ブロマンスVSロマンシス=ロマンス

あさかん

ブロマンス/ロマンシス

第1話「藤宮家の起こした悲劇」


 もう、あの日から11年という歳月が経つ。


 思い返すと今でも昨日のことのように鮮明に脳裏に浮かぶ光景。


 俺と同い年だった女の子がその子の母親の背中に隠れて俺に投げたおもちゃ。


 

 全ては俺、藤宮ふじみやのぞむの母親が起こした交通事故から始まったことだった。



※ ※ ※ ※ ※ ※



 それは小学1年生の夏休み。


 朝、目が覚めて時計を見たら8時を過ぎていた。


 いつもであれば母親が夏休みのラジオ体操に行かせる為に早く起こすのに、どうして今日は起こさなかったんだろうと寝ぼけ眼をゴシゴシしながら、リビングに向かう。


 そこに居たのは、顔面蒼白のまま食卓に座る父親。


 今日は平日なのに会社は休みなんだろうか。


 母親の姿が見えなかったから、そちらは既に会社に行ったものだと思った。


のぞむ、今日一日は隣の吉田さんの家で預かってもらうことになったから、今から行ってこい」


 視点はテーブルの一点を見つめたままで、こちらを一度も見ない。


 子供ながらに何か妙な雰囲気を感じ取っていたからか、何も言わず素直に従って隣のオバちゃんの家で夜まで過ごし、結局父親が迎えに来たのは21時を過ぎてからだった。

 

 でも、その時間になっても母親は帰って来なかった。


 そして自宅に帰ってから父親から一つの事実を聞かされる。


「望、よく聞いてくれ。まだ幼いお前に話して良いかどうか俺も凄く迷った。でも、何れはきちんと受け止めなければいけないことなんだ。だからちゃんと聞いて欲しい」


 条件反射のようにコクリと頷いた自分を確認してから、父親は話を続けた。


「昨日の夜中に職場から呼び出しを受けた母さんは、お酒が体に残ったまま、車を運転して会社に行ってその途中に事故を起こして、お母さんと車をぶつけてしまった人が両方亡くなってしまった」


「亡くなった?って」


「死んでしまったんだ」


 

 すぐにその事実を受け入れるのには、無理があった。


 実感がなかった。


 それでも、父親は自分がちゃんと理解するように何度も何度もその事実を繰り返し述べていた。


 最初は母親が死んでしまった悲しみが大きく、その他のことまで考える余裕も知識もなかったが、年を取るにつれて事の重大さを理解していく。


 母親の起こした事故は飲酒運転過失致死、色んな条件が重なって任意保険は支払われず被害者にはほんの僅かな自賠責保険でしか賠償されなかった。


 自分の母親は死んでしまったとはいえ、世間では犯罪者に見えるだろう。それでも自分と自分の父親にとっては家族思いの大好きなお母さんだったんだ。


 だから、父親は母親が死んだことを告げた後、更にこう言った。


「俺は、被害者の家族に対して、お母さんの代わりに罪を償っていかなければいけないと思う」


 父親の言ったことは、具体的に言うと自賠責では足りない金銭面的な賠償。


 そして贖罪。


「お母さんは人を殺してしまったんだ。だからお母さんの、通夜……お葬式をする前に、明日その家族へ謝りに行こうと思う。お前も付いて来てくれるか?」


 まだ頭の中では何も受け入れられない自分にとって、それに従う他に答えはなかった。



 次の日ついていった先の家で必死で土下座する父親とそこにいた母娘を見ていたら、何となく死んでしまったのは相手のお父さんなんだろうと感じた。


 相手の母親はワーワーと泣き叫んでいた。


 そして、自分と同い年くらいの女の子がその母親の背中に隠れて、凄く凄く悲しそうな顔をしながらこちらに向けて投げたおもちゃが自分の腕にコツンと当たる。


 

 その時にようやく実感したんだ。


 自分の母親はとてもとても悪いことをしたんだ、と。



「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」



 その時の自分の心境までは覚えていないけれど、相手の母親に謝る父親と同じように、自分はその女の子に謝らなければいけないと感じていたと思う。

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