第3話 一馬の日常
何をしても中途半端に終わり、離れてしまう。何かのきっかけがあったわけでもないのに、いつの間にか諦め、離れていく。周りと同じようで、全く違う。いつまでここに、とどまっているのだろうか。
オミの休憩所の絵が完成した次の日。曜日で言えば週の中間である水曜日だ。月曜日から2日も経ったのに、平日の最後である金曜には遠く、気分が下がるのは俺だけじゃないはずだ。
「ふぁ~ぁ」
噛み殺そうした欠伸を噛み殺せず、間抜けな声を出しながら欠伸をする。いつも通りの時間とは言え、やはり朝の6時は眠い。
朝練が6時半からある為、5時半には起きて、6時には家を出る。
徒歩10分で学校には着くのだが、着替えなどの準備で大体10分は使うため、余裕をもって6時にはいつも家を出ている。
この時間帯、夏は涼しいため、朝練の為に早起きをするのはやぶさかでないが、冬は呑気に欠伸もできないぐらい寒い。今は6月の為、少し肌寒いが、暑がりの俺にはちょうどいいぐらいだ。
「冬もこれぐらいの温度だったら最高なのになぁ」
そんな馬鹿なことを言っていると、目的地である高校が見えてきた。
校門を通ったら右に曲がり、まっすぐ行けば第2体育館があり、そこの2階が卓球部の練習場となっている。
第2体育館の隣に並んで立ててある部室の一番右が卓球部、左がバスケ部の部室だ。部室と言っても、道具等は体育館の準備室に仕舞ってある為、部員の荷物とスケジュールが書かれた黒板のある更衣室みたいなようなものだ。
女子も数名いるため、女子が着替えてる時は部室の扉に「女子着替え中」の掛け看板がしてある。
部室に入ると部長がスケジュールに何か書き足していた。
「おはようございます、部長。どこかと練習試合でもするんですか?」
「いや、金曜日の部活が朝と放課後休みってことを書き足してたんだ。なんでも先生が出張らしい。」
恐らく大体の部員が手を挙げて喜ぶだろう。俺はというと、休みになってゆっくりできるから嬉しいのだが、週の最後はストレス発散の為に全力でやる為、なんとも言えない気持ちだった。
「よし、それじゃあ俺は先に行って準備しとく。スケジュールの事、来たやつらに言っといてくれ。」
部長は俺にそういうと同時に体育館へと速足に向かった。
うちの高校はどちらかというと勉学を重視しており、運動系についてはあまり強くなかった。
卓球部も7割程度が初心者で俺もそのうちの1人。残りの人も経験者というだけで、部長を除き特段上手いというわけでもなかった。
部長は過去、全国大会に出場するほど上手く、高校の地区大会でもベスト4には必ず入るほどだ。
しかし部長は卓球選手になりたいというわけではないらしく、強豪校の推薦を蹴ってこっちの高校に来たらしい。
「1秒でも早く卓球がしたいんだろうなぁ。」
そんなことを呟きながら他の部員が来るの待ちつつ、着替えるのであった。
「全員揃ったな。準備運動した後各自ペアを組んで練習。7時から総当たりで試合をするぞ」
「はい!」
運動部らしい気合の入った返事を他の部員と同様しつつ、今日は誰と練習をするか考えていた。
部員数は1年が3人、2年が6人、3年が3人で、合計12人と偶数。
基本的に全員がペアを組めるようになってるし、奇数の場合でも部長が「俺は一人でいいよ」というので誰かしらとペアにはなる。部員全員仲が良いため、毎日違う人とペアを組むようになっている。
「空いてるなら久しぶりに組もうぜ、カズ」
整列した際に後ろに居た2-Aの香田大地こうだだいちが話が終わった後すぐにそう声をかけてきた。
「久しぶりって言っても前組んだの5日前だろ。月曜日には試合も組んだし」
「つれないこと言うなって。どうせ誰かと組む予定なんてないんだろ?」
「むしろ最初から決まってる奴とか見たことないぞ、、、」
「んじゃ決まりだな。次の大会でせめて決勝までは行きたいからさ、うまいカズが相手のほうが良いんだよ。準備運動終わったら右端の台集合な~」
そう言って空いてるスペースへ準備運動しに行った。毎度の事なので慣れはしたが、やはりあの嵐のような性格は若干苦手だ。
「でもあんな生き方のほうが、俺の人生なんかより楽しいのかもな」
そんな心の声が知らず知らずのうちに出ており、それに気づいた俺は苦笑いとも自分への嘲笑とも違う笑いを心の中でするのであった。
大地との練習で体が温まってきた頃、部長が対戦表を持ってきてそれぞれの対戦相手を読み上げ始めた。
