第2話 正臣の日常
これからもずっと傍にあり、そして何よりも大事なもの。いつもと変りない日常にあるけど、かけがえのないもの。これから先、きっと多くの別れが訪れるだろうけど、これだけは決して手放さない。
朝のホームルーム。この時間は何となく好きだ。何を考えるわけでもなく、かと言って教卓で報告事項等を話す先生の話を聞くでもなく、ただただ時間が過ぎる。横を向けば頭から肩まで濡れているのに何ともないような顔で先生の話を聞いているカズがいて、その横では静が教科書を見ている。そんないつも通りの姿を見ながら、いつも通りの一日が始まる実感が湧く。
俺の生活リズムは朝起きて、登校して、授業受けて、部活して、帰って寝る。つまりは普通の高校生。刺激を求めるわけでもないし、むしろ変わらずここままがいいと思っている。もし不満を挙げるとするなら、将来果たして使うかわからない授業を受ける事。でもまぁ、人生どこで何があるかもわからないし、全国の大体の高校生は受けているのだから仕方がない、と割り切るしかない。しかし今日の授業割りにおいては、美術があるので日頃よりかは楽しい日だ。
1時限目の古典、2時限目の倫理共にノートとってるうちに授業は終わり、3・4時限目の美術の時間がきた。美術の先生自体が放任主義であるため、この時間は大体の生徒が何かしらの絵をクラスメイトと駄弁りながら書く時間となっている。俺は部活で取り組んでいる絵を一人黙々と描く事がほとんどだ。
「部活の続きか?」
カズは自分の絵を描くのが面倒くさいのか、準備をしている俺に聞いてきた。
「まぁそんなとこだな。」と短く返した。
「オミぐらいだよ。この時間に絵をちゃんと描いてるのは。」
「そうだな。だって俺にとって絵は生れた時から傍にあって、物心ついたころには絵を描き始めてた。暇さえあれば次はどんな風景を描くか、どんな構図を描くかなんて事を考えているぐらいだからな。」
「それもそうか。オミの部屋は絵しか飾ってないもんな。初めて会った時も何か描いてたし、今更聞くことでもなかったか。」
カズはそんなことを言いながら、椅子の背もたれの部分を前にし、椅子に跨るような形で俺の右斜め後ろに座った。俺が絵を描いてる時、カズは必ず右斜め後ろにいる。初めて出会った幼稚園の頃からずっとそうだった。俺が手を動かしている時は黙ってその姿を見て、決して話しかけてこない。そして俺がペンを置くと決まって仕上がりや調子を聞いてくるのだ。
「3時限目終わったから休憩していいぞ~」
先生が教室中央でそういうと何人かが席を立ち、教室から出ていく。俺も一旦ペンを置き、立ち上がって背伸びをした。
「いつ頃できそうだ?」
カズはいつも通り聞いてきた。俺は「今日中かな」と返事をして、出入り口へ向かった。当然のようにカズもついてくる。
「今回はどこの風景を描いてるんだ?」
「俺の家の近くに山があるだろ、あそこの中腹にある休憩所。題材を探して試しに登ってみたら見つけたんだ。ベンチと柵だけで、かなり落ち着く造りになってたから、前の並木道の絵が終わったら描こうと決めてた場所だ。」
「そういえばあの山、登ったことなかったな。そんな場所があるなら今度登ってみるかな、、、前の絵はコンクールに出したのか?」
「出したよ。結果は2週間後だ。」
そう言って俺はトイレのドアを開けて、カズも続いて入ってきた。
二人で用を足し、手を洗っている時、「コンクールに出したあの絵、本当は納得いってなかったろ。」と、何気なく言ってきた。
やっぱり気づいてたか。コンクールに出したかどうか聞かれたときに、内心ばれていると思っていた。
「ばれないように振舞ってたんだがな、、、やっぱり分かってたか。参考までに理由を聞きたいな。」
