第6話 「疾風」結成!

 ——ユキ視点——


 眠りから覚めると、すっかり夜は開けていました。

 カーテンの隙間から溢れる光は強く、今日も晴天のようです。

 ベッドの上で軽く伸びをしたら、窓を開けて日の光を浴びます。心地よい澄んだ風が吹いていました。


「あら?」


 屋根の上に可愛い珍客を見つけました。リュウがタマと名付けた猫が屋根の上で寝ています。


「おはよう、タマ」

「なー」


 タマは小さく欠伸をしながら返事をしてくれました。

 リュウも言っていましたが、本当に賢い猫ちゃんです。


 まだ眠い足取りで部屋を出て居間に向かいます。ダイニングテーブルには朝食の準備されていました。

 リュウは朝早く起きたにも関わらず私の分まで用意してくれたみたいです。そんな優しさは、リュウが出かけてしまったことを告げていました。


 私は心の中で「ありがとう」と感謝を一言、席に着きました。

 昨日の残りで作ったおじやが今日の朝食でした。

 少し汁気を残し、冷めても硬くならない程度に調理されていて、起き抜けのお腹に優しく入っていきます。

 カシャカシャと食器の音が部屋に響く程、ひとりで食べる朝食は静かなものでした。

 せっかくリュウが作ってくれた朝食も、なんだか美味しく感じません。


 リュウ、ごめんね。明日はちゃんと起きるね。


 一人で食べる食事はとても寂しく、同じようにリュウも食べていたかと思うと、謝らずにはいられませんでした。


 寂しい朝食を終え、お仕事に行く準備をします。

 準備なんて大げさなものでもないのですが、顔を洗ったり、外出用の服に着替えたりと、そんな程度です。

 いつもどおりに支度を済ませ、バクーへと向かいいます。


 バクーへと向かういつもの道。小川に架かった橋を渡り、ガヤガヤと賑わう朝市を抜けると、バクーはすぐそこです。


「おはようございます! マスター!」

「おはよう、今日もよろしくね」


 マスターに挨拶をして、開店の準備を始めます。

 床を掃除して、窓と机を拭きます。

 これで準備は終わりなのですが、私はそれ以外に、宿部屋の掃除もしていました。

 お客さんは朝早くに出発しているので、布団を直し、部屋を掃除をします。

 全部で五部屋あり、これがなかなかに大変なのです。

 ですが、マスターにはいろいろわがままを聞いてもらっているので、私も一生懸命に働きます。


 全ての部屋を掃除し終え食堂に降りると、この仕事で一番の楽しみな時間が待っています。


「マスター、お掃除終わりました!」

「はいよー。じゃあ、これ。今日は焼き飯だよ」

「ありがとうございます!」


 そうです、バクーでは、賄いを出してくれるのです。

 時間的には遅い朝食のような時間です。


「いただきまーす」


 パラパラとくっつくことなく数種類の穀物がブレンドされていて、具材は細かく切ったお肉と緑菜が入っています。

 食材の種類が豊富に使われているので、とても深い味わいとなっています。ブレンドの比率が絶妙で、とても真似できるとは思えません。

 また、暖かなスープが添えられていて、塩加減は少々濃いめですがスッキリとした味付けが焼き飯によく合います。


「ご馳走さまでした!」

「お粗末様」


 食べ終わったら自分で食器を片付けて、一息ついたら開店です。

 そして、私は最後にもう一度店内を確認しようと立ち上がると……


「こんちわー! やってるかい?」


 元気な挨拶と共にマサさんが入って来ました。

 あの特徴的な話し方はマサさんだとすぐにわかります。

 よく見ると、マサさんは両脇に女の子を抱えていました。

 マサさんの話では、魔物に襲われたらしいのですが、大丈夫でしょうか?