なんでかは知らないが、最終で部長と戦うことになっており、気が重たくなった。
通常の7ゲームではなく3ゲームの為、朝練が終わる8時までに大体3セット行う。3ゲームとは言え、最後で部長と当たるのは色々とつらい。
しかし文句を言っても始まらないので、試合を始めた。1・2試合目は同学年との試合。ともに高校から卓球を始めた人ということもあり、2つとも勝ちはしたが、互角な試合だった。なので部長との試合である3戦目には余り体力も残っていない状態で挑むことに。
「大丈夫だって、手加減ぐらいするさ」
「そういって顧問以外部長に勝てたことないじゃないですか、、、」
確かに部長はかなり手加減をしてくれる。
しかし試合中盤になると卓球に夢中になるせいか、だんだん手加減しなくなり、終盤には完全に本気になっている。そして部長との試合は惨敗した。
1ゲーム目は手加減してくれてるにも関わらず、その1ゲームすら取れなかった。
「いつもの冷静な打ち返しはどうした。スランプか?」
そう部長に言われて気づいた。いや、気づいた振りをした。
「最近伸びがなくって、、、大会近いから焦ってるんです」
違う。そうじゃない。またやってしまった。また都合のいい嘘をついてしまった。
焦ってる理由は大会じゃない。
自分だけ目標もなく生きていることをさっきまた実感してしまったからだ。その動揺、焦り、やるせなさ。それらが試合で出てしまっただけの話だ。
「んー。そうか、何でも相談してくれよな。よし、朝練終了、片づけて解散だ」
部長の言葉を聞いて、きっと今のが嘘ということが分かっているんだろうと思った。
「「次の大会でせめて決勝までは行きたいからさ」」
大地のさっきの言葉が頭の中で反芻する。
大地やオミ、周りのみんなには目標があり、それに向かって進んでいるのに俺は何をしているんだろう。
昨日のオミや大地の姿を見て、目標に向かって進む人を見て、そう思ってきた。
昔からそうだった。
何をやるにも本気にはなれなかった。目標とならなかった。小学校の頃に始めて中学にはやめたサッカー。
運動系は目標にならないと勝手に決めつけて、中学では演劇部に入るも高校受験が始まった3年からはめっきりやらなくなった。
高校もオミや静が行くから何となくでこの高校にした。
そして今は卓球。卓球もそれほど打ち込めるわけではなく、部活にはちゃんと出ている程度で終わっている。
「すぐに俺にも目標が見つかるさ」そんな楽観的な考えを昔はしていた。しかし時が経つにつれてそんな甘い考えは無くなっていった。周りを見ては、焦りが募るばかりの日々。そんな同じ日々を終わらす為に様々な刺激を求めては失敗している。
「さっさとしないと朝のホームルーム間に合わないぞ」
大地に背中を叩かれて意識が現実へと戻る。悩んでも始まらないというのに、いつも悩んでばかりな自分にうんざりしつつ、片づけを始めた。
「部長なんであんな強いんだろ、、、爪の垢を煎じて飲めば俺もうまくなれるかなぁ、、、」
「時間と才能、そしてやる気が今の部長を形作ってるんだ。一朝一夕でなれるものじゃないだろ」
大地の呟きに対して、分かったような口ぶりで返しながら下駄箱を開けた。
そこには1枚の手紙が入っていた。それを手に取ると、大地が後ろから覗き込み言った。
「またか。相変わらずモテるねぇ、カズは。」
「そういうお前もモテるだろう。先月屋上で告られたの知ってるからな。」
「何で知ってんの!?」と驚いている大地を横目に、中身を読んだ。どうやら同じ卓球部の後輩の子の様だ。女の子らしい丸い字で、単刀直入に思いが綴られていた。
「俺の事が好きだなんて、物好きだよな、全く、、、」
「イケメンの嫌味だ!この場で処刑してやりたい気持ちだぜ!」
確かに客観的に外見はいいのだと思う。
中高と学期に1回以上は告白されたことからも、そのことは分かる。
ただ俺から言わせればそれは外見だけの判断なのではないか、何の目標もなく、なんとなくで生きてきた俺が輝いて見えるなんて、何の冗談なのだろうかと思う。
「なになに、、、放課後第2体育館の裏出入口で待ってます、かー。そのまま部活へ行けて楽だな!」
「そうだな」などと相槌をうちながら、手紙をズボンのポケットに突っ込んだ。
教室に入り、クラスメイトの何人かと挨拶を交わしながら、鞄を机に置いて暇そうなオミに話かけた。
「次は何の絵を描こうと思ってるんだ?俺は駅が改築されたからそれを描いて欲しいと思ってるぞ」
「たしかに最近風景画でも自然物が多かったし、人工物もいいかもなー。だが生憎、次の題材は決まってるんだ。それが終わって気が向いたら、駅でも描くとするよ。」
「なんだ、もう決まってるのか。それじゃその次に駅を描いてくれることを願ってるわ」
次も決まってるのか、オミにはかなわないな、、、それに比べて俺は、、、そんな自分に対する卑下を覚えつつもオミと話す。
「それで、朝からしかめっ面をして、俺に何の相談だ。」
俺がオミの事を分かるように、オミも俺の事を分かる。伊達に幼稚園からの付き合いじゃないな、そんなことを思いつつ、さっさと本題を話すことにした。
「後輩から告白をやんわりそれとなく断る方法を教えてくれ。」
「帰れ」
「そんなこと言わずに一緒に考えてくれよぉ。オミだけが頼りなんだよぉ。」
「俺は後輩どころか、告白されたことすらねぇよ。そもそもお前は何度となく告白されてるから慣れてるだろ。そういうわけだからさっさと席に戻って自分一人で考えろ。」
「確かにそうだけどさ、同じ部活の、しかも後輩から告白された。いつも通りバッサリと振れないんだよ、、、頼む、今日の昼奢るから、な?」
「はぁ」と面倒くさそうにしながらも、こうやって頼めば助けてくれる所は実にオミらしいと思う。
「もうすぐホームルーム始まるし、考えるのは休憩時間と昼休みにするぞ」
「やっぱり好きな相手がいるから無理、が一番いいと思うんだが、、、」
若干疲れた顔をしたオミが言い、わかめうどんをすする。
「やっぱりそれがいいかなぁ」なんて言いながら俺はハヤシライスを食べる。
「でもその相手を聞かれた場合どうするの?誤魔化したとしても、カズに好きな子がいるっていう噂が広がってそれこそもっと面倒くさい事になりかねないよ。もしかしたら誰かがカズのすきな子を突き止めようとするかもしれないし。」
静が持参した弁当を食べながら言う。静は休み時間に俺とオミが話してるときに加わり、巡は昼飯を取りに行くときに説明した。
「んじゃどうしろってのよー。他になんかいい案出してくれよー」
すると巡が「最高の案があるじゃん!」と言って手に持っていたいカレーパンを置いて説明を始めた。
「ほかに好きな「女」がいるからいけないのよ!つまり、、、ごめん、俺男にしか興味ないんだ、、、っていえば全部丸く収まるじゃない!?」
巡に相談したのは間違いだった。そう全員が思っているであろう。
「確かにそうだけそれだと色々問題がないかなぁーって、、、」
静が諭すように巡に言ったがオミが
「それだと今度は男に粘着されるだろ。そもそもその気もないのにそういうことを言うのはいろんな人に対して失礼だし、何より一番の問題は俺も同類とされることだ。巡はもうちょっと後先考えるんだな。」
容赦ないオミの言葉に「もうちょっと優しく言ってよ!」と半泣きになりながら巡はパンにかじりついた。
その後も色々話すが「もう付き合っちゃえば」とか「友達からならいいよ」とか断るというよりも保留の意見が続いた。
もうすぐ予鈴が鳴ろうかというときに「そもそもなんで付き合わないんだ」と質問してきた。
「俺にはまだ誰かと付き合うとか恋をするとかは早いかなーって。」
いくつか思い浮かんだが、やっぱり一番はこれだと思った。別に興味がないって訳ではない。ただ必要とも思わないし、それをきっかけに何かが得られるとも、目標が決まるとも思えないから。
「どうしても思いつかない時はそれを言うしかない気がするけどなー、俺は」
俺も最終的にはそうするつもりでいる。
が女性陣はやめたほうが良いと言わんばかりの顔をする。オミもあまり良策でないことは分かっているようで「ほかに案がないならだ」と付け加えた。
良策でない理由は簡単。断る理由が相手方にはなく、俺自身にあるから。つまりは今はダメでもこの先はOKかもしれない、と相手が思ってしまうかもしれない。
今までなら同級生には部活優先、つまり相手よりも部活のほうが大事だからダメとうことで大体諦めてくれる。
先輩なら受験の邪魔したくないや、同じように部活優先で突き通せた。
しかし今回の場合、部活優先といっても同じ部活だから練習にも付き合えるし、予定も合わせやすいから断る理由にはなりにくい。かといって2年の俺たちには受験があるからというにはまだ少し早い。
そんなこんなで昼休みは終わり、5・6限目も頭をフル回転させたがいい案は思いつかないまま、放課後になった。
静やオミは、同じ部活だし「お互いを知る所から」つまり友達からにしたらどうだ、とのことだった。
俺もそれが一番妥当だと思っている。恋人までとはいかないが、今以上の進展は望めるため、相手も納得するだろうし、これが一番丸く収まると思われるからだ。
ホームルームもいつも通り終わり、掃除当番以外は皆教室を出ていき、俺もそれにならって教室を出た。
「結局逃げてるだけ、、、なのかね、、、」
そんなことをいいながら、相手が待っているであろう第2体育館へ向かう。
裏出入口といっても、体育館自体が四隅に配置されていないため、初めての人はこちらを見ても裏だとは思わない程度には目に付く場所にある。
ただグランドとは反対の側にある為人通りはほぼなく、教室棟からも死角の場所が多い為人目にもつかない。
どんな風に言おうか頭の中でシミュレーションしながら向かい、出入口が見えたと同時に女の子がこちらに振り向いた。
あまりきちんと見たことがなかったため、手紙をもらった時も漠然としか姿を思い出せなかったが、会ってみると月曜日に試合をした子だということに気付いた。
小柄だが足が長いせいか全体的にスレンダーな印象のほうが強い。顔も比較的小さく、後ろで髪を結んでいることもあり、美少女という感じの子だった。
「い、忙しい中来ていただいてありがとうございます!」
よく通る声をしており、若干噛んだが、はきはきした言い方と相まってとても真面目そうな印象を受けた。
「大丈夫だよ、そんなに忙しい身でもないし、部活だってすぐ後ろでやってるからね。」
俺の言葉で多少緊張がほぐれたのか、少し笑って「ありがとうございます。」と返してくれた。その後彼女は深呼吸をしてから、まっすぐ俺を見ていった。
「手紙は読んでいただけたでしょうか、、、」
俺は「ラブレターってことでいいよね?」と手紙をポケットから取り出しながら言った。
「はい。先輩の事が好きです。部活に入ってから短い間ですが先輩を見てきました。卓球をやってる時も真面目に取り組んで、部長相手でも文句を言わず全力で戦っていました。ほかの先輩からは勉強もできるって聞きました。先輩が頑張って何かに向けて努力している姿を見て、好きになりました。私と付き合ってください!」
彼女は俺から目をそらさず、俺の目だけを見てそう語った。きっとこんな美少女にこんな風に言われたら誰もが嬉しがるだろうし、実際俺だって嬉しい。嬉しいはずなのに、心の中で何が急激に冷めていった。
「「何かに向かって努力してる。」」
きっとそういわれたのが原因だろう。その言葉はきっと今の俺に一番遠い言葉で、一番言ってほしくない言葉。考えていたはずの言葉は消え、ただ彼女にこう言った。
「ごめんね、付き合えないよ。だって君は俺の事、何一つとして見てないし、分かってもいないから。」
言った後に「最低だな」と心の中で思いながら最後に「だから君とは付き合えないよ」と言った。彼女の目からは涙が溢れかけていた。
「そ、そうです、、、か。だ、だったら、せめて友達に、、、なってもらえま、、、せんか、、、。」
手のひらで涙をぬぐい、彼女は俺の目を見て続けた。
「まだ先輩の事分かってないかもしれませんが、これから分かっていきます。もっと見て行きます、、、友達でなくてもいいです。せめて連絡先だけでも、教えてもらえませんか、、、!」
あぁ、この子か。そう思った。俺みたいに何の目的もなく目標もなく流されるだけじゃない。ちゃんと自分のしたいことが分かっていて、それに向かってる。そんな彼女に俺はどう対応すればいいかわからなかった。そうやって悩んでいると
「ベスト4」
「え?」
いきなりそんなことを言い出したので、思わず声が出てしまった。彼女は続けて。
「今度の大会の新人戦で昨年先輩はベスト8まで行きました。だから私がベスト4以上になったら、連絡先を教えてください!」
「ベスト4か、、、いいよ、分かった。」
彼女はパッと目を見開き、笑顔で「ありがとうございます!私頑張ります!」と言った。目元は腫れているが、涙はもう見えなかった。
内心ほっとした。ベスト4は例え地区大会とは言え難しい。今年の1年生に経験者はいなかったし、まず無理だろうと思った。だが同時に彼女のまっすぐな目を見て、本当に成し遂げてしまうのではという恐怖もあった。
