第21話 恋と呪い

「魔女殿! 魔女殿、しっかりするんだ!」


 すんでの所で抱き留めたカルケルは、意識を失った彼女に向かって大声で呼びかけた。

 しかし、魔女はぴくりとも反応しない。

 ふわりと近付いてきたランたんが、ぺしんとカルケルの頭を叩いた。


「なんだ、ランたん。今は遊んでいる場合では……」

『足を見せて』


 落ち着いた大人の女性の声が、目の前のカボチャお化けから発された。


「……今の声は、まさかお前か?」

『いいから、この子の足を見せなさい』


 ぺんっと再度頭を叩かれたカルケルは、どうやら自分の幻聴ではないと思い、カボチャお化けの指示通り、腕の中にいる少女のローブの裾を、少しだけめくった。

 そして、うっと息を呑む。


「……なんだ、これは……」


 ガラスの靴が、どす黒く変色していた。そしてまるで蔦のような痣が、リュンヌの足先から上へ上へと伸びている。


『……ああ……やっぱり……』


 カボチャお化けが発した女の声は、悲しみを帯びて震えていた。


『カルケル王子、この子を館へ運んで下さい』

「それは、言うまでも無いが。……この足は……」

『――呪いです』


 カボチャお化けは、言った。


『貴方と同じように、この子もまた、呪われている』


 ふわり、ふわり、カボチャお化けの動きは、いつもより精彩を欠き、どこかおぼつかない。


『……呪いはもう、止められない』


 一度、カルケルを振り返ったランたん。

 この使い魔の顔は、カボチャで出来ているので、当然表情変化など無い。

 けれど、今のランたんには、カルケルを責めるような雰囲気があった。


『――この子は、恋を知ってしまったから』

「……恋……?」

『身に覚えが無いとでも、罪な王子様?』


 カルケルは言葉に詰まり、横抱きにした少女の顔を見下ろす。

 解呪の手助けと引き換えに、恋をしてくれという不可思議な条件を出してきて以降、彼女からそういった類いの話をされたことはない。

 ただ、時折見せる表情からは、嫌われていないとは推測できた。

 好かれているのだとうぬぼれることが出来たのは、あの教会での一幕で……。


「……それでも、こんな形で知りたくは無かった」

『――…………』


 呪いが解けたら、カルケルは改めて彼女に言おうと思っていたのだ。

 自分の事を忘れている彼女に、思い出してくれと縋るつもりは無く、ただこれから新しい関係を始めたいと。


『……この子に、恋なんて知って欲しくなかった。ずっと、小さな魔女さんでいて欲しかったのに……貴方のせいですよ、王子様』


 ほどなくして、館が見えてくる。

 ランたんが、大きく扉を開いた。

 カルケルは中に入り、カボチャお化けの誘導の元、一室へリュンヌを運ぶと寝台に寝かせた。


「靴……そうだ、この靴を脱がせなければ」

『無理です。そのガラスの靴は、呪いの靴。持ち主をとり殺す日までは、決して脱げません』

「とり殺すだと……!?」

『おかしいとは思いませんでした? どうして毎日毎日、舞踏会でもないのに、日常生活には不便な事この上無い、ガラスの靴をはいているんだと』

「……それは……思ったが」

『強い呪いです。夜、靴を脱いで寝ても、朝が来るとまた無意識にこの靴を選んでしまう。成長すると、靴もぴったりの大きさになる』


 そして、呪われたガラスの靴は待ってたのだ。

 少女が誰かに恋する瞬間を。


『恋なんて知らなければ、この子の呪いは発動せずにすんだのに』

「……お前は、一体何者なんだ?」


 今までは一度も口を開かなかった、カボチャお化け。

 急に饒舌に話し出した使い魔は、芝居がかった仕草で一礼した。


『この小さな魔女さんからは、カボチャお化けのランたんと呼ばれています。……“茨の森の魔女”がこの子に遺した、最初で最後の魔法です』

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