第4話 初任務
——リュウ視点——
ユキはマサさんの話を一通り話し終えると、僕のことを聞いてきた。
「それで、リュウの方はどうだったの?」
「え? ああ、そうだったね。一応、明日から仕事を貰えたんだ。早朝に東門へ行って森で薬草とかを採取するんだよ」
「そう……お城の外へ行くの?」
ユキに言われて思い出す。城外に出るための条件として、相談する前に武器を買ってしまったことを。
「そうだよ……あ! そうだ。その……僕が勝手に決めちゃったんだけど、明日行く任務には武器の携帯が必須だったんだ。だから、棒銀貨三枚使って短剣を買っちゃったんだ。事後報告になっちゃって、ごめん」
明日からの任務に必要とあって、ユキに相談する暇がなかった。勢いで買っちゃったけど、時間があればちゃんとユキに相談してから買ってただろう。
「ううん。そのくらい大丈夫よ。でも、棒銀貨三枚でちゃんとした武器は買えたの?」
「うん、近くにある武器屋のお兄さんが、とっても良くしてくれたんだ。だから、値段以上のしっかりとした短剣が買えたんだよ」
「短剣……それだけ?」
何か不味かっただろうか? ユキは眉間にシワを寄せ、不安な表情を見せた。
「うん。採取任務だし一人じゃないみたいだから大丈夫だと思うんだけど……」
ユキは可愛らしく下唇の下辺りに人差し指の腹を当て、何かを思い出すかのように上を向く。
「うーん……私、お店で冒険者さん達の話を良く聞くんだけど、短剣だけでお仕事している人はいなかったわ。
武器以外も色々持っていたし、武器は複数持っているのが普通よ」
ユキは冒険者の事について思っていた以上に詳しかった。明日の任務には間に合わないが、ユキにはいろいろ聞いておいた方が良さそうだ。
「そうなんだ……でも、武器ってもの凄く高価なんだ。みんな角銀貨以上の値段がついてるし……」
角銀貨以上と聞いてユキは難しい顔をした。そして、何か思いついたようにパッと表情を明るく変える。
「うーん……そうだわ! 魔法銃を持っていって! 私は使わないし……それに、魔法銃は私達を救ってくれたしね! きっとまた、助けてくれるわ!」
「魔法銃……でも、あれは……」
確かに魔法銃は僕達を救ってくれたと言って良いのかもしれない。しかし、魔法銃を見ると、僕が同族を殺したという過去をどうしても思い出してしまう。
あれは罪になるようなことではなかったかもしれない。そもそも魔物が先に仕掛けてきた戦争だったし、その最中の戦闘だった。さらに言えば、先に殺意を向けたのは魔物の方だ。あの時ユキを見逃してくれれば、僕は同族殺しをしなくて済んだはずなんだ。
だから、持っていたくはなかった……というより、もう見たくもなかった。
「リュウにとっては同じ翼を持った人を殺してしまった道具なのかもしれないけど、私にとってはパパの形見だし、命を救ってくれたお守りのような存在なの。
だから、せめて色々揃うまでは、いざという時のために持っていて!」
同族と、ユキと、どちらが大事かと言われれば、間違いなくユキだ。ユキにとって大切なお守りなのであれば、僕が拒絶したら悲しむだろう。僕が魔法銃を持っていれば、もしまた同じ状況がおきても躊躇いなく引き金を引いてしまうと思う。
ユキのためなら引き金を引ける……僕は同族だろうが、人だろうが、魔物だろうが、躊躇いなく引き金を引いてしまうだろう。
ユキは大事な人で……自分の命よりも、大切なんだ。それは、これから先も変わらない。
しかし、そんな自分を少し恐ろしいと思ってしまう。それは……おかしいことだろうか?
「……わかった。ちゃんと仕事道具が揃うまで護身用に持っておくよ」
「うん、その方が安心だわ。短剣一つで城外に出て、強い魔物に襲われでもしたら歯が立たないでしょうからね」
ユキは僕が戦闘をすると思っているらしい。採取任務で戦闘なんて真っ平御免だ。
「いやいや、強い魔物が出たら一目散に逃げるよ!」
「そっ、そうね……でも、これだけは約束して。絶対帰ってくること! 私を……一人にしないでね」
「うん……深くまで行くことはないし、いざとなれば城門はすぐそこだからね」
「うん。早く安全な仕事を見つけなきゃね」
「うん! きっとユキのパパみたいに立派な商人になるよ!」
「ふふ。ありがと、リュウ」
不甲斐ない僕のことでユキに心配をかけてしまっている。わかっていたことだが少し胸が痛む。
もし逆の立場となって、ユキが城門の外で仕事をするってことになったら気が気じゃないだろう。だから、早く安全な職を探そうと思っている。
しかし、僕はそれと並行して外のことを知っておく良い機会だとも思っていた。
僕はこの王都でのこと以外何も覚えていない。ユキに助けられる以前の記憶は失ったまま思い出せないでいる。ユキも辛いなら思い出さなくて良いと言ってくれた。
今まではそれで良いと思っていた。だけど、僕のせいで、またあの魔物達が来るかも知れない。だから、このまま幸せな状況が続くなんて楽観視はできないだろう。
僕の記憶を取り戻したところで襲撃を防げるなんて思ってはいないが、せめて、その時、ユキを助けられるよう強くなりたいとは思っていた。
「じゃあ、明日も早いから今日は寝るね!」
「うん、おやすみなさい」
僕はいつも通り自分の食器を下げ、サッと洗って乾燥棚へ置く。
「おやすみ、ユキ」
「おやすみ、リュウ」
その日は色々疲れていたようで、ベッドに入るとすぐに眠りに落ちてしまった。
——ユキ視点——
私はリュウが寝た後パパの書斎に行きました。パパがリュウについて何か調べていたんじゃないかと思ったからです。
難しい本が色々とある中で、日記とは言えないようなメモを書いたノートを見つけました。
しかし、リュウの事について調べていた様子はありません。
ただ、書斎に有る資料は膨大なため、そう簡単に目当ての物が見つかるとは思えません。なので、これから根気よく探してみようと思います。
——リュウ視点——
僕は気を張っていたせいか、思いのほか早く起きてしまった。
今日は森に入るので、長袖と長ズボンを着用する。お兄さんから買った短剣を腰に下げ、魔法銃を入れるホルスターを腰ベルトに取り付けた。
このホルスターはユキのパパが使っていた物だ。
帽子は無いので、あまり日差しが強い所には長居しないようにする。
今日も二人分の朝食を作り、一人で先に朝食を済ませて家を出る。
すると、昨日に引き続きタマに遭遇した。
「にゃーん」
可愛い鳴き声で挨拶をしてくれた。僕も「おはよう」とタマに挨拶して集合場所の東門へと向かった。
東門に着くと数名の冒険者達がすでに到着していた。話では取りまとめてくれる人が来るらしい。
僕の後から続々と人が集まって来た。
「皆さんおはよう」
集まった皆に挨拶をしたのは、門に立っていた男だった。あまり目立つ格好ではなかったため、まとめ役とは気付かなかった。
「これからチームを作って採取に行きます。では、名前を呼ぶので、呼ばれた方はこちらへ来てください。
レイース、ラッチェ、リュウ」
早速僕の名前が呼ばれた。他の二人は、名前からすると女の子だろうか?
まとめ役の人の前に三人が集まる。
「じゃあ、レイース、ラッチェ、君達はこの任務を何度もこなしているね、リュウは初めてだから面倒を見て欲しい。では、武器を見せて」
レイースとラッチェが共に武器を見せる。レイースは短剣と長剣。ラッチェは短剣とナックル。僕も手持ちの武器を見せる。
「へぇ。魔法銃か。珍しい物を持っているね。良し! じゃあ、出発して」
武器チェックはあっさりと終了して、僕達は門の脇についている扉へと向かう。
その道中、二人が話しかけてきた。
「はじめまして、リュウ。今日が初任務なんだってね! 魔物は滅多に出ないから大丈夫。もし出くわしても慌てないで私達の指示に従ってね!」
「はい! よろしくお願いします」
レイースは、金髪ストレートのロングで色白。青い目が特徴的で、細身だけど重たそうな長剣を脇に差している。力自慢なのだろう。
「リュウ、私は薬草の種類を教えてあげるね。薬草にも色々あって、痛み、毒、病、気付けに効く物が主な採取品だけど、それぞれ細かく効能が分かれていて数百を超える種類の薬草があるわ。
詳しく教えてあげるから、安心してね!」
