ある学校で起きた厄介事(後編)

授業はある程度真面目に受け、放課後。

時間はすでに15時を既に過ぎてしまっている。

時間はあまりない。

 

「で、具体的に私にどうさせたい? やはり、魔力で時計を一時間まわすというのか」

だが、冷静さを書いていけないというのが父の教えである。


「何で、リリーちゃんがそんなに冷静なのが私には理解ができないんだけど」

「それが私の父の教えである。魔術師は常にエレガントにしなくてはならない。うむ、紅茶もペットボトルでしか飲めないのが残念だが、この午●の紅茶というのも悪くはないな」

「何だか、色々と危ないところを言っていないかな? ギリギリじゃないかな」

「どうでもいいだろ。そんなの。まずは状況を考えて、できることをやる。できることとできないことを把握して、まずはレッツトライだ」

本当に水梨はどうでもいい事ばかり言ってくる。

これでは魔術師にはなれないぞ、と言いたいが、今は課題のことに集中すべきだろう。

 

「マイペースなのはいいけど、アイデアってあるの?」

「それを水梨芳香に聞いていたところなんだが」

私だって、万能ではない。考えてはいたが、良いアイデアは浮かばなかった。


「ないよ」


即答か。

まあ、眼をぐるぐるさせながら動揺していますよっとばかりの彼女ではアイデアを出すのも難しいのだろう。

明らかに授業中も顔を真っ赤にさせて、熱(恐らく知恵熱だろう)を出したように机に突っ伏していたのを私は見ている。


「とりあえず、試すのは力づくで回すのだが、時計塔の中で魔力を放出するというのは」

「できるわけないじゃない。そんなことしたら、確実に反射の魔術が仕掛けられているから、私たちにやってきてボンだよ」

まあそうなるな。一つの考えとしては私も思いついていたのだが、水梨のいうことにたどり着いている。だが、考えの整理としては役に立つ。


「内部は無し、と。大がかりな魔術の仕掛けでも作れればできるかもしれないが、それも無駄だな。時間もないし、それには先生たちの目がきつすぎてできないだろう」

「わかっているなら、言わせないでよ」

「まあ言わなかったら、水梨が言ったと思う。だから、あえて私は言ってみただけだ」

「う、うん。何か色々不満だけど、今は言わない」


少しは意地悪をしたかったというのは黙っておこう。何をし返されるかはわからない。

前にされたジャイアントスイングからの抱き着きは恐怖でしかない。くわばらくわばら。


「じゃあ、合体魔術とか。リリーちゃんの力と私の水の魔術を合わせて、水蒸気爆発を起こすの。それをうまくコントロールして、時計を一回転させる」

「力押しすぎるな」

「じゃ、何するのよ」

 

発想としては悪くない。ただ、水蒸気爆発というのは瞬間的すぎて、時計の針が折れてしまいそうだ。

 

