エピローグ

 駆ける両者は交錯した。

 いや、その直前で一優は高く跳躍してケンタウロス女を飛び越えると、頭上から二丁拳銃の連弾を見舞った。

 しかし桃乃紋は槍を高速回転させてその全てを弾き返し彼女に有効弾は通らない。着地して振り返ると、無数の石版がフォーメーションを入れ替えながら一優目指して殺到して来る。

 だが、一優の放つ研ぎ澄まされた言葉の弾丸は一撃でその石版を割り、次々と無力化して、空中はその砕けた破片と土煙で満ちた。


「石版だかなんだかしらねえが」


 一優はくるくると両手の銃を回すと、ちゃっと桃乃紋に照準して構えた。


「字数が作品の価値じゃねえんだよ」


 再び突進してくる桃乃紋。その切っ先と馬体とを、一優は蜻蛉を切って躱し、すれ違いざまにありったけの弾丸をぶち込んだ。


「俳句は十七文字で写真を撮る」


 桃乃紋の、馬の歩みが、とつ、とつとつ、と遅くなる。

 やがて立ち止まった彼女は振り向くと、一優に向けてにっこりと微笑んだ。


「短歌は、三十一文字で映画を撮るんだ」


 無冠の女王は、眩しい輝きを放ち、自ら放つその光の中に、溶け込むようにその姿を消した。



***



「一優、か。一つに優れ、一つ優しい。君らしいペンネームだ」

「雅号、と言って欲しいね。短歌界では、そういうんだ」


 ビルの屋上の強い風が、二人を乱暴に撫でる。


 だが、その無遠慮な洗礼も、今の二人には心地よく感じられた。


「はるかな川」

「なんだ」

「これからどうするんだ?」

「どうするも何も。私は私だ。この世界で生きてゆく。どこかの誰かの作家性。はるかな川として」

「また……会えるか?」

「会えるさ」

「怪しいもんだ」

「君は、短歌を辞めないのだろう?」

「…………」

「なら我々は、いつも繋がっている。ここで。web作家たちの共通無意識の世界、ミラムバルドで」

「そうか……」

 納得した一優の体が、ふわりと浮き上がる。晴れ上がる空に、にわかに陽光が溢れ出す。

「そうだな」

 一優の浮上速度は加速して、その空に吸い込まれて行く。

「またな、一優。いい歌を詠め」

「君も、はるかな川。石版馬なんかに負けるなよ」


 手を振るはるかな川が、眼下で、足の下ですーっ、と小さくなってゆく。


 一優は、その姿を少しでも記憶にはっきり留めようと、意識と眼を最大限に凝らす。そして、声を限りに叫んだ。


「ありがとう、はるかな川! ありがとう……‼︎」


 手を振る彼女が点になって見えなくなる。

 遠くで、何かのアラームが聞こえた気がした。



*** 了 ***

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小説戦士・はるかな川 木船田ヒロマル @hiromaru712

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