第9話 御忍び視察 一

 ——トキオウギルド内、ダジュー、マサ視点——


「なるほどな。この半月で一応形にはなったといったところか」

「なんだよ偉そうに。だから討伐任務を割り当ててくれって言ってんじゃねぇか」

「うるさい。それに、俺は偉いんだ」

「んなこたぁどうだっていいんだよ。で? 手頃な討伐任務はあるかい?」


 ダジューは目を細め、腕を組んで椅子に深く座り直す。

 疾風結成から半月。

 結成したてのチームがダンジョンに入り浸り魔核を二百個以上持ち帰ってきたというのだから驚きを隠せない。

 今は国の方針でダンジョンマスターを討伐することは禁じられている。

 そのため、もう周辺のダンジョンに疾風が満足できるような魔物は存在しなかった。


「まったく、おまえどんな魔法を使ったんだよ」

「あ? 俺は魔法なんて使えねぇぞ?」

「はぁぁぁああ」

「あんだ? 白々しい溜息吐きやがって!」


 溜息だって吐きたくもなる。

 ダジューにしてみればマサが根を上げてここに来るのを待っていたのだ。

 それが蓋を開けてみれば中級冒険者チームとして満点以上の成長振りだ。

 面白くないわけではないのだが、得体の知れない特訓方法で彼らを失うのではないかと気が気じゃない。

 リュウは言わずもがなの戦争の要、女の子二人は地方貴族の令嬢だ。

 普段なら間違ってもこんな男に身を預けるなんて真似はしないだろう。


「悪い悪い。それで、今までの功績は流石だが、力の程はどうなんだ? 本当に討伐なんてできるのか?」

「へへ、ようやっと話ができるみてぇだな。実は、頼みがあんだよ」

「なんだ? 金か?」

「それもそうだが、討伐となると、あの嬢ちゃん二人には荷が重そうでな。正直生きて帰れるかは保証できねぇ」

「……そうだろうな」

「そこでだ!」


 マサはダジューを手招きすると、顔を寄せ耳打ちをした。


「————」

「なっ!? なんでおまえがそんなことを知っているんだ!」

「俺の情報網甘く見るなよ?」

「誰だ? 誰から聞いた?」

「それは言えねぇ。だから、ダジュー様の紹介状が欲しいのさ!」

「んなことできるわけあるか!」

「うぉ!」


 ダジューは怒り心頭で立ち上がる。


「んだよ。ケチくせえこと言うなよ。紹介状さえありゃこっちで上手いことやるって言ってんだからさ」

「なぁにぃ!? 相手は四大貴族のルーゼル家当主カミュ様だぞ!? おまえみたいなやつを紹介できるわけなかろう!」


 ダジューは突拍子も無い与太話を通せとのたまうマサを理解できないし、信用もできない。

 紹介状だって四大貴族宛に出したことすらない。

 そもそも紹介状なんてのは、困っていると情報を得て先回りしようと書いた地方貴族宛だけだ。

 ギルドの資金集めに四大貴族をダシに使うなんて、そんな恐ろしい真似はできない。


「ここだけの話……カミュ様は研究が行き詰まって困ってるって話だ。俺らがそこに手伝いに行くって感じで紹介状を書けば問題ねぇだろ?」

「おまえは……どこからそんな話を」

「それは言えねぇな」

「くっ……」


 苦虫を噛み潰したような表情でマサを睨むダジュー。

 そんな彼の姿を見るや、マサはニヤニヤと気持ち悪い笑みを見せる。


「ダジュー。まともなことばかりやってて、本当に戦争に勝つつもりはあんのか?

 おまえに秘策の一つでもあんなら別だが、奴らは師範級でも逃げ帰るのがやっとの相手なんだぞ?

 もっとぶっ飛んだ方法を取らなきゃいけねぇんじゃねぇのか?」

「うぐ……」


 マサに痛いところを突かれ反論に苦しむ。

 実際、戦争イコール死の方程式を覆すような策は無い。

 リュウの成長待ちが関の山といったところだ。


「おまえも腹括れや。チンタラやってみんなおっ死んじまったら意味ねぇだろ?

 戦争に勝つためにカミュ様の頭脳が生み出す兵器が必要なのはわかんだろう?」

「……」

「ギルドマスターにゃこの国の未来は預かり知らぬ他人事なのかい?」


 煽りに煽られ、やられっぱなしの腹立たしい状況だが、反論できない程にいやらしく考えられた物言いだった。


「んなことあるか!! ぐぐぐ……クソ! わかったよ! 書けばいいんだろ! 書けば!

