第5話 トキオウ一のお節介
——マサ視点——
マサは珍しく朝早く起きていた。
なんの面白みもなかった日常が、昨日突然色味を帯びたからだろうか?
はたまた、逞しく生きている姉弟に影響されたからか?
しかし、決定的な理由はない。あるとすれば、ただ、ただ気になってしまったからと言う他ない。
「ったく……こんな時間に目が冴えちまうなんていつ振りだ? 昨日、久々にはしゃいじまったせいで身体中痛ぇし……。
……リュウの野郎はちゃんと採取任務に行ってんのかねぇ」
今日も独り言を口走り、城壁の外周を闊歩する。この日、マサは早朝組よりも早く出発していた。
いつもは愚痴ばかりが溢れる散歩道で、あの姉弟のことばかりが頭に浮かぶ。
「それにしても……朝早く出たっていうのに、魔物の一匹も出て来やしねぇ。あーあ。つまんねぇなぁ」
毎日、毎日、散歩するだけ、何も起こらない日常はとっくの昔に飽きていた。
一日中歩くだけの仕事。歩いて、寝て、また歩く。こんな生活をしているせいか、腐る気持ちとは裏腹に、体はすこぶる健康になっていた。
何度通っても同じ道に同じ景色。自然の音や気温、そして植物の様子だけが、ゆっくりとした変化をしているだけ。
心が穏やかになり過ぎて、怠惰や堕落と変わりはしない。
しかし、今日だけは、いつもどおりのつまらない道中を望んでいた。
「やべぇな。もうそろそろ着いちまう。こんな時間じゃバクーはまだ開いてねぇし……ちぃっと寄り道でもしようかねぇ」
こんな独り言を吹かしているが、この寄り道のために早く出発したといっても過言ではない。
リュウのことが気になってしまうのは、単に娯楽が少な過ぎるせいでもあるかもしれない。
だから、マサは自分が自覚している以上にリュウのことが気になっていた。
「んじゃ、東の森も近いし、ちょっくらリュウの初仕事でも冷やかしに行きますか!」
だらだらとした足取りは一変して、軽く飛び跳ねるように森へ入っていった。
そこは、密集した木々達が日の光を奪い合うようにして枝葉を伸ばす。そのため、中は半分以上の光を奪われていた。また、そのぶん気温も少し下がっている。
マサはそこで採取任務をこなしている冒険者を見つけると、キョロキョロと辺りを見回す。
数名いる冒険者達の中にリュウの姿はない。
どうやらここではないようで、仕方なく歩き出す。
「森っても広ぇからなぁ。そう簡単にはいかねぇか」
ぷらぷらと周辺を歩き回り、他の冒険者グループを見つけてはリュウを探すも見つからない。ここらへんの採取ポイントではないようだ。
「んじゃ、場所を変えますかね」
すぐに見つかる広さではないか……と、マサは気持ちを切り替える。そして、冒険者達がいる区画を後にし場所を変えることにした。
迷わないように、平原が見える位置を離れすぎないよう歩き続ける。
落ちていた良さげな枝を振り回し、木の実を蹴りながら進む。
途中、数組の冒険者とすれ違うも、リュウの姿はなかった。
「ったく、いねぇじゃねぇかよ……。今日は来てねぇのかな?」
飽きっぽいマサの好奇心が切れそうだった時、それは起こった。
「魔物だ! みんな気をつけろ!」
「!!」
近くにいた冒険者が魔物を見つけて叫んだ。
冒険者達が見据える方を向けば、二体のゴブリンがいる。
冒険者達が一斉にゴブリンを取り囲むように走り出した。
近くにいる冒険者は三組。負ける戦いじゃない。
二体か……他にはいねぇか?
周辺を見回し、ゴブリンの気配を探る。
いねぇみてぇだな……リュウ……こうしちゃいらんねぇ! あいつを探さにゃ! 大丈夫、ここは問題ない。待ってろよ!
ここのゴブリンを冒険者達のに託し、マサは駆けた。
初任務をしているかもしれないリュウを探しに。
森は険しく、直線上をとんでもない速さで駆ける怒天闊歩は使えそうになかった。しかし、韋駄天の異名は伊達ではない。技を使わずともマサの足は早かった。
リュウを見つけるため、鬱陶しい枝葉をパキパキとかき分けて飛ぶように走った。
「——! 城門——向か——走れ!」
走りながら微かに聞こえたた叫び声。
誰かが城門へ向かって走れと叫んでいた。
マサはこれ以上闇雲に探すくらいなら、誰かしらには会えるだろうと城門へと足を向けた。
「リュウーー!! いるなら返事しろ!!」
平原を横目に走っていた甲斐もあって、マサはすぐに平原へと方向を変えることができた。
木々の切れ間から見える光が開け、気持ちのいい青空が平原への到達を告げる。
見える範囲には誰の姿もない。ここではまだ城門は見えない、マサは平原を斜めに横切り、門が見える位置まで最短の道を駆けた。
しかし、見えてきた城門周辺には誰もいなかった。
クソ! 中でやりあってんじゃねぇだろうな?
マサは焦った。リュウは初任務だ。道中、固まって採取していた冒険者グループ達を数十チームは通り過ぎた。もしかしたら単独チームで会敵しているかもしれない。
スライムや、オーガならまだ良かった。あいつらは足が遅い。全力で走れば逃げ切れるだろう。
しかし、今発生しているのはゴブリン。雑魚ではあるが、基本的に集団行動で足が早い。
さらに、さっき見たのは二体、おそらく集団から外れた奴らだろう。
叫んだチームは本隊と会敵している可能性がある。
囲まれた隙を突いて逃げ出せたとしても追い回されている可能性大きい。
「クソ! リュウーー!! 返事しろぉ!!」
マサは方向を変え、先程声が聞こえた方へ駆け出す。
すると、左前方の森から誰かが飛び出して来た。
平原を駆ける誰かがゴブリン二体を背に走っている。足取りは重く、疲労の色が見えていた。
やがて、逃亡者は後ろを振り返り、十分な距離を確認すると、覚悟を決めたのかゴブリンへと向き直り武器を構えた。
「リュウーーーー!」
マサは叫んだ、腹の底から叫んだ。
未だ正体を確認できる距離ではないが、見えた人影はリュウの体格にそっくりだった。
ゴブリンと対峙している誰かがマサの叫びに呼応してこちらを向く。
ゴブリン達はその隙を見逃さなかった。目を逸らしたと見るや死角を突いて踏み出していた。
奴はゴブリン達の攻撃に気付かずこちらを見続けている。まるで初心者。敵に背を向け続けるなど愚の骨頂。それは、限りなくリュウであることの証明であった。
「ばっ!……怒天——」
——リュウ視点——
……消えた。
僕の名を叫んでいた誰かが突然視界からいなくなっていた。
僕は窮地に陥って幻や幻聴の類いを見聞きしていたのだろうか?
今起きた不思議な現象を整理する前にそれは起こった。
静かな平原に低く大きな音を連れて強烈な突風が吹いたのだ。
「うわ!」
僕はあまりの風圧に尻餅をついてしまった。
反射的に閉じてしまった目を開ければ、あたりは砂埃で覆われていた。
一瞬で景色が様変わりし、理解が追いつかない。尻餅をついたまま、砂埃に奪われた視界に僕は必死に目を凝らす。
そして、遅れて思い出した。自分がゴブリンに襲われていたことを。
やばい!
地面を手で押し退けると、僕は急いで体勢を立て直し、短剣を構え、砂埃で染みる目を懸命に開け続ける。
やがて風は止み、砂埃が薄くなってきた眼前に……誰かが立っていた。
影は一体……しかし、ゴブリンは二体だったはず……しかも、ゴブリンよりおおき——
「バッカヤロウ!!!」
「うわぁあ!」
いきなりの怒声に驚き、後ろに飛び跳ねようとして足を滑らせた僕は、再び尻餅をついた。
「リュウ、テメェ! このザマはなんだ! ゴブリン二体にひよっこのお前が勝てるとでも思ったのか!!」
「ひっ!」
男性の野太い怒声が僕を叱っている。恐る恐る顔を上げれば、ようやく薄くなってきた砂埃の中、そこにはマサがいた。
「あ…………マサ……」
「あ……マサじゃねぇ! テメェ、対峙した敵から目を離し続けるなんて……死にてぇのか!」
「え? あ……ごめんなさい」
マサはめちゃくちゃ怒っていた。あまりの怒声に驚き過ぎて、僕は謝罪の言葉しか浮かばなかった。
「そのまま走って逃げりゃ良かったんだ! 城門にたどり着きゃ門兵も弓兵もいんだから! ちったぁ考えろ! ボケ! 駆け出しも駆け出しのおまえが勝てるとでも思ったのか!?」
僕だって勝てると思ったわけじゃない。単純に走り疲れて追いつかれそうだっからだ……いや、違う……何か忘れ……
「あ……いや…………あああ!」
「うわぁ! なんだよ! いきなりでけぇ声出すな!」
「違う! マサ! まだ森にレイースとラッチェが! レイースとラッチェがまだゴブリンに囲まれてる!! 助けに行かなきゃ!」
