第7話 巡の日常 前編
同じことの繰り返し。それが幸せな事だと分かっていても、変化を求めてしまう。だけど自分で動くわけでもなく、ただただ望むだけ。そのくせ、自分が求めている結果じゃなければ文句を言う。そんな自分が恥ずかしくもあり、これが人間だと諦めている自分の一番の望みは、自分の変化。ただそれだけだった。
空が少しずつ明るくなっていき、動物の声が聞こえ始める朝5時前。
特別な事、例えば全国常連の部活の朝練やプロ入りを目指す高校生じゃない限り起きないであろう時間に、私はいつも目を覚ます。だからと言って私は何かのプロを目指している訳でもなく、友達みたく朝早くから弁当を作るために早起きをしている訳でもない。ただただ目が覚めるというだけの話。
いつも眠くなる時間が22時よりも前、早いときで20時には眠気に負けて寝ている。
その癖、おおよそ6時間寝ると、よっぽど疲れていない限り起きてしまい、全く眠くならないため、惰眠をむさぼるということもできない。
何とも不便なのか、それとも健康的で良いのか悩ましい体質の事を恨めしく思いながらリビングへ向かった。
6月のこの時間だと家の中は過ごしやすい温度で、リビングに行って朝ごはんをダラダラ食べながらニュースを眺めることができるが、秋から春の始めは地獄だ。
「何食べよっかな~」
とはいっても朝だけでなく昼もパンしか食べない生粋のパン派なので、選択肢はほぼトーストしかない。たまに菓子パンがあるが、それ以外はトーストにジャムを塗るかマーガリンを塗るかの選択肢しかない。
トースターに食パンをセットしてから何を塗るか考える。気分屋なので1週間ずっと同じジャムだったり、毎日違うのだったりする。
「いちごジャムでいっか。」
焼きあがったトーストにジャムを塗って、いつも通りテレビをつけた。
いつもと同じ人がニュースやイベントについて喋っているのを、ただただ眺めながらトーストをかじる。
先生はいつもニュースには関心を持つようにと言っているが、はっきり言って関心が持てない。行ったことも、聞いたことすらもない場所でやれ殺人事件だ、強盗事件だと言われても実感がない。
地震などの天災の場合はその有様が映像から流れてくるし、いつ自分に降りかかってきてもおかしない事なので無関心ではいられない。
しかし事件等はそういうのもあまりないため、ちゃんと聞いていたとしても「へぇ」程度でしかない。
きっと今から受験だの就職だの考えている人はこういう事件や問題も知っていて、何かしら考えているのだろう。そんなことを思いはするが、だからと言って実行するわけでもない。
「続いては各地の天気予報です。」
そんな私にとってはどうでもいい思考を巡らせていると、毎朝これだけはちゃんと聞いていると自信を持って言える天気予報の時間がきた。
「西日本は全体的に晴れが多いでしょう。週末までこの天気は続きそうです。」
これなら今日は傘はいらないだろう。日曜日のピクニックもおそらく大丈夫。
私的にはピクニックというよりも登山な気がするが、それを言うと静あたりが怒りそうなので言っていない。
トーストも食べ終わり、天気予報も見終わったので、いつも通りニュースをBGMにしながら小説を読む。
高校の最初のころまでは漫画などがメインだったが、正臣が絵の参考として時代小説やライトノベルを呼んでいたのを見て、試しに貸してもらい読んでみたら思いのほか面白く、ほぼ毎日ラノベを読んでいる。現在では正臣よりも多く読むほどにハマっているほどだ。
アニメももちろん見るが、基本的にリアルタイムのものだけを録画してみている。
過去アニメ化した作品を見ようと思いレンタル店で借りたが、1作あたり1000~1500円かかった。
1作1週間としても1か月で最低5000円かかることに気づき、それならば小説を買ったほうが内容も詳しく描かれており良いと思い、今はリアルタイムのものを録画して見ている。
読むジャンルも様々で青春群像劇も読めばファンタジーも読む。
小説を読み始めて思った事、それはどの小説にも知識が詰まっている。
ライトノベルだけに限らず、小説全般を高校に入るまで、正確には正臣に出会って本を借りるまで、ただの文字列だとおもっていた。
それなら面白い漫画などのほうが良いとすら思っていた。もちろん漫画や他の物にも知識は詰まっている。
