第3話 私、決めました

 幾万いくまんの星が輝く夜空の下、街は淡いオレンジの光に包まれ、昼間とは違うにぎわいを見せていた。

 無事に初日の討伐を終えた私とクライストは並んでウェスタン通りを歩く。

「エーレさん!夜の街ってこんなにも綺麗なんですね」

 クライストは家々やお店の窓から照らされる光を飽きもせずに眺める。

 そんなクライストの左眼には包帯を巻かれている。これはクライストの持つ『龍の紅眼せきがん』を周りの人々から隠すための応急処置。

「ノースエリアに行けばもっと凄いものが見られるわよ」

 私がそう言うとクライストは期待の眼差まなざしを向けてきた。

「ほんとですか!?」

「嘘ついてどうするのよ」

「その、今から見に行っちゃ・・・・・・だめですか?」

 クライストは上目遣いでこちらをチラチラ見ている。

 この子はとてもずるい子ね。

 そんな顔されたら断れないじゃない。

「少しだけよ」

「やったー!」

 クライストは私の腕に抱きついてきた。この子は何回私に抱きつけば気が済むのかしら。

 (べ、別に嫌なわけじゃないのよ・・・・・・)

 クライストをちらっと一瞥いちべつすると何故か目が合った。

「えへへ・・・・・・」

 クライストはまたも嬉しいそうに微笑ほほえんだ。

 こんな表情を見せられると私も気が緩みそうになってしまう。

「そういえばエーレさん。討伐したスライムやガンロックは草原に置き去りで良かったんですか?」

「さっきライセンスでギルドに回収依頼を申請しておいたから大丈夫よ。後でギルド専属の騎士たちが素材などを回収してくれるわ」

 私はライセンスを取り出し、コールと書かれたところを見せた。

「ライセンスでそんなこともできるんだ。・・・・・・でも登録した時にそんな説明されませんでしたよ?」

 クライストは不思議そうに顔を傾けた。

「これはハイランカーの特権よ。クライストにはまだ早いわね」

 私はちょっと自慢げに胸を張った。

 それを聞いたクライストはおずおずと口を開く。

「ちなみにエーレさんのランキングはいくつなんですか?」

「5位よ」

「へー5位ですか・・・・・・、って5位!?」

 クライストは驚きのあまりか、大きく目を見開いた。

 (そういう反応されると少し頑張った甲斐かいがあるわね)

「この界隈かいわいでは1位から10位までの冒険者をNO.《ナンバー》として呼ぶこともあるわ。私だとNo.5かしら」

「そうなんですか?なんか称号みたいでカッコイイですね!」

 クライストは私を羨望せんぼうの眼差しで見つめてくる。

「そうでもないわよ」

 実際、他の冒険者から見れば上位ランカーの人たちなんて引きずり下ろす対象でしかない。冒険者とはそういう世界。


 その後も他愛たあいのない会話を続けているとセントラルエリアに出た。そこで一番最初に目に映ったのは数多く照明が窓を照らし、その光によってライトアップされたギルドだった。

「昼間とは全然違うところに来たみたいですね・・・・・・」

 私は呆然とギルドを見上げていると。

「さっさと換金済ませるわよ」

 そう言ってエーレさんは先にギルドの中へ入ってしまった。

 私は追いかけるようにしてギルドに入る。

 エーレさんと一緒にカウンターまで行くと、そこには私が冒険登録するときにいた受付の女性が青髪のツインテールをみょんみょん揺らし、笑顔で迎えてくれた。

「ようこそ、アルタイナ支部へ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「先程討伐したガンロックの素材を換金しに来ました」

