第6話 誕生日パーティー 後編

「じゃあ、全員そろったなら、始めましょうよ」

 パンと小気味のいい音を立ててひとみが手を打ち合わせる。スッとした佇まいには自然と人を惹きつけ従わせるオーラがある。彼女とは初対面の里美ですら冷蔵庫に箱を置いて輪に加わる。

「ハッピバースデイ、トゥーユー。ハッピバースデイ、トゥーユー。ハッピバースデイ、ディア、穂乃果~。ハッピバースデイ、トゥーユー」

 自然と声が揃って穂乃果を祝福する。唐突ではあったが、祝われた本人は照れくさそうな、でも嬉しそうな笑みを浮かべている。ならば、これでOK.

「ありがとう。じゃあ、早速ケーキ食べちゃおうか」

「いよ、待ってました!」

「お前が待ってちゃダメだろ」

 はしゃぐ牧村君に新条君が素早く突っ込む。そんな中、ハルは穂乃果を座らせて食器を用意する。皿とフォークを並べ、穂乃果から聞いた紅茶を用意する。里美はケーキを運んだ後、何故か電子レンジの許可を取る。ひとみはこの間にティーセットの方を用意する。トン、トン、トンとリズム良く並べている。ククヴァヤが見たら、音を立てるなんて、と怒りそうだが彼女がやると小気味いい。

「じゃあ、ケーキは皆元さんが先に選んでよ。残りはじゃんけんで」

 新条君の提案に乗って、穂乃果はショートケーキを選んだ。基本的には皆が思いうイメージのと同じだが、かなりイチゴがたっぷりだ。

 全員がケーキを撮り終えて、カップが紅茶で満たされる。葉が十分に開いたところで、全部に少しずつ注いでいくのがコツだ。こうすると、味にムラがない。

「じゃあ、いただきます」

 お行儀よく手を合わせて銘々のケーキに向かう。ハルは一瞬、小学校の時の給食を思い出した。中学生なのに下手な騒ぎ方がない。

「美味しい」

「お母さんが買って来てくれたんだ」

 穂乃果はひとみとよく行くケーキ店について語り合っている。里美はどんどんと角砂糖を入れる牧村に驚き、ハルはレモンを新条に渡す。

「普段は、紅茶は飲むの?」

 何かしら話した方が良いかと思ってハルが話しかけてみると、新条はゆっくり頷いた。

「うん、子供舌でね。コーヒーは苦手なんだ。でも、紅茶は割と好きだよ。ミルクティーも。今日は口の中が甘くなるから、こっちにしたけど。西川さんはどう? コーヒー飲める?」

「ブラックは無理やけど。お砂糖を入れてなら。でも元々、コーヒーって砂糖を入れて飲むことが前提の飲み方が多いらしいから、おかしくはないと思ってるんやけど」

「へえ、そうなんだ。よくブラックこそが正しいみたいにいうけど、違うんだね」

 そんな言ってしまえばどうでもいい話をしていると、穂乃果のはしゃいだ声が聞こえてきた。

「あの箱、一体何だったの?」

「う~んとね。じゃあ、持ってくるよ」

「何か手伝おうか?」

「だったら、ナイフをお願い」

 ナイフをどうする気なのかは分からなかったが、とりあえずキッチンから人数分のナイフを持って来て配っていく。里美は大きめの平皿を持って電子レンジへとっ向かっていく。

「タルト?」

 レンジから出てきたのは、こんがりきつね色に焼き上がったタルトだった。ほかほか湯気が出ていて、フワンと良い匂いが広がる。

「里美ってこう言うの作ってた?」

 里美は甘いものが好きだが、どちらかというならば和菓子派だ。今まで彼女が作ったお菓子はお団子やお饅頭しか見たことがない。

「今日は特別。この日に穂乃果ちゃんに食べてもらいたかったんよ」

 里美が自分のナイフでタルトをザクザク切り分けていく。ハルはそれを受け取ってはみんなに配っていく。新たに現れたお菓子に牧村は歓声をあげ、ひとみはクンクンと匂いを嗅いでいる。新条君は自分のカップに紅茶を追加していた。

 しかし、ククヴァヤにはナイフやフォークのマナーは使わないだろうと言っていたが、まさかまさかで本当に使うことになった。

「さあ、召し上がれ」

 里美が期待に満ちた目で言ったので、皆そっとひとかけらを切り分けて口に運ぶ。もぐもぐと咀嚼して、う~んと声を上げる。

「美味しい。うん、甘酸っぱい。これって……」

「キウイやよ。この前にハルちゃんと買い物に行った時に食べたのがめちゃくちゃ美味しくてな。穂乃果ちゃんにも食べてほしくて」

 そういうことだったのか。ハルはスカートを買った時のことを思い出した。あの時、里美は別の階に行っていた。大方、タルトの作り方を調べていたのだろう。実際、今まで洋菓子に挑戦したことがないのが嘘みたいに美味しい。キウイの酸味がよくきいている。

「ありがとう。ホントに美味しい。これ。後で作り方教えて」

 穂乃果の言葉に里美は元気良く頷いていた。

「ハルちゃんはお菓子作ったりするの?」

「あの2人に付き合ってなら、ひとみさんは?」

「私は全然。買ってきた方が美味しいもん」

 あっさり言ってのけるとひとみはあっけらかんとして笑った。現代っ娘らしい発想だと思う。でも、自分の好きな時に作って食べるのは、単純に買いに行くよりも違う楽しみがあるとハルは思う。なんというか、手間暇かかった分、愛着がわくというか……。

「皆元さん、止めた方が良いかな」

 そんな声が聞こえて新条が指さす方向を見ると、牧村がゲームソフトをまたもや物色しているところだった。完全に自分のトランプを忘れているらしいので伝えると、ちょっと気取ってポーカーをすることになった。ポイント制で、新条とひとみが3勝でトップになった。ちなみに、ハルは1勝しかできなかった。

 その後はメインの誕生日プレゼントだ。

 最初に渡したのは、ひとみ。彼女が用意したのは、大きなジグソーパズルだった。1000ピースもあって、完成したら2匹の子犬がじゃれ合っている姿になるらしい。壁に飾ることができるらしく、穂乃果は物珍しそうに眺めていた。ハルもひとみはもっと可愛らしいものを選ぶのかと思っていた。でも、こういうのも大人っぽくていいセンスだと思う。そこでハッとなった。ククヴァヤにはひとみに勝つように言われていたが、すっかり忘れていた。そんなものを押し流すくらいに彼女は魅力的だ。

 可愛い系のものを渡したのはハルと里美、それに牧村だった。牧村が小学生が描いたみたいなゾウがプリントされたカメラケースを見せた時には皆が思わず笑ってしまった。でも、これでハルがパーティー前にやったみたいに、ポケットに入れたりせずに済むらしい。

 代わって、ハルがウサギの置時計を見せると、穂乃果はまじまじと見つめていた。

「これって、時計?」

 彼女の反応ももっともだ。置時計の大部分はウサギで、文字盤は小さめだからだ。実用性よりデザイン重視に見える。それでも、目覚まし機能なんかもきちんとついているのだ。

「写真の被写体にしてもいいかな、と思って。散歩にも連れて行ってあげて」

「面白そう」

 このアイデアは、穂乃果だけでなく写真部のメンバー全員が興味を持っていた。早速、文化祭の出しものにしてみようという話まで出ていた。

 最後に新条君が渡したのは少し不思議なものだった。なんと、買った新条君自身名前が分からないときた! 彼の持って来たものは、室内用のプラネタリウムと万華鏡を組み合わせたような代物だった。ためしに使ってみると、リビングの天井に赤、青、黄、緑。様々な色がクルクルと回り、かつ模様が変化していくという何とも不思議な代物だった。それぞれのパターンが綺麗で見え方がどんどん変わるのでいつまでも見飽きない物だった。

「よく、見つけましたね、こんなん」

 ハルがボソッと呟くと、新条君は「たまたまだよ」と言った後に、安心したような表情を浮かべていた。

 その後は互いに話をしたり、交代でゲームをしたりして穂乃果の誕生日パーティーはつつがなく過ぎていった。

 写真部のメンバーが撮った写真は後日、現像したものを全員に配られることになった。

 写真部員が、どんな感じの写真を撮ったか相談している間に、ハルと里美で洗い物をしておく。終盤には、ひとみも手伝ってくれた。少々手際は悪かったが。

 ひとみは顔立ちが整っているせいで、黙っているとある種の冷たさを感じるが、話して見ると気さくで寛恕も良い。隣で見ていて、結局、彼女にはなんだか勝った感じがしないことに気づいた。けれど、純粋に写真部のメンバーたちと仲良くなれたから良かったと思う。下手にギスギスしてしまったら、せっかくの誕生日パーティーに泥を塗る。必死で特訓した割には何事も起こらなかったが、何気ない日常が愛おしく思えるのが幸せなんじゃないかとハルは思う。

 ククヴァヤに話したら、「なんのために努力したのだ」とかホーホーわめきそうだが、ハルに後悔は全くない。久々にすがすがしさを感じるくらいだ。心の底から、今日という日が良い一日であったと断言できる。

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