「はい! よろしくお願いします!」
ラッチェは優しい感じなのだが、両手には厳ついナックルが装備されている。鋭利なトゲが付いていて、これで殴られたらひとたまりもないだろう。髪型は短髪で茶色、ボーイッシュなのだが、大きな胸が女性だと主張していた。
ユキが言うには屈強な男の人が多いって話だったんだけど、今日集まったメンバーに力自慢の大男はいなかった。女性も数人混じっている。もしかしたらユキの店に来る客層が偏っているのかもしれない。
それにしても、初日から非常にラッキーだった。ラッチェは薬草に詳しいらしい。それに、僕に教えてくれる気満々といった感じなので、遠慮なくバンバン質問して早く薬草の種類を覚えたいと思う。
僕が軽く自己紹介を済ましたあたりで小門を通過した。
実はこれがユキに救って貰ってから初めての城外だった。
僕は新しい環境に慣れず、キョロキョロと辺りを見回す。森は見えているのだけど、まだまだ先の方にある。
「もしかして、外に出るの初めてかな?」
挙動不審な僕の行動を見て、ラッチェは気になってしまったようだ。初めて見る景色を物珍しそうに見ていたからだろう。うん、誰でも気付く。
「はい。王都復興のお仕事をしていたんですが、お暇をいただきまして……」
「そうだったんだぁ。……でもね、大丈夫! 元気出して! 新しいお仕事で不安だろうけど、私がちゃーんと教えてあげるからね!」
ラッチェは可愛らしい顔で満面の笑みを僕に向けてくれた。凄く嬉しいのだけど、ここまでされると初心者の僕が足を引っ張って迷惑をかけるであろうことが後ろめたくなる。
「はい。精一杯頑張ります!」
僕は元気に返事をするくらいしか出来なかった。
その後、二人からいろいろと僕のことについて聞かれた。そしたら成り行きでお昼はバクーに行くことになった。
元々行こうと思っていたから好都合だ。
……そんなこんなで、二人の止まらない会話を聞いていたら採取ポイントにたどり着いた。
「さーて、じゃあ、まずは私達が採取するから、リュウは見ててね!」
「はい」
二人は短剣を取り出し、根元から抜いたり、葉を千切ったりと、手際よく仕事をこなしていた。
「採る部分もいろいろあるんですね」
「そうよ、要らない部分を持ち帰っても買い取って貰えないからね」
淡々と作業をする二人の傍、僕はちょくちょく質問をしながら見様見真似で作業をする。
ここら辺に生息している薬草は、主に疲労回復系の薬草らしい。カゴの三分の一くらい採り終えると採取ポイントを移動することになった。今度は傷に効く薬草らしい。
移動中だろうが、作業中だろうが、二人の会話は終わる事なく続く。何処のお菓子が美味しいとか、こんな服をオーダーしているとか……僕はその会話の間を計ってうまい具合に質問していた。
「リュウは魔物と戦ったことはあるの?」
レイースが唐突に話題を変え、僕へと会話の矛先を向ける。
「ま、魔物ですか? えーっと……ありません」
僕はとっさに嘘をついてしまった。あの黒い翼の魔物と戦ったって言えなくもないのだが、レイースが求めている答えとはちょっと違うんじゃないかと思ったからだ。
「んー? 本当かなぁ? なんか怪しい」
なんか怪しいと言われてしまった。やはり、僕は嘘を付く時に何か態度に出てしまうのだろう。
「えっ? あー、あの、なくはないです。でも、アレは戦ったと言えるようなものではなくて……無我夢中でしたので……」
「ふーん。それで、その時はどうしたの?」
レイースは両手を頭の後ろで組み、気のない感じで歩いている。
これも、なんてことはない雑談なのだろう。
「倒しました」
「どうやって?」
「魔法銃で撃ち抜いたんです」
「へー! やるじゃん! どんな魔物だったんだ? スライムか? ゴブリンか? オーガじゃないよな?」
レイースは気を良くしたようで、追求する顔が嬉しそうに綻んでいる。
僕は嘘を付いたところで見破られてしまう。いつかは克服しなければいけない過去ならば、試しに話を聞いてもらおうかと思った
「王都を襲撃した魔物です」
「王都……え? はぁ!? 黒い羽がついた奴らのことじゃないよな?」
驚いたように彼女は歩みを止め、僕に真偽を疑うような目を向けた。
「え? いや、その……黒い羽を持った魔物を倒しました」
「嘘だろ……」
「あの……何か、おかしかったですか?」
何かまずいことでも言ってしまったのだろうか? レイースの態度を見て不安になる。
「いや……リュウ、よく生きてたな。私が知っている中で、あいつらを倒せた奴はいないんだ。
うまく逃げた奴の話じゃ、師範級冒険者が手も足も出なかったって言ってたからな」