 休ませる部屋を貸して欲しいって……鍵を受け取ったのはリュウでした。

 見るからに泥だらけの格好をして、顔も疲れ切った様子でした。

 私は急いでリュウに駆け寄ったのですが、私を見て笑顔を見せると、倒れるように眠ってしまいました。


「マスター! すいません。私、リュウを部屋まで連れて行きます。すぐ戻ってきますので」

「まだ開店まで時間はあるから、それまで側にいてやんな」

「はい! ありがとうございます」

「んじゃ、嬢ちゃん、部屋まで案内頼むわ!」


 倒れてしまったリュウから鍵を取り、背中に担いで二階へと向かいます。

 抱きかかえて運び込んだ地下室のようにはいかず、あの頃よりもずっと大きくなったリュウを運ぶのは大変でした。

 もう少し背が伸びてしまったら、もうこんなことはできないでしょう。

 やっとの思いで二階まで運び、部屋の鍵を開け、女の子達はベッドへ寝かせて、リュウは床に寝かせました。


「いやー、助かったぜ! あんがとな!」


 マサさんは両腕をぐいっと伸ばし、コキコキと首を鳴らしました。

 いったいどのくらいの間、両腕に女の子達を抱えていたのでしょうか? 凄いです。


「いえいえ、マスターが快く貸してくれたおかげです」

「そうだな、礼を言わにゃいかんな」

「あの、魔物に襲われたって……」


 いったい何が起きてこうなったのか? 見たところ怪我をしている様子はないので、逃げてきたのでしょうか?


「ああ、そうだな……リュウの野郎、凄かったぜ! リュウがいなけりゃ、この二人は死んでたな! まあ、俺も加勢に行ったんだが、あいにく分が悪くて戦力にならなかったからな!」


 上機嫌に話すマサさんはとても嬉しそうでした。話の内容からして、魔物と戦った風に聞こえるのですが、リュウは魔物と会ったら逃げるって言っていたはず……


「魔物と戦ったんですか!? 逃げて来たんじゃなくてですか?」

「ああ! 数十体のゴブリン達に囲まれちまってなぁ、もうダメかと思ったぜ!

 だけどそこに、リュウが助けに来てくれたんだ。そしたら、あっちゅう間にゴブリンを倒しちまったんだから驚いたぜ。あんがとな!」

「あ……いえ、私は何も……」


 お礼を言われても、私は何もしていないので恐縮してしまいます。それより、初心者のリュウがゴブリンの群れを倒すなんて……私は、他の冒険者からゴブリンの群れに会った時の怖い話をいくつも聞いていました。

 多勢で立ち向かうか、範囲魔法持ちがいなければ、結果は悲惨なものになると、みなさん口を揃えてお話しされていました。


「リュウは……リュウはいったいどうやってゴブリンの群れを倒したんでしょうか?」

「ん? それがなぁ……俺はそん時飛び上がってたもんで、よく見えなかったんだよ。

 気づいたらゴブリン達の中心に光の柱ができて、辺りの木々までぶっ倒してったんだ。

 いやー、ありゃ驚いたね。リュウが魔法を使えるとは思わなかった」


 魔法……私はリュウが攻撃魔法を使えるとは聞いていません。それなりの先生に教えて貰えなければ、そう簡単に使えないはずです。

 リュウも、私も、そんな経験はないので、もともとリュウが使えたのか、もしくは……魔法銃を使ったのかもしれません。


「リュウは魔法銃を撃ったのかもしれません」


 私の言葉を聞いて、マサさんは上を向いて目をつぶり、何かを考えているような素ぶりを見せました。


「魔法銃……ああ! そういえば、あの時、銃を構えてたっけな。ちょっと遠過ぎて本当に銃だったか曖昧だが、そんな構えだったな!

