第8話 トキオウ王国の賢王

 ——襲撃時トキオウ王国城内——


 王がたたずむ一室。

 そこの窓から見える景色は、穏やかで優雅な色を塗りつぶし、赤く恐怖の色を染め上げていた。


 トキオウ王は、窓の外をただただ見ていることしかできなかった。


 建物が破壊されていく轟音、国民が泣き叫ぶ絶叫、勇ましい兵士達が決死の覚悟を決めて立ち向かっていく姿。


 無残に焼かれ、崩れ落ちる瓦礫に押しつぶされ、殴り殺され、突き殺され、斬り殺されていく国民の姿を、窓から見ることしかできなかった。


 平和を享受していた……自分の力で築きあげてきた王国が、一日……たった数時間で、黒い翼を持つ者に破壊されてしまった。


「トキオウ王! 早く! 早くお逃げください! すぐそこまで奴らは迫って来ております!」

「……」


 跪き、必死に懇願するのはトキオウ王国近衛兵の隊長ガイナート。


「王! お早く!」

「……」


 もちろん、聞こえていないわけではない。

 困らせたいわけでもない。

 自分は特別な立場の人間であって、生き延びなければならないことも理解している。

 しかし、だからこそ……動けないでいた。


「……ガイナート」

「はっ!」

「奴らはなにをしに来たのだ?」

「同胞を探しに来たとの報告を聞いております」

「そうか……」


 王は理解できなかった。

 探しに来たのであれば、普通に探せばいい。

 魔物といっても、言葉が通じないわけではないのだから。

 引き渡し交渉だってできたはずだ。

 だが、奴らはたった一人の少年のため、この国に戦争を仕掛けてきた。

 しかも、一方的に。


「わしのせいか……」


 王は報告を受けていた。

 黒い翼の魔物を保護していると。

 その魔物は人の暮らしに慣れ親しんでいると。


「魔物と理解し合えると思ったのだがな」


 今は魔物だろうと、人に害がなければ魔物というカテゴリーから外れる。

 黒い翼の魔物は強大な力と魔力を誇る危険な種族だ。

 その者達が人間と手を組み、共に暮らしていけるのであれば、これほど心強いことはない。

 さらに、無益な争いも避けることができる。

 そう……だから、トキオウ王は期待していた。

 しかし、その甘さが生んだ悲劇。

 理解し合おうとした浅はかさが、目の前の光景を生み出してしまったのだ。


「……時間がありません。お早く!」


 懇願、ガイナートにできることはそれしかなかった。

 王を守るにも力の差が歴然の魔物。

 指一本触れることすら叶わないかもしれない。

 そんな相手を背に王を逃すことは不可能に近い。

 まだ遠くで戦闘をしている今が最後のチャンスだった。


「よい。おまえだけ逃げよ。わしはここに残る」

「王!? 今ならまだ間に合います! お願いします!」


 ずっと窓へ向けていた顔をガイナートへと向き直し、王は不敵に笑みを浮かべる。


「ふっ……そのようなこと、できはしない。

 そうだ……わしには無理だ。……きさまは……許せるのか?」

「王……いったい……なにをお考えなのでしょうか?」


 いつも穏やかな顔を崩さず、この王国の平和を長らく維持してきた賢王。