だが、小説はほぼ同じ値段で数十倍もの知識が詰まっており、内容が充実している。その分楽しく感じる事も多い。
「おはよう、巡。今からトースト作るけどあんたもたべるかい?」
気が付くと母が起きる6時半になろうとしていた。天気予報が大体5時半なので、1時間読んでいたらしい。
小説を読んでいると時間がすぐ過ぎる。読むのは遅いためまだ80ページぐらいしか読めてないが。
「さっき食べたからいいよ~。」
小説をいったんテーブルに置いて、トーストを乗せていた皿を台所にもっていき、水に浸けた。
「たまには皿ぐらい洗いなさいよねー。」
そういいながらトーストをトースターに入れ、皿にジャムを出していた母に
「私の「たまに」は100年に1回あるかないかぐらいだからなあ。」と返事をしつつ、椅子に座って小説を読み始めた。
ちなみに母はトーストには塗らず、皿に塗ったジャムなどをちぎったパンにつけて食べる。私は本体に塗るタイプ。
「小説もいいけど、勉強もしなさいよ。テスト前に毎回痛い目見てるんだから。」
「は~い」と適当に返しながら小説を読む。
今読んでいるのはいわゆるラブコメ。今は4巻を読んでおり、それぞれの人間が告白をし、今後の展開がすごく気になるとても重要なところ。つい読みふけってしまう。
40ページほど読んだところで時計が7時を知らせた。
「そろそろ準備しなさい。電車乗り遅れるわよ。」
母のいつもの言葉を聞き、ふぅと一息置いてから小説を閉じた。
部屋に戻って制服に着替え、ほぼ空っぽの鞄を持つ。空っぽなのは教科書をほぼすべて学校に置いているから。
7時10分には家を出て、徒歩5分の最寄り駅に着く。定期を駅員さんに見せて、駅のフォームに入る。
この時間は様々な学校の制服が10~20人ほどいる。
朝練の人たちは2本早い電車、ない人たちはもう1本遅い電車に乗る。私が1本早いのは、降りる駅が1つ前だからというのと、人が多いのはあまり好きではないから。
1分ほど待つと、ローカル線特有の押しボタン式の扉が付いた3両編成の電車が到着する。ワンマンの時だけ動いてるらしい整理券発行機というのもついている。
いつもと同じように2号車の前から2番目、一番左の席に座る。席が決まってるわけではないが、私の見る限りでは皆ほぼ毎日同じ席に座っている。
鞄から朝読んでいた小説を取り出す。
15分という長いようで短い時間。何をするにも微妙な時間である。
受験生や優等生なら英単語を覚えるなどいくらでも使い道があるだろうが、私はそのどちらでもないし、受験生だったとしても勉強しているか怪しいぐらだ。昔は同じ景色を毎日見ていたが、今は小説を読める貴重な時間になっている。
いくつかの駅を通り過ぎ、次の停車駅がいつも降りる駅になった。
「ご乗車ありがとうございました。御降りの際は足元にお気を付けください」
いつも通りのアナウンスを聞いて本を閉じた。数人は降りる準備をしているが、学生は皆座っている。いつもそうなので、特別私を不思議に思う人はいないはずだ。
1番前の車両まで行き、前の降り口で切符回収をしている車掌のところまで行って定期を見せる。これまたいつも通り「はい」という返事を斜め後ろから聞きながら電車を降りる。ワンマン電車特有の光景だ。
ボロボロの改札とその横の券売機を通り過ぎて、外に出る。そして学校へ登校してる他の生徒と同じように歩く。
どれもこれも、いつも通り。違うのは天気ぐらいだ。だからと言って不満があるわけでもないのだが、変化や刺激は欲しいとどこかで思っている。
しかし変化が欲しいといっても、それは自分が望んだ変化のみで、それ以外が変わることなんて望んでない。何とも我儘な望みだと思うが、きっと誰しもが思っていると私は思ってる。
例えば電車が遅れれば、時間によっては走らないといけないし、早くついてもそれはそれで結局どこかで暇を持て余すことになる。結局のところ、自分の都合の良いことだけ起きてほしい、ということだ。
そしてこんなどうでもいいことを考えながら歩く通学路の私もいつも通りだ。
正門に通り、下駄箱に靴を入れて上履きをだし、階段を上り、教室に入って挨拶をする。これもまた、いつも通りの日常風景。
後は窓際の一番前という嬉しいようなそうでもないような席に座って、お昼になるまで授業を4つ受けるだけだ。