 お望みどおり書いてやるよ! ここまでしてなんの成果も無かったじゃ許さねえからな!」

「へへ、そん時はこの国もお終いさ」

「ぬかせ! じゃあ、すぐに用意するからそこで待ってろ!」

「へーい」


 終始ふざけた態度でギルマスを脅すマサ。

 側からみれば、チンピラが追い込みをかける絵面にしか見えない。

 ギシギシと落ち着きなく椅子を揺らし、書状を書きに行ったダジューを待つ。

 揺らし方で音が変わるのを聞いて、ちょっと楽しくなってきたところにダジューは戻ってきた。


「ほら、書いてきたぞ」

「お! 早いな。ん? なんだこれ」


 ダジューから書状と大きな袋を手渡される。

 袋はズシリと重く、ジャラっと聞き覚えのあるいい音がした。


「ふん! 行くときはそれで身なりを整えて行け。

 おまえが向かおうとしているのは四大貴族のカミュ様だということは忘れるなよ!」

「あー。なるほどな。恩にきるぜ!」

「受け取ったなら早く行け。すぐにでたとしても一週間はかかるだろう」

「そうだな。んじゃ、ちょっくら行ってくるわ」

「くれぐれも粗相のないようにな!」

「はは! こっちには貴族様が二人もいるんだぜ? 心配すんな!」


 こうしてお目当ての物を手に入れたマサはギルドから出て行った。

 どっと疲労感がダジューの体を襲う。

 本当に大丈夫だったのだろうか?

 マサがいなくなってから不安は増すばかりだ。


「本当に戦争に勝つつもりはあるのか……か」


 どかっと椅子に腰掛け、マサが言い放った言葉を噛みしめる。

 思い返してみると勝算なんて考えたこともなかった。

 いや、違う。必死で考えていたはずだ。

 しかし、ある時、考えることをやめてしまったに過ぎない。

 奴らには勝てない。

 いくら考えても勝つイメージが湧かないのだ。

 そんなことをいつまでも、いつまでも考えていたら、いつのまにか疲弊し考えることをやめてしまっていた。


 奴は勝つために行動しているらしい。

 ふざけた野郎だが、皆が諦めてしまっていることをまったく気にせず突き進んでいる。

 いったい何が見えているのだろうか?

