第7話
ラーメン屋を出た俺たちは一路目的地を目指した。俺たちが回ったルートは郊外から調べて、次に街中に入っていくというものだった。イオ曰く可能性としては人通りの少ない郊外のほうが高いとのことだったが、結局全てはずれだった。それで、次に街中というわけだ。
「なんで午後一発に駅前なんだ」
「勘だな。いや、正直言うと理屈で言えば郊外の方が可能性が高いのは分かってたんだ。でも、勘で言うと初めからここが何かピンときてたんだよな」
「へぇ」
ということは大本命ということだろう。イオの勘がどれほど当たるのか知らないが気を引き締めてかからなくてはなるまい。
自転車を走らせて10分くらいだろうか。ようやく駅の近くまでやってきた。廃ビルは駅のはずれ、様々な車両が止められている区画のそばに建っていた。ここも会社の事務所だったようだが今は放棄されている。塀で囲まれているわけではない、ぽつんとビルが建っているだけだ。駅のはずれとは言え、街中なのだ。周りの通りや駅には人や車が行き交っていた。
「ここだとすると人目があるよな。戦闘ってなったら大丈夫なのかね」
俺はなんとなく感想を漏らしてイオを見る。しかし、その表情は今までとは違った。目を細めてビルを睨んでいる。
「こいつは多分当たりだな」
「え」
俺もためしに鼻を効かせてみる。そうするとほんのわずかに酸っぱい匂いが感じられた。
「本当だ。少しだけ匂いがする」
「ほんとに呆れた感度だな。私にはまだなにも感じられない。連中魔力を漏らさないようにあらゆる術式を張ってるんだろうな」
イオは指を振る。恐らく気配を消す魔術だ。しかし、続けざまにイオはもう一回指を振る。
「今回はもう一つ遮断術式をかけとく。匂いから音から魔力から、ありとあらゆるものを遮断する術だ」
「じゃあ、そうそうバレないってことか」
「そうはいかないだろうけどな」
そう言ってイオはポケットからさらに土で出来た人形を取り出し地面に放った。するとそれはムクムクと巨大化しあっという間に形を成した。それは俺とイオだった。俺は目を丸くした。その前で、俺たちそっくりの土人形は自転車に乗って去っていった。
「なんだありゃ」
「これで私たちは自転車に乗ってこの場を後にしたように向こうさんには見えるはずだ。普通の相手ならな。ただ、アザムヤゼム相手だと効果はないかもしれない。お前はここに残れ」
そう言ってイオは歩き出す。
「嫌だ」
「はぁ? お前、もう完全にアウトのとこまで来てるんだ。お前は残れ」
「嫌だ」
俺はどうしてもイオに協力したかった。ここまで来たのだ。最後まで付き合いたい。
「ダメだ。絶対にここに残れよ」
「ちぇっ。わかったよ」
俺は渋々な返答を返す。それを聞くとイオはようやくまた歩き出した。そしてイオがビルに入ったのを見て俺も後を追った。ここに居るつもりなどなかった。
ビルはなんの変哲もないように見える。外から見える窓の中は家具や書類が散乱していて人の手は何一つ加えられず放棄された様子が見て取れた。と、
「なんだこりゃ。すごい酸っぱい匂いがするぞ」
ビルに近づくにつれて、異界の魔力を示す酸っぱい匂いがどんどん強くなっていくのが感じ取れた。俺はそのままビルに入る。ガラス製のドアは割れていて簡単に入ることができた。
入った途端だった。異界の魔力を示す酸っぱい匂いが今まで嗅いだこともない濃密さで感じられた。このビルは明らかに普通の廃ビルではない。
「すごい匂いだ」
「ああ、明らかになんらかの手が加わってる。って、おい。お前なに平然と付いてきてるんだ」
「どうしてもついて来たかったんだ。どうしても手伝いたかったんだ」
「お前・・・・・。仕方ない」
そう言うとイオは指を振った。さっきの術式を俺にもかけたらしい。
「一番強い匂いがするところだけ見つけてくれ。それが終わったら速攻で転移させる」
「了解だ」
イオはあたりへの警戒は怠らずに壁に近づいた。俺もそのあとに続く。すんすんと鼻を鳴らすとすぐに一番匂いの強い当たりが分かった。俺は壁の一角を指差す。