やはり、あの黒い翼の魔物は強かったらしい。屈強な兵士でさえ歯向かえなかったという話を聞いた事があった。
「そうなんですか。僕は魔法銃を撃って気絶しちゃったので、よく覚えてないんです。気が付いたらユキと一緒だったので」
「なんだか信じられないような話だな」
「運が良かったんでしょうね」
「そういや、襲撃って八年くらい前だろう? リュウはいくつだ?」
「当時八歳でした」
レイースが突然会話を止めたと思ったら、抱きしめられてしまった。
「良く頑張ったな、リュウ。そんな目にあって、八歳から復興の仕事をし続けるなんてそうそう出来るもんじゃない。辛かっただろうに」
レイースの同情を買ってしまったようだ。しかし、そこまで同情されても困る。あの襲撃で辛い思いをしなかった人なんていない。 それに、僕よりずっと辛かった人なんてごまんといるはずだ。
僕はレイースの抱擁をそっと解いた。
「僕より辛い思いをした人は沢山います。それに、王都復興は僕の願いでもありました。
復興作業が辛いと思った事はありません」
「リュウ……」
何故か瞳を潤ませるレイース。僕は、どんな反応をしたらいいか分からず困惑していると、遠くから声が上がった。
「魔物だ! みんな気をつけろ!」
声がした途端、レイースも、ラッチェも、顔付きを変え、声のした方へ目を向け、すかさず周囲を警戒し始めた。
「リュウ! 私達の間に入りな!」
「は、はい!」
「大丈夫、まだ遠いみたいだから他の部隊が片付けてくれるわ。
もし、こちらに来てもリュウは身の安全を第一に考えてね!」
「わかりました!」
さすが、経験者の二人はとても頼もしい。僕は近隣の魔物を見たことすらないズブの素人だ。
だから、僕のやるべき事は邪魔をしない事。安全な場所で見学する事が任務だ。
「見えた?」
「いえ、まだ見えないわ」
腰を落とし、低い姿勢を保つ。レイースは長剣、ラッチェは短剣を逆手に持っていた。
僕も短剣を両手で掴み低い姿勢を維持する。
「……いた」
「……ゴブリンが二匹」
二人の視線の先には、緑が保護色となり森と同化する小柄なゴブリンの姿があった。
「リュウ……静かに……周囲を警戒して……」
レイースに言われるがまま周囲を見渡す。保護色になっているゴブリンはよく見ないと見落としてしまう。
僕は薄暗い森を注意深く見渡した……木に巻きついた蔓が揺れ、小さくギシギシと枝が不自然な音を立てる……僕は不自然に揺れた枝をゆっくりと見上げて……目が合った。
「上だ!!」
僕は叫んだ。
音を立てないように伝って来たのであろう数体のゴブリンが、僕らのすぐ目の前の木までたどり着いていたのだ。
「リュウ! 城門に向かって走れ!」
レイースが僕に指示をを出す。
奴らはまだ上だ、すぐに走れば包囲から逃れ足手纏いにならずに済むだろう。
だから、僕はすぐに駆け出した。城門の方へ向かって。
「ギャー!!」
そのすぐ後に、ゴブリン達の雄叫びが上がる。僕は振り返る事なく必死で逃げた。もう日は十分に昇っており、薄暗いが足場ははっきりと見える。立ち並ぶ木々を避け、邪魔な根を飛び越え、駆ける、駆ける、駆ける。
「ギャーギャー!」
後ろからゴブリンの叫び声が聞こえた。僕は追われているのだろう。
しかし、もうすぐ森は開ける。視界に平原も見えてきた……もうすぐだ。
最後の木を横切ると、周囲はすっかり明るくなっていた。
そろそろ走り続けるのも限界が近い。僕は意を決して振り返った。二体のゴブリンが、森を抜けてもまだ僕を追いかけて来ていた。
「ギャー!」
走りながら見えたゴブリンの手には短剣が握られていた。
それもそのはずで、魔物の定義は知性を持った人を襲う人外、もしくは、魔力を持った人を襲う獣の事を指す。
人にとって友好的な種族を魔物と呼ぶことはない。
僕は走り緩め、二匹に対峙するたために振り返る。
腰を落とし、短剣を両手で構えた。
二匹のゴブリンも距離を取り、腰を落として身構える。
視界に二匹を収め、荒くなった呼吸を整えながら後ずさる。歩調はゆっくり歩くような速さで。
「ギギ、ギー」
ゴブリンが汚い声を発した。全体が濃い緑色なので平原では良く目立つ。背丈は僕以下で痩せこけている。人のように二足歩行をし、顔は頬骨と目の周りが突き出していた。
「はぁ……はぁ……。来るなら……来い」
僕は覚悟を決めた。
歩みを止め、ゴブリンを睨みつける。
二匹のゴブリンも同じように歩みを止めた。
二対一、初っ端の任務でほとんど初めての会敵だというのに、初心者には優しくない状況だった。
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