授業科目や内容は違えど、私からすればただ聞いているだけの授業は言っていることの大半は理解できないので一緒。大体考え事したり、本を読んでいる。
「ねぇねぇ巡、昨日のバラエティに出てたイケメン俳優達見た?」
席に座ろうとした瞬間、後ろの席で談笑していた3人が話しかけてきた。
「んー。俳優と芸人が対決してたやつ?」
「そうそう!すごくかっこよかったよねー!巡は誰が好みだった?」
「誰が・・・うーん。私はどちらかって言うと対決見て爆笑してただけだからなぁ」
「確かに面白かったけどー。5人もいたんだから誰かかっこいい!とか思った人いたでしょ。私は断然、刑事役の人が好みね!」
「いや聞いてないし・・・私はどちらかって言うと物静かな人が好きだからピンと来た人はいないかな。」
「まーたそれー?今回はクールビューティな人いたじゃん。あれはダメなのー?」
「ピンとこないってことはそうなんじゃないかな。」
などと適当に返しておく。
この子達はドラマなどで俳優の演技や容姿をじっくり見ているから好き云々の話をできるんだろうが、私は見ていない。おおよそのドラマが22時以降なため、どちらかって言うと見れないが正しい。
その後も容姿についてや性格について、先生が来るまで聞いた。
「それじゃ、今日も一日頑張ってねぇ。」
そう言って先生は教室を出て行った。
うちの担任は日頃から「独身最高!」と言って適当に仕事をしているアラフォーの女教師。学内では絶対結婚したがっていると思われている、ある意味悲しい先生だ。
「ねぇ巡~、イケメンで優しい知り合い居ないのぉ?」
後ろからそんな声が聞こえ、ため息交じりに「いない」と答える。前日にテレビなどでイケメンが出てるとほぼ聞いてくるので、慣れっこだ。
「イケメンと刺激的な毎日が過ごしたいよ・・・」
「刺激的ねぇ」
私の勝手な解釈だが、変化と刺激は同意義だと思ってる。
そしてそんな私はこの子も刺激的な毎日が良いと言うが、結局は自分の求めてる刺激以外は欲していないし、考えていないんだろうな、なんて人の裏側ばかりを除くような最低なことを思いながら相槌を打つ。
「次移動教室だし、さっさと移動しよ。」
ホームルーム前に一緒になって話を聞いていた友達の1人が面倒くさそうに寄ってきた。
「そうだねー」なんて生返事を返しながら、教科書をもって立ち上がった。「ちょ、ちょっと待って、準備まだできてない」なんて声は聞こえないふりをして教室を出た。
1.2時限目の物理、3時限目の国語を終え、今は4時限目の家庭科。
黒板にはPL法について書いてあり、教師が長々と解説をしている。
家庭科とは家庭について、つまりは家事育児などを勉強する科目なはずなのに、なぜ法律についてやっているのか、まったくもって納得できない。
恐らくは家庭を持つうえで避けて通れない法律なのだろうとは理解している。
これが世間でいう理解はできるが納得はできない、ということだろう。
こういうことは考えれば考えるだけ不平不満が出てくるものなので、今日購買で買うパンを何にするか考えることにした。
菓子パンは人気が高いため、授業が終わると共に教室を出なければ目当てのものは手に入らないどころか、菓子パンそのものがなかったりする。
前に静に、そんなに買うの大変なら別の買えば?と言われたが、中学の頃から昼は菓子パンだったので、あまり食べたくない。
コンビニで朝買うのも考えたが、バリエーションが限られていて、1週間で全種類食べてしまった。
菓子パンにこだわる理由はちゃんとある。
昔、何か褒められた時に、母親が決まって菓子パンをくれたから。
別に昔を懐かしんでるわけでもない。菓子パンには良い思い出が多いから、きっと菓子パンを食べればその1日が幸せになれると思っているから。
たったそれだけの理由だし、その1日が幸せではない日であっても、菓子パンを食べている時は幸せになれる。
~♪(金の音)
今日はチョコ系の菓子パンにでもしようかな。そんなことを考えていたら昼休み開始のチャイムが鳴った。
「今日はここまで。復習忘れるなよ」
その言葉を聞くと同時に私を含めた数人が、今日の昼食をより良い物にするために、脱兎のごとく教室から出ていくのであった。
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