第3話 買い出し

 日曜日。ハルは駅前の広場にあるベンチに腰掛けていた。道行く人々をぼんやりと眺めながら、欠伸がもれる。フワアァ。

「眠い」

 いつもならば、日曜日は気のすむまで朝寝坊するのだが、ククヴァヤに「出かけるのならきちんと身支度をしろ」と言われて半強制的に目覚ましをセットされたのだ。そのおかげで、確かに髪を整えたりする余裕ができたが、いかんせん眠い。

 背もたれにもたれながら、頭がグワングワン揺れている気がする。

「ハルちゃん。早いね」

「里美。おはよう」

「おはよう、かな? もう11時ですけど」

 顔を持ち上げると友達の里美が困ったようにふんわり笑っている。今日は彼女と一緒に別の友人のためのプレゼントを買いに行く予定なのだ。

「行こうか」

「うん」

 ハルたちは電車に乗り、4駅先まで向かった。やっぱり、休日なだけあって車内の座席は全部埋まっていた。仕方がないので、つり革を掴んでの立ち話。

「ハルちゃん。この人の歌、知ってる? 最近話題らしいんだけど」

 里美が見せてきたのは、動画サイトにアップされたPVだった。歌手の人が中心で、バックの2人と踊っている。SAYAKAだ。切れのあるダンスと歌唱力で色々と取り上げられている。黒のタンクトップにデニムのショートパンツ。ここから判るスタイルの良さも憧れだ。

「私も見たよ」

 個人的に気に入っている曲があったのだが、曲名をど忘れした。仕方ないので、自分のスマホを取り出す。たぶん、閲覧履歴のところにでもあるはずだ。しかし……。

「あ、充電が」

 残り3%だった。昨日充電するのを忘れていた。最近ククヴァヤが教えたばかりのスマホに夢中になっているのだ。自分で知恵の化身と名乗っているから、知識欲旺盛なのは分かるのだが、最近ちょっと占領され気味で充電させてもらえるタイミングが見つけ辛い。

「また、明日見せる」

 意気消沈しながらハルは言った。そして、チラリと上目遣いで友人を眺める。

「里美が、SAYAKAに興味あるって意外」

 のんびりふんわりした里美の服装は、クリーム色の長袖のシャツにモスグリーンの吊りスカート。穏やかな感じでまとめられている。ロックな感じのSAYAKAの雰囲気はイメージがつかない。

「かっこええな、って思うだけやよ。うちには合わんと思う」

 里美はあっけらかんとして言った。あんまりに屈託のない表情だった。まるでそれが当たり前みたいな発言に、ハルもぎこちなく笑った。

 『似合わないならば、似合うようになれば良いのだよ』このセリフが脳内に蘇ったが、口には出せなかった。なんだか、軽々しく言える気がしなかったから。この言葉の大変さは挑戦中のハル自身がよく分かっているつもりだ。

 駅に着いたハルたちはすぐ近くにあるショッピングセンターに向かう。ここがハルたちの今日の目的地だ。

「よし、じゃあ穂乃果のプレゼントを先に買っちゃおう」

 パンフレットを手に取って告げる。目的の店は4階だ。

「あれ?」

 ついさっきまで隣にいた里美がいない。辺りを見渡すと遠くにフラフラと歩いていく里美の後ろ姿が。彼女は前々からこうだ。ちょっと目を離すといなくなる。今は何かのイベントをしているところに吸い込まれていく。

「ちょっと、ちょっと」

 ハルは小走りになって追いかけた。追いついた頃には里美はキウイの試食をもらっていた。結局2人揃っていただくことに。甘酸っぱくてなかなか美味しかった。

「すいません、これっていつまでやってるんですか」

「来月の第1日曜までです」

 のんびりした里美に尋ねられて、にこっとした店員さんがブースの上にある横断幕を指さした。ゴールデンキウイフェアとある。

 また来てください、という優しそうな店員さんに別れを告げ今度こそ目当ての小物雑貨に向かった。雑貨店には3、4組のお客さんがいて思い思いに品物を見て回っていた。こんな感じで、あまり店員が話しかけに来ないタイプの店がハル的には好きだ。

 ハルの目に最初に入ったのは柔らかい色合いのハンカチ3点セットだった。落ち着いた雰囲気が良いし、ハンカチならもらって気軽に使える。ただ、問題は値段だ。ちょっと安すぎる気もする。別に渡すときに値段を告げるわけではないが、せっかくの誕生日プレゼントに安物を渡すのは気が引ける。

 次に気になったのは置時計だった。白いウサギが文字盤を抱えている。こういうのは置いておくだけで映えると思う。それに、穂乃果は写真が好きでいつも被写体を探していている。これなら良いんじゃないだろうか。サイズ的に持ち運びしやすいから、街中を散歩させてみた、みