第7話 決意の程

 ——マサ、リュウ視点——


「リュウ! そっちに行ったぞ! わかってんだろうな!」


 トキオウ王国領地内に点在する、とあるダンジョンの地下八階……

 

「大丈夫!」


 中級チーム「疾風」の姿がそこにあった。


「グゴォォォ!!!」

「はぁあああ! 刺突一閃!」


 前方を攻めるのはレイース、その後方に中距離攻撃要員のリュウ、その更に後ろには、回復、バフ、デバフ要員のラッチェ。

 そして、そのまた更に後方には、索敵、作戦指示、撹乱要員として、マサがいた。


 時の巡り合わせで居合わせた者達が結成した即席のチームだったが、攻守ともにバランスが良く、ほぼ経験のない初級冒険者にしては悪くない感じに仕上がっていた。


「レイース!」

「おっけー!」


 剣を横薙ぎに一閃、勢いを殺すことなく回転しながら蹴りを放ち、その勢いで横へ飛ぶ。

 その流れるような武技は華麗だが、威力はそこそこだ。

 しかし、レイースの役目はそれで十分。

 あとは、リュウの魔法銃が仕留める。


 ダンジョンに生息している魔物は地上に生息している魔物達とは違い、およそ生存競争とは無縁の進化を遂げた不気味な成りをしていた。

 昆虫のような硬い表皮には刃が立たず、トゲのある腕と、骨をも砕く強靭なアゴ持ち、二足歩行をする虫型の魔物。

 多種多様で、進化のスピードが早く、種族分けする頃にはもうそんな魔物はいない。


 だから、ダンジョンの魔物には名前がなかった。

 今回遭遇した魔物も「虫型で二足歩行をする魔物」というだけだ。

 しかし、ダンジョン最深部に、一体だけ進化をしない魔物がいる。

 わらわらと湧き出る雑魚共とは比べ物にならない程に強い。

 その一体を倒せば、数年間は魔物が湧かないダンジョンとなるダンジョンの主だ。


 ダンジョンの研究を進めている学者達の見解では、今のところ「ダンジョンは生きている」というのが一番有力な学説となっていた。

 魔素がどうとか、地下の環境がどうとか、いろいろ難しい論文が多種多様な論議を生んでいるが、これといって確信を突く学説はなかった。


「よーし! 今日はここまでだ! 倒した魔核を持って帰るぞー」

「はーい」


 一同、フロアに落ちている「魔核」を回収する。

 魔核は魔物を倒した時にドロップする魔素が詰まった核のことだ。

「核」といっても、その材質は様々で、石だったり、金属だったり、今回であれば虫の硬い表皮のようなものだ。不思議なことに「核」は素材こそバラバラだが、一様に真円に近い丸だった。

 これについても小難しい学説が諸説あるのだが……ここでは割愛させていただく。


「今日の核は小粒ですね」

「……そうね」


 核は大きさによって価値も性能も上がる。

 爪の半分くらいのサイズから、拳大の大きさまである。

 指の第一関節大のサイズであれば、角銀貨十五枚はするだろう。

 今回回収した極小サイズならば、五個で棒銀貨二枚といったところだろうか?

 素材によっても価値が違うが、有機系の魔核は、無機系の魔核の半値といったところだろう。


 ダンジョンの魔物は死ぬと煙のように消えてしまう。

 地上の魔物のように、皮や、肉は残らないので、魔核が唯一の回収アイテムだ。


「んじゃ、帰るぞー!」

「はーい」


 疾風を率いるリーダーのマサは、年下の少年少女達の引率のような役割を担っている。

 いくらリュウが中級冒険者であろうとも、マサのような存在がいなければ宝の持ち腐れになってしまう。

 的確な指示のおかげで雑魚を雑魚として処理できるようになるのだ。


「それにしても、リュウの魔法銃は凄いわね」

「そうですねぇ。どんな魔物も一撃ですからねぇ」


 レイースとラッチェは結成後も抜けることはなかった。

 あれだけ悲壮感を漂わせ運命を呪っていたのに、マサの提案には乗らず、一緒に強くなる道を選択していた。


「そりゃ、俺が選んだ銃だからな! あったりめぇよ!」

「あんたは値切っただけでしょ?」

「馬鹿野郎! 貰った報酬全部つぎ込んでもいっちゃん安いやつ買うのが精一杯だったんだ! 買えただけでもありがたいと思え!」

「……ギルマスに言えばお金くらい工面してくれたんじゃない?」

「うるせぇ! 買っちまったんだからしょうがねぇだろ!」


 マサは馬鹿だが頭が悪いわけではない。

 もちろん、ダジューに言えば金なんかすぐに工面してくれるのだろう。

 しかし、なんの結果も出さないまま金を工面させれば良いように振り回されるのがオチだ。

 金を出してもらう時はこっちが有利な状況を作り出してからじゃないとまずい。

 それに、考えなしにダジューを頼ることは、このチームのリーダーとしての資質を問われる可能性が大いにある。

 よって、まだその時ではないと判断してのことだったが、そろそろ頭打ちになってきたチーム運営をダジューに相談しなければとも思い始めていた。


 ***


 疾風結成直後のマサは……それは、それは浮かれていた。

 レイースとラッチェを家に帰らせると、僕を連れて武器屋に直行。お店が閉まるギリギリに滑り込んで「魔法銃をくれ!」と叫んだ。


 マサはギルドから貰ったという角銀貨二十枚を店主に握らせると「これで買えるいっちゃんいいやつを頼む!」と太っ腹な発言で一発かまそうとしていたのだが、店主は銀貨を見るなり首を横に振った。


「お客さん、これでは一番安価な銃すら買えないですよ」

「なに!? おまえ、角銀貨二十枚だぞ! 俺の給料の一年分で足りねぇってこたぁねぇだろ!」

「いや……お客さんの給料がいくらかは知りませんが、魔法銃は最低でも角銀貨三十枚は頂かないと……」


 魔法銃を買うには角銀貨が十枚も足りなかった。


「おいおい! そこをなんとかならねぇのかよ!?」

「ちょっと待ってください! 角銀貨十枚ですよ!? 今までそんな値切ろうとした人は初めてですよ! 無理です。お引き取りください」


 握らされた角銀貨をまさに返す店主。

 しかし……マサは受け取らなかった。


「ダメだ! なんとかしてくれ! 頼むよぉ、これじゃ、かっこつかないじゃねぇか。

 こちとら中級冒険者チームになったばっかりで入用なんだよ! 」

「中級冒険者チーム?」

「ああ! そうさ! ギルマスのダリュー直々に結成した将来有望な上得意候補だぜ!」

「ダリュー様直々ですか……信じられませんねぇ」


 チンピラのようなマサに怯えることなく、しっかりと対応する店主。

 将来有望かは置いといて、他の発言に嘘はない。

 しかし、簡単に信じられるような話でもない。


「じゃあ、どうしたらそれを譲ってくれんだ?」

「はぁ……まったく」


 うなだれ、目頭を摘む店主。見るからに厄介なのに絡まれたと不満の色が見て取れた。


「でしたら、この銃についている魔核を取り出してお譲り致します」

「おっしゃ! 交渉成立だ! 話のわかる奴は好きだぜ!」

「……はぁ。ありがとうございます。では、閉めますのでお引き取りください」


 魔核を抜いた魔法銃を手渡され、閉店だということですぐに店を出た。

 追い出されるようにお店から締め出されたはずなのに、マサは「あの店主いい奴だったな!」なんて笑っている。


「リュウ、これは俺からの餞別だ。受け取ってくれ!」


 そう言ってマサは先程買ったばかりの魔法銃を差し出した。


「餞別? まあ……まったくおかしいわけじゃない……か?」

「何ブツブツ言ってんだ? 早く受け取れ」


 早く取れと言わんばかりに腕を振り、かちゃかちゃと音を立てて魔法銃を僕に突き出す。


「いや……でも、受け取れないよ。僕がお金払ったわけじゃないし」

「ちっちぇこと言うなよ! 男なら快く受け取れ。

 それに、おまえが持っている銃じゃ一発がデカ過ぎて使い物になんねぇだろ? だから、この銃使ってコツコツ稼ぐんだよ! そしたら、鍛えるついでに金も稼げるんだ。一石二鳥じゃねぇか」

「うん……それはそうだけど……」

「ごちゃごちゃ考えんな! そうだな……これはリーダーからの命令だ! おまえはこれからこの銃を使って戦いを覚えるんだ! わかったか?」


 早速リーダーの威厳を振りかざすマサ。僕もさっきの店主と同じように、どこかで折れておくのが正解なのだろう。

 悪い話でもないし、ここは素直に従っておくことにする。

 しぶしぶ僕はマサから魔法銃を受け取ると、ニンマリとした笑顔のマサに諦めの感情を覚える。


「ちなみに……今はその銃に魔核が入ってないからただのおもちゃだ。

 明日、ダンジョンに潜って魔核を見つけに行くぞ!」


 こうして始まったダンジョン攻略。

 はじめはマサと二人きりでダンジョンに入り、小さな魔核をゲットすると、早速魔法銃にセットする。


「よーし、リュウ! これでこの銃はおもちゃじゃなくて、ちゃーんと弾が出る魔法銃になった!

 試しに撃ってみろ」


 マサは手際よく魔核をセットした魔法銃を僕に手渡し、遠くに見えるスライム状の魔物を指差す。

 渡された銃はズシリと重く、銃身以外は全て木で作られていた。

 素人目からしても、持っている銃とは価値が雲泥の差に感じる程、質素な出来だった。


「わかった……」


 マサが指差す先、鈍足のスライムめがけて銃を構える。

 その重さから、手ブレが酷く狙いが定まらない。


「脇をしめろ! 左手を添えて引き金を引くときは指だけを動かせ」

「うん」


 マサのアドバイスどおり脇をしめ、左手を添えると、手ブレはほとんどなくなった。

 これなら撃てる。

 僕は指だけを動かし、スライムめがけて撃った。


 パン!


 乾いた音と共に小さな水色の弾が放たれる。

 以前のように体が吹き飛ばされることも、倦怠感を患うこともなかった。

 そして、着弾と同時にスライムは弾け飛ぶ。


「ナイスショッ! どうだ、使い心地は?」

「うーん。全然反動はないし、気だるくもない……これなら実戦で使えそう」

「だろう? 俺の手にかかれば、こんなもん朝飯前だ」

「ありがとう、マサ」

「へへ、良いってことよ」


 その後もしばらく雑魚敵を倒しつつ魔核を回収しては、銃に取り付けて試射の繰り返しを続けた

 。

 その中でも一番良さそうな魔核をセットして、他はギルドで換金することにした。


 初めてのダンジョンだったが、思いのほかマサの指示は的確で特に不安な要素はなかった。

 キリのいいところで今日は上がり、ギルドへ戻るとレイースとラッチェが僕らを待っていた。


「よお! 二人揃ってどうした? 腹は決まったか?」


 手を上げ、軽口混じりの挨拶をするマサ。

 二人の表情は未だ晴れている様子はないが、答えを持ってきたような決意が見て取れた。


「……ええ。私達も参加するわ」

「昨日、ちゃんと話し合って決めました」


 昨日見せた狼狽ぶりとは打って変わって、二人は冷静さを取り戻せたようだ。


「そうか。じゃあ、明日もダンジョンに潜るから早朝に西門集合な」

「わかったわ」

「わかりました」


 特に茶化すことなく二人を受け入れたマサ。

 リーダーとして、締めるところはちゃんと締めるのだろう。

 なかなかにリーダーとしての能力は備わっているようだ。


 短く会話を切り、僕らは二人から離れた。

 目指す先は受付だ。

 初ダンジョンで初報酬。持って帰った魔核は小粒で五個しかない。

 魔核回収を目的にして、もっと効率良くやったらどのくらい集まるものだろうか?


「有機系極小魔核五個ですねー。えーっと、棒銀貨二枚になります」


 ダンジョンに潜っても給料は出ない。

 しかし、ドロップする魔核、落ちているアイテムを売れば任務で支給される給金とは比べ物にならないような額が提示される。

 初めてのダンジョン探索で、僕達は棒銀貨を二枚も稼いでしまった。


「マサ! 凄い! 棒銀貨二枚だって!」

「なに言ってんだ? こんなの序の口だぞ? うようよ湧いて出る魔物を効率よく蹴散らしていけば、極小魔核だけだって良い値段になるんだ。

 これから荒稼ぎすんだから目一杯強くなんねぇとな!」

「うん! 頑張るよ!」


 すっかりダンジョンの味に酔いしれてしまっていた。

 これならダンジョンで稼いだ方が断然良いんじゃないのかと。


「まあ、そんな気張んなや。ダンジョンに入れば、首元に死神の鎌をかけられたようなもんだ。いくら報酬が高くても、中級冒険の死亡理由で一番上位にくるのがダンジョンでの戦死なんだ。

 ユキを残して死に急ぐこたぁねえだろう?」

「え!? そんなに危ないところだったの!?」


 舞い上がっていた僕は、やっぱり冒険者は早々にやめて街で暮らそうと手のひらを返すように決意を改めた。


「死亡要因としては……知識がなかった、金に目が眩んだ、仲間の不調を見落とした、敵の強さを見誤った、影に潜む敵を見落とした、足元の確認を怠った、落石に巻き込まれた、転倒した……防げないことはないが、気をつけなきゃいけないことは多い」


 マサがあげたダンジョン死亡要因リスト。

 一見当たり前のように聞こえるが、ダンジョン内ではその全てを常に気を張っておかなければならない。

 ただ気を張っているだけで相当疲労してしまうだろう。


「マサはなんでこんなに詳しいの? マサも初めてだったんじゃないの?」

「ん? そりゃおめぇ、ただダラダラと冒険者をやってたわけじゃねぇからな。

 こういった情報は逐一チェックしてたし、ダンジョンの知識は人一倍仕入れていたからな!」


 そう言うと高らかに笑うマサ。

 いくら話しを聞いていたとはいえ、初ダンジョンをここまですんなりと途中まで攻略出来たのは、マサには何か他の……隠された……もしくは気付きにくい能力があるに違いないと感じてしまう。


 本来であれば、マサがいなければダジューの提案なんて即刻拒否していただろう。

 しかし、この得体の知れないマサの魅力に引っ張られるようにしてチーム結成を承諾してしまっていた。

 今回もそうだ。

 死亡リスクの高いダンジョン探索。しかも、初めてなのになんの不安もないまま帰って来ることができた。

 リュウのマサ信仰は少しヤバイところまできていた。


 そして、ダンジョン攻略に明け暮れる日々は続き、あっという間に半月が過ぎた……。


 ——疾風結成後、レイース、ラッチェ視点——


「くそぉー! なんだよあのおっさん! 言いたいこと言いやがって!」

「まあまあ、私達も冷静じゃなかったから……お互い様だよ」


 レイースとラッチェは、疾風結成後マサから「帰ってゆっくり考えな!」と早々に帰宅指示を出されていた。


「って言ってもさー……はぁ……どうしようもないよなぁ」

「そうねぇ」


 上を見上げたり、俯いてみたり……二人は未だ冷静とは程遠い心の混乱を隠せずにいた。


「ラッチェはどうするのがいいと思う?」

「うーん……そうね……このまま結婚……って選択は嫌なのよね」

「嫌! 嫁ぎ先が嫌で冒険者になったんだよ? そんなことするくらいなら国外逃亡した方が何倍もマシ!」

「ふふ。やっぱりブージャン家に嫁ぐのは嫌よね!」

「別に……ブージャン家に嫁ぎたくないわけじゃないよ? 私の相手が長男のクザーだから嫌なんだよ! 三男のカサエル様だったらすぐにでも嫁いだのに……」

「カサエル様はカッコいいもんねぇ」

「でしょ? それに、私の一個上だし、お会いした時もすごく優しかったんだから!」

「私も嫁ぐならカサエル様がいいなぁ」


 美形で性格も良く頭脳明晰で運動神経も抜群と、全てを兼ね備えた三男坊。

 後継候補としては弱いが、ブージャン家はかの四大貴族の一員。領地も広大に所有しているため追い出されることはまずない。

 たとえ辺境に飛ばされたとしても、カサエルとの結婚生活を思えばそんなことは問題にすらならないだろう。


 レイースとラッチェは、二人共婚姻関係で拗れ、冒険者になるという口実で先延ばしを断行している最中であった。


「ラッチェはエリーテ家の次男だったっけ?」

「うん。とっても自慢話が好きで、でも、全然自慢にならないようなことを自慢するものだから……。

 でも、悪い人じゃないのよ?」

「とか言って、要は顔が好みじゃないんでしょ?」


 ラッチェはニヤリと口角をあげて答える。


「あと、体型もね」

「あはは! そうだね、あれはちょっと人を選ぶよね!」

「そんなもんじゃないわ! 太り過ぎよ!」

「ラッチェ、言い過ぎ!」


 レイースは堪えられずにお腹を抱えて笑っている。


「レイースだって酷いこと言っていたわ!」


 ラッチェも口元を隠し、クスクスと笑みが溢れていた。


「やっぱり……無理だよなー」

「そうねぇ……」


 しかし、二人の談笑は長くは続かない。

 結婚か、戦争。

 あまりにかけ離れた選択で、どちらも一生を左右する大きな問題だった。


「どうしよっか?」

「ふふ……どうしよっか?」

「んー、私、何か面白いこと言った?」

「んーん。……でも、答えは決まってるんでしょ?」

「んー? ……そうかも」

「私は決めたわ」

「どうするの?」

「疾風のメンバーとして戦う」

「……どうして?」

「考えてもみて。私達が結婚を選んだとしても戦争は避けられないのよ?」

「うん」

「もし結婚した後に戦争で夫をなくしてしまったら、一年しないうちに未亡人よ?」

「確かに……」

「だったら、終わってからでもいいんじゃない?」

「……確かに!」


 問題はそこにもあるが、本質はそこじゃない。

 しかし、今はそんなとぼけた理論に縋りたい気持ちでいっぱいな二人であった。


「でしょ?」

「そだね……でも」

「でも?」

「死んじゃうかもよ? ……いや、絶対死んじゃう」


 参加すれば、絶対に死んでしまうであろう力の差が歴然の戦争。

 肉体的な死か、精神的な死か。

 酷く悲観的な解釈のもとの選択ではあるのだが。


「じゃあ、戦争が始まった時、無理だと思ったら辞めちゃおうか!」

「なにそれー、ズルくない?」

「足手纏いにならないように、身を引くの!」

「あはは! ものは言いようだね」

「賢く生きなきゃ! それに、自分の身を守れるくらいに強くなることだって損じゃないわ」

「うーん」


 レイースの正義感はラッチェより幾分か真っ直ぐ過ぎた。

 打算、駆け引き、裏切り、といったことに嫌悪感を拭うことができない。

 多少は必要だと理解できないわけではない。

 しかし、割り切れるような柔軟さは持ち合わせてはいなかった。


「私は明日、ギルドに行ってマサさんを待つわ」

「……」


 レイースは返答に詰まってしまった。

 自分がわがままな生き方をしていることに引け目を感じているのだ。

 いつまでも親に反抗して身を固めないズルさを自分でも許せないのだ。


「……ラッチェはどうしてそんな簡単に割り切れるの?」

「それは……私の人生だもの! 周りの環境が悪ければ、わがままに生きるしかないわ!」

「え?」

「良い子に環境は変えられないでしょ?」

「まあ……」

「でも、今置かれている環境が正しいなんてレイースには言える?」

「いやー、どうかな?」

「じゃあ、みんなのために、より良い環境を作っちゃえば良いのよ!」

「へ?」

「だーかーらー。わがままをとおした先で、みんなの利益が増えるようにしてしまえば問題ないわ!」

「にゃ?」


 ラッチェの言っていることが理解できずに、レイースは混乱していた。

 ラッチェはなにをしようとしているのか?


「もう! 戦争は決定してるんだから、それを踏まえて行動するべきでしょう?」

「うん」

「だったら、今は結婚することより、疾風として働く方がみんなの利益につながるんじゃない?」

「そう……だね」

「でも、強くなれないまま戦争に行ったら死んじゃうでしょ?」

「うん」

「だから、強くなれなければ身を引くの!」

「それがねー、なんかずるい感じがするんだよねー」

「でも、もし強くなれたら戦争で功績を上げればいいじゃない?」

「ん? うん」

「だったら、そのためにはまずは疾風の一員にならなければならないでしょ?」

「あー、うん」

「なら、先のことなんか考えても無駄じゃない?」

「やる前に諦めるなってこと?」

「そう……ね。そういう捉え方で大丈夫よ!」


 レイースは思案する。

 なんか上手いこと丸め込まれたのかなーなんて考えてはみたものの、そもそもスケールがでか過ぎて、今ここで判断つくようなことではない。

 なら、いっそのこと飛び込んでいって、ダメならその時考えるって方法をとったとしても、それが必ずしも悪ってわけじゃないのかなーなんて考えていた。

 要は見方だ。

 無謀なことに挑戦しました! でも、ダメでした! なら……悪い感じは……しない……かも。


「そっか……じゃあ、やってみようか?」

「そうね! じゃあ、明日は二時くらいにギルド集合ね!」

「うん。わかった!」


 見方を変えれば、悪は善にもなる。

 悪意はないが、誠意もなかった。

 ただ自分達の利益を追求した形だ。

 本当にそれが正しいのだろうか? 

 ラッチェの口車に乗せられたと感じながらも、レイースはそれが正しいとも悪いことだとも感じていた。

 貴族に生まれ、なに不自由なく甘やかされてきた令嬢には、まだまだ自分で答えを出すことはできない。






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