 そう言ってエーレさんはライセンスを提示する。

「はい。確認致しました。こちらが本日の換金分の3万ゼルでございます」


 エーレさんは受付の人から袋いっぱいに入ったゼルを受け取った。

「おー!ゼルがいっぱいある!」

私が初めて見た大金に目を輝かせると、エーレさんはクスッと笑った。

「さぁ、今度こそノースエリアに行きましょうか」

「はい!」

 二人は揃って、ギルドを後にした。


 ギルドから北方へ向かうノース通りをエーレさんの寄り添うようにして進む。

 この通りは夜にも関わらず、明るくて、お店の中から人々の喧騒けんそうが聞こえてくる。

 すると、微かに食べ物の美味しそうな匂いが鼻に触れた。

「なんかいい匂いがしますね」

 私がエーレさんに話を振ると。

「ノース通りは多くの酒場や食堂が立ち並んでいるの。今日は疲れたでしょうから、後で美味しいものでも食べましょうか」

 そう言って、エーレさんは優しく微笑んだ。

「やったー!ごはんだー!」

 この街に来てから何も食べてなかったから、どんな料理が食べられるのか、今から凄くワクワクしている。

 浮かれまくってスキップしていると不意に右腕を掴まれた。

「・・・・・・危ないから私の傍を離れないで」

 エーレさんは真剣な眼差しで私の瞳を見つめた。

 ここは人通りも多い。きっとエーレさんは、私がなるべく危険な目に合わないようにするために配慮してくれたのだろう。

 そこで私はあることを思いつく。

「・・・・・・あの、エーレさん」

「何かしら?」

「私と手・・・・・・繋ぎませんか?」

「・・・・・・・・・」

 エーレさんの沈黙が私の羞恥心しゅうちしんあおっていく。

 顔の温度が急激に上がったのを感じた。

 たぶん、今の私は耳の先まで真っ赤になっているに違いない。

 俯かせた顔を少し上げ、上目遣いでエーレさんを見る。

 すると、エーレさんは顔を逸らし、左手を差し出した。

「そうね。離れられても困るから・・・・・・手くらい繋いであげてもいいわ」

 やっぱり、エーレさんも恥ずかしいのかな?

 顔がちょっぴり赤くなっていた。

「うん!」

 私は差し出された左手をギュッと握った。


 ――私の右隣にはエーレさんがいる。

 周りの人たちが背景となり、何も気にならなくなっていく。私の意識は全神経を繋がれた右手に集中されていた。

 エーレさんの左手の感触がとても愛おしく感じる。

 お互いあまりの恥ずかしさに話をすることはできなかったけれど、エーレさんと手を繋げた事実がたまらなく嬉しかった。


 ノース通りをある程度進み、右側の路地に入るとそこには高く伸びた時計塔があった。

 時計塔は大きな時計とその上のステッキに吊された黄金のベルがスポットライトに当てられ、美しい景観けいかんかもし出していた

 時計塔の下は広いスペースになっているみたいだが、何も見えない。

 時計は八時五十九分を指していた。

「ここですか?確かに時計塔は綺麗ですけど・・・・・・」

「ええ、もうすぐよ」

 もうすぐ?

 なんとなく時計に視線を戻す。

 すると、カチッと音を立て秒針が動いた。

 ゴーンゴーンと鐘の美しく、低い音色が街中まちじゅうに響く。

 次の瞬間。

 目の前の真っ暗だった広場が淡い光に包まれ、水の柱が一斉に高く上った。

「ここノースエリアは噴水広場として有名なの。夜の九時になると、様々な色の照明が輝きを放ち、噴水を鮮やかに彩る」

 噴き出された水たちは赤や青、ピンク、紫、黄色など多くの色でライトアップされる。

 その光景を見た私は思わず、感嘆かんたんに漏れる。

 人間、本当に美しいものを見ると声が出なくなるというが、まさにこのことなんだと自身の肌で実感した。

「綺麗でしょ?」

 明るく頬を照らされたエーレさんは無邪気むじゃきな子どものように笑った。

 いつも仏頂面ぶっちょうであまり表情を見せてくれないエーレさんが不意に見せた心から笑顔が私の胸を打つ。

 私の中でエーレさんの存在がどんどん大きくなっていく・・・・・・。

(ずっとエーレさんと一緒にいたい)