 今、ガイナートが目にしているその笑みには、あの穏やかな賢王の面影はない。

 薄く口角を上げ、鋭く吸い込まれそうになる瞳を携えている。

 それは、死を受け入れた笑みではなかった。


「何を考えているかだと? ガイナート。わからんのか? これは……戦争だ。

 不意打ちを……戦う意思のない国民を……奴らは何のためらいもなく虐殺しておるのだぞ?」

「はっ……」

「わしは……年甲斐もなく怒りを覚えておるのだ。おまえは……感じないのか?」

「いっ……いえ。感じております……ですが今は……王の身の安全を……」


 近衛兵の任務は王の警護。

 他に優先することなど何一つない。

 まして自分の感情など、任務には何の影響も及ぼすことはない。

 王に問われるまで、気づきもしなかった己の中にあるどす黒い感情。

 何も考えずとも、自分の感情を押さえ込むなんて訓練された近衛兵であれば造作もないが、故に見落としていた本心。


「よい。おまえは近衛兵としてよく働いておる。わしのわがままに付き合うことはない」

「……」

「わしはこのままここで奴らの非道を目に刻むことにする。おまえは立ち去れ」


 しかし、それも全て王のため。

 根底に、王への忠誠、献身があってこそだ。

 ただ、王が生きていればそれでいいのだろうか?

 王への忠誠、献身とは、王のためにあるべきではないのか?

 王が進む道を、邪魔していいわけがない。

 近衛兵の役割は王の警護……


 王は窓を眺めている。

 破壊されていく王都を、虐殺されていく国民を、王はその目に焼き付けているのだ。

 あの穏やかな微笑みで国民を支えてきた王が、賢王と呼ばれる程の聡い王が、ここに残ることを選んだのだ。


 ……よって、王の歩む道から外れることなど、己の忠誠心が許すはずがなかった。


「申し訳ありません……」

「よい。そなたは生き延びよ」

「いえ、違います……私もお供させていただきたく思います」

「ふむ……」

「私も……窓を眺めてもよろしいでしょうか?」

「……好きにせよ」

「はっ!」


 王はガイナートを咎めることはしない。

 ガイナートの選択を、ただ、あるがままに受け止めていた。

 ガイナートは王の少し後ろに立ち、窓の外を眺める。

 轟音、断末魔、燃え盛る熱が、まだ遠くの城下町から運ばれてくる。

 ふと目に入った王の横顔は、穏やかな笑みを忘れ、怒りを宿した鋭い眼差しだった。


 もし、奴らがここまでやってきたら、私も、王も、死を受け入れなければならないだろう。

 しかし、それでも良いと思い始めていた。

 窓から見える戦火。

 このまま被害が大きくなれば、おそらくトキオウ王国は立て直すことが不可能なくらい破壊し尽くされてしまうだろう。

 たとえ、王と共に逃げ延びたとしても、帰る場所も、迎えてくれる王都民もいない。

 生き延びて見る絶望的な状況は、想像を軽く超えてしまうはずだ。


 もし、破壊し尽くされた王都を背に、近くの領主のもとへと逃げたとすれば、生き延びることはできただろう。

 しかし、王都を追われ逃げた王であることに変わりはない。

 そんな王が国民に支持されるのだろうか?

 まだ若ければ、そのようなレッテルを跳ね除け、立て直すこともできたかもしれない。

 しかし、王にはもう、そのような時間は残されてはいない。


 聡い王であるが故にわかっていたのだろう。

 何もできないのであれば、せめて国民に王の生き様を刻むことが最後の務めなのだと。

 トキオウ王は、国を、国民を、心から愛していた賢王であったと。


「もう……まもなくですね」

「そのようだな」


 着実に歩みを進める魔物達。

 一気に城を攻め落とそうなどということはない。

 彼らは、同胞探しをしているのだ。

 じわじわと戦線を上げ、街を燃やし尽くしていく。


 そんな悲惨な状況とは裏腹に、ガイナートは満足していた。

 恥ずべきことなく近衛兵としての任を全うできたこと。

 王を守ってきた守護者として、忠誠を誓った王と一緒に死ねること。

 主人に恵まれ、後世に語り継がれるであろう死に様。

 その機会与えてくれた王に、心から感謝をしていた。


「私は……幸せ者です」

「……」

「近衛兵士長として……私は……」


 ガイナートは王への感謝を述べようとした。

 しかし、なんの前触れもなく起こったその時の出来事のせいで、感謝の機会を永遠に奪われることになる。

 轟音鳴り響く戦場で、一際大きな破裂音が戦場を支配したのだ。


「なっ!?」

「あれは……!?」


 王が窓へと手を掛け、身を乗り出して見つめる先。

 立ち昇る黒煙を吹き飛ばし、空気を震わせる真紅の光。

 放射状に拡散していくその光は、淀んだ空気を吹き飛ばし、空にいた魔物を一掃する。

 この距離でも目が眩んだ。

 直視してしまった視界は、光が消えた後でもまだ赤みを帯びている。

 これでは、もし赤い光をうまく回避できたとしても、近くにいた魔物達は視力を奪われてしまったことだろう。


「何が……いったい何が起きたのだ!」

「わかりません……あのような光……私も見たことがありません」


 魔法……だとしても、このような広範囲に影響を及ぼす魔法はない。

 空にいる魔物を一掃しようかという程の拡散した光の波動。

 目撃した誰もがその答えにたどり着くことはできなかった。


「見てください! 魔物が……空の魔物達が……撤退していきます!」

「誠か!? わしはまだ目が……本当に撤退しているのか?」

「はい! 撤退……しております!」


 王都を焼き尽くさん勢いで攻めて来た魔物達を追い返したのは、空を焼き尽くさんばかりの勢いで放たれた赤い光だった。


「信じられぬ……このようなことが……なぜ?」

「わかりません。ですが……紛れもない事実です」


 怒号、轟音が鳴り響いていた王都は一変して、凛とした静寂に包まれていた。

 未だ燃え盛る王都。

 しかし、黒煙を吹き飛ばし、雲を切り裂いた赤い光の後には、不自然な程に澄み渡った青空が、王都に戦いの終わりを告げていた。


「……はっ?! こんなところで呆けている場合ではない! 城下に出向き国民の支援をするのだ!」

「は……はい! すぐに! すぐに手配いたします!」


 慌てて王の間を出るガイナート。

 城内に雄叫びを上げて駆け回る兵士達の怒声が響き渡る。

 火災を食い止めるため、魔術に長けている者を全て救援へと向かわせた。

 生き残った国民も、王国からの支援を受け、明日を生き残るための努力を惜しまなかった。

 そんな皆の努力の末、燃え盛る炎を完全に消し終えることができたのは二日後だった。


 ***


 謁見の間に現れた兵士。

 背を伸ばし、胸に手を当てた敬礼の後、跪く。


「報告いたします。消火活動を完了いたしました。被害の程は、これより確認に回ります」

「うむ」

「また、取り急ぎ雨風を凌ぐためのテント、魔法による仮設住居の設置を急いでおります」

「食料はどうだ?」

「はっ! 農村部の被害は三割程度であったため、立て直しは可能です。備蓄された食料で三ヶ月は持ちます。

 また、全領主に救援を打診しております」

「よい。引き続き復興を急げ」

「はっ!」


 あのような惨劇の後にも関わらず、王都に巣食う悲壮感は少なかった。

 国民の誰もが、命を張り、勇敢に戦った兵士を目の当たりにしていた。

 魔物が撤退してすぐ、疲労した体にも関わらず、火消しや救護に奔走した兵士達を目の当たりにしていた。

 そんな兵士達の献身に駆り立てられ、絶望に打ちひしがれていた多くの国民は深い悲しみから心を動かされていた。

 誰もが近くにいる誰かを助けるために行動し始めたのだ。


 兵士達が先導をしていた。

 動ける者は手を貸して欲しいと。

 すぐに動けば動く程、助かる命は多いのだと。

 燃え盛る火は魔術によって瞬く間に消されていった。

 屈強な者達は瓦礫に埋まった人達を懸命に救い出していった。

 怪我人は教会へと運ばれ、動ける者は皆懸命に看護をしていた。

 夜には各地で炊き出しが施された。


 何故か?

 何故ここまで迅速にことが運んだのか?

