第2話「高坂家に起きた悲劇」
私、
お酒を飲んで車を運転していた女の人に殺された。
警察から連絡を受けてから、駆け付けた病院で私にはお父さんの姿を見せてもらえず、扉の向こうから聞こえてくるお母さんの悲鳴と嗚咽にもう2度と父とは会えないんだということを実感させられた。
翌日、死んでしまった犯人の女の人の代わりにその親子が家へやってきた。
必死に謝るその父親の姿が、私とお母さんの悲しみをより増幅させる。
いっそのこと謝りに来なければ、こんな思いをしなくて済んだのに。
まだ、顔も知らぬ相手を憎んだままのほうが楽だったに違いない。
幼かったその頃の私は、言葉で怨みをぶつけることができなかったので、お母さんの背中に隠れてその場に在ったひよこのおもちゃを投げつけることしかできなかった。
大好きなお父さんが死んでしまったときのことなんて、一日でも早く忘れてしまいたかった。
心が押しつぶされそうになってしまうから。
でも、
それでも、
あのとき投げたおもちゃにぶつかった、同い年くらいの男の子が酷く酷く悲しそうな顔をしたのは今でも鮮明に記憶に残っている。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
私とお母さんに多少なりともの落ち着きが戻るには暫く時間を要した。
数ヶ月か、1年か、それくらいだったと思う。
その頃になってお母さんはようやくこれからのことについて考えることが出来るようになったって言っていた。
お母さんの兄弟、叔父や叔母とお母さんが大人達で話していたことを覚えている。
「体の弱いお前が女手ひとつで子供を育てていくには無理があるんじゃないか?今はまだ自賠責の僅かな保険金があるから何とかなるとしても、それだけじゃすぐに足りなくなるのは目に見えているだろうし」
「大丈夫。私でも出来るような仕事を探すし、それに加害相手の家族から毎月お金も振り込まれているし」
「それもいつまで続くかわからんぞ。嫁の罪を償うってったって、元は所詮赤の他人なんだ。もし送金を止められても取り立てる術はないんだ。他の道を探してみる気はないか?」
頑なに首を振ったお母さんは、私を手招きして呼び寄せて、そして抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫よ沙希。あなたはお父さんの分も私が守るからね」
私はお母さんの胸の中で叔父さん達の顔を見て思った。
お母さんを守れるのは私しかいないんだ。
結局、お母さんが仕事に就くことは無かった。
それは数年も経たないうちに元々体の弱かったお母さんが不治の病に掛かるという追い打ちをくらったからだ。
叔父さんたちは「旦那を殺されたショックが原因だ」と言っていたが、医者からは心因的なものによる可能性は限りなく低いと告げられたらしい。
更に問題を深刻にしたのは、その病気には延命治療しか対応策がなく、しかも延命させるその薬自体が厚生労働省から認可の下りていない健康保険適応外の薬だった。
延命治療に莫大なお金が掛かるということ。
つまり、お母さんの命は加害者家族からお金が送られてくることによってのみ存続が可能であり、それが絶たれてしまったら即絶命ということが明らかになったということだ。
そんな状況に陥ってからは、もう打つ手なしと思ったのか叔父さんたちも私たち家族に近づくことすら珍しくなった。
まるで一本の細い糸の上をつま先で歩いているような綱渡りの人生だったと思う。
私は毎日病院へ行き、お母さんが病院で車椅子生活になってからは、私が中学生になったということもあって、治療代を銀行から下してくるのは私の役目になった。
銀行員が確認するまではあの人たちから本当にお金が振り込まれているかどうかはわからない。
毎月、その日はドキドキして心臓が破裂しそうになる。
銀行員が通帳と一緒に札束を持ってきてようやく胸を撫で下ろす。
お母さんは今月も生きることができる。
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