第8話

「なんだ、お前」

 イオは男に向けて言う。警戒している。しかも、それはかなりのものだった。得体が知れないとは言うものの相手はただの人間だというのに。

「ふん。敵にわざわざ素性を語るような間抜けに見えるか。侮られたものだ」

 男は表情一つ変えずに言う。まるで人間味が感じられない。眼球を動かすことさえなくただイオを睨んでいる。まるで彫像か何かのような男だ。

「イオ。こいつが変電所で俺たちを見てた奴だ。こいつがアザムヤゼムの仲間だ」

「なるほどね。確かにまともな人間じゃなさそうだ」

 イオは再び自分の『カラー』を強化する魔法陣を展開した。しかし、男はそれに対してこれといった反応はなかった。いや、この男はそもそもイオそのものにこれといって反応していなかった。この男ならイオが魔族であることは知っているはずだ。それはつまり男ではイオに勝てないということなはずだ。人間ではよほどの手練でないと魔族とはまともに戦うことさえ出来ないという話なのだ。この男は相当腕に覚えがあるということなのか。

「さて。で、どうするんだ。やるのか」

「ふん。ここまで来ているのだ。当然だろう」

「へぇ、随分な自信だな」

 イオは相手を挑発するように言った。しかし、顔に余裕はない。相手を人間と舐めている様子はない。

「棘ぉおおおお! お前、なんでここに居るんだぁああ!」

 と、アザムヤゼムが叫んだ。血を噴き出しながら怒りに満ちた叫びを上げた。

「貴様が恐らく敗北していると思い、加勢に来たまでだ」

「お前ぇえええ! 僕を舐めてたのか! 僕がこいつ以下だと認識していたのかぁあああ!」

「お前の力はともかくとしてこいつの能力は我々の想像を越えて厄介だと認識していた。貴様が増長していたなら敗北は必至だとは思っていた」

「貴様あああああ!」

 アザムヤゼムはまたも吐血する。うめき声を上げてのたうち回る。もうまともに話すのも苦痛なのだろう。男は、棘はそんなアザムヤゼムから視線を外し再びイオを睨んだ。

「さて。では始めようか」

「お前正気か? 私は魔族だって分かってるのか?」

「無論だ」

「そうだぜ! 棘ぉ! お前も負けるぜ! ゴミみたいにな! 僕より惨めな負け方をするぜぇえ!」

 アザムヤゼムが横槍を入れる。自分の惨めさをさりげなく認めているようだった。まぁ、それはともかくとして棘のこの余裕はなんだ。

「おいおい。落ち着けよ。こいつとの計画を白紙に戻して手を切るんならこのまま見逃すぞ。こっちの繋がりを使って、まぁ、しかるべき罰は受けてもらうがそれでもこいつらに捕まる事態は避けられるようにもしてやる。このまま私と戦ったら少なくともたたじゃ済まないぜ」

「無駄口を叩くな。貴様なら直感で理解しているはずだ。お前では私には勝てん」

「なんだと?」

「無駄口を重ねるな。さっさと始めるぞ。時間が惜しい」

 そういって棘は何かをまいた。黒い灰のようなものだ。それは空気中に舞い、この部屋に広がって漂い始めた。

「なんで私はお前に勝てない。私は魔族でお前は人間だぞ。よっぽどの術者かなんかのか?」

「残念ながらこれといった術者ではない。まさしく、普通の魔族だったならば俺は絶対に勝てん。普通の魔族はお前のような業は背負わんからな」

「業だと?」

「ああ、お前は呪われている」

 棘がそう言ったのと同時に、漂っていた灰が一定の流れを取り始めた。それはまるで水の流れのように帯状になり、イオの周りを舞い始めた。それはどんどん密度を増し、イオの周りは灰で濃く覆われる。

「これは、まさか『澪』を視覚化してるのか。お前、『呪術師』なのか」

 イオの表情が一気に険しくなった。その表情は明らかに恐怖を含んでいた。対する棘は表情一つ変えずに答える。

「いかにも俺は呪術師だ。人の『呪い』を読み、人を呪う術を身に着けている人でなしだ。そしてお前は其の身の『呪い』故に敗北する」

「くそっ!」

 イオが指を振る。爆炎が男を襲う。しかし、棘が死なないように威力は抑えられていた。棘はそれをかわそうとするが避けきれず肩口を負傷する。棘は初めて少し顔を歪ませた。

「何をしている? この期に及び私を気遣っている場合か? 私を殺さねばお前の敗北は明らかだぞ」

「うるせぇ!」

 イオはまた指を振る。今度はその指先から風が起き、地面に広がった。すると、棘の足がずぶりと床に沈んだ。地面が液状化していた。棘は膝まで床に埋まり身動きが取れなくなる。しかし、棘はやはり表情一つ変えなかった。懐から札を取り出し、前に掲げる。