彼女には「顔を洗ってから落ち着いたら部活に来て、皆には俺から伝えとくから」と伝えて先に部室に向かった。当初の予定とは違ったが、彼女がベスト4を逃せば元の予定よりも後が楽だ。そんな考えをしつつ、部活を始めた。
彼女は10分ほど遅れてきたが、すぐにアップをしてから練習に打ち込んだ。
そんな彼女の姿を映さず、俺は練習をしていた。
彼女の邪魔にならないために、いや、彼女がうまくなっていくたびに不安に駆られるのが怖いかったからだ。
部活が終わったらさっさと帰った。きっと彼女はぎりぎりまで練習していたのだろう。そんなことを思い、いつもとは違う焦りを感じながら帰り道を歩く。
「流されるだけの俺が、彼女の傍にいるべきじゃないよな、、、」
自分に言い聞かせるかのように、夕暮れを眺めながら呟く。
本心では分かっていた。これが逃げる口実になってることは。
オミというただでさえ眩しい存在がいて、周りにも目標が決まって動いてる人間がいるのに、これ以上俺の傍にそんな存在ができたら、俺は潰れてしまう。耐えられなくなってしまう。きっと壊れてしまう。そんな恐怖が彼女を拒んだ一番の理由。
「神様よぉ、居るなさぁ、俺をこんなに焦らせて、楽しいかよ」
久しぶりに、もしかしたら初めて心の底を吐露した。
家についても気持ちは晴れず、自分の部屋のベッドで何をするでもなくスマホをいじっていたらコンコンと部屋のドアをノックする音が聞こえ、その後扉を開ける音ともに「にぃーいるー?」という声がした。
「誰が入っていいっていったよ、、、全く」といいながら起き上がった。入ってきたのは妹の喜代美(きよみ)だ。
「いつもと変わらないからいいじゃん。そんなことより今日の数学で分からないところあるから教えてー。どうせ暇してたんでしょ。」
「はいはい、どうせ暇だったよ。後、部屋に入るときのノックは3回だ。2回はトイレだからな。」
そんなどうでもいい豆知識とともに妹を椅子に座らせて、分からない所を教える。どうやら図形の問題の様で、何度も書き直したのか、ノートが若干黒ずんでいた。
「図も描かずに解こうとするな。図形の問題なんだから図を描いてから考えるんだ。」
「そんなこと言っても、どの図形をどの位置から切ったら、どんな図形になるかなんてわからないもん。わからないものは書けないよー!」
そんな事を言いながらもなんとか書こうとする。が、本当に切り口がどのような形かわからないらしく、全く違う図を書いていた。
「ひし形だぞ、ひし形。ひし形を綺麗に横2等分しても三角形にはならん。」
「なんでよー」と言いながら平面のひし形を書いて考えていた。
「平面じゃなくて、立体的なひし形を書くんだ。それを横から切る感じ。」
「んー」とか「むー」とか唸る妹に数学を教えた。
「おわったー!」
両手を挙げて背もたれに倒れこむ妹を見ながら「おつかれさん」といい、片付けを始めた。
妹は分からないと俺に聞きに来くる。大体週4ぐらい。
そのため妹の苦手な分野や悪い癖なども分かる。
親からも良く面倒を見るように言われる。仲も良く、周りからはたまにシスコン扱いされるほどだ。
次に妹が躓きそうな箇所を教科書見て探していると、「にぃ、手袋とタオルどっちがいい?」と言ってきた。
「なんだ、今度は手袋かタオルを作ろうと思ってるのか。この時期ならタオル一択だな。」
「やっぱそうだよねー。でもタオルならなんか柄いれないとなー」
タオルを作ることに決めたのか、どんな柄がいいかブツブツ何かを呟いている。
妹は昔から手芸が好きで、部屋には裁縫セットはもちろん、お金をためて買ったミシンまである。親や俺によくいろんなものを作ってくれており、今度は俺にタオルをつくてくれるみたいだ。
「相変わらず手芸好きだな。できるならスポーツタオルで頼むわ。」
妹は「わかったー」といいながら椅子から立ちあがり、勉強道具をもった。
「教えてくれてありがとねー。明日も多分くるからよろしくね!」
そんなことを言って部屋から出ていくのであった。部屋に残った俺は誰にいうでもなく呟いた。
「なんで俺だけ、こんなにも目標がないかね、、、」
妹にすらあるのに、全く情けない。そんなことを思いながら夜は更けていった。
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