 まあ、細けぇこたぁわかんねぇけど、リュウに助けられたってのは間違いねぇな」

「魔法銃を撃ったなら、しばらく動けない思います。二、三時間は寝続けると思いますので、マサさん、お願いできますか?」


 私はもうすぐ食堂のお仕事があるので、ここを離れないといけません。

 ですが、倒れた三人を誰も見ていないとなると少し不安です。


「ああ、もとからそのつもりだよ。この三人には俺が持ち場を離れた理由の証人になってもらわにゃ給料が出ねぇかんな!」

「ふふっ。わかりました。よろしくお願いします」

「ああ! 嬢ちゃんは自分の仕事を頑張んな!」

「はい!」


 私はマサさんにその場を任せ、食堂へと向かいました。


 ——マサ視点——


「……マジか」


 マサは震えていた。

 両手には角銀貨二十枚が手渡され、大金が積まれた両手から目が離せなくなってしまっていたのだ。


「マジです。今回の件は特別で、その価値ありとギルドマスターが判断されました」

「そ……そりゃ……ありがてぇが……いったいどういう計算したらこんな大金になるんだ?」


 まったくもって勘定が合わない。

 思いつく限り多く見積もったとしても棒銀貨三十枚が良いところだろう。

 しかも、今回は討伐したゴブリンだって証拠がない状況で、下手したら査定不可ってことで支払われない可能もあった……いくら証人がいたとしてもそんな簡単にギルドは支払わねぇ……おかしい。