 それは、兵士達が口々に叫んでいた言葉が国民を奮い立たせたからに過ぎない。


「これは勅命である! トキオウ王は国民の救護を最優先に動いている! 動ける者は皆、王の勅命を胸に刻め! 救える者の命を無駄にするな!」


 国民は皆、賢王が統治していた王都を誇りに思っていたのだ。

 この惨劇の中、王都から逃げることなく、即刻国民のために勅命を出した王がいる。

 絶望を振り払うにはその事実だけで十分だった。


 そして、襲撃から一月が過ぎようとしていた頃、各地の領主達から支援物資、派遣部隊が続々と到着した。

 そこから約二ヶ月程で瓦礫は撤去され、各地で建設作業が進められていた。

 異例のスピードで復興は続けられ、人々の暮らしは支援に頼らなくても生きていける程になった。


 そして、王都に集まる領主達の面々。

 先の戦闘について今後の話し合いが始まろうとしていた。


 王都に集まった東西南北を守る領主達


 北のブージャン

 西のエリーテ

 東のカロイツ

 南のルーゼル


 トキオウの四貴族と称される大貴族達だ。

 トキオウ王国の法では、貴族の権力は功績ではなく土地の大きさに由来する。

 土地は毎月のように再分配される仕組みで、その分配方法は特殊な形式が採用されていた。


 まず、領民の数が領地を決定する大きな指針となっている。

 王国民はトキオウ王国領内であればどこにでも住むことができる。

 もし、別の領主の所へ引っ越したならば、その土地の領主から仕事と住む場所を与えられる。

 もちろん、自分で商売をしたければ領主から仕事を与えられることはない。


 四大貴族以外にも多くの貴族が点在してはいるが、その中でも領民の数が多い領主が特別な階級である四大貴族の称号を得ることができる仕組みとなっていた。


 階級は……

 王

 四大貴族

 地方貴族

 小貴族

 平民

 ……となる。


 四大貴族は地方貴族の中で領地の大きさが四番以内の貴族である。

 小貴族は特に国への貢献度が大きかった平民に与えられる称号だ。稀に地方貴族になることもある。


 トキオウ王国の平和は、人を中心とした統治を徹底的に見直した現国王の先先代から受け継がれ、洗練されていった法によって成り立っていた。


 しかし、何故四大貴族などという称号が最上位なのか?

 そこには権力を分散させる制度にしたかった思惑がある。

 上位四名の貴族達を平等に扱い、この称号以上の権力はないとしなければならなかった。

 そして、土地の大きさは四大貴族の中では特に意味をなさない。

 王国への貢献度が次期分配での優位を約束されることになるのだ。


 だから、こんな時に王都への派遣を渋る貴族などいはしない。

 全てが国民のため、全力で力を発揮する者達だけが生き残る世界なのだから。


 その四大貴族が集まった席。

 そこで、この会を仕切る王国大臣であるリリーナから会議の開始が告げられる。


「皆さま、お集まりいただきありがとうございます。

 本日はまず、王より皆さまへお話があります。

 では、どうぞ」


 長テーブルの先、一番奥に座っていた王が立ち上がり四大貴族に語りかけるように話し出す。


「まずは、皆からの支援、心より感謝する」


 先ずは感謝の言葉、忘れるわけがない。

 四大貴族の領主達が一斉に頭を下げた。


「そして、何故こうなったかは聞いたとは思う。この王都の惨状を見て、そなたらはどう思うか聞きたい。

 そのあと、トキオウ王国はこれからどうすればいいのか? 各自の意見を述べて欲しい」


 明白な議題とは裏腹に、各貴族達は頭を悩ませた。

 どのような回答が望ましいのか?

 どうすれば国の利益を維持できるのか?

 先陣を切ったのはブージャン領の領主ザッキス。

 ゆっくりと席を立ち、咳払いを一つ。


「よろしいでしょうか?」

「よい。聞かせてくれ」


 会議室の面々がザッキスへと視線を向ける。

 ざわざわとした騒音は鳴りを潜め、ザッキスの言葉を聞き漏らすまいと場は静寂に包まれた。


「まずは、信じ難い程の被害だと感じました。たった数時間でここまでの破壊活動を行える種族だとは情報がなく、改めて邪鬼城の魔物達は驚異だと言わざるを得ません。

 そして、今後は王都の復興を急ぐと共に、強化、対策を考えるべきかと存じ上げます」

「ふむ。そうだな」


 無難な物言いだが、基本を押さえた優秀な意見であることには違いない。

 ザッキスの意見に異論を唱える者はいなかった。


「では、今の意見、異論はないか?」


 皆、首を横に振り、ザッキスの意見に同意した形を取った。

 下手に会議を掻き回せば王から退室を命じられることもある。

 四大貴族が集まる会議の議題は絶対であり、無駄な意見は許されない。

 議題に沿わない、的確に意見ができない者は四大貴族から降格されることも多々あった。


「よろしい。それでは、具体的な対策についてだが……何か意見のある者はいないか?」


 今度はエリーテの領主ロロアナが動いた。


「よろしいでしょうか?」

「よい」


 ロロアナは席を立ち、裾を伸ばす。


「邪鬼城の魔物の情報が乏しい中、もっとも危惧しなければいけないことは、群れをなし空から強力な魔法攻撃を仕掛けてくるということ、城壁では進軍を止められないことにあると思います」

「そうだな」

「ですので、その対策として……魔力爆弾を大量に作成し、気球にて周囲を囲むという対策はどうでしょうか?」

「ふむ……それは可能なのか?」

「はい。可能ではあるのですが、大量の魔核が必要となります」

「それは用意可能だ。気球の方はどうだ?」

「はい、そちらはエリーテ領で生産可能です」


 トキオウ王は頷くと、少し思案したように二、三度首を振り、ロロアナへと口を開いた。


「……その気球で人を飛ばすことはできるのか?」

「可能です」

「そうか、ならば、早急に着手をしよう。こちらはギルドと連携し、魔核の大量確保を命じておく」

「かしこまりました」

「よろしい。では、他に意見のある者はいないか?」


 ロロアナが席に着き、カロイツの領主リヒトが席を立つ。


「私からも一つ……」

「申せ」

「隣国との交友で、飛空挺なる物が存在すると耳にしたことがあります」

「飛空挺? それはどういった物なのだ?」

「はい、飛空挺とは、魔力で浮かぶ船でございます」

「ほう」

「その飛空挺に砲台を取り付ければ、奴らと同じように空からの攻撃が可能となるでしょう」

「それは凄いな。して……調達は可能なのか?」

「いえ、これから交渉に赴きたいと思っております」

「そうか……隣国が手放すとは思えないが……リヒト、交渉に必要な物は揃えよう。そなたに任せる」

「はっ! かしこまりました」


 リヒトが着席すると、最後に残ってしまったルーゼルの領主カミュが席を立った。


「私からも、ご提案があります」

「続けよ」

「はっ! 私は魔術で動く巨兵の建造をご提案いたします」

「そなたがよく申しておった代物か……して、進捗はどうなのだ?」

「はい、理論、設計はすでに完了しております。しかし、大量の魔核……それも、鋼の核が必要となります故、難航しているのが現状です」

「鋼の核か……難儀だな。どの程度必要なのか?」

「鋼の魔核……極小の物が五十万個程必要にございます」

「鋼の魔核が五十万個必要だと!?」

「はい、ですが、未だ一万にも満たない数しか確保できておりません」

「ならん、カミュには悪いが、そのように大量な数を揃えることはできない」

「そう……ですか」


 がっくりと肩を落とし、席に着こうとするカミュ。しかし……王の話はまだ終わっていなかった。


「だが……カミュよ。おまえは天才だ。このまま話を終わらせるには惜しい」

「え? あの……と、申されますと」

「私はおまえの頭脳を非常に高く評価している。この窮地を救う手立てはおまえの頭脳にかかっていると言っても過言ではない」

「そんな……もったいないお言葉にございます」

「いや、よく聞け……そうだな、皆にも言っておきたい事があるのだ」


 突然の王の言葉に、皆の体に力が入る。


「わしは、奴らを殲滅したいと思っている」


 皆、手から汗が吹き出るのを感じていた。

 王が血迷ったのではないか?