「ここだな」
「よし」
イオの手が赤く光る。するとその壁になんらかの文様が浮かび上がった。なんだか分からないが複雑怪奇な文様だ。
「ここから異界の魔力を引いてたんだな。上の階に工房があるんだろう」
「ってことは完全にビンゴってことか」
「そういうことだ」
俺たちは声を潜めて会話する。とうとう当たりを引いたということだ。とうとう連中と対面するということだ。あいつらがここに居るのだ。
「よし、お前の役目はここまでだ。転移させるぞ」
「あ、ああ」
なんか不完全燃焼だが仕方がない。いよいよなのだから。いざ戦闘が始まれば自分なんてひとたまりもないのだ。そもそもそういう約束だったのだから。甘んじて転移を待つ。しかし、
「バスタフェグニス」
合成音のような声がこの階に響き渡った。それと同時に部屋の壁がぐにゃりと歪む。丁度水の中で目を開けた時のようにおぼろげでぼんやりとしてしまった。
「なんだこりゃ!」
「しまった! クソっ、『アルタリア』!」
と、俺の周りに光の膜が発生した。
「なんだこりゃ!」
「絶対防御の障壁だ。その壁は外からの干渉を遮断する。が同時に中からの干渉も遮断する。そこから出られないがその中にいる限りはお前の身は安全だ」
「ていうか何が起きたんだ」
俺には恐らく何かろくでもないことが起きたことくらいしか分からない。
「この部屋を空間から遮断したんだ。外へ出ることは出来ないし、外からこっちの様子を見ることも出来ないよ」
そう言いながら何者かが階段を降りてきた。
「やぁ、詐欺師。そっちから来てくれるとは嬉しい限りだ。こちらから出向く手間が省ける」
現れたのはアザムヤゼム。その姿は以前見たときのような気色の悪いずんぐりした体型ではなかった。シュッとした獣を二足歩行にしたような姿だ。逆関節というやつか。脚の作りは獣寄りだった。
「ようやく見つけたぜ。ここがお前らのアジトで間違いはないな」
「ああ、今日まではね。でももう場所を移すところなんだよ」
「何? なんのためにだ」
「新しい儀式のためさ。そのためには土地が悪かったからね。場所を変えさせてもらうのさ」
「新しい儀式だと?」
それは連中の計画に変更があったことを意味していた。連中が新しい『扉』を作らなくなったのはこのためだったのだ。イオが予想した『門』を開く別の手段を見つけたということだろう。
「何をするつもりだ」
「それは言えないよ。ただ、君にも協力はしてもらわなくちゃならない」
「どういうことだ」
「まぁ、これから分かることだよ」
アザムヤゼムがそう言うと、床がぐにゃりと動いた。
「ちっ!」
舌打ちをしてイオは後ろに飛ぶ。飛びながら指を振り、業火をその床にお見舞いした。イオはそのまま着地して、盛り上がった床を睨みつけた。それは巨大な口だった。床が盛り上がり、それに口が付いているのだ。そしてその上に人間のような瞳が一つ付いていた。床は初めから怪物だったようだ。
「君を捕獲させてもらうよ」
「はん! 出来るもんならやってみろ!」
イオは指を振り炎を怪物に叩きつける。しかし、それは怪物の体に当たるとともに掻き消えてしまった。弾かれたわけではなく掻き消えた。
「吸収してるのか」
「そういうことさ。こいつの体は魔力を吸収する。しかも、貯蔵できる魔力量はとてつもなく多くてね。我ながら厄介な怪物を作ったと思うよ。つまりこいつに魔術は効かない。加えて」
と、怪物が何か喋り始めた。ブツブツと何かを言っている。いや、これはまるで。
『ヴァン・パッツィーン・ズィン』
怪物が呪文を詠唱した。と同時に強い緑の光が発せられた。俺は思わず目を塞ぐ。イオは瞬時になにかの布を広げ、その光を防いでいた。
「魔術を使えるとは器用な化物だ。しかも狂気の術か。私を狂わせて動けなくしようなんざ相変わらず趣味が悪いな」
「ああ、行動不能にするにしても愉快な方法が良いからね。こいつは吸収した魔力を使って呪文を強化するんだ。魔術を当てれば当てるだけ不利になるって寸法でね。いい趣向だろう」
「ちっ」
イオの足元に魔法陣が展開される。これはイオが『カラー』の効果範囲を広げる魔法陣だ。
「おお、恐い。『カラー』を使うつもりかい。その能力の厄介さは先日知ったところだからね」
「はっ。白々しい態度取りやがって。何か対策があるみたいだが、私の『カラー』の汎用性を舐めるなよ」
イオは手を怪物に向ける。
「お前の『魔力の許容量』を反転する」
魔法陣が赤く明滅する。なるほど、怪物が持つ『膨大な魔力の許容量』を『極小な魔力の許容量』に反転しようということか。これなら怪物はほんのわずかな魔力しか吸収できなくなり、その能力はほとんど無力化するということだ。
「ちっ」
しかし、イオは険しい表情で舌打ちする。
「その怪物、お前の『子供』で作ってあるな」
「そういうことさ。だから君の『カラー』は効かない。魔族の『カラー』は自分より上位の魔族には通用しない。これは『カラー』における唯一にして絶対のルールだ。だから君の『カラー』じゃ僕の細胞で作られた、いわば『分身』のこいつをどうこうすることは出来ないよ」
アザムヤゼムはニタニタと笑った。なんてことだ。そういうルールがあったのか。ということはイオの能力ではあの怪物の特性を破る事ができないということだった。それはつまり魔術ではあいつは倒せないということだ。そもそもアザムヤゼムの分身ということは魔術自体も効きが薄いだろう。あれはアザムヤゼムと同じくらい、いやそれ以上にイオの攻撃手段に耐性があるのだ。
「なら、魔術以外でそいつを倒すまでだ」
そう言ってイオは空中に俺を助けた時のように何本も、そう何本も無数に刃を召喚した。魔術が効かないなら物理的な攻撃で倒せばいいということか。
「喰らえ」
イオが腕を振るうと同時に宙に浮いた刃は一斉に怪物に向かって飛ぶ。
『ザシチータ・アミナ』
呪文と同時に怪物の体表がキラリと光る。すると飛んできた刃が弾かれた。どうも防御力を上げたようだ。しかし、弾かれたといっても何本かは刺さっていた。つまりその防御は完全ではないということだ。勝機は十分にある。
「っち、硬ぇな。なら、もっと鋭くてでかいのを御見舞してやる!」
イオの周りに巨大な刃が何本も現れる。あれが直撃すれば怪物はたたでは済まないことは間違いなかった。
「そうだね。当然そういう流れになるよね」
しかし、イオのその目の前に今まで後ろで静観していたアザムヤゼムが現れた。そのままイオのどてっぱらに蹴りを見舞う。しかし、イオはとっさに腕を組みそれをガードした。それでも、勢いは殺せない。イオは壁に激突し、苦悶のうめき声を上げた。
「まぁ、そのために僕はこういういかにも接近戦が得意そうな体型になってるのさ。今回は趣向を変えて、僕が前衛ってわけだよ」
アザムヤゼムはニンマリ笑った。イオの意表を付けてご満悦のようだ。
「そうかよ。それで勝ったつもりとは救えないぜ」
「強がりは止せよ、と言いたいところだが君を侮るべきではないだろうからね。慎重にいかせてもらうよ」
アザムヤゼムはパチンと指を鳴らす。するとその姿がゆらりと揺らめいた。まるで、煙のようだ。
「ちっ」
イオは作った刃のひとつを飛ばす。しかし、その刃はアザムヤゼムの体をするりとすり抜けてしまった。そのまま、後ろの壁に突き刺さった。まるで、実体がないかのようだ。
「はははっ」
アザムヤゼムはそのままイオに蹴りかかる。イオは刃を投げてそれを阻もうとするがやはりすり抜けてしまう。そしてそのままガードしたイオの腕さえすり抜けイオのみぞおちにその踵が入る。しかし、その足は明らかに実体を持っていた。イオはさらに壁に叩きつけられた。
「僕自身の体にも細工をしてあってね。エーテル体とでも言えばいいのかな。僕の体は自由自在に実体を無くしたり、現したりすることができる。まぁ、要は君の攻撃は効かないけど僕の攻撃だけは通るみたいな感じだよ」
アザムヤゼムはさらに拳を振るう、すかさずイオは短く呪文を詠唱する。アザムヤゼムの拳はイオの顔面に入った。イオの後頭部が壁にめり込む。
「くっそ。強化しても痛え」
「ははぁ、肉体強化か。なるほど防御力だけは上がるんだね」
「お前の物理攻撃耐えれりゃ十分だ。お前、エーテル体ってことは魔力の塊なんだろ。なら魔術には滅法弱いと見たね」
イオは指をついと動かす。するとアザムヤゼムの周りにバチバチと火花が散り始めた。
「消し飛べ」
アザムヤゼムの周りに巨大な電流が発生した。しかし、
『グウウウウウウウウウウ』
後ろの怪物が吠える。すると、発生した電撃が全て怪物に吸い込まれていった。アザムヤゼムには傷一つ付いていない。
「そのためにあいつを連れてるんだ。ただ呪文を詠唱するだけなんてつまらないだろう」
「そうかい。こいつは随分厄介だ」
アザムヤゼムが蹴りを見舞う。イオの土手っ腹にクリティカルヒットだ。イオは舌打ちする。肉体強化でダメージが軽減されているとは言え、壁がへこむほどの威力だ。まったく大丈夫という訳はない。
「さぁ、どうするんだい。見たところ追い詰められてるみたいだけど」
そう言いながらアザムヤゼムは何発もパンチを叩き込んでいく。イオは苦悶の表情だ。
「どうかな。これくらいじゃ追い詰められた内に入らないぜ」
イオはさらに短く呪文を詠唱した。さっきと同じものを3回。瞬時に素早くだ。
「おら!」
イオはそのままひじを使って壁を殴る。するとすさまじい勢いでその体が吹っ飛んだ。術式を重ねがけして肉体強化の効果を増幅したのだ。
「おや?」
当然、アザムヤゼムは実体を消してそれをすり抜ける。だが、イオの狙いはその後ろの怪物だ。イオは勢いそのまま怪物に殴りかかった。
「喰らえ」
イオの渾身の右ストレートが怪物にお見舞いされる。しかし、その一撃は思うほどの効果は産まなかった。怪物の体が少しのけぞったがそれだけだ。イオの拳では防御力を上げた怪物の体にわずかなダメージを与えることさえ出来ないようだった。
「無駄無駄。元が貧弱な君じゃどれだけ強化してもたかが知れてるんだよ。そして、君にはそいつを倒す魔術はない! そしてあの刃の術を発動する隙だって与えはしないんだよ!」
アザムヤゼムは高らかに笑いイオに襲いかかる。しかし、イオは右手を広げ魔法陣に命じた。
「この周囲の空気の『重さ』を反転する」
グシャリと大きな音が鳴った。それはイオの目の前の怪物からだった。怪物はもう怪物と言えないほど潰れていた。ぺしゃんこになっている。さっきまでの防御力が嘘のようにあっさりとだ。しかし大したものでそれでも怪物は死んでいない。上にのしかかっているものに抗おうとする。すなわち、イオの能力で『とても軽い』から『とても重い』に反転した空気に。しかし、それも無駄だった。重くなった空気は一気に体積が低下したようだ。ものすごい風が起き、どんどん怪物の上空に空気が集まる。それも片っ端から重くなるので、怪物の上にはとてつもない重さの重りがどんどん積み重なっていっているということだった。
『アアアアアアアッッァアァアァァァァァ・・・・・』
やがて怪物は紙のように薄くなり動かなくなった。
「なっ・・・・・」
ここまでわずか数秒の出来事。しかし、アザムヤゼムならイオに一撃くらいは見舞えたであろうに、奴は目の前に起こった事に呆然としているようだった。
「さて、手駒はこれで全部か?」
「・・・・っ」
「私の能力の厄介さを知っているとか言ってたが、ここまで想像は働かなかったらしいな。この能力を使えば周囲の全ては武器になるし盾になる」
「ここまで厄介だとは・・・・・。くそっ」
アザムヤゼムは忌々しげに歯噛みする。しかし、勝負は決した。あの怪物が居なくなるということは実体のないアザムヤゼムを魔術から守るものが居ないということだ。物理攻撃をあの体で、魔術をあの怪物で補うことでアザムヤゼムの防御は絶対になり、それを軸に戦うことで相手を圧倒する計画だったんだろう。イオの物理魔術はアザムヤゼムが攻撃して防ぎ、よしんばイオが直接肉体で攻撃しても怪物の防御は破れない。そして怪物もアザムヤゼムも『カラー』が効かない。普通に考えればアザムヤゼムが絶対的に有利だ。アザムヤゼムはこの戦法に随分自信があったようだ。だから、こんなにあっさり破られるのは衝撃だったようだ。