 何も見えてないかもしれない。

 ただ、そこにある何かに突き進んでいるだけなのかもしれない。


 ダジューには理解できていなかった。

 マサは助けてほしい人がそこにいて、さらに負け戦とあっては居ても立っても居られない変わり者だということが。

 ダジューは解決することのできない悩みを一つ抱えることになった。


 ——疾風結成当日、トキオウ王国内、王子視点——


「お父様……」

「おお……ジュウザ。どうかしたか? 良いぞ、入れ」


 王がたたずむ一室

 連日の会議を終えた王が休息を取っていた部屋に、次期国王であるジュウザ王子が扉叩いた。


「入ります」


 扉を開け、一礼の後、王の下へ。


「今日はどうした?」


 優しき賢王の笑顔。

 もうずっと他では見せることのない優しき王の表情は息子の前でだけ見ることができた。


「お父様、こちらをお返しに参りました」


 ジュウザの手にはトキオウ王国に伝わる秘伝書、「王道真書」が握られていた。


「もう、読み終わったのか?」

「はい」

「ふふ。しかし、返却は無用だ。それはもうおまえに受け継がれたのだ」

「あ……はい」


 その場で立ち尽くすジュウザは俯いていて覇気がない。


「何かあったか?」

「……あ。あの……いえ。何も……ありません」


 こんな態度を取られて、何もない、そうかそうかと頷く愚鈍な王ではない。

 側に立つガイナートでさえもどかしい思いを感じていた。


「ガイナート、少し外してくれんか?」

「はっ!」


 悶々とした気持ちは晴れることなく追い出されてしまった。

 言われたとおり部屋を出て扉の前に立つ。

 分厚い扉を閉じてしまえば小声での会話は聞こえない。

 仕方なく聞きたい気持ちを押さえ、近衛兵としての任をこなす。


「これでわし以外聞くものはいない。話してみよ」

「はい……」


 ジュウザはモジモジと女々しい態度を取ることはない。

 しかし、煮え切らない思いが、なかなか声にならないでいた。


「わしのことか?」

「っ!? あ……えっと」

「噂でも聞いたのであろう?」

「……はい」


 内心を言い当てられ、観念したような、ホッとしたような安堵の表情を零すジュウザ。

 殲滅戦が決まってからというもの城内は慌ただしく不穏な空気を漂わせていた。


 ある者は無謀だと嘆き。

 ある者は悲願だと叫んだ。


 口々に噂される内容には具体性は無く、ただただ感情だけが雑音を奏でていた。


「おまえが危惧しているとおり、あまりいい状況ではないな」

「はい……」

「何故、殲滅戦を決めたのか聞かないのか?」

「それは……わかっているつもりです」

「ふむ……では、何が聞きたい」


 未だ煮え切らないジュウザ。

 王が考えつく程度の理由ではないらしい。

 そういえばジュウザがこのような態度を一度だけ取ったことがあったか。


 あれはジュウザが十二の頃……ああ、そうだ。

 今日と同じような態度で懇願しに来たのだったな。

 ふふ、国民を守るために冒険者になりたいなどと言われたのだった。

 あの時は……そうだ……もっと大人になってからとはぐらかしたはず……ん? いや、まさか……。


「お父様、私は……」

「待て!」


 王はジュウザの言葉を遮りこの後どうすればいいか高速に思考する。


 このまま退室させる……ダメだ、それは愚策。

 全部を聞いてから判断する……それで否定して、この大事な時に親子ゲンカなどもっての外だ。

 探りを入れる……何を聞けばいい? 何かいい質問は……。


 王は腕を組みウンウンと唸る。

 やがて瞑っていた目を見開きジュウザを見定めるとゆっくり口を開いた。


「ジュウザよ、王になるのが嫌なのか?」


 硬直していたジュウザはだらりと緊張を解いた。


「いえ……そのようなことはありません」

「そ……そうか。ならば申せ」

「はい。お父様。私は今のこの状況を見ているのが辛いのです。

 ですから、お父様が殲滅戦に踏み切った最大の理由……あの、真紅の光の主を探しに行きたいと思います」


 ジュウザから紡がれた言葉は王が今もまだ秘密裏に探し求めている者のことだった。

 王都内は全て探し尽くし、今や王都外の領地も捜索している。

 そんな無駄な時間をジュウザに過ごさせていいのだろうか?