「はっ。そんなちんけな護符程度で私を止められるかよ」

「あいにくこれが一番上等な護符だ。人間相手なら十分なのだがな」

「そうかい。でも、魔族相手には不十分だな。喰らえ!」

 イオの指先から稲妻の束が走る。赤い稲妻だ。それは棘を掲げた護符ごと撃ちぬいた。ビクンと棘の体が痙攣する。やはり護符は効果を発揮することなく、電撃は棘を貫通した。棘はガクンと倒れこむ。やはり、棘はただの人間のようだった。イオの攻撃にまるでなすすべなくあっという間にやられてしまった。

「はっ、そのまま伸びてろ」

 イオは棘に吐き捨てた。そのまま振り返り俺を見た。

「悪い、待たせたな」

「いや、俺は構わねぇけど。お前こそ大丈夫か。すごい汗だぞ。呪術師ってなんだ」

「・・・・まぁ、後で説明するさ。それよりこいつらの拠点を聞き出す手間が省けたぜ。これでこいつらの計画は頓挫だ」

 確かに。首謀者二人をまんまと倒したのだ。これで事件は一件落着。めでたしめでたしということか。と、アザムヤゼムが笑いだす。

「ぎゃはははは! ザマないな棘ぉ! 調子に乗ってた割にあっさりやられやがって! なんだその姿! 足埋めたままぶっ倒れてるやつなんて初めて見たぜ! ぎゃはははは!」

 随分楽しそうだった。相変わらず血を吹き出し、どう見ても瀕死だというのに元気なことだ。とりあえず、これで終わったのか。

「やかましい。ゲタゲタと」

 と、アザムヤゼムに言い返す声があった。俺の方を向いていたイオの表情が戦慄した。ゆっくりとイオは振り返る。そこには再び立ち上る棘の姿。しかし、イオは今の表情から一転して強気な口調で返した。

「へぇ、随分タフなんだな。お前も人間じゃないのか?」

「阿呆め。単に私が意識を失うとショックを与える札を身に着けているだけだ。その程度の思考さえ働かんほど取り乱していると見える」

 棘はそのまま腕を支えに足を引き抜き、床に立った。

「ふん。貴様は俺を、いや、人間を殺せんようだな。その呪いゆえか」

「・・・・・・っ」

「ならば、やはり俺が負ける道理はないな。さっさと終わらせてもらうぞ」

 棘はさっきから漂っている灰の流れ。その中の自分からイオに続く一本に指をかけた。

「くそっ!」

 イオはそれを見て動く。しかし、

「遅い!」

 棘の攻撃には間に合わなかった。棘は灰にかけた指をつい、と動かした。すると、途端にイオが動きを止め、ビクンと身を震わせた。そして、がっくりとうなだれ、地面に膝をついた。

「うううぅう」

 そして、自分の肩を抱き、震えはじめる。棘はそれを黙ってみている。俺も、そしてアザムヤゼムも何が起きているのか分からないようだった。棘は何かを出したわけではない。強いて言えばあの灰の流れか。あれが相手の動きを止めるような効果を持っているのか。なら、あれをかき消せばあるいはなんとかなるのかもしれない。そう思い、俺は自分が仕掛ける決意をする。ただ、走り出してあの灰の流れに腕をかけてかき消すだけ。よし、と踏み出そうとした時だった。

「うわああああああぁぁあぁあああ」

 イオが叫び始めた。あの、いつもどことなく余裕のあるイオが。あの強いイオが。追い詰められた子供のように泣き叫び始めたのだ。

「ごめんなさい・・・・・ごめんなさい・・・・・ごめんなさい・・・・・・・」

 そして泣きながら。地面に伏す。そしてまた叫び声。イオは完全に我を失っていた。尋常でない状態だった。明らかに精神が錯乱している。イオはずっとうめき声のように謝り続けている。それはとても見ているのが苦しいものだった。俺は駆け寄ってイオの肩を掴んだ。

