ワナビ
「web作家の世界⁉︎ ここが? なんだよそれ? なんで作家でもない僕がこんなとこに? それにこの手錠みたいなのは⁉︎ どうやったら家に帰れるんだ!」
「質問は一つずつだ、優一」
森を見下ろす小高い丘。
そこから少し歩くと道があり、その道を少し行くと朽ち掛けたバス停があって、優一はその色褪せた樹脂製のベンチに腰掛けていた。
空は紺色だが妙に明るく、物の形はよく見える。だが、道端の古い電球による街灯は煌々と照っていて、優一は悪い夢のようだと思った。今、はるかな川から受けた説明も含めて。
「正確には、ここはweb作家の共通無意識だよ、優一」
「共通……無意識?」
「そうだ。ユングは原型と呼び、フロイトはイドと呼び、洋の東西を問わず古今の宗教家は神と呼んだ。我々ヒトの精神が一束に連なる、メインサーバーのような場所だ」
「なんでそんな場所に……僕が」
「厳密に言えば、君も渡辺優一本人ではない。その一部分だ」
「僕が……僕の一部分?」
「ここにいる以上その筈だ。ここは生身の人間が来れる場所じゃないから」
「君も、そうなのか?」
「そうとも。私は、はるかな川。本体は別の名だろうな。『はるかな川』というこの私は、私の本体のクリエイティブな部分……彼または彼女の『作家性』だ」
「じゃあ僕は……渡辺優一の、作家性だっていうのか?」
「どうかな。君にはスキルを感じない」
「スキル?」
「そうだ。ここは百鬼夜行蠢くweb創作の世界。生きて行く為に皆それぞれのユニークスキルで身を立てている。私はこの刀。斬新刀・驚天。着想と描写の鋭さを研ぎ澄ませば、書くのを辞めたワナビどもなど敵ではない」
「んなもん、あるわけないだろ! 僕はweb作家じゃない! 小説もポエムも書かない! 興味も関心もない! 手錠を外してくれ! 家に帰してくれ……! 頼む、頼むよ……!」
「君に手錠をしたのは私ではない」
あははは、と女の声が笑った。
それは、はるかな川とは反対の、自分のすぐ後ろから聞こえたようで、優一はゾッとしながら振り返ったが、そこには誰もいなかった。
「作家ではない、か」
はるかな川は溜息のような息を漏らした。
「本当にそうか?」
そう言って優一を値踏みするように見る。
だがすぐに表情を緩めると
「まあいい。これも何かの縁だ。ここを抜け出したいなら協力しよう。このまま君を放っておいて君が作家生命を完全に失い、ワナビになったら私も寝覚めが悪いしな」
「あのワナビって……なんなんだよ。ゾンビだろ、完全に」
「さっきも言ったろ。作家生命を失った作家さ。過去の記憶を頼りに生きている振りをして、他の作家の生命を断ち、自分たちのいるどん底に引き摺り込もうとチャンネル内外をうろついてるんだ」
喋りながら、はるかな川は歩き出す。
「作家生命を失った……作家」
「もう書かない。読まない。努力も生産もない。認められない不満で自らを腐敗させ、周囲を逆恨みし、足の引っ張り合いと陰謀論を無限に繰り返す……そうはなりたくないだろう」
優一はゴクリ、と喉を鳴らした。
ふと誰かに見られている気がして振り返るが、そこには今来た眼下の森へと続く道が黒々と口を開けているだけだ。
その奥から、あのワナビたちが追いかけて来るイメージが脳裏にフラッシュした優一は恐怖して、前を向いてはるかな川の姿を求めたが、彼女はとっくにかなり先に行ってしまっていて、優一はその小さな背中を大急ぎで追いかけた。
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