 無謀で、無益な戦いになるのではないか?

 そう、感じずにはいられなかった。


「無論、このような決断を独断で押し通す気はない。そなたらにその気がなければ絶対に勝てないからな」


 王は決断を四大貴族に委譲した。

 王の言葉を聞き顔を見合わせる面々。

 良いも悪いも判断など簡単にはつかない。

 長い静寂が会議室を支配した。


「……今はまだ、決断するには早いか」


 静寂を打ち破るかのように漏れた王の言葉。

 安堵……それと同時に、行き場のない焦燥が皆の心を掻き立てる。

 その焦燥に負け、口を開いたのはブージャンの領主ザッキスだった。


「誠に申し訳ありません。今ここで決断にいたるためには、判断するための材料が乏しいのが現状にございます」

「そうだな」

「ですが、王の意思は……皆、理解したことにございましょう。

 さすれば、決断するための情報、策、それらを早急に揃えることをここにお約束いたしたいと思います」


 ザッキスは王への配慮をしながら議題を棄却することを防いだ。

 面倒なことなのはわかりきっていた。

 しかし、王は年老いており、王子はまだ十になったばかり。

 今、力を認めてもらうことの重要さは誰もが感じている事実だった。

 無理だと一蹴したかったのだが、いささか時期が悪すぎたのだ。


「私も……王の意思を無為にしたくはありません! お時間をいただきたい!」

「私も、尽力いたします!」

「わっ……私も、ご期待に添えるよう、研究を急ぎ再考いたします!」


 王への忠義は、制度化された平穏がもたらす力の誇示のため、粛々と実施される。


 トキオウ王国には、先先代の王が書き記した王道真書という王だけが読むことを許された奇怪な書物がある。

 その一節にはこう記されていた。


【忠義とは、戒めではなく、願望であることが望ましい。

 そのためには、利益を求める先に国益があること。

 個人だけの利益が無価値になるような仕組みが必要である】


 そうしてできたのが、四大貴族、領民の数に比例した領地分配制度である。

 その他にも、制度を回すための細かな法律はあるが、そのどれもが他の国では見ることのできない特異なものであった。


「ふふふ……」


 王が笑っている。

 目には力が宿り、優しき賢王の面影はどこにも見当たらない。

 しかし、それ故に、無謀な願望を押し通す愚かな王には見えなかった。

 貴族本来の姿。

 勇敢なる戦の将としての覇気を纏い、貴族を束ねる王の姿がそこにあった。


「今回、ひとつだけ……おまえ達と志を一つにしたい思いがある」


 唾を飲み込む音が聞こえる。

 瞬きすら許されない程、ヒリヒリと焼けるような緊張感が場を支配した。

 今回の会議は異例中の異例。

 王がここまで口を挟むことなど未だかつて経験のない出来事だった。


「わしは、魔物に怯えて暮らす国民を見たくはないのだ」


 ゆっくりと紡がれた殲滅戦の真意。

 単純明解でいて、王の言葉として非の打ち所がない。

 国民を憂い、国益を求める。

 苦しい難局から逃げるような腰抜けはいないか?

 そう、問われていた。


「どうだ? おまえ達もそう思うか?」


 否定するような愚か者はいなかった。

 皆一様に頷き王の言葉を肯定した。


 これを機に、邪鬼城殲滅作戦は秘密裏に準備が進められた。

 そして、八年後の王都復興と同時に、殲滅戦の決行が可決されることになる。







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