「おい! イオどうしたんだ! 大丈夫か」

「私のせいで・・・・・私のせいで・・・・・・本当にごめんなさい・・・・・ごめんなさいごめんなさい・・・・」

 しかし、イオに俺の言葉は聞こえていないようだった。視線も一点を見つめ、どこを見ているでもない。周りにまったく意識が向いていないのだ。

「くそっ!」

 俺はさっきの思い付きを実行する。棘からイオにつながっている灰の流れを腕でかき消す。すると灰の流れは掻き消え霧散した。その後また元に戻ろうとしたが、俺はそれを繰り返しかき消す。しかし、イオに変化はなかった。

「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・・」

 ずっと謝り続けている。

「くそっ、どうしたってんだイオ!」

 俺は棘を睨み付ける。棘はこの状況にすら眉一つ動かしてはいなかった。

「おい! お前何をした!」

「そいつが元々抱えていた『呪い』を増幅した」

 棘はなんでもないように言った。

「呪いだと? なんだそれは。この灰の効果か」

「それは単にそいつを取り巻く『澪』を視覚化しているだけの補助道具に過ぎん。私はそいつが元から持っている『呪い』を増幅する以外のことはしていない」

 棘はただそう言うだけだ。全然何を言っているのかはちんぷんかんぷんだった。『呪い』だの『澪』だの自分だけが知っている単語を並べていてその単語がなんなのかさっぱりだった。だが、この状況はどうにかしなくてはならない。

「何が何だか分からないが、要はお前を倒せばいいんだろうが!」

 こいつが何をしたにしろ、恐らくこいつを倒せばことは足りるはずだ。俺は棘に向かって殴りかかる。が、

「縛」

 棘がそう言うと急に体が重くなった。いや動けなくなった。一歩も前に進めない。いや、進むのがためらわれたのだ。急にイオから離れることが嫌になった。

「な、なんだこれ」

「貴様のそいつに対する『呪い』を増幅した。お前はそいつから離れられん」

「だから『呪い』ってなんなんだよ!」

「お前に言う必要はない」

 そう言いながら棘は俺に近づきみぞおちに一発、そして顎に一発パンチ食らわせてきた。頭が揺れ意識が遠のく。俺は地面に膝をつく。しかし、ぎりぎり意識は失われていない。

「おい、こいつをどうする」

 棘がアザムヤゼムに聞いている。アザムヤゼムは笑った。

「アハハハハ。なら今度こそ完全に食わせてもらおうかなぁ。 丁度体も弱ってるんだよねぇ、誰かさんのせいでさぁ!!!! クソッタレぇ! 棘ぉ! 僕をコケにしたこと覚えておけよ!」

「可能な限りの努力はしよう」

「クソが!」

 アザムヤゼムは吐き捨てながら僕に這い寄ってきた。そして、その右腕ががぱっと割れた。間には牙が並んでいる。

「ははぁ、今度こそいただくよぉ。恨み言ならそこに小娘に言ってくれぇ。こうなったのも全部その女のせいなんだからさぁ!」

 アザムヤゼムは僕に食いつた。また、あの時と同じ感覚だった。

「ぐあああああ」

 噛み付かれた傷口に奇妙な激痛が走る。アザムヤゼムが俺を侵食しているのだ。またあの時の繰り返し。絶望と恐怖の時間。しかし、今度は今度こそは助けは来ない。なぜならもうイオは動けない。見ればもう叫ぶこともなく完全に意識を失ったようだ。棘がイオを肩に担ぎ上げようとしていた。このままでは死ぬ。イオも連れて行かれる。だが、この前と違うことが俺にはあった。

「うがああああああああ!」

「はぁ!??」

 アザムヤゼムが壁まで吹っ飛んだ。「げぇえ」と間抜けな声を上げて激突する。なぜやつが吹っ飛んだか。イオが助けてくれたわけではない。他の誰かが来たわけでもない。俺が蹴り飛ばしたからだ。

「ふむ。この娘の意識が途切れたことで『契約』の制約が薄れたのか」

 棘は俺を見て言った。今の俺の姿を。腰から三本の触手。そのうちの一本には口があり、目は爬虫類のように鋭く、口には牙、手足は獣のようにたくましい。イオが契約を解いた時と同じ化け物の姿だ。前と違うところ。それは俺には魔族の細胞が混じり、もう人間よりずっと強くなっているということだった。