 この想いがより一層強くなった。

 そのためにはもっと強くならないと。

「エーレさん。私、決めました」

「何を?」

 エーレさんは不思議そうに私を見つめ、続きを促す。

「私はこの光景をいつまでもエーレさんと見ていたい。だから・・・・・・私、強くなります。エーレさんを守れるくらいに」

 思いの丈を最後まで述べると、エーレさんは私の鼻先をつんっと突っついた。

「生意気」

 エーレさんはいたずらっぽく微笑む。

 そこで水柱は途切れ、辺りを覆っていた光も途絶えた。




 オレンジ色の照明が店内を暖かく包み込む。

 時計塔のあるノースエリアからノース通りに戻った私とエーレさんはすぐ近くにある酒場で夜ごはんを堪能していた。

「へぇれはんほおのほはんふおくおいひいえふ」

「食べながら喋らない。何を言っているのか全然分からないわ」

 カウンター席で隣に座るエーレさんに注意された私は頬張ほおばっていた食べ物を全部飲み込んだ。

「エーレさん、ここのごはん凄くおいしいです!」

 目の前にはハンバーグと云われる大きな肉団子がホットプレートの上で今も香ばしい匂いを放ちながらジュワァァァと焼けている。

 切断面からは肉汁がとめどなく溢れていた。

「そう。なら良かったわ」

 エーレさんはあらかじめ切っておいたハンバーグを口に運ぶ。

 私も再びハンバーグを食べようとすると。

「クライスト、ちょっと待って・・・・・・」

 エーレさんは顔を近づけたかと思うと、

 手にしていた、ナプキンで私の口元を拭う。

 拭い終えたエーレさんは柔らかな笑みを浮かべた。

「ソースついてたわよ」

「えへへ、ありがとうございます」

 やっぱり、エーレさんは優しいなあ。

 何かお返しをしなくちゃ。

 うーんと考えていると、視界にテーブルを挟んで食事をしているカップルが入った。

『 はい、ダーリン。・・・・・・あーん』

『 あーんっ!・・・・・・・・・君が食べさせくれるといつもの百倍は美味しいよ』

『 もう、ダーリン大好き!』

 これだっ!

 私がエーレさんに食べさせてあげれば、このハンバーグはもっと美味しくなるはず!

 ハンバーグを一口サイズに切り、私はそれをエールさんに向けた。

「あの、え、エーレさん・・・・・・あーん」

 突き出されたハンバーグを一瞥したエーレさんはさげすむような眼差しでこちらを見る。

「これは何の真似かしら?」

 嫌な汗が全身から吹き出てくる。

「えーと、エーレさんに日頃の感謝を込めて・・・・・・」

「遠慮しておくわ」

 エーレさんは私の言葉を遮り、きっぱりと断った。

 やっぱり、嫌だったのかな・・・・・・。

 エーレさんにお返しをするつもりだったのに、逆に迷惑をかけてしまった。

 自分の不甲斐なさに肩が落とすと、隣でエーレさんは控え目にため息を吐いた。

「・・・・・・一回だけよ」

 そう言ったエーレさんはこちらに向き直り、垂れた白い髪を耳にかけ、小さな口を開く。

 少し恥ずかしいのか、エーレさんの頬はほんのりと赤く染まっている。

 なんだろう?すっごくいけなことをしている気がする。

「あーん」

 フォークに刺さったハンバーグをエーレさんの口に運んだ。

 エーレさんはそのハンバーグをはむっと頬張った。

「おいしいですか?」

 私は恐る恐るエーレさんに尋ねると。

「わ、悪くはないわね」

 顔を逸らしたエーレさんが小さく呟いた。

「やった!エーレさんに喜んで貰えた!」

 私は小さくガッツポーズをした。


 その後、ハンバーグを食べ終えた私たちは支払いを済ませ、店を出た。

 ノース通りは夜も遅いというのに灯りが消える様子は一向になく、他の冒険者達の騒ぎ声があちこちから聞こえてくる。

「エーレさん、ご馳走様ちそうさまです」

「ええ。それよりクライスト、あなた何処どこに宿泊する予定なの?」

 エーレさんは私にたずねた。

「え、宿なんて取ってませんよ?」

「そんなことだろうと思ったわ・・・・・・」

 私の返答を聞いた、エーレさんは頭痛でもするのかこめかみに手を当てた。

「あなた、私と出会ってなかったらどうするつもりだったの?」

「それはその時になったら考えます!」

 エーレさんはため息混じりに口を開く。

「あなたのその後先考えずに行動できる、ある意味羨ましいわ」

 エーレさんはに羨ましいって褒められた!

 私は照れながらも礼を言う。

「えへへーありがとうございます」

「褒めてないわよ」

「そんなっ!?」

 驚きのあまり大きな声を出してしまった。

 私がショックでいじけていると。

「クライスト、私の家に来る?」

 突然のお誘いに私はエーレさんの方に向いた。

 エーレさんは頬を朱に染め、その潤んだ瞳からは期待が満ちているように見える。

 そんな今のエーレさんの表情はとても扇情せんじょう的に写った。

 可愛いなぁ。

 こんな顔で誘われては断ることなんて到底できないだろう。

 まぁ、元々断る気など全くないので、

「え、良いんですか!?」

 と私はすっとぼけて、聞き返した。

「か、勘違いしないでっ!その方が宿泊費の節約にもなるし、パーティーとして一緒に暮らす方が都合が良いってだけよ」

 エーレさんは顔を逸らすと、人差し指を合わせ、もじもじとしている。

 私はそんなエーレさんの手を掴み、走りだした。

「すぐに行きましょう!」

「え、ちょっと!いきなり走らないで・・・・・・」

 二人は淡くオレンジ色に染まる街道を手を強く握り、駆け抜けて行った。







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