そうだ……ただ走り疲れただけじゃない。なんとかゴブリンを倒して助けに行きたかったんだ。
平原に出れば誰かいると思ったけど、だれもいなかった。
だから、覚悟を決めたんだった。
「それを早く言え! ボケっとしてんじゃねえよ!」
「ご……ごめ……って、待ってよ! 僕も行く!」
僕が返事をする前に、マサは駆け出していた。
なんて決断の早さだろう。僕も必死に追いつこうと走っているのだが、もうマサの姿は見えなくなっていた。
韋駄天の異名をこれでもかと思い知る。
「はぁ、はぁ」
先程走ったばかりの体が悲鳴を上げる。復興作業では持久力は鍛えられなかったようだ。
疲労の抜けない太ももを必死で上げる。
間に合ったところで何かできるわけでもないのだが、僕は必死で走ることをやめられなかった。
「「「ギギー!! ギィ!」」」
大勢のゴブリン達の声がこだましている。その中には悲鳴のような声も混ざっていた。
だんだんと見えてきた戦場には、ゴブリンが十……いや、二十はいるだろうか? それらが皆一方向を向いていた。
ゴブリン達の視線の先には……マサ達が取り囲まれていた。
巨木を背にして退路も絶たれている。ジリジリと間を詰めるゴブリン達。今にも襲いかかろうとしていた。
僕は走り疲れ、あまり多くの選択肢を導き出すことができないでいた。
だからだろうか? 仲間の窮地を目の前に、一刻の猶予も無い。
あの時と同じだった。
ユキを助けたあの時。
初めて魔法銃を放ったあの時と……
——マサ視点——
リュウの馬鹿野郎がグズグズしているせいで、助けに行くのが遅れちまった。
あの叫び声が聞こえてから、もう十分以上は経っちまった。
初級冒険者が一番警戒しなくちゃいけねぇのは集団のゴブリンだ。だから、絶対に単独行動を許さねぇ。
三人一チーム。それも、他チームとできるだけ固まって行動するのが望ましい。
俺は団体行動が苦手なもんだから、絶対一人でも逃げられる! と、ゴリ押しで納得させただけのはぐれもんだ。
しかし……リュウの話じゃ囲まれてんのはたった二人じゃねぇか。
十を超えたゴブリンを相手にしたら、初級冒険者なんかひとたまりもねぇ。
かくいう俺もその口だが、どんな窮地だって逃げ出せる自信がある。
もし、平原での会敵であればオーガだって敵じゃねえ。技さえ決まればそこそこ強い敵だろうが問題ねぇ。
だが……ここは入り組んだ森の中。踏み出したが最後、どっかにぶつかって伸びちまうのが落ちだ。
「クソ! こんなところじゃ俺も戦力になるかどうか……クソ! 考えても仕方ねぇ!」
全力で森を駆け、リュウが言っていた二人を探す。
「「「ギャー!!」」」
汚ねぇ声がだんだんと聞こえてきた。
声の感じからすると、おそらく十は確実に超えてる。
「参ったね」
ゴブリン達が見据える先、巨木を背にして二人は生きていた。
「うるるうぁああ!!」
俺はゴブリンの背を目掛けて飛ぶ。
そして、ゴブリンの頭を踏みつけ更に飛んだ。
「いいいいいやっほー! 助けに来たぜ! 嬢ちゃん達!」
「レイース! なんか飛んできた!」
「え? 嘘!? こんなところに!? なんで!?」
マサは巨木に足を付き、華麗に回転すると、二人の前に着地した。
「大丈夫か?」
「え? ええ……もう駄目かと思ったわ」
「こんな危ない状況なのに……助けに来てくれたんですね。ありがとうございます!」
マサは二人にとても良い笑顔を返す。
「へへっ! 良いってことよ! んで、グズグズしちゃいらんねぇ! 周りは敵だらけだ」
「はい!」
「ええ!」
ゴブリン達は驚き困惑していた。
マサはゴブリン達の方へ向き直ると啖呵を切る。
「おいおい、おめぇら! 寄ってたかって嬢ちゃん達を苛めるなんてどういう了見だ! 弱いものいじめなんて俺が許さねぇ!」
「おっさん言うねぇ!」
「カッコいいです!」
マサはハン! と鼻を鳴らし、親指を立てて返事をする。
「んで? どうする? この状況……どう切り抜けるよ?」
「え?」
「え?」
二人は当然この状況を打破できるくらいの力を持っていると思っていた。
突然現れたお騒がせな伊達男。
しかし、この男はどうやら無策で乗り込んで来たようだった。
「いやいやいやいや! おっさんこのゴブリン蹴散らすくらいの力あんだろ?」
「そうですよ! わざわざこんな窮地に現れて……何か策があるんですよね?」
「ああ、俺はこんな奴らに負けるなんてことはありえねぇ。だがなぁ、俺の必殺技を出すには場所が悪くてな……お嬢ちゃん達と大差ねぇ初級冒険者だ」
「えぇぇ! じゃあ、おっさんなんで来ちゃったんだよ!」
「一人や二人初級冒険者が増えたって状況は変わらないことくらいわかるでしょう!?」
二人には理解不能だった。まさか、助けに来てくれた男が無策で無力だとは思わなかった。
「そりゃ決まってんだろ? 助けを求めてる奴を見捨てるなんて男の恥だ! まして、こんなか弱い女、子供を見捨てて旨い酒が飲めるかよ!