「それで、次の手はあるのか」
「・・・・・・・・っ! クソがぁ!」
アザムヤゼムはなにも言わなかった。ただ、全力でイオに殴りかかってきた。イオはそれに対して一つ指を振った。するとイオの足元から白いモヤが現れ、それが突っ込んできたアザムヤゼムを包み込んだ。アザムヤゼムはそのモヤに縫い付けられたように動きを止めた。
「・・・・! 霧か」
「ああ、実体のない亡霊なんかを封じる霧だ」
「なんだ、こんな術は僕でも知らないぞ!」
「ああ、アフリカの奥地に住む霊媒師しか知らない術だ。お前が知るはずがない」
「クソが! こんな屈辱許せない! 魔術の知識で僕が負けるなんて!」
「残念ながら事実だぜ。そしてこれで終わりだ」
イオの腕に稲妻が走る。赤い閃光だ。普通の電気の色ではない。
「クトネシリカ」
イオの腕の稲妻は形を成し、まるで刀のようになった。そしてそのままグニャリと歪んだかと思うと一瞬でアザムヤゼムの体を胴なぎに真っ二つにした。
「グアアアァアア!」
アザムヤゼムは上半身と下半身に分かれ、床に倒れた。それと同時に部屋を覆っていた結界も消えたようだ。景色が元に戻った。アザムヤゼムは半分に分かれても当然のように生きていた。ただ、激痛のためか這いずり回るので精一杯のようだ。
「クソッ、クソッ! 忌々しい、忌々しい小娘め!」
アザムヤゼムは叫びながら血を吐き出す。紫色の生物のものとは思えない血だった。
「黙れ。まず、こいつの体を元に戻せ、それからお前らの新しい拠点を教えてもらうぞ」
「クソッ! クソォオッ! そんな要求聞くものかよ! 僕はここで死んでも代わりの体を用意するだけでいいんだぜ! 別に絶体絶命ってわけじゃないんだよ!」
「ああ、その通りだな。お前は代わりの体を用意するだけでいい。でも、この体が死なない限り次の体も用意できないはずだな」
「ま、まさか貴様」
「お前をこのまま拘束する。この数日で用意した脱出不能の次元牢にブチ込む。お前は意識をその体に委ねているから異界に帰ることも出来ない。永遠にこっちで囚われることになる」
「や、止めろ!」
「なら、早く言われた通りにしろ」
「クソガああああッ!」
アザムヤゼムは絶叫した。とうとう追い詰められたようだ。一時はイオが追い詰められたかとも思われたが杞憂だったらしい。このままいけばアザムヤゼムに俺の体を返してもらえる。そして新拠点を聞き出せば残るのはあの協力者の人間だけだ。イオなら追い詰めることが出来るだろう。全て上手くいったのだ。
「さて、待たせたな」
そう言ってイオは俺の周りの結界を解いた。俺はようやく解放され軽く伸びをする。アザムヤゼムは苦痛と屈辱で滅茶苦茶に叫んでいた。明らかに外に響き渡っている。人目を避けていたようなのにもはやお構いなしのようだ。
「ちっ。とりあえず次元牢にこいつを飛ばす。尋問はその後だ」
「大丈夫なのか」
「もうこいつには簡単な魔術を使うことも出来ない。この状況なら素直に吐くだろう」
「そうか。俺はどうする」
「お前は涼子のところに一旦戻れ。尋問は私だけでいい」
「分かった」
確かにこんな化け物相手に俺ができることはなにもなさそうだった。さっさと笹川骨董店に戻った方が良さそうだ。表を見ると、俺たちそっくりの人形たちが自転車を漕いでこっちに向かっていた。恐らく結界が消えると同時にイオが指示を飛ばしたのだろう。俺はとりあえずビルの入口に向かう。と、しかし行く手は一人の男に阻まれた。
「やれやれ。やはりこうなっていたか」
恐ろしく陰気な、全身黒ずくめの男は言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます