第9話「嘘つきだった少女」

 打ち上げからの帰り道。

 遥介は、いつもは通らない道を歩いて帰った。

 それは、小学校の頃の通学路だった。


 遥介は昔、その道で、巣から落ちたらしい、何かの鳥のヒナを拾ったことがあった。

 遥介と、そのとき一緒にいた、佐里と他の何人かの子どもたちは、みんなそのヒナを家に持って帰りたいと言った。

 それで、ヒナを取り囲んで争いになった。

 遥介は、どうしても自分がヒナを世話したくて、自分の家がここからいちばん近いから、とかなんとかむちゃくちゃな理由をつけて、不満げな顔をする他の子たちをよそに、強引にそのヒナを拾って帰ったのだ。


 遥介は、ヒナを自分一人で育てたかった。

 いちばん仲の良い友達の佐里にさえも、ヒナを見せたり触らせたりしたくなかった。

 けれども、ヒナはもともとひどく衰弱していた。

 子どもの手から逃れることもできないほどに。

 ヒナは、餌を与えても何も食べようとせず、もとから力ないその動きは、時間が経つにつれて弱々しくなっていくばかりで、遥介にはどうしていいかわからなかった。


 結局、ヒナはその日のうちに死んでしまった。



 次の日の朝。

 学校に行くことを思うと、遥介は気が重かった。

 昨日ヒナを拾い損ねた子どもたちと、顔を合わせるのがいやだった。

 みんなが拾いたがっていたヒナを、無理やり自分が拾って帰って、あげくに一日も経たないで死なせてしまった。

 そのことを彼らに知られるのが、いやでいやで仕方なかった。


 学校に着いて、昨日の子どもたちと顔を合わせるなり、遥介は「昨日のヒナ、あれからどうした?」と聞かれた。

 遥介はうつむいて黙っていた。すると、


「ヒナはね、あれから元気になったよ。でも、元気になってどこかに飛んで行っちゃったから、もう遥介のうちにはいないの」


 そばにいた佐里が、遥介を庇うように前に出て、子どもたちにそう言った。


 遥介は、ヒナのことは佐里にも話していなかった。

 佐里は何も知らなかった。でも、佐里には全部わかっていたのだ。


 昔の佐里は、そんなふうに嘘をつく子だった。


 あのとき。

 自分は、本当のこと言ってみんなから責められるべきだったのかもしれない。

今ならそう考えることもできる。

 けれど、あのときの自分は、確かに佐里に救われた。


 たとえ佐里の嘘が、相手には見破られていたのだとしても。

 たとえあの嘘が、本当のことを隠すことも誤魔化すこともできなかった嘘だとしても。

 それでも、自分の気持ちを汲み取って、とっさに嘘をついてくれた佐里の優しさが、うれしかった。


 だから、そのとき、遥介は思った。

 自分も佐里のようになりたいと。

 大切な人のために、平然と嘘をつける人間になりたい、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る