第2話 レイラの涙
「初心者向けのクエストほとんど無いわね」
ロビーの壁に設置された掲示板を眺めていたアーベンロートは肩を落とす。
クライストが冒険者登録を行っている間、手持ち
だが、掲示板には上位ランカー向けのクエストしか残っていない。
「アーベンロートさーん!」
不意に後方から私を呼ぶ声が聞こえた。
振り返った先には、傷一つない新品の冒険者ライセンスを手にし、満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくるクライスト姿があった。
「見て見て、これで私も冒険者の仲間入りだよ」
そう言ったクライストはジャジャーンとでも言わんばかりに、右手に持ったライセンスを突き出し、見せてきた。
この子はなんて可愛らしいのだろう。
肩まで届く、流れるような漆黒の髪。
瞳の色も黒く、星のように輝いている。
怪我でもしているのか、左眼には眼帯を着けて左の瞳を隠していた。
身体は私より少し小さく、ちょこんと乗っかる童顔が可愛らしさを全面に引き出している。
慎ましやかではあるものの、これが理想と言われれば納得できる綺麗な胸。
お尻はプリっとしており、短パンから伸びた細い脚はスベスベしている。腰には先程貰ったと思われる剣を差してあった。
「そう。良かったわね」
クライストが他の子達とパーティーを組んだらきっと私とは関わらなくなる。
そう考えると、私は少し寂しく感じた。
「クライストはもうどのパーティーに入るか決めたの?」
「パーティーってなんですか?」
クライストはきょとんと首を傾げる。
「あ、あなたパーティーも知らないの?」
「ごめんさい・・・・・・」
この子が冒険者としてやって行けるか少し不安になり、思わず嘆息が漏れ出てしまった。
「パーティーというのは複数の冒険者同士が集まって共に冒険したり、クエストをこなすことを云うのよ」
「友達と一緒に冒険って楽しそうですね」
クライストは晴れやかに微笑む。
「友達・・・・・・。そうね、認識としては間違ってないわ。ほら、向こうのテーブルに四人組の冒険者がいるでしょ。あれがパーティーよ」
アーベンロートは奥のテーブルに腰をかけたパーティーを指を差す。
「ああいうの憧れます」
クライストは仲良く談笑したパーティーに羨望の眼差しを向けていた。
いいなー、私もあんな風に友達と冒険したいなあ。
アーベンロートさんは一体どんなパーティーに入っているんだろうか。凄く気になる。
「あの、アーベンロートさんはどんなパーティーに入っているんですか?」
アーベンロートさんのことだから凄く良いパーティーに入っているんだろうなー。
私は期待で思わず、身を乗り出した。
「・・・・・・ぁいわよ」
アーベンロートさんは目を逸らしている。
声がか細くてうまく聞き取れなかった。
一体なんと言ったのだろうか?
「え?」
「は、入ってないわよ!」
アーベンロートさんは頬を朱に染め、投げやりに答えた。
「べ、別に私はソロでもやっていけるし、入りたくてもどこも入れてくれなかったとか・・・、そういう訳じゃないんだから」
あっれー?なんかいつものアーベンロートさんじゃない。
プンプンしているアーベンロートさんの姿を見て、
でも、それがたまらなく可笑しくって思わず、吹き出してしまった。
「ぷっ、あははは」
「な、何がおかしいのよ!」
も〜、とアーベンロートさんは怒ってしまった。
腕を組んだアーベンロートさんはふんっと言って目を合わせてくれない。
「ご、ごめんなさいアーベンロートさん。でも、
思い出したらまた笑いが込み上げて来た。
その様子を見たアーベンロートさんはさらに怒ってしまい、
「もう許してあげない」
そう言って、後ろを向いてしまった。
「あ、あのアーベンロートさん?」
「・・・・・・」
まずい、このままだと一生口をきかなくなってしまう。何か手をうたないと。
「あ、あの私で良ければ一緒にパーティー組みますから・・・・・・」
手を胸に当てて、必死に説得を試みた。
すると、アーベンロートさんはピクっと反応し、こちらに振り返る。
アーベンロートさんは頬を赤く染め、コホンと一つ咳払いをすると、
「し、仕方がないわね。そういうことなら許してあげなくもないわ・・・・・・」
「え、ほんとに?やったー!!」
嬉しさのあまりアーベンロートさんの胸に飛び込む。
ふにっとした感触が顔を包み、優しい石鹸のような香りが