「合体魔術というのもいい。他の予備校生たちの動きはどうだ?」

「ええっと、他の子たちはパスだって。テストを受けたほうが楽そうだって」

確かにそれが一番いい。平凡だが、魔術なんてものは研究熱心でコツコツするマイペースな学問でしかない。

派手なことは科学に任せて魔術は裏の世界で適当に。

それが魔術世界の常識となった。

だから、だ。

それに倣って、地味に行こうと思う。

私は人差し指を唇に当てて、右目をウィンクする。


「何かあるの?」

「果てしなく地味だが、有効な作業がな」




「時計塔の真下に来て何するの?」

わんこというのが似合うような顔をした水梨の顔だが、あまり期待はしてほしくない。


「これからやることは非常に地味だ。力押しだが、非常に地味であることだけはわかってくれ」

「何その変な言い方?」

「多分、君ならそう言うはずだ。あきれ顔でな――火よ、灯れ。そして、燃えろ」


現代魔術は非常に地味である。唱える言葉は簡素で世界のマナに語り掛けて、イメージにするだけ。仰々しい言葉はいらない。そういうのは廃れた。

ただ、何かの発現体(杖でもなんでもいい)をつけていれば、体内の魔力とマナをつなげて、現象として発現する。

私の場合は角を隠す髪飾り。それを軸にあらかじめ決めたイメージ用の言葉を4節ほどつなげるだけ。生まれはイギリスだが、育ちは日本のため、言葉は日本語。

それで放たれるは昼休みより大きな炎。それに対して水梨に手伝ってほしいことは一つだけ。


「これを使って、君の水を蒸発させろ。ただし、沸騰させて水蒸気にするのはいいが、爆発はさせずゆっくりだ」

「そんなのできないって。私は制御が苦手なの知っているでしょ」

「だからそこは私が制御しよう。ほら、手をつなげ」

と言って、私は右手で水梨の左手を取る。ぎゅっと握られた手は緊張か汗ばんでいる。

自信がないのにいきなり言われたのだ。それは仕方ない話だ。だから、私は彼女の手をぎゅっと握ってやった。


「だ、大丈夫なのよね」

「安心しろ。私は一流の魔術師(候補)だ。制御も問題ない。だから、きっちりと仕事はこなそう」

「う、うん。だったら、使うよ」

「それでいい。不安なら私の手を握れ」


「う、うん。いくよ――我が導くは流れ。命の露。目の前のものに宿りたまえ」


彼女の周りから水の奔流が流れる。

やっぱり駄目だとばかりに水梨の表情が諦めに染まる。

私はさらに右手に力を入れる。水梨はハッとして、私を見つめる。

その目は真剣で目が覚めたような顔だった。

水梨は息を吸って、「ハッ」と手の空いた右手を私のつけた炎に激流を投げつける。

ジュッという音がして水がどんどん蒸発していく。


「よし、あとはゆっくりだ。ゆっくりと蒸発させろ。これでコントロールを私もできるし、力は増すはず」


蒸発はしているが、魔術の水の力を感じる。炎も消えていくが、その辺も計算通り。

あとは水が消えるのを待って、そして、時計塔に水蒸気と化した魔術を向ける。

最後にその蒸気を長針に当てる。

うまい具合に魔術結界をすり抜けた密度の薄い水蒸気はいとも簡単に時計塔の大きな長針に触れる。


「よし、あとはゆっくりと進めよう」

「ええっ、地味だよコレ」


予想通りのセリフ。しかし、余裕はそんなにない。

時間はすでに15時と長針は8を示している。

ここから1時間まわせというのだ。


ゆっくりとゆっくりと時間はそんなに余裕はない。

汗だけが流れていく。

やはり、力の制御がうまくいかないのか、水と火という相性の悪いものが合わさりにくいのか、たまにポタポタと時計の針を濡らしていく。

それ以上に水がじゃじゃ馬でたまに私の考えているところに行こうとしないときもある。


「あああっ、やっぱり無理かも」

「無理なものは無理と私が判断する。だから、今はできる限り水の制御に集中しろ!」

ぎゅっと水梨の手を握り、彼女の体温と汗を感じる。焦っているのだろう。

しかし、私にも余裕はない。言葉を書けるのが精いっぱいだ。


「う、うん」


そう言って水梨はゆっくりと私の手を握り返し、口元を真一文字にする。

しかし、何故か顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしているのは何故だろうか。


「あわわわっ、何でこんなに握ってくるのかな。すんごい可愛い顔して必死。何かもう惚れちゃいそうなんだけど、いやいや、この子はただの女の子。しかも、お人形さんみたいな女の子で平凡な私には似合わないわけ。わかっていることを何で今ここで考えちゃうかな。考えたら考えるほど意識しちゃうのもダメダメ。やっちゃったら色々と犯罪とか国際問題とかになっちゃうかもしれないだから考えたら負け考えたら負け負け負け」


よくわからない。聞こえない。でも、ロクなことは考えていないから無視しないと駄目な気がした。

だから次は短針が4を過ぎて、一気に勢いよく回り始めるまでは気づくことが無かった。


長針が短針の4に大分近づいたころのことだ。

私の右の角に痛みが走り始めた。

その痛みに耐えきれず、顔がゆがんだことに気付いた。

恐らくは私も彼女の魔力に当てられ、魔術が体内で暴走しかけているからだ。

その一番の影響を受けやすいのが角であるだけ。


「何? 何かあるの?」

「大丈夫。もう少し。もう少しだから」

「でも、リリーちゃんが」

「今だけは耐えれる。あとで保健室にはきちんと行く。大丈夫」

「でも、でもだからって、無理なんかしちゃって。私なんかのために。こんな魔力の制御の下手な私なんかのために」

「それでもやると決めたらやる。だから」


「だったら、私を頼って。ね」

そう言って、彼女は座り込んで私を抱え込むようにしてきた。


私は感じた。彼女の膨大な力とそれを制御しようとする意志を。

流れ込んでくる痛みを癒そうとする魔力を。

それにこたえるには今から、もっと力を……。


「あ、短針がベキッて」

「NOOOOOOO!!!!!!」


ガラガラと落ちてくる短針。それを慌てて水蒸気の力で受け止める。



「えへへ。やっちゃったね」

「アホカアアアアアアアアアアアアアア!」


落ちてきた短針の近くで私は力いっぱい叫ぶしかなかった。

このせいでお金を払うことはなかったが、土日はある補修に行く羽目になってしまったのだ。

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