレさんは剣を木刀でガードしたまま、即座に私の足を払った。

「――きゃっ!?」

 尻餅をついた私の眼前に木刀が突きつけられる。

「油断し過ぎよ、攻撃を防がれた後の動きが疎かだわ」

「む~もうちょっとだったのに・・・・・・」

 捨て身の作戦が防がれ、顔を俯かせる。

 そんな私にエーレさんは手を差し伸べた。

「ま、まぁちょっとは良くなったんじゃないかしら」

 エーレさんは少し恥ずかしがりながらも褒めてくれた。

「ほんとですか!?」

 思わず頬が緩んでしまう。

 クライストは差し伸べられた手を握り、エーレさんに引っ張ってもらった。

「もし、私が回り込んでなかったらどうしていたのよ?」

「えっと・・・・・・、ボコボコにされる?」

 それを聞いたエーレさんは肩を落とした。

「次はもっとまともな作戦を考えなさい」

「はーい!」

 私は高く手を挙げる。

「まったく、この先が思いやられるわ」

 エーレさんは大きな溜息を吐き、遠くを眺めた。

 その後もクライストは試行錯誤し、エーレに何度も挑み続けるが、かすり傷すらつけられず、時は過ぎていく。

「はっ!」

「うぐぅっ!?」

 エーレさんの右脚が私のお腹に吸い込まれるようにして入る。

 お腹に強烈な痛みを感じ、体は浮遊感が包んだ。気づいた時には後方に吹っ飛ばされ、花の上で仰向けの状態だった。

 私を見守るように照らす太陽の光が眩い。

 そこにエーレさんが歩み寄ってくる。

 私の傍まで来ると、少し屈んで、垂れた髪を耳にかけて言った。

「お昼にしましょうか」

 エーレさんの顔は逆光で陰っていたが、それとは対照に表情は朗らかだった。

「とってもお腹が空きました」

 仰向けのまま返答する。

 言葉にすることで余計にお腹が空いたのか、ぐ~と腹の虫が鳴る。

「そうね。日陰に行って食べましょう」

 エーレさんはそう言うと、純白のマントを翻し、くるりとターンする。

 そして、荷物の置いてある大きな木の下へと歩いて行った。

 クライストは起き上がり、エーレさんに続くように追いかける。

 荷物の置いてある木陰に着くとエーレさんは正座で座り、鞄から小さめのランチバスケットを取り出した。

 私はランチバスケットを挟み、エーレさんと向かい合う形で腰を下ろす。

 木陰の中を木漏れ日が差し込み、私たちを微かに照らしてくれる。頬を撫でるそよ風が心地いい。

 お昼ごはんは何だろう?

 ドキドキしながら、私がランチバスケットに手をかけた瞬間、バッ!と何者かに横取りされてしまった。

 あれれ?なくなっちゃった・・・・・・。

 私は慌てて周囲を見渡しと、エーレさんがランチバスケットを守るように抱えていた。

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 数秒間の静寂が流れる。

 この微妙な空気に耐えかねた私はおずおずと口を開く。

「えーと、それお昼ご飯ですよね?」

「・・・・・・そうよ」

「食べないんですか?」

「・・・・・・食べるわ」

 では、何故エーレさんは大事そうに抱えているのだろう?

 私が頭にはてなを沢山浮かべているとエーレさんは小さく呟いた。

「・・・・・・今朝、クライストのために頑張ってサンドイッチを作ってきたのだけれど、あまり料理は得意ではないから・・・お口に合うか心配なのよ・・・・・・・・・」

 (あんなに強くてかっこいいエーレさんがこんなにも弱気になるなんて・・・・・・)

 可愛いなーもう!

「大丈夫です!エーレさんが作ってくれた料理だったら私、何だって食べます!」

「・・・・・・そう」

 エーレさんは頬を赤らめ、照れた顔を俯いて隠すと、抱えていたランチバスケットを私に差し出した。

 ランチバスケットを受け取った私はふたを開け、中身を確認する。

 そこには不器用に切られたお肉や野菜、卵が疎らな形をしたパンに挟まれたサンドイッチがあった。

 私はサンドイッチ一つ手に取り、パクッと頬張った。

「・・・・・・おいしい?」

 エーレさんは不安げな顔で私の顔を覗き込む。

 サンドイッチの味はちょっとしょっぱかったけど、不味いわけではなかった。

「ちょっぴりしょっぱいですけど、美味しいですよ」

 私がそう言うと、それを聞いたエーレさんの表情はパッと明るくなり、子どもみたいに無邪気な笑顔を浮かべる。

「本当!それなら良かったわ。サンドイッチは沢山あるから遠慮しないで食べて!」

 そう言ったエーレさんはサンドイッチを一つ手に取り、それを私の唇へと近づけた。

「はい!あーん」

「あ~んっ」

 エーレさんにあーんして貰えるなんて、こんなに幸せなことはない。

 私がモグモグとサンドイッチを食べている姿を見てエーレさんは嬉しそうに顔をほころばせた。


 残りのサンドイッチを食べ終えた二人は少し休憩し、特訓を再開させることにした。

「クライスト、これを飲んでおきなさい」

 エーレさんはそう言って、渡されたのは二本のポーション。きっと午前中の特訓で受けた傷などを気遣ってのことだろう。

「あ、ありがとうございます」

 受け取った私は栓を二本とも抜いて一気に飲み干した。

 先程まで残っていた痛みがまるで嘘ののように消え、体力も完全に回復していた。

 そこでエーレさんの冷静な声音が響く。

「次はその左眼の眼帯は外しましょうか」

 そういえば、今回は元々左眼を使う特訓で来たんだった。

 私は言われるがままに眼帯を外し、ポケットにしまう。

 普段、左眼を使わないから違和感が凄い。

 というか、この左眼の力なんて使ったこと無いから全然分からない。

 左眼からビームでも出るのだろうか。

 分からないことは考えていたって仕方がない。

 とにかく、今はやるしかない!

 私は持っていた剣を構える。

 それを見たエーレさんもを低い姿勢で手にしていた木刀を構えた。

「・・・・・・貴方の真の力、見せてみなさい」

「はい、お願いします!」

 エーレは地面に咲くヒメラギの花弁を散らし、突進。一気にクライストとの間合いを詰める。

 既にエーレは自身の攻撃可能範囲にクライストを入れ、初手の一撃として右脚を狙い木刀を薙いだ。

「ッ!?」

 だが、エーレの攻撃は届かず、クライストの剣によって防がれていた。

 ――エーレさんが何をしてくるのか全部見える。

 攻撃を防がれたエーレさんは一旦私から距離を取り、突貫する。

 その瞬間、エーレさんが木刀を突き出してくる軌跡が見えた。

 ――顔をめがけて突きがくる!

 私は咄嗟に右足を半歩後ろに引いた。

 エーレさんの突きは軌跡をなぞり、木刀の切先は私の顔のすぐ横を走る。

(本当に突きがきた!)

 私が切先を躱すと、目の端でエーレさんの脚が伸縮したのを捉えた。

 ――次は左踵の回し蹴りがくる!

 身体の動きすら軌跡になり、エーレさんのしなやかな動きはその上をなぞっていく。

 私は急いで身体を仰け反らすと、目の前をエーレさんの脚が空を切り裂いた。

 その時、軽装の白いスカートが翻る。

(・・・・・・あ、水色)

 私はエーレさんのパンツが露出したのを見逃さなかった。

 あまりの興奮に鼻から深紅の液体が垂れた。

 なんて破壊力だ。一瞬、見えただけなのに鼻血が出るなんて・・・・・・。

 クライストは少し後退し、その様子をエーレさんは訝しげな顔で見ている。

「クライスト、なぜ攻撃が当たっていないのに鼻血を出しているのかしら?」

「それはエーレさんのパンツが見えたからです」

 私は聞かれた問いに正直に答えた。

 するとエーレさんが顔を真っ赤にして、今更スカートの裾をバッと抑える。

 エーレさんはスカートを抑えたまま、頬を朱に染めて私をキッと睨めつけた。

「・・・・・・クライストのえっち」

 それを聞いたクライストは脳天を撃ち抜かれたように後ろに倒れ、呟いた。

「もう死んでもいい」

「なに馬鹿なこと言ってんのよ」

「いてっ」

 側まで寄って来たエーレさんにおでこをこつんと小突かれる。

「特訓の続きやるわよ」

「はい、お願いします」

 私はサッと起き上がり、剣を構え直す。

 エーレさんは一度距離を取ってから、振り返りざまに地面を蹴った。

 これから動くエーレの軌跡をクライストの紅の瞳が捉えた。

 右、左、右、上、左、下の順にフェイント。

 そして、本命は・・・・・・突き。

「――っ!」

「はああっ!」

 剣と木刀が音を立てて交錯する。

 エーレの突きをクライストは紙一重で受け流す。

 エーレは受け流されながらも体勢を落として足を払うが、この軌跡を見ていたクライストは跳躍して回避する。

 すると、エーレさんは不遜な笑みがこぼれた。

 ――しまった。

 自らの失態に顔が硬直する。

 今の私では跳んでいる時に攻撃を躱すことはできない。

 エーレは足払いの回転力を利用し、右足を軸に廻る。

「あがっ!?」

 身体の捻りを活かした渾身の左足が私の左脇腹に直撃した。

 私は勢いよく吹っ飛ばされ、花を潰しながらゴロゴロと転った。

 蹴られた所がジンジンして凄く痛い。脇腹を抑え、私はゆっくりと立ち上がった。

 先程、回復したばかりなのに吐き出す息は既に荒々しいものになっていた。

「相手の動きを読みなさい。見えてるものだけを追っていても強くはなれないのよ。これさっき言わなかったかしら?」

「・・・・・・言ってないです」

「そう、なら今憶えなさい。それと躱してばかりいないで少しは反撃しなさい」

「はい、分かりました」

 再び、エーレさんに立ち向かおうと、一歩足を出すと、激しい目眩に襲われる。

「あ、れ・・・・・・・・・」

 足がおぼつかない。そして、ぐらりと身体は重力に引っ張られるようにして、私はその場に倒れた。

「クライスト!?」

 傍でエーレさんが必死に私の名前を呼ぶ声が聞こえる。

 だけど、その声はどんどん・・・・・・遠くなっていった。

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