しかし、「公衆の面前ですぐに抱きつくのはやめなさい」と言われ、ものの数秒で引き剥がされてしまった。
いい匂いだったなー。ずっと抱きついていても飽きることはないと確信できる。
「そろそろ行きましょ。クライストも早く冒険したいでしょ?」
その問いに対して、私は、
「はい!頑張ります!」
とはっきり答えた。
これから始まる冒険に期待を膨らませ、二人はギルドを後にした。
ギルドを出た私とアーベンロートさんはさっき通ってきた通りとは反対のウェスタン通りを並んで歩いていた。
こちらの通りは先ほどに比べ、冒険者が多く行き交っている。
お店も一般向けより冒険者向けの方が多く建ち並んでいる。
「冒険者がたくさんいますねー」
「そうね。ここウェスタン通りは冒険者に必要な武器や防具、ポーションなど多くのアイテムが揃っているの。私達はこれから万が一のためにポーションを買いに行くわ」
「ポーションって、あの傷が治るやつですか?」
「ええ、でもそればかりに頼っていては駄目よ。ポーションの治癒効果にも限度があるから、あまり深い傷を負わないよう気をつけなさい」
「分かりました」
こくりと頷き、それからしばらく通りを進むと、アーベンロートさんの動きが止まった。
「着いたわ」
見ると看板に『エルフの森』と書かれたアイテムショップがそこにはあった。店の花壇にはピンクや黄色の綺麗な花が咲くレンガ造りのお店だ。
アーベンロートさんはドアノブに手をかけ、扉を開く。すると、チリンチリーンと美しい音色のベルが鳴り響いた。
「いらっしゃいませ。エルフの森へようこそ」
落ち着きのある綺麗な声音はカウンターの方から聞こえてきた。
中に入り、目の前のカウンターに目を向ける。そこには綺麗な女の人がカウンター越しに立っていた。
肩まで伸びる輝く様な金髪に翡翠の瞳。
尖った耳が特徴的で可愛らしいお店の制服に身を包んだ女性のエルフだ。
「ってなんだエーレか・・・・・・」
さっきまでニコニコと笑っていたエルフがアーベンロートさんの顔を見た途端に、げんなりした表情を変える。
「アリシア。お客に向かってその態度はどうなのかしら?もう来てあげないわよ」
アーベンロートさんは肩を組み冷ややかな声音を吐く。
「そんなこと言っていつも来る癖に。で、そちらさんは?初めて見る顔だけど・・・・・・」
アリシアと呼ばれる女性はこちらに一瞥を向ける。
「彼女は私のパーティーよ」
「レイラ・クライストと言います」
「レイラちゃんか、よろしくね!」
挨拶を交わすとアリシアはにっこりと微笑む。
エルフはもっとお堅いイメージがあったけど、なんというかフランクな人だなあ。
私もこの人みたいにアーベンロートさんをエーレさんって呼んでみたい。
「それで今日は何を買いに来たの?」
「回復系ポーションを十本」
アーベンロートさんは商品を注文し、それを聞いたアリシアさんは後ろの棚から青い色の液体の入った細長い容器を取り出した。
「はいよ、二千四百ゼルね」
「高いわ。二千ゼルに負けなさい」
え、えええー。
アーベンロートさんはいきなり値段を交渉し始める。
「なに言っちゃってんの?あんたアホの子なの?」
「常連客に対してはそれくらいの
「もっと沢山買ってくれたら、少しは負けてあげるよ」
「チッ」
アーベンロートさんは舌打ちをすると、ポケットから袋を取り出し、そこから二千四百ゼル抜き取って、カウンターに叩きつけた。
どうやら値引き交渉はアリシアさんに軍杯が上がったようだ。
「まいどありー」
アリシアさんがニコニコした表情で手を振っている。
それから、私たちは『 エルフの森』を後にした。
閉まる木製のドアに取り付けられたベルは来た時と同じ音色を鳴らした。
ここは街の郊外
日差しに照らされた草原が目の前に広がる。
その青々と生い茂る草々は心地よい風にゆらゆらと揺れていた。
「これからどうすればいいんですか?」
「そうね、まずはあそこにいる『 スライム』でも倒してみましょうか」
アーベンロートさんの視線の先には高さ一メートル程の緑色をした丸いドロドロしたモンスターが草原の上を
腰から剣を抜き取り、構える。ふぅー、と息を整え、駆けだした。
「とりゃあああっ!」
スライムはこちらに気づいたが、その時には既に剣は振り下ろされた後だった。
『 ぷっぎゅっ!?』
べちゃっ、音を立てスライムは飛び散り、それが私めがけて飛んできた。
「きゃっ!?」
――前が見えない!モンスターの攻撃!?
焦って、目を擦る。
すると私の顔や身体はスライムまみれになっていた。
「なにこれ?気持ち悪い」
うへぇ、デロっとしたのが服の中にも入ってる・・・・・・。
「おめでとう。初めてモンスターを討伐できたわね」
アーベンロートさんは落ち着いた
なんか、思ってたのと違う。こうもっとかっこよく決めるつもりだったのに。
肩を落とし、あからさまにがっかりしてみせると。
「クライスト、休憩している暇はないわよ」
ドドドと背後から音が聞こえてくる。
「へ?」
振り返るとそこには七匹のスライムの群れがこちらに押し寄せてきた。
『『『『ぷぎゅぎゅぎゅぎゅー 』 』 』 』
「えー!またスライムーー」
アーベンロートさんに助けを
「大丈夫よ。ポーションはたくさん用意してあるから・・・・・・頑張りなさい」
ニコッと、笑顔を向けられてしまった。
ちっがーう!そういう意味じゃない!
こうしている間にもスライムの群れは距離を詰めていた。
ああもう、こうなったらやってやる!
剣を構え直し、スライムの群れめがけて地面を蹴った。
「ぷぎぃ!?」
先頭にいたスライムを横薙ぎに払った。
バラバラになった破片が飛び散るが気にせず、一番近くにいたスライムに剣を振り下ろす。
「ぷぎゅ!?」
スライムは避けることができず、直撃。
よし、戦えてる。これくらいな大丈――。
「ぷっ、ぎゅううー!!」
「へ?あうっ!?」
――全然、大丈夫じゃなかった!
横から体当たりしてきたスライムに吹っ飛ばされ、草原の上を転がった。
いたたた。体当たりしてきたスライムを一瞥する。
そいつは挑発でもするかのようにぴょんぴょんと跳ね回っていた。
「絶対、負けないんだから!!」
攻撃を食らった際に落とした剣を拾い上げ、
再びスライムの群れに向かって、 突撃した。
激闘の末、私は広大な草原の上で大の字になっていた
「はぁはぁ・・・・・・、やった。勝てた」
息は切れ、身体中のあちこちが痛い。
(めっちゃ疲れた・・・・・・)
「お疲れ様。よく頑張ったわね」
そう言って、アーベンロートさんはポーションを差し出してくれた。
「あ、ありがとうございます」
ポーションを受け取り、栓を抜いて一気に飲み干す。
「うげぇ、不味い」
ポーションはとても苦かった。
でも、先程までの疲れは吹き飛び、身体中の痛みは取れていた。
「アーベ・・・・・・」
アーベンロートさんの名前を呼ぼうとして、ふと先程の『エルフの森』での出来事を思い出す。
私もアーベンロートさんのことをエーレさんって呼んでもっと仲良くなりたいな。
私は一呼吸置いてから再び口を開いた。
「・・・・・・あのアーベンロートさん」
「何かしら?」
アーベンロートさんは不思議に首を傾げる。
「あの、私、アーベンロートさんのことをエーレさん呼んでも良いですか?」
口元に握った手を当てて、上目遣いで懇願してみる。
「・・・・・・別に構わないわ。好きにしたら」
答えるなり、すぐさま後ろを向いてしまった。一瞬、顔が赤く見えたのは私の気のせいだろうか・・・・・・。
私は試しにエーレさんを名前で呼んでみることにした。
「・・・・・・エーレさん」
「何かしら?」
エーレさんは振り向くが表情にいつもと変わった様子はなく、平常通りだった。
「呼んでみただけ!」
「殺すわよ」
朗らかな笑みを浮かべ、エーレさんは漆黒の剣を抜き取った。
「ご、ごめんなさい!」
おちゃらけた感じで答えたのがまずかったのだろう。
エーレさんはまるでゴミでも見ているかのような視線を私に向けてくる。
「エーレさん?」
「今度は何?」
「私のこともレイラって・・・・・・」
「それは嫌」
私の言葉を遮るようにエーレさん即答した。
「なんで!?」
私の名前そんな嫌いなの?
ショックを受けてしょんぼりしていると、
「だって恥ずかしいじゃない・・・・・・」
さっきとは打って変わり、顔を真っ赤にして、俯いたままぽしょりとつぶやいた。
恥ずかしさのあまりか、エーレさんは顔を俯かせたままだ。
そんな仕草がたまらなく可愛かった。
「もうエーレさん大好きっ!」
「きゃっ!?」
首に腕を絡めて、抱きつく。
勢いよく抱きついたため、エーレさんを草原に思いっきり押し倒してしまった。
エーレさんの顔がすぐ目の前にある。触れそうで触れられないもどかしい距離。
私の胸はエーレの胸とぴったり密着しているため、布越しでも柔らかさが伝わってくる。
エーレさんのいい匂い・・・・・・。
私の鼓動が高鳴っているのが分かる。
――この高鳴りはエーレさんにはバレているのだろうか。
「ちょっと、急に抱きつかないでってさっきも言ったでしょう?あと顔が近いわ」
エーレさんは目を逸らして文句を言っているが、別に嫌がってるわけではないみたいだ。
「あはは、つい抱きついちゃいました」
立ち上がろうと手をついた、その時――。
つるっと、手をついた位置にあった何かで手を滑らせてしまった。
「え?」
「んむっ・・・・・・」
私の唇がエーレさんの柔らかな唇に触れた・・・・・・。
突然の出来事にエーレさんは目を見開き、私は目を瞬いた。
状況に頭が追いつくと、私の顔が一気に熱くなった。
「ご、ごめんなさい!」
私はすぐに立ち上がり、エーレさんに謝った。
体を起こしたエーレさんは恥ずかしさで顔を朱に染め、女の子座りになった。
軽く握った手を自らの唇に当てて、私を上目遣いで見つめると、エーレさんの艶かしい唇が微かに動いた。
「ばか・・・・・・」
消え入りそうなか細い声で私の耳を届いた。
この瞬間、私は何か立ち入ってはならなら領域に踏み込んでしまったと実感する。
思い出したかのように、手を滑らせた場所へ目を向ける。
そこにはあったのは先程討伐したスライムの残骸だった。
少しやりきれない気持ちになる。
ふと、ぴょんぴょん跳ねるスライムが私の脳裏を過ぎる。
最初に体当たりしてきたアイツが天国でも私を煽るように飛び跳ねているような気がした・・・・・・。
(なんだかなあ)
再びエーレさんに視線を戻すと、既に立ち上がっていて、いつもの冷静なエーレさんに戻っていた。
そこでふと、あることに気づいた。
「エーレさん、その左眼の紋様はなんですか?」
エーレさんの左眼の辺りには深紅に輝く、龍を象ったような紋様が浮かび上がっていた。
つい先程まではあのような紋様は無かった。一体、どうしたのだろうか?
エーレさん手で左頬に触れる。気づいていなかったみたいだ。
「・・・・・・クライスト、あなたにも浮かび上がっているわよ」
「え、私にもですか!?」
急いで確認しようとするが鏡が無いので確認しようがない。
「この紋様の正体が何なのか分からないけれど、呪術の
「はい。分かりました」
二人が街に引き返そうとした、その時。
『 グゴオオオォォォォッ!!』
大きな地響きと共にモンスターの咆哮が轟く。青々と茂っていた草原が次々と砕けていき、ついには縦に割れ、地面が
ドォンと。
爆風により巻き上げられた砂煙が周囲に飛散する。
砂が目に入らぬように、必死に腕で覆う。
「何が起こってるの?」
私たちの眼前に現れたソレは全身を岩で覆われた茶色い恐竜種だった。
「あれは『 ガンロック』」
エーレさんがソレの名を口にする。
『 グオオオォォォォッ!!』
ガンロックは地上に出た
あまりの威圧感に体が硬直してしまった。
アイツはやばい。先程のスライムとは比べ物にならないくらい脅威を感じる。
脳が警鐘を鳴らしている。だけど、体が言うことを聞かない。
「クライスト、早くここから離れて!」
そんなこと分かってる。でも、離れたくても体が動いてくれない。
(動いて!動いてよ!)
ガンロックがこちらに頭部をこちらに向ける。
殺意を漂わせた赤黒い眼が私の眼と合ってしまった。
――マズイ。
ガンロックはこちらに向かって一目散に襲いかかってきた。
ガンロックはその巨躯を回転させ、尻尾を振り抜く強烈は一撃を放つ。
「―――ぁ」
回避は間に合わない。
死を覚悟し、目を力強く瞑った瞬間。
「レイラッ!!」
エーレさんは私をとっさに抱きかかえて、跳躍した。
「ごめんなさい。エーレさん」
「もう、世話が
「えへへ・・・・・・」
苦笑いする私にエーレさんは安心したのか、うっすらと柔らかな笑みを浮かべた。
なんだか、いつもより視界が広く感じる。
さっきの攻撃が
エーレさんは私を抱きかかえたまま、着地した。
「あいつは私が殺るから、貴方はここで見ていなさい」
そう言うと、エーレさんはガンロックの方に向き直った。
「いくらなんでも一人で倒すなんて無茶です!」
「クライスト、私を誰だと思っているの?
あんな
「へ?」
エーレさんは腰を落とした。左手で鞘を抑え、右手は剣の柄を握り抜刀の構えになる。
全身の力は抜け、落ち着いた雰囲気ではあるが。
その姿からは異様な殺気が溢れ出ている。
エーレさんは地面を蹴り、一瞬にしてガンロックの間合いに詰め、剣を振り抜いた。
漆黒の一閃が
『 ゴガアアァァッ!?』
岩で覆われた
エーレさんは一瞬の隙も与えるつもりは無いとばかりに次々と斬撃を繰り出した。
エーレさんの動きは斬撃を与える度にどんどん加速していく。
斬撃。斬撃。斬撃。
その速度に比例するかのように斬撃の威力も上がっていった。
『 ガアアアアアアァァァァァァァ』
最初は通らなかった刃も今では岩ごと抉るようにガンロックの巨躯を引き裂いていく。
それからエーレさんは地面を蹴り、空中を舞った。
「――はぁあああああああああ!!」
身体の捻りをフルに使った強烈な一撃を放ち、ガンロックの頭を
ガンロックは大きな音を立て倒れ、動かなくなった。
「クライストに手を出した罰よ」
動かなくなったガンロックにエーレさんは鋭い眼光を向け、吐き捨てるように言った。
「エーレさーん!」
討伐の行く末を見守った私は急いでエーレさんの元へ駆けつけた。
青かった空もガンロックを討伐する頃にはすっかり
「・・・・・・おかしいわね」
ガンロック討伐中、エーレ・アーベンロートの攻撃力、瞬発力、その他全て身体能力が格段に上がっていた。
それよりもここから数十キロ離れたガイル砂漠地帯に生息しているはずガンロックが何故アルタイナのすぐ側までやってきたのか。もし街の中に現れていたら大変な事態になっていたはず・・・・・・。
餌を追いかけていてここまで来てしまったのか、それとも誰かの仕業によるものか。
「エーレさーん!」
そこまで思考を巡らせたところで、私の名を呼び、こちらに向かって来る影が一つ。
「お待たせしてごめんなさい」
剥き出したままの剣を
クライストに顔を向けるとあることに気づいた。
先程まで左頬を覆っていた
「クライスト!あなたその瞳は・・・・・・」
クライストは困ったようにあははと笑う。
「この眼は『 龍の
(龍の眼を持つ少女――ただの
「このことが知れ渡れば、私の力を求め、多くの人達が私を標的に刃を向けるでしょう。そんなことにエーレさんを巻き込みたくない
――だから、エーレさんは私のことなんか忘れて、冒険を頑張ってください」
クライストは目に涙を浮べていたが、晴れやかなに微笑んだ。
血液を取り込んだ経緯はどうであれ、クライストはこの小さな体にとてつもなく大きなものを背負っている。クライストは勇気を出して、私とは別の道を歩み、独りで茨の道を進んで行く決別の意志を示した。
今度は私の意志を示す番だ。
「言いたいことはそれだけかしら?」
「え?それだけって・・・・・・」
「あなたは私のパーティーよ。あなたが抱えた問題くらい私がなんとかしてあげるわ」
任せなさいと私は胸を張る。
そんな私を見たクライストの瞳が一瞬、奥で儚げに揺らいだ。
「でも、私はエーレさんを巻き込みたくないです!」
服の裾を力強く握り締め、クライストは懇願するように想いをぶつけた。
クライストの言っていることに何も間違えはない。出会って間もないけれど、きっとクライストの中では私は大切な人で、それは私も同じ。
だったら。
「わたしは・・・・・・」
クライスト独りに
「私はあなたを助けたいの。と、友達を助けてあげることは当然のことでしょう?」
「とも、だち・・・・・・」
クライストが頑張って固めていた決意がぼろぼろと崩れ去っていく。
力を無くしたように項垂れたクライストは小さな声音で言った。
「エーレさんはずるいよ。友達をなんて言われたら・・・・・・一緒にいたいって、思っちゃうもん」
クライストの頬を
ぎゅっと抱きしめ返すクライストは
そんなクライストの頭をエーレは何度も何度も優しく撫でる。
もう既に日が沈んだ草原に少女のくぐもった泣き声が響いていた。
月に照らされ街壁の上に伸びるひとつの影。
「やっぱ、ガンロックじゃだめね。せっかくガイル砂漠地帯から連れてきたのに・・・・・・」
言葉とは裏腹に笑みを浮かべる声の主。
その瞳に映るのは草原の上で抱き合うエーレと少女。
声の主は不敵な笑みをこぼした。
「次、会うときはその
そう言い残した、声の主は夜の街に姿を消した。
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