第5話 静の日常 中編

午後の授業は午前中ほぼ寝ていたせいか2人ともちゃんと起きていた。


 しかしカズはいまいち集中できていないようで、たまにぼーっとしており、教師から注意も受けていた。それを見ていた正臣は何かを考えているようだった。


 放課後、掃除当番のため、自分の列の机を後ろへと運んでいると正臣がカズと一緒に話しかけてきた。どうも正臣はカズに部活をさぼらせてカラオケに連れてくらしく、私も一緒に行かないかという事らしい。


 さっき何か考えていたのは恐らくカズをどうにかして元気づけようとして思考を巡らせていたのだろう。


 面倒くさいなどと言う割に世話を焼くあたり正臣らしいと思う。


「行きたいけど掃除当番だし、この後部活もあるから遠慮しとくよ。休日に行くことがあったら呼んでね。」


「そうか。カズの調子次第ではピクニックの後に4人でカラオケに行くかもしれないな。それじゃあ、部活頑張ってな。」


 正臣はそう言い残すと、黄昏ているカズをの頭を軽く叩き「ほらさっさと行くぞ」と言って教室を出て行った。そんなやり取りを見て、いつも通りって言ったらいつも通りの光景だなあ、なんて思いつつ、掃除道具入れからほうきを取り出して掃除を始めた。


 掃除当番は男女それぞれ3人が担当する。


 やる事もこれと言って普通の掃除と変わらず、机を移動させて掃除をしたり、黒板を綺麗にしてチョークを補充したりするぐらいだ。


 大体15分ほどで終わり、教科書などをバッグに詰めて部室へ向かった。


 料理が好きなこともあって私は料理部に所属している。


 活動内容は月に1回、部員全員で料理をするのがメインとなっている。と言っても準備に1週、料理に1週のため、残りの週は自由参加となっており、参加したとしても自由に簡単な料理を作るといった感じになっている。部員数も7人と少なく、あまり厳しくないため細々と活動している。


 調理室の扉を開けると掃除当番で遅れたこともあって、部員の数人が既に調理を始めていた。


 私も手伝うため調理準備室でエプロンを着てから手を洗い、手伝いを始めた。


 今回はちらし寿司を作ることになっている。


 ちらし寿司というとそんなに難しくないように思えるかもしれないが、これがなかなか難しく、特に具の準備が大変なのである。一見何の味もついてないように思えるレンコンやニンジンなどにもきちんとした処理をして、食べたときに特定の具だけが主張しすぎないようにしなければならない。


「静は予定通り酢飯の準備しといて。手が空いたらこっちも手伝ってね。」


 「わかりましたー」と返事をしてからまずはお米を研ぎ始めた。


 1週間前に何を作るか、予算等を決め、次の週は段取りの確認と役割を決める。


 それが終わった次の日が実行日になる。


 今回私は酢飯担当。ご飯を炊いている間は手が空くためおかず作りの手伝いに回るが、基本的にはお米を研いで、それを炊いた後粗熱を取りながら酢飯にする。なのであまり難しくない、むしろ日頃から料理をしているので簡単。


 難しいというか大変なところを挙げるとするなら、部員7人なのに20人前、1人当たり大体0.4合なので8合分準備しなければならないところぐらいだ。


 20人前作る理由は部長の「どうせ作るんなら周りの人にも食べてもらいたい」という理念に基づいてのもの。


 部員たちもその気持ちがわかる為嫌がる人もおらず、毎回部員の2~3倍の量を作る。


 私は大体正臣やカズ、巡に食べてもらい、感想を聞く。それでも余るなら家に持ち帰って両親に食べてもらう。正臣達は遠慮なく感想を言うため手を抜けないし、とても参考になる。両親はおいしいとしか言わないため、嬉しいのだがあまり参考にはならない。


 お米を研ぎ終わり水切り等の準備が終わり、炊飯器を2台使ってご飯を炊いた。


 おかずの準備を手伝おうとしたが、大方終わっており、あとは切り分けや味の調節ぐらいだったので、後ろのほうで待機していた。


 炊飯器を眺めながらご飯が炊けるのを待っていると、おかずの準備が終わった部長と先輩2人がやってきた。すると部長が「疲れたぁ~」と言いながら私の後ろから抱き着いてきた。


 部長は何かと女の子に抱き着くため、部活では大体後輩の子達が捕まっている。


「なんですか部長。まだ完成してないのに気を抜くなんてだらしないですよ。」


 そう言って引きはがそうとしたが、後ろからのしかかる形で抱き着いてきているため難しく「いいじゃ~ん」と言ってより一層強く抱きしめてくるので、部長の為すがままになっていた。


 これ以上抵抗するのは無駄と思ったので部長から手を離すと「そうそう、それでいいのよ~」と私の背中に顔を擦りつけながら部長が言った。


 部長は容姿・成績共に比較的よく、努力家。料理をしている時もてきぱきと指示を出したり、工夫をこなし、味も文句の付け所がないほどにおいしく、綺麗に盛りつけられている。ただ手が空いたら女の子に抱き着く。