「うおおおおおおお!」

 俺は叫びながら突進する。が、

「うわあああ!」

 あらぬ方向に飛んだ。理由は単純だ。うまく飛べなかった。自分の力を見誤って飛びすぎたのだ。力が人間の時に比べ確かに格段に強い。いや、強すぎる。うまく制御できない。廃材に突っ込んだ俺は頭を押さえながら立ち上がる。

「これは面倒なことになったな」

 棘は表情一つ変えずにそう言った。そしてイオを下ろした。しかし、表情が変わっていないとはいえこの状況を好ましく思っていないことは確かなようだ。つまり、俺にも勝算はゼロではないということ。半分とはいえ魔族が混じっているのだ。さっきの魔族と人間の関係性の理屈でいけばこいつにも勝てないということはないはずだった。イオを連れてここから脱出するくらいなら可能なはずだ。

「こんちきしょうがぁああ!」

 俺は再び突進する。さっきは力を入れすぎた。力いっぱいでなく8割くらいの力を意識する。部活の感覚が若干生かされた。あの強くも弱くもない卓球部での経験がこんなところで役立つとは。今度は上手く飛べた。制御できる範囲で、かつ棘の反応を超えた速さ。自分でも驚く。アホみたいな速度で景色が飛んだのに目と意識はしっかりとそれを把握している。

「圧」

 棘が言う。体が重くなった。が、構っている場合ではない。俺はそのまま棘を蹴り飛ばした。棘は吹っ飛んで書類の山に突っ込んだ。手加減はかなりした。俺だってこの歳で人殺しなんてごめんだ。

「やはり子供は抱えた呪いが軽い」

 棘は立ち上がった。思った程のダメージがない。さっきの体が重くなったことが原因だろう。おそらくあれがこいつの魔術。さっきからの感じだとおそらく相手の心に干渉するような能力のようだ。それでイオの心をあんなに滅茶苦茶にしたのだ。はっきり言ってそれだけで許せなかった。

「イオは返してもらうぞ」

「無理だ。貴様はここで消えてもらう」

 棘が灰の流れに指を当てる。見ればその流れが俺の周りにも集まっている。しかし、イオのものよりは薄い。

「くそっ、この灰の流れか」

「凶」

 棘が行ったと同時に、すさまじい勢いで頭の中に映像がフラッシュバックした。それはアザムヤゼムに食われたあの夜の映像。あの時の苦痛や恐怖、絶望感が押し寄せてきた。異常だった。それはあの時感じた以上の感覚だった。その感覚だけで意識がぶっ飛びそうだ。

「くそおおお!」

 俺は力いっぱい暴れる。意識が定まらずまともに映像が頭に入らないがそれでも暴れる。手足で、頭で、そして腰から生えた触手で。そしてその先にある牙の揃った口で。

「やはり、これだけで行動を止めるのは不可能か。なら、俺が直接手を下すしかあるまい」

 棘が懐から何かを取り出す。短刀だった。意識が定まらず良く見えないが何か細かい文字が書いてあるように見えた。そして、半狂乱になっていてもはっきりと分かる。異臭がした。禍々しい匂いだった。明らかに普通の刃物ではなかった。棘はそれグンと俺に向かって投げつけた。良く分からないがやばい。あれを食らうととてもやばい。多分死ぬ。

「うおおおおっ!」

 俺は暴れて這いずってそれを躱そうとする。しかし、それは真っ直ぐにこっちに飛んでくる。かわせない。俺は苦し紛れに触手を振るう。もうすっかり体の一部のようだ。しかし、一本目は容易く切り裂かれる。それと同時に痒みを伴う鈍痛が走った。何かが流れ込んできた。きっとそのまま体に刺さるとろくでもないことが起きると瞬時に感じた。だが、この触手では防げない。万事休すか。と、思ったとき。一本に付いている口が、自動的に刀を食った。

「む?」

 棘の表情が一瞬変化する。それも当然で、触手が刀を食って、そしてそのまま飲み込んでしまったのだ。見ている自分でも良く分からない。と、今度もまた何かがじんわり体に満ちた。しかし、今度は嫌な痛みはない。なんというか自分の体に馴染んだような。なんだこれは、と思うと同時に。さっきまで感じていた映像のフラッシュバックが止んだ。