「査定内容についてはギルドマスターの一存となりますので、直接聞いてください。もうすぐ呼ばれると思いますよ」

「そうか……わかった」


 マサ以外のメンバーは、先にギルドマスターに呼ばれ、奥の部屋へ通されていた。


 俺以外が通された理由については、あんまりいい気はしねえが、俺が脅しをかけている可能性を危惧してのことだろう。

 もしかして、あいつらが上手いこと話をつけた? いやいや、いくら誇張した討伐劇だったとしても倒したのはゴブリンだ。こんな価値はない。

 跡形もない状況を逆手にとり、討伐対象を誇張して……魔獣を倒した、なんて言っても信じてはくれないだろう。俺らは初級冒険者だ。鼻で笑われるのが落ちだ。


「うーん。わからん……」

「……マサさん、そろそろどいてくれませんか?」


 受付で考えに耽っていたら、受付の姉ちゃんに叱られてしまった。

 受け取った大金を腰袋にしまうと、その場を離れ待機用の椅子に腰かけた。


「よう、マサ! 受付で揉めるのも大概にしとけよ! そのうち追い出されちまうぞ」


 待機席に座っていた馴染みの冒険者に声をかけられた。

 マサはここのところ、日頃の鬱憤を晴らすように受付で中級者にしてくれとわがままを喚いていた。

 初級冒険者でありながら単独行動を許可された過去があったため、味をしめていたせいでもある。


「ああ……そうだな」


 馴染みの冒険者に短く返事をすると、いつもとは違う態度を心配されてしまう。


「おい……大丈夫か?」

「ん? ああ……問題ねぇ」

「おいおい……どこ見て話してんだよ……」


 まっすぐ前を見たまま気の無い返事するマサを見て、馴染みの冒険者は何かを悟ったようにため息をついた。


「マサさーん! ギルドマスターが呼んでますので、こち——」

「はい!!」

「うわぁ! ビックリした! いきなりでかい声出すなよ!」

「あ……わりぃ、わりぃ! って、急がねぇと」


 マサは慌ただしく席を立ち、案内されたバックヤードへと入っていく。


「あぁ……ありゃ、なんかあったな……俺も気をつけないと……くわばらくわばら」


 挙動不審なマサを見て、誰もが皆、マサが何かをやらかしたと考えていた。

 きっとギルドマスターに呼ばれる程のデカイ失態をしたのだろうと。

 しかし、実際にはその考えとは大きく外れた内容なのだが……まだ、この時点では勘付いた人はだれもいない。


 マサが通された部屋には、先に呼ばれた三人がダジューと向き合って座っていた。


「おお、来たか! まあ、そこに座れ」


 屈強な体躯をした顎髭勇ましい現ギルドマスターが、満面の笑みで手を挙げマサを呼ぶ。

 癖のある長髪を後ろで結んでいるのだが、あれが解けたら夜道でオーガと間違われてもおかしくない。

 今は豪華な刺繍の入った着物を着ており、権力者が持つオーラのようなものをまとっている。一目見れば、誰もが一目置いてしまうことだろう。


 マサは言われるがままクッション性豊かな一人掛けソファに身を預け、すっぽりと身を包む高級感に嫌悪していた。


 チッ、この椅子だけでいったいいくらすんだか。まったく……ふざけた世界だぜ。

 まあ、今は大人しく、貰った金を返せなんて言われないよう振る舞うのが正解だな。

 触らぬ神に祟りなしってね。


 普段ならすぐにでも出てしまう悪態を、腰袋に押し込んだ大金のためにグッと堪える。


「これで全員揃ったかな。では、早速本題に移ろう。

 マサ以外の三人には了承を得たのだが、これから君達にはチームを組んで貰いたい」


 ダジューの突拍子も無い話の内容に出鼻を挫かれる。せっかく静かにやり過ごそうと思っていたのに、こんな話をすんなり聞き流すことは到底できることじゃなかった。


「ちょっと、ちょっと! いきなりなんの話だってんだ! 今日のことについての話じゃなかったのか?」


 思わず口を出さずにはいられない。自分のあずかり知らぬところで勝手に決められた身の振り方を、そう易々と受け入れることはできなかった。


「ったくうるせえ奴だな。まあ、聞け」


 話の腰を折られ、小指で耳を掻きながら目を細めるダジュー。


「おまえ、このままギルドで働いてたって明るい展望もないだろ?」

「グッ……」


 さすがギルドマスターたる器の持ち主。荒くれ者を黙らせる手段は当然心得ていた。


「だから、そんなおまえには、またとないチャンスでもあるんだ。

 この子達のリーダーになって、チームを組め」

「……それで、俺になんの得があるってんだ」


 ダジューに核心を突かれ、ぐうの音も出ない。もうそろそろ足を洗おうかと思っていた矢先のことだった。

 しかし、いくら蜘蛛の糸を目の前にぶらさげられたって、高いところから見下ろされた男においそれと頭を下げるわけにはいかない。

 自分に利がなければ、こんな話しはすぐにでも蹴ってしまおうと考えていたのだが……


「結成したチームは、中級冒険者チームとして扱うことにする」

「あぁ!?」


 個々の力は及ばずとも、チームとしてみなし、より上級の任につける制度がある。

 しかし、誰も中級冒険者がいないチームがその権利を獲得するなんてことは聞いたことがない。


「いったいどういう風の吹き回しだ? 全員初級冒険者だぞ?」

「ああ、それなら問題ない。そこにいるリュウはもう中級冒険者として登録しておいた」

「はぁ!? リュウの野郎は、まだ初めて級任務をこなしたばっかりじゃねぇか! それがなにがどうしたら——」

「おっさん、うるさい」


 大人しく澄ましていたレイースが、訝しげに目を細めてマサの発言を遮った。


「リュウは適正検査で師範級を超えてるんだよ。

 経験さえ積めば、師範級冒険者の完成ってわけ」

「はぁ!?」


 はいそうですかと受け入れられるような話じゃなかった。


 師範級冒険者といやぁ、トキオウに四人……いや、そのうち一人は引退したから三人しかいねぇバケモンだぞ?

 一人で大型魔獣を倒したとか、難攻不落の迷宮を潰したとか、邪鬼城の主人と戦って生きて逃げ帰ってきたとか……数えてたらキリがねぇ程の存在だ。

 それが……こんなガキがその素質ありってか……。

 いや……まさかリュウが……でも、ってことはいずれ師範級チームになるのか?

 そのリーダーが、俺……か?

 なんだよそれ……いったいどうなってんだよ……。


 師範級チームのリーダーが初級冒険者なんて前代未聞な可能性が、そこにあった。


「クックックッ」


 可笑しい。可笑しくて堪らない。


「おっさん……大丈夫か?」


 俯きながら声を殺して笑っている様子を見て、レイースはもうダメかも……なんて考えていたが、


「……あーっはっはっは!」

「うわぁ! おっさんがおかしくなった!」


 マサは突然、腹を抱えて笑い出した。

 驚くレイースなどには目もくれず、一人腹の底から笑っていた。


 まったく……これが可笑しくないなんて、コイツらどういう神経してんだか。

 おもしれぇじゃねぇか! こんなおもしれぇこたぁ滅多に起きるもんじゃねぇ! まさかこんなガキがねぇ……


 マサの心を支配していたのは……好奇心。

 それも、子供が目を輝かせている時のような、純粋な好奇心だった。


「ダジュー! 今の話は本当か?」

「ああ。本当だ」

「そんな大役、俺に任せていいのかい?」

「不満は大いにあるが、リュウのたっての願いだ」

「はは! チームさえ結成しちまえばこっちのもんよ! 俺は乗った!

 ダジュー、後で後悔したって遅せぇかんな!」

「ったく、調子乗りやがって。言っておくが、このチームの目標は邪鬼城陥落だ。

 それまでおまえ以外は絶対に死ぬことは許さん!」

「なっ……」


 今までの陽気な態度は一変して、マサは言葉を失ってしまった。

 一瞬で場が静寂に包まれ、睨みつけるようにダジューに目を向ける。

 さながら、魔物と会敵した時のような緊張感が周囲を襲っていた。


「……お達しでも出たのか?」


 ダジューの一言で、だいたいの予想はついてしまった。


「ああ……随分と前からな」

「……そうか、そんな時に、願っても無い逸材を見つけちまったってわけか」

「そうだ。リュウが経験を積み、十分な戦力として育ち次第……決行する。それまでは時間を貰っている」

「どのくらいだ?」

「……一年」


 短く、小さな声で、呟くように語られた猶予は、とてもじゃないが十分だとは言えなかった。


「一年だぁ!? おまえ、そんなんでリュウが戦力になるとでも思ってんのか!?」

「だから、特例で急いでいるんだ!!」

「……」


 無理筋な話の内容に語気が強くなる。

 ダジューもマサを一喝するかのように叫んでいた。

 邪鬼城陥落任務……それは、トキオウ王国からギルドに下された勅命であった。


「……虎の尾を踏むことになりゃしないかねぇ」

「……そうならないよう、情報収集と、対策は進めている」

「情報収集だ? あんな魔獣の棲家のどこを調べてんだよ」


 ふん、と短くため息を吐き、椅子に深く腰掛け直すダジュー。

 説明するだけ無駄だと考えているが、面倒でも答えてやるかと口を開く。


「まったく……外から監視するだけでも大事な情報ってのは集められるんだよ。

 おまえみたいな愚直な能天気には、話したって理解できないだろうがな」


 嫌々説明したせいか、挑発的な物言いになってしまった。

 マサが口煩く反論するんじゃないかと後悔していたのだが……


「そうかよ、悪かったな」

「ん? なんで笑ってるんだ?」


 嫌味を言ったはずなのに、マサの口角は上がっていた。

 抑えきれずに溢れてしまったような不敵な笑みを浮かべ、ニヤつきが止まらないといった様子で。


「おお、笑ってたか? すまねぇ。だが……笑わずにはいられねぇよ。こんなおもしれぇこと任されたとあっちゃな」


 つくづく理解に苦しい男だと不安しか浮かばない。

 リュウの頼みとはいえ、こんな男に国の未来を左右する大役を任せる決断をしなくてはならないことが不憫でならない。

 とはいえ、今はリュウのやる気を削ぐような決断を強行するわけにはいかない。

 時期を見て、臨機応変に対応するしかないと引き下がらずを得ない。


「ふん! リュウの成長過程が不十分だと判断したら、即刻解散だからな。覚えておけよ!」

「へへっ。あいよ、旦那」

「じゃあ、これで話は終わりだ。何か足りないものがあれば言ってくれ。できる限りのことはしよう。

 あと、この部屋を使ってくれて構わない。チーム名やら、今後のことやらを話し合ってくれ。

 じゃあ、頼んだぞ」


 そう言うと、ダジューは立ち上がり部屋を出て行った。

 マサはダジューが部屋から出たのを確認すると、こちらに向き直り、パン! と手を叩き話し始めた。


「んじゃまあ、なんだか嘘みてぇな話だが、今日起きた負け戦なんか鼻くそみたいなヤバイ状況になってるみてぇだかんな。

 時間も無ぇ、力も無ぇ、あるのは気持ちだけだ。

 考えなしの勅命ってやつだが、俺にとっても、おまえらにとっても、願っても無ぇ好機ってやつだ。

 やつらに復讐するどデカイ機会を与えられたんだ、派手に散ろうが生きようが、これ以上ない舞台だ!

 ぶちかましてやろうぜ!」


 熱い激励を述べたはずなのだが、反応はほとんどなく、とても薄かった。

 そもそもこの三人はずっと大人しく座っているだけで、ほとんど会話に混ざるようなことはなかった。皆一様に俯いたままだ。


「もうダジューはいねぇんだから、少しは気楽にしろよ。

 そしたらさ、お互いの自己紹介でもしようや」


 マサは三人がダジューにビビっていたんじゃないかと考えていた。

 しかし、そうではない。マサには割り切れることでも、皆がそうとは限らない。

 弱者にとってこの話は、執行猶予付きの死刑を言い渡されたようなものだった。


「はぁ……おっさんはホント能天気でいいよね」


 渋々口火を切ったのはレイースだった。


「邪鬼城陥落なんて無理だよ。なんでそう嬉しそうにできるかな」


 本来、冒険者の反応としてはこれが正しい。

 死地に向かう行為を喜ぶなんてあり得ない。

 マサが異常だ。その一言に尽きる。


「そんなら辞めちまえばいいじゃねぇか」


 事情を知らないマサにとっては、なんでこの二人が一緒にチーム結成しなければならないのか不思議だった。


「はぁ……。できることならそうしてるよ。私もラッチェも、この国の貴族の生まれなんだ。

 国を上げての戦地に赴かない貴族なんてあり得ないでしょ」

「なんだよ。なら、こんな冒険者なんか辞めてお姫様にでもなっちまえばいいじゃねぇか」

「はぁぁぁ……」


 一際大きな溜息を吐き項垂れるレイース。ラッチェも浮かない表情を崩すことはなかった。


「なんだよ。じゃあ、どうすんだ?」

「……やるよ」

「……そうね。やる……しかないよね」


 選択肢がそれしかない。必要に迫られての、意にそぐわない決断。

 二人は焦点の合わない遠い目をしながら俯き、頼りない決断をしていた。


「まあ、おまえらにとってこの決断、荷が重いのはしょうがねぇな」

「なんでそう楽観的でいられるのよ?」

「そりゃおめぇ、やられっぱなしでいられるかってんだよ。

 それにな……王様だって、このまま何も起きないなんて考えてねぇんじゃないのか? 羽の野郎達がいつ何時また現れてもおかしくはないって思ってんだろうよ」


 邪鬼城……

 それは、八年前トキオウ王国を襲った悲劇の主犯が棲まう城。

 黒い翼を持った魔物達が、魔獣を従え支配する不可侵の領域。

 奴らは、翼以外は人間と同じ見た目なのだが、およそ人間とはかけ離れた大きな力を持った種族だった。

 また、さらにその上、化け物じみた恐ろしい力を持つ主人には、一本角が生えていた。邪鬼城たる所以だ。

 そして、これに対抗できる手段は未だかつて人間界には存在しない。

 師範級冒険者ですら、邪鬼城の主人と対峙し、逃げ帰ったことで英雄となった程だ。


「おっさんの癖に……ただの馬鹿じゃないんだね」

「おっさんって言うな! マサって名前があんだから、ちゃんと名前で呼べ」

「……マサの癖に」

「繰り返すな!」


「はぁ」と、溜息が止まらない二人。

 心ここにあらずな状況で、覚悟も決まらない。うだうだと悩み続けるのも致し方ない状況なのはマサにもわかっていた。

 だから、マサは無理強いはしなかった。


「まあ、おまえらはべつに、チームに名前だけ入れといてやるから、大人しくお家でお寝んねしてればいいさ。

 俺がちゃーんとおまえら貴族様の名前を売っといてやるから安心しな」

「……それは……戦わなくても、戦ったことにしてくれるってこと?」

「そうだよ」


 迷っているようにも見えた。マサの甘い誘惑に落ちてしまいそうになる気持ちを、グッと歯を食いしばって耐えているようだった。


「ふざけないで!!」

「そうです!! そんなの、ダメです!!」


 バンと机を叩き立ち上がる二人。

 虚ろな表情は消えずとも、その中に怒りを宿している。


「おお……そう、興奮すんなや……」

「あんたが!!」


 声張り上げ、感情のまま叫ぶ。

 馬鹿にされ、黙っていられない。そんな悲痛な叫び声を上げるも、その先にあるのは正当性のかけらもない子供の駄々。

 みっともない言い訳と、薄っぺらい誇りを恥ずかしげもなく主張する道化。

 レイースも、その先へと踏み出すことがどういうことなのか理解していた。


「…………いえ……違うわね。これじゃ、私達がわがままなだけね」


 不安定な心の拠り所を探し、八つ当たりをしていた己を見つめ直すレイース。

 ただたんに、やり場のない怒りや不安をぶつけやすかった先がマサであったというだけだった。


「まあ、ゆっくり考えるこったな。あんまし時間はねぇけど。

 ……リュウ! おまえはどうだ?」


 マサに呼ばれ、ビクッと肩を震わし、引きつった笑みで振り向くリュウ。

 おまえもか……そう思わざるを得ないマサは、出鼻を挫かれっぱなしでウンザリしていた。


「おまえも……嫌か?」

「……ん……いや……違う。僕は……この国に恩返しができるのなら……やりたい」


 気持ちの入っていない返事なのか、ちゃんと考えて出した答えなのか判断がつかない弱々しい受け答えに、マサはかける言葉が見つからない。


「そうか。……そういや、俺をチームに引き入れたのはおまえだったな。なんで俺を指名した?」


 だから、話題を変え、様子を伺う方向へ話を切り出すことにしたのだが……


「……マサなら死なないと思った」

「はぁ?」

「マサはどんな状況でも、きっと生きて帰ってこれるだろうと思ったから……その術を教わりたいと思ったんだ」

「…………」


 もっと適当な理由かと思っていた。

 会ったこともねぇ冒険者に指導を受けるのが怖ぇとか、俺なら知った仲だからとか、そんな女々しい奴だと思ってた。

 だが、リュウはつくづく俺の見立てを覆してきやがる。

 貴族様とは違い、こいつは自分なりに前を見据えていやがった。

 それが、無知ゆえの過ちか、底知れないクソ度胸を持っていやがるのか?


 今まで見てきた行動からしても、その答えは明らかだろう。

 マサはまた、笑みを浮かべずにはいられない。

 馬鹿は馬鹿でも、ただの馬鹿じゃない。大馬鹿野郎の素質持つ逸材。

 能力も、心意気も持った原石が、眩い光を放ちながら、研ぎ澄まされるのを待っていた。


「ふっ……ふははははははは! あーっはっはっはっは! 良い! 良いぞ! リュウ! おまえはやっぱり面白い男だ!

 生き残る術なんて、おまえに全部教えてやる!

 俺がおまえを磨き上げてやるよ!」


 ぽかんと口を開け、突然騒ぎ出したマサを見据えるリュウ。

 そんなリュウを見て、マサはさらにご機嫌になる。


「ああ、そうだ。チーム名を決めてなかった!

 そうだな……よし! 決めたぞ!

 俺達のチーム名は……「疾風」だ!」


 この日、トキオウギルドに新たなチーム名が刻まれることになった。


 たった一年しか猶予がない決戦に向けて、疾風のごとき速さで成り上がろうという思いで結成されたチーム。

 だが、そんな表向きの後付けストーリーとは別に、マサは自分がリーダーだし、それなら韋駄天のように早い俺にはぴったりな名前を……と思って付けた名前だったことは誰も知ることはない。







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