 二年も前から縁談を組んでいるにもかかわらず、未だジュウザは逃げ続けている始末。

 せめて後継問題を解決してから……と悩んでみたものの、急ぎ、縛り付けたところでジュウザが良い返事をするわけではない。


 王道真書にも強制は最後の手段だと記されている。

 ジュウザの歳ならまだ時間はある。

 好きなようにさせるのも一興。

 煮え切らない思いを断ち切り、ジュウザの思い通りにさせてやることにした。


 王は大きく深呼吸をして、ゆっくりと呼吸を整え口を開く。


「……ふう。わかった。ジュウザ、おまえの進言をありがたく受けよう。

 しかし、わしも八方探し尽くしておる。あれからずっとだ。

 無為な時間を取らせるのも気がひけるが良い機会だ。

 外の世界を見て参れ」

「はい! でも、お父様。私は感じるのです。真紅の光の主は、まだ王都にいるのではないかと」

「……そうか。戦争が起きる前にわしも見つけたかった」

「まだ戦争は起きていませんよ? 私がきっと探して参ります!」

「ふっ。そうだったな」


 なぜ今になってジュウザが光の主にこだわるのかはさておき、城内で燻らせておくのもいいことではない。

 ただし、一人で行かせるわけにはいかない。


「ガイナート!」


 王は手を叩き扉の前に控えているガイナートを呼ぶ。

 入ってきたガイナートは心なしか嬉しそうだった。


「ガイナート。近衛兵を二人、ジュウザの護衛として手配せよ。

 さらに、五人程偵察に秀でた者に監視させよ」

「はっ! ジュウザ様はどこかに向かわれるのですか?」

「ジュウザが直々に真紅の光の主を捜索するのだ。

 おまえたちがサポートしてやるのだぞ。

 そして、外でジュウザの身元がバレないよう取り計らえ。

 それと、これはわし達だけの秘密だ。くれぐれも内密にな」

「はっ! すぐに手配いたします!」


 やっと入れたと思ったらすぐに慌ただしく退室することになった。

 近衛兵の任務は多岐に渡る。

 こういった雑務など日常茶飯事なのだ。


 ***


「マーカスです」

「リットです」

「はい、よろしくお願いします」


 お城をこっそりと抜け出し、ジュウザは人気の無い広場で近衛兵と話をしていた。

 抜け出す前の打ち合わせでは、怪しまれないよう城内で会うことはできなかった。

 事前に決めた場所で落ち合い、自己紹介をしている最中だ。


「それで……これからどういたしますか?」

「うーん。まずはギルドへ行こう!」

「わかりました。ギルドはここからすぐ近くにあります! 早速行きましょう」


 入念に準備を進めたせいで、かなりの日数をかけてしまった。

 ジュウザはこの日が来るのを今か今かと待ち望んでいたのだ。

 はやる心を落ち着かせ、幼少期に夢見たギルドへと足を運ぶ。


「ここが……」

「はい。トキオウギルドでございます」

「早速入ろう!」

「はい」


 扉を開け、新しい世界に目を輝かせる。

 屈強な男達がデカイ態度で闊歩する異質な空間。

 ジュウザにはその全てが新鮮だった。


「ジュザ様、ここのギルドマスターには話が通っております。

 一度挨拶に行きましょう」

「そうなのか? わかった。会いに行こう」


 ジュザ。ジュウザではバレてしまう可能性があるため、城外での呼び方を変えていた。

 些細な話だが綻びは切っておくに限る。

 ジュザ一行は受付へと足を運んだ。


「いらっしゃいませ。ご用件はなんでしょうか?」


 可愛らしい女の子が元気よく挨拶をする。

 見れば受付の子は皆可愛らしい容姿をしていた。


「ギルドマスターに会いたい。城から書状を預かっている」


 マーカスが受付の子に書状を渡す。

 受付の女の子は「かしこまりました、少々お待ちください!」と元気よくバックヤードにかけていった。


「大丈夫かな?」

「問題ありません」


 ジュザの不安はすぐに杞憂へと変わる。

 バン! と勢いよく開いたドアには息を切らしたダジューの姿があった。


「おまたせしました!!」


 ジュザは勢いよく開いた扉の音に驚き、太い声で息を切らす大男にたじろいだ。


「いっいや……待ってないよ。大丈夫」

「はぁ、はぁ。すいません、どうぞ」


 ジュザ一行はダジューに促されバックヤードに通される。

 マサ達が通された部屋を通り過ぎ、奥の部屋に入る。

 そこは貴賓室のように豪華な調度品が飾られた大広間だった。


「このような部屋で申し訳ありません。どうぞ、おくつろぎください」


 扉を閉め、深々と礼をするダジュー。

 最近のダジューは大忙しだ。


「いや、このような見事な部屋、ありがたく思います。しかし、今は御忍びの身であるため、あまり目立った行動をしたくはないのです」


 硬直した体をカクカクと動かし、ぎこちない体勢で話し始めるダジュー。


「はっ! 重々承知しております。ですが、ご安心ください。ここでの会話は漏れることはありません。四方の壁は通常の五倍の厚みにて設計した特別な部屋にございます。

 そして、城からの書状を王子自らが届けに来るなど誰も気付かないでしょう」

「なるほど……わかりました。では、ギルドマスター様も、どうぞおかけになって私の話をお聞きください」

「はい!」


 ダジューが恐る恐る席に着くと、リットがお茶をテーブルに置いた。

 ダジューとジュザの二人分だ。

 マーカスとリットはジュザの後ろに立った。