負け戦だろうが関係ねぇ! これが俺の生き様だ!」
「……」
「……」
女の子達は現実的であった。
これが年端もいかぬ少年少女であったら、もしくは、幼い魂を宿す大人であったなら、魂を震わせて感涙していたかもしれない。
しかし、彼女達が震わせていたのは怒りだった。
「バカ! アホ! 結局何も変わらないじゃない!」
「そうです! 死体が二つから三つになるだけ損じゃないですか! 何考えてるんですか!」
「えぇ……」
マサは怒られた意味がわからなかった。
せっかく死地に飛び込んで助けに来たというのに、感謝されるどころか怒られてしまった。
「「「ギャー! ギギャー!」」」
警戒していたゴブリン達であったが、痺れを切らせてわめき散らしている。
襲いかかろうとするものが一体でもいれば、雪崩のように襲いかかって来てしまうだろう。
「どうやら年貢の納め時ってやつらしいぜ! 諦めな! 意地汚く足掻くしかねぇよ!」
「うぅぅ……ちょっとでも期待した私が馬鹿だったわ」
「諦めましょう。こうなっちゃったらもう、この人の言うとおりよ」
覚悟を決め、三人は敵を睨みつける。
一人は恨めしく。
一人は諦めを持って。
そして、もう一人は……何も考えてはいない。
こちらが戦闘態勢を取ったにも関わらず、痺れを切らせた一体のゴブリンが飛び出して来た。
「ギャー!」
「「「ギャァァァ!!」」」
かくして、先端の火蓋は切られた。
先を越されるまいと周囲のゴブリン達が一斉に動き出す。
しかし……そこへ少年の叫び声が木霊する。
「マサさん!! 二人を抱えて飛んで!!」
不意にかけられた叫び声。
見れば視界には銃を構えたリュウの姿。
なるほど、小柄な二人を抱えて飛び上がるってのは可能だ。思いつかなかった。
背を守るのは巨木。
両脇には嬢ちゃん達。
邪魔な枝葉は遥か上だ、垂直に飛ぶことは可能だった。
マサは瞬時に二人を掴み抱え込む。
「何す——」
「きゃ! いや——」
「怒天仁王!!」
ドン! と音を聞く頃にはマサはいない。
周囲の土が爆発したように飛散した。
足元を揺らされたゴブリン達がよろめき、転び、足止めを余儀なくされる。
僕はその集団の中心へと銃身を向ける。
そして、あの時と同じく、なんの躊躇いもなく引き金を引いた。
ドン! と音圧が胸を襲った。
そのすぐ後に、低い爆発音が衝撃波と共に襲って来た。
僕は吹き飛ばされる。
背中に鈍い痛みを感じた。
体はなすがままに吹き飛ばされ、近くの木にぶつかったようだ。
「くっ……いてて……」
背中を強く打ち、朦朧とした意識の中、僕は必死に目を開ける。
眼前にはゴブリンの集団を全て囲う程大きな穴ができていた。
土埃は起きていなかった。爆心地から放射状になぎ倒された樹木達が、その威力の凄まじさを物語っている。
「はぁ。やっぱり……魔法銃を使うと……動けないや。
はぁ……はぁ。マサは大丈夫だったかな?