「提出日、仕上がったって言ってペンを置いた後、先生に提出するまでずっと並木道の花壇の部分を見てたから」
場所までばれているあたり、カズに隠し事はできないな。そんなことを思いながら「さすがだな」と言って美術室に戻った。
教室に戻ると静が俺の絵を見ていた。
「なんだ、しゃべる相手いなくて俺たちに会いに来たのか?」
カズが茶化しながら静に声をかけて、静は「絵も描かずに座ってるだけのカズにそんなこと言われるなんて心外だわ」と若干怒った感じで返事をした。
「これどこかの公園の絵?私見たことないんだけど」
「家の近くにある山の休憩所だよ。割とみんな知らないんだな。」
「むしろあの山登れたの?道らしき道もみたことないんだけど。」
静と話しながら俺は続きを描くためにペンをとった。静は「完成したら見せてね」と言って自分の席に戻っていった。カズはさっきと同じ位置に座り「頑張れ~」とだけ言って、俺の絵を見ていた。
「はーい、今日はここまで。片付け終わった奴から戻っていいぞー」
先生がそういうと「昼休みだ~」「飯飯~」と声があがり、みんなさっさと片づけて教室を出て行った。
カズに「先に行ってていいぞ」というと「どうせ食堂だし待ってるわ~」と背伸びをしながら返された。
片付け自体はすぐに終わり、教室の出入り口近くで待っていた静も連れて食堂へ向かった。
「今日中に終わりそうなら部活終わった後、見に行っていいか?」
食堂に向かいながらカズが言ってきた。俺は「別にいいぞ」と短く返事をし、静も「なら私も見に行く~」といい、部活が終わる18時に美術室集合となった。
俺の昼飯は大体麺類と決まっていて、今日はキツネうどんにした。カズはカレーのLLサイズ、静はAランチをそれぞれ頼み、4人席に座った。
「相変わらず正臣は麺類しか食べないのね」
そういいながら空いていた4つ目の席に南堂巡なんどうめぐるが座った。
「そういう巡はいつも通り菓子パンじゃないか」
そんなやり取りをカズと静は笑いながら、4人で昼食を食べ始めた。
巡とは高校で知り合った。吹奏楽部に所属しており、俺以外幽霊部員である美術部とは違い、吹奏楽部は人が多く、音楽室だけではスペースが足りないため空き教室を使っている。美術部の顧問が美術室もスペースがあるから使っていいと言ったらしく、巡がトランペットの練習場として訪れ、それをきっかけによく話すようになったのだ。最近ではトランペットの練習を30分ほどしたら、俺の過去作の絵を見るか、俺の近くで絵を描くようになっている。余談だが、巡は俺を「正臣」と呼び、静含めたらこの二人以外俺の事を「オミ」と呼ぶ。
「そういえば、休憩所の絵、そろそろ完成するんだっけ」
巡の質問に俺は「今日中にできる」と短く返事をし、うどんをすすった。
「今日の18時に私たち美術室いって完成品見るんだけど、巡も一緒に見ようよ」
「巡は美術室で練習してるから元からいるんじゃないか、普通」と静の提案にカズはツッコミ、静は「うるさい」と言いながら、チリペッパーをカズのカレーに入れた。
「理不尽極まりねぇ、、、」と言いながらも、カズは平気な顔をしてカレーを食べ続けた。
巡は「もちろん」と返事をして、その後も静と楽しく話をしていた。
「カズ、さっきチリペッパー入れられてたけど、辛くないのか。めちゃくちゃ辛いって聞いたけど。」
「辛いけどそんな騒ぐほど辛くないし、むしろよりおいしくなったと思うぞ。オミも食べてみるか?」
「遠慮しとくわ」
そんな感じで昼休みも終わり、午後の英語と数学は軽い睡魔を覚えながら、休憩所の絵について考えていたらあっという間に終わった。帰りのホームルームも特に何もなく、掃除当番以外の人はさっさと教室を出て行った。俺もさっさと教室をでて美術室に向かった。