「それではギルドマスター様、早速本題に移りたいと思います。

 襲撃の日、赤い光が王都を救った事実をご存知ですか?」

「はい! それはもう……あの日、誰もが見た奇跡にございますので」

「それもそうですね。では、話が早い。じつは私もその者を探しているのです。

 きっと他の者が貴方にはもう調査をかけているかとは思いますが、改めて、今日までに気になる者の存在を見かけませんでしたか?」


 緊張から頭の回転が酷く鈍っていた。

 目の前にいるのは、先日マサに紹介状を書いた四大貴族よりも偉大な存在。

 下手すれば、現国王よりも要人としての格は上かもしれない。

 いわばこの国の未来がそこに座っているのだから。


「あ……えー。そうですね……確信をもって言える存在は今のところ……」

「それはわかっています。確信が持てるなら、即刻国王に報告していたでしょうから。

 私が知りたいのは、なり得る可能性が少しでもある選定から外れた者達のことです。

 例えば、このギルドで魔力数値が一番高い冒険者は誰ですか?」

「あ……」

「どうかしましたか?」


 ダジューの思考は極端に狭く、深い渦に飲み込まれていく。

 襲撃があった後の数年は血眼になって真紅の光を放った英雄を探し回った。

 しかし、年を追うに連れだんだんと頭の片隅に追いやられていった英雄の記憶。

 王子から直接話があるまで全くもって考えるに到らなかった可能性。

 まるで、時の巡り合わせのように英雄を探しに現れた王子を見て、ダジューの中で可能性が繋がってしまう。


 マサに散々な煽られかたをした文句。

 今なら、マサに謝罪の言葉をかけることができそうだった。

 戦争に勝つため、必死になって思いを巡らせればきっとたどり着いていた可能性。

 ダジューは己の不甲斐なさを恥じた。

 同時に、この国の王族への敬意をより一層深めることになった。

 国民のためにこんな雑務を王子がこなしている。

 その目に諦めの色は微塵も感じない。

 華奢な腕、軽そうな体とは裏腹に、王子の持つオーラとでも言うべき荘厳な雰囲気は、年齢を超えてダジューに格の違いを感じさせていた。


「……一人。気になっている少年がいます」

「少年?」

「はい。お恥ずかしい話、我々は決めつけ過ぎていたのかもしれません。

 あのような魔法を放つ者が、年端もいかぬ子供ではないと」

「何か根拠があるのですか?」

「はい。まず、彼の魔力は群を抜いております。この国の師範級と呼ばれる最高の冒険者を優に超えておりました。

 それと、最近起きたことなのですが、彼は森の木々をなぎ倒す程の威力を持った光の柱を放ったと報告を受けました。

 その時はゴブリンを倒したのだということで話半分に聞いていたのですが……」

「ぜひ、お会いしたいですね」


 ダジューは王子の言葉を聞いて後悔の念に襲われる。

 そう。三日前にマサが来てカミュ様への紹介状を書いたばかりだった。

 マサのことだ、その日のうちに出発していてもおかしくはない。

 額に汗が流れ、手にも溢れる程の汗が滲み出ていた。


「……申し訳ありません!」


 ダジューはその場で深々と頭を下げる。

 今から早馬を出したとしても一週間は戻ってこれないだろう。

 ただただこの国の未来に頭を下げることしかできなかった。


「行き先は把握しているのですが、今から早馬を出しても一週間は連れ戻せないと思います」

「ふふっ」


 王子は慌てふためき、青い顔しながら大汗をかく男を見て笑ってしまった。

 わけもわからず笑われたダジューにとってそれは、さらに思考を深い闇へと引きずり下ろす不穏な笑みにしか感じられなかった。


「すいません。ギルドマスター様、そう恐れずとも良いですよ。

 私は嬉しかったのです。こんなにも早く重要な手掛かりに巡り会えるとは思っていなかったもので」

「あ……ああ……。そっ、そうだったのですか」


 言い知れぬ不安を少し拭えたダジューは「ふう……」と一息呼吸を整えた。


「それで、一つお恥ずかしいお願いがあるのですが……」

「え、ええ。なんなりと」

「本来これはギルドマスター様の手柄になると思うのですが、こうして出てきてしまった手前……その、報告は私に一任していただけないでしょうか? もちろんギルドマスター様の功績だと報告するつもりです」

「え? ええ、もちろん……いえ! ぜひそのようにお願いします!」


 グイっと身を乗り出し懇願するダジュー。

 こんな報告を自分がしに行って手柄を立てたところで大した旨味はない。

 むしろ、未来の王とこのような思い出を共有できたことの方が大きかった。

 そもそも、これ以上手柄を立てたところでダジューの地位は変わらない。

 ギルドにとっても大した功績になるわけでもない。

 王子が気を良くしてくれるのであれば、いつか何かあった時の保険としてこれ以上無い関係が築けたと言っても過言ではないだろう。

 それに、なぜ気付かなかったのかと藪蛇にもなりかねない。

 ダジューにとって王子の申し出は渡りに船であった。


「ありがとうございます! これで無理して出てきた甲斐があります」

「いえ……こちらこそ宜しくお願いします」


 あとは王子がうまくやってくれるのを願うばかりだ。






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