「う、動ける」

 俺は意識がはっきりしたことを確認し手を開いたり閉じたりしてみる。

「貴様、そうか。こいつと同化したことで貴様もこいつの能力を手に入れたのか」

 棘が声の調子を落とした。どうもこの状況は棘の望むところではないらしい。なんにしても動ける。なら、やることは一つだ。

「おらぁ!」

 俺は棘に飛びかかった。

「凶!」

 棘が再びその魔術を発動する。しかし、なにも俺の体には起きなかった。こいつの魔術が効いていない。

「ちぃっ!」

 棘が舌打ちするが遅い。俺は棘の脇腹に右フックを叩き込んだ。ミシリと骨がきしむ音がした。折れた音でなくて幸いだ。出来ればそんな重症を与えずに意識だけ奪いたい。棘は吹っ飛び床を転がった。体勢を立て直したが膝をついて咳き込んだ。

「むう。これは実に面倒なことになった」

 棘は忌々しそうだがそれでも表情は変わっていない。余裕ではないはずだが、それでも精神に乱れは見られない。だが、それも構いはしない。どうも状況は俺の優勢だ。多分さっきの短刀を食ってからだ。こいつの魔術はさっぱり効かなくなったらしい。なら、あとはただ肉弾戦をするしかないが、それなら身体能力で勝る俺が優位だ。勝機が見えた。俺は腰を落とし、足に力を溜め再び棘に突っ込もうとする。

「どうした棘。ピンチみたいだな」

 しかしその時、静観していたアザムヤゼムが口を開いた。

「なにか策でもあるのか」

「もちろんあるとも。ただし条件がある」

「なんだ」

「僕と契約して僕の奴隷になれ。お前は僕を侮辱しすぎた」

「断る」

 棘は一つも迷うことなく答えた。

「貴様・・・・・」

「代わりと言ってはなんだが、事が終われば貴様に喰われてやろう。それでどうだ」

「・・・・・っち。お前のそういうぶっ飛んだ所はいつも呆れるよ。いいだろう、それで手を打ってやる」

「なら、その策とやらを見せてもらおう」

 なにか来る。アザムヤゼムがなにか奥の手を隠しているのか。まずい。速攻で方を付けなくては。この場合は、アザムヤゼムを止めるのが先決か。いや、棘さえ倒せば動けないアザムヤゼムはイオがどうにかするのか。どっちだ、どっちを狙うべきだ。まったくの素人、戦闘の「せ」の字も分からない俺は数秒間動きを止めた。それは致命的だった。もう遅かった。瞬間、体に強烈な違和感が走った。

「む」

 棘は俺の姿をまじまじと見ていた。俺のほうは何かが体の中からせり上がってくるような違和感に苛まされていた。そして体が熱い。そして頭の中が真っ白になっていく。何がなにやら分からないが、苦しくて、忌々しかった。

「コイツの中の僕の細胞を暴走させたのさ。これでこいつは正気を失う」

「まるで犬だな」

 何もかもが分からなくなる。棘の術にかかった時とは違う。何かが意識を飲み込んでいく。どうしようもない、これは狂気か。そして怒り、それらが俺を支配していく。俺は手当たり次第に暴れたくて仕方がなくなった。もはや自分がどうなっているのかも分からないが、俺は力いっぱい床を殴りつけた。すさまじい轟音。床が砕けクレーターが出来る。

「さて、この間に退散するとしよう」

「ふむ。貴様はどうする」

「体から頭を切り離してくれ。それだけあれば半日で再生出来る」

「分かった」

 あいつらがイオを抱えて離れていく。俺は追いかけようとするがそんなことより暴れたくて仕様がなかった。俺はビルを飛び出し、街に出る。イオの背中が離れていく。これではいけないと思う。しかし、その想いさえ、怒りと狂気に塗り替えられていく。どうすればいいいんだ。俺はとにかく一つ遠吠えを上げる。連中はもう見えない。どこか遠くへ行ってしまった。それでも俺は暴れている。

 どれだけ経ったろうか。俺は目につくものをとりあえず殴り蹴り飛ばし、噛み砕いて破壊する。頭の中は真っ白だ。と、

「止まりなさい、春太君」

 馴染みのある声が聞こえた。それから強い金属の錆びたような匂いがした気がした。俺の意識はそこで途切れた。

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