静まり返った教室の中で、ペンと筆の音だけがリズムよく鳴る。巡が来るのは吹奏楽部のミーティングが終わってからなので、大体最初の30分ぐらいは俺一人である。部活の時間の俺はただただ手を動かして、目の前のキャンバスに自分が描きたい絵を描くだけ。この時間のためだけに学校にきているといっても過言ではないぐらい、この時間が好きだ。ずっと絵を描いたり、絵について考えたりしているため、周りからは「将来は画家になるの?」と聞かれる。画家になるという確固たる意志があるわけではない。しかし、この先ずっと絵を描き続けるとは心に決めている。どんな形であれ、絵から離れることはないと断言しているほどだ。この事を言うと周りは決まって「才能あるから大丈夫だよ」とか「才能があって羨ましいな」なんて言う。でもそれは何かが違う、と俺は毎回思っている。昔から絵を描いてきたからこそ、今こうしている。その過程を「才能」だけでくくってほしくはないと思っているからかもしれない。確かに才能があるかもしれないが、結局「才能」という線引きを勝手にして、その線を越えようとしない人たちの、都合の良い言い訳にしか俺には聞こえなかった。
「失礼しま~す。はぁ~疲れた」
そんな事に思考を巡らせながら手を動かしていたら、巡の気の抜けた声が聞こえた。
「今日は遅かったな。いつもならそろそろ練習をやめて絵を見るなり描くなりしてる時間じゃないか」
帰りのホームルームが16時におわるため、いつも通りなら16時半には巡は来ている。しかし時計を見てみると17時を過ぎていた。
「来月には演奏会があるから、各パート合わせて練習してたの。今回曲が難しいから合わせるのにすごく時間かかって、さっきまでずっとやってたの。今日は1回通しで練習したらこの前描いてた校舎の絵の続き描こっと」
「絵を描くならもう美術部員になっちゃえよ」
「兼部可能だったらそうしてたわ~」と適当な返事を聞きつつ、俺は作業に戻った。
後ろから巡が奏でるトランペットの音が聞こえる。最初の頃は音楽を聴きながら絵を描くことに違和感を覚えていたが、最近では音楽を聴きながらやると順調に絵が進む気さえしてくる。
10分ほどでトランペットの音はしなくなり、代わりに何かを描く音がしてきた。それから30分間、2つの音が鳴り続け、俺は筆をおいた。
「できた。」
短くそうつぶやくと、後ろから巡が近づいてくる音がした。
「んー、昨日と何が違うの?何か変わったようには見えないんだけど」
「明暗をはっきりさせたんだよ。昨日はベンチの後ろにある木に影とか入れてなかったからね。あと柵の影も入れたかな。よく見たらわかると思うよ。」
巡に説明していると教室のドアが開く音がした。
「カズに静、ちょうどよかった。完成したよ。」
そう言うと二人は「お、できたか」「見せて見せて」と言いながら教室に入ってきた。
「今度皆で行って実際の景色見てみようよ」
「そうだな」「おもしろそう」とカズと巡が同意し、俺も「行くか」とうなずいた。
完成した絵を準備室にしまい。全員で学校を出た。
帰り道では休憩所に行く段取りについて話しあった。結果、来週の日曜日の昼頃に行って、そこで昼ご飯を食べるということになった。それぞれの分かれ道で別れの挨拶をして、俺も帰路についた。
風呂に入り、晩飯を食べ、明日の準備も済ませて、俺はベッドに寝転がった。
「次は何を描こうかな」
そんなことを呟いて、何を描くか悩んでいると少しづつ睡魔がやってきた。それと同時に今日の出来事が思い浮かび、来週行く予定の休憩所でみんなと昼飯を食べているシーンが思い浮かんだ。
「次は風景以外のものも一緒に描こうかな」そんなことを思いながら俺はゆっくりと瞼を閉じた。
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