 この癖さえなければ、とても尊敬できる先輩なんだけどなぁと心の中で思いつつ、机にもたれかかった。


「今回のちらし寿司も幼馴染ズにあげるの~?」


 部長が私の肩の上から顔をだして聞いてきた。


「そうですね。というか巡は幼馴染じゃないんですけどね。」


 そう返すと部長はニヤニヤしながら「へぇ~」と相槌を打ち「相変わらず仲いいわねぇ。いい加減どっちが本命か教えてよ~。じゃないともっと抱きしめちゃぞ~」と言いながら強く抱きしめてきた。


「本命とかそんなのありませんから。あと言う前から強く抱きしめてるじゃないですか・・・」


 抵抗するのも面倒なので、返事だけして、あとはされるがまま抱きしめられていた。


「そうやってとぼけてると、近い未来絶対後悔すると思うけどな~」


「まるで経験してきたみたいですね」


 部長の言葉が心の奥まで届き焦ったのか、私は若干不機嫌そうな声音でそう返していた。


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないねぇ」


 部長の声が若干いつもより小さく聞こえ、抱きしめている部長の腕に若干力が入った気がした。気になって何かあったのか聞こうとした瞬間、炊飯器が音を発し、ご飯が炊けたことを知らせた。


「ほらほら~、ご飯が炊けたぞ~。ささっと酢飯を作って、仕上げをしよっか~」


 部長はそういうと私から離れておかずを取りに行った。


 その後も滞りなく作業は進み、下校時間の18時には片付けも終わり、ちらし寿司も食べ終わっていた。


「皆お疲れ様~。今回はちょっとミスったけど、問題なく進めたね~。なので次回からはもう少し難しい物を作ろうかな~なんて思ってますので、期待しててね~。それじゃかいさ~ん」


 部長がそういうと「お疲れさまでしたー」という声と共にみんな鞄と今日作ったちらし寿司がパック詰めされているパックを持って帰っていった。


 本来なら1人あたり1~2人前持って帰るのだが、部員が全員女子かつ中途半端な時間なため、試食会の時にみんなあまり食べない。


 なので毎回多めに余り、今回も15パックも余った。皆1パック、多くて2パックしか持たないため毎回5~6つ残る。


 ケーキなどの場合はじゃんけんをするほどに取り合いになるのだが、こういったものは必ず余る。


 その場合はいつも職員室にいる名ばかりの顧問(独身女性)に押し付けるか、部長と副部長が持って帰る。私も余ったときは正臣達の分もとる。


 今回は2パック持って帰った人が私、部長、副部長を除いて1人しかおらず、10パック余ってしまった。


 私達3人はいつもは3パックずつ持って帰るのだが、それでも余る。しかも正臣とカズはカラオケに行ってるため、あまり多く持って帰れない。顧問も今日は出張のためいない。


 本来顧問がいない場合は休みなのだが、居ても居なくても変わらないため、うちは関係ないようだ。


 どうするか悩んでいると部長が私の顔を見て「その手があった~!」と言って私に近寄ってきた。嫌な予感しかしないが「どんな方法ですか」と言いながら部長から離れた。


「幼馴染ズを呼んで持って帰ってもらお~!いつも食べてもらってるんでしょ~?なら持って帰ってくれるはずだよ~!だから静~、幼馴染ズを呼んでおくれ~」


 確かにいつも食べてもらっており、私と巡で1つ、正臣とカズで1つを食べてもらっている。3パックの時は残りを家族に食べてもらうか、巡にあげている。


 部長とはよく話すため、この事を知っている。だからこのようなお願いをしてきてもおかしくはないのだが、今日正臣達はカラオケに行っており、確かに呼べば来てくれるだろうが、せっかく正臣がカズの為に時間を作っているのでやめておきたい。


 そのため断ろうとした瞬間、部長が飛びついてきた。


「携帯はどこかな~?ジャケットポケットかな~?それともスカートポケット~?」


 などと言いながら私の携帯を探しだした。


 引きはがそうとするが、すぐに後ろに回られたため引きはがそうとしてもはがれなかった。するとスカートの左ポケットに入れていた携帯を取られて、部長が笑いながら「さぁ、幼馴染ズを呼ぶんだ~」と携帯画面を私の顔に向けてきた。


「今日正臣とカズは帰ってもう学校にはいないから無駄です!副部長、部長を止めてくださいよぉ・・・」


「ごめんね~静ちゃん、部長が無理言っちゃって。だけど余らせちゃうともったいないし、何より部費を削られちゃうかもしれないから、できることならお願いできないかな?家もそんなに遠くないって言ってたし」


「う、、、確かに家は近いですが正臣達は今遊びに行ってて、来る頃には下校時間すぎてるんですよ」


「それなら~、静が幼馴染ズの分も持って帰って渡してくれれば万事解決~!帰り道通るんでしょ~?お願いだよ~。私と静の仲じゃ~ん」


 部長だけならまだしも、日頃から色々とアドバイスなどをしてもらっている副部長からもお願いされたら、断れない。確かに帰り道だが、私が訪ねたときにいるとは限らない。親はいるとは思うが、なんだか恥ずかしいのでできるだけ本人に渡したい。


「わかりましたよ・・・今回だけですからね」


「やった~。やっぱり静は優しいいい子だ~。ご褒美にもっと抱きしめてあげる~。ふふふふ~」


「暑苦しいです!離れてください・・・」


 そんなやり取りの後、私は4パックのちらし寿司をビニール袋に入れて下校することとなった。

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