吹き飛ばされてたら……どうしよう……」
あまりの威力だった。マサの脚力を信じる以外、その疑問を否定する材料は見つからなかった。
「ああ、でも、今回は、意識が飛ぶことはなかったな……一歩前進かな……」
魔法銃を撃てば意識が飛ぶ程の疲弊が待っているはずだった。
しかし、あの時とは体格も、体力も大きく違う。
また、威力も今回の方が高そうだった。
背中が痛い……僕はしばらく動けそうになかった。
「はぁ……すぅーはぁー」
荒い息を整えるように呼吸する。
まぶたが重い……心音と、吐息がやけに大きく聞こえる。
意識を保つのがやっとの状況で、マサの安否を心配するどころの話じゃなかった。
怪我さえしていなければ、すぐにでも探しに行くはずなのに。
しかし、その男はいつのまにか僕の前へと姿を表す。
「おめぇ、見かけによらずスゲーじゃねぇか!」
さっきまで目の前には誰もいなかったはず。しかし、今、目の前にはマサがいた。
近づいて来る足音は聞こえなかった。あまりに疲弊していたからだろうか?
「ああ……はぁ。はぁ。うぅ……良かった……マサ……」
「おっと、今にも落ちちまいそうだな。ちょっと待ってろ」
マサはレイースを地面におくと、腰袋から小瓶を取り出した。
「へへ、ちぃっとキツイがよく効く薬だ。もっと旨い物もあるんだが、そんな高級品は買えねかんな! 不味ぃからって安く売ってるこれが初級冒険者の頼みの綱。ありがたく飲み込めよ」
マサは小瓶の蓋を開けて口の中に流し込むと、手の平で僕の口を塞いだ。
「すぐ飲め!」
僕は言われたとおりすぐに飲み込んだ。不味いという程でもない。
しかし、少しとろみのあるその薬は、喉と舌に張り付き、じわじわと強烈な苦味を主張し始めた。
「んんん!!!! んーーーー!!! んーーー!!」
マサに口を塞がれて声が出せない。動くのも億劫だった手足をバタつかせ、背中の痛みも忘れるくらい衝撃的な不味さだった。
「大丈夫みたいだな! まあ、鎮痛効果は一時的なもんだから、動けるうちに帰ぇんぞ!」
マサは僕の口のを押さえていた手を退けてレイースを再び抱えた。
「……はふはほう……お……おえぇぇ」
「なっはっはっはー! 軟弱者め! はーはっはっはー! ほら、行くぞ!」
マサはめちゃくちゃ上機嫌だ。今さっき死闘を繰り広げていた者とは思えない快活さだ。
それはともかく、痛みが引いている今のうちに城内に戻った方が身のためだろう。
気絶している二人を抱え、何食わぬ顔で軽い足取りを見せるマサ。
そういえば、マサの本業は運び屋だったっけ……こんなのはお手の物ってことなのだろう。
僕は置いてかれないよう必死についていくのがやっとだった。
不安だった帰路は何事もなくすんなり帰ることができた。
僕らはそのままバクーへと向かった。二人を寝かせておくベッドが必要だったからだ。
マサの先導で迷わずバクーに到着すると、マサは二人を抱えたまま器用に扉を開けた。
「こんちわー! やってるかい?」
「あ! マサさん! まだ開店前ですよーって、その抱えた子達は……」
「へへっ、嬢ちゃん今日も綺麗だね! って、そんなこと言ってる場合じゃなかった。
親父! 悪いがどっか部屋貸してくんねえか? 魔物に襲われてぶっ倒れてんのがいんだ」
カウンター越しにマスターが顔を出し、「棒銀貨一枚だよ!」と言って、部屋の鍵を放ってくれた。
僕はマサの前に出て、飛んできた鍵を受け取る。
「あ! リュウ! 来てくれたんだ……って、ええっ!? なんでそんなボロボロなの!?」
「ごめんユキ、今はそんなに話す時間が無いんだ……早く……部屋に……」
「ちょ!? リュウ! リュウ! リュ——」
薄れゆく意識の中、ユキの声だけが聞こえていた。
僕はユキを見て安心してしまったようだ。ずっと張り詰めていた緊張が解け、押さえ込んでいた疲労に襲われてしまった。
しかし、悪くはなかった。
決して良いとは言えないが、形容しがたい達成感に包まれていたのだと思う。
僕はそのまま深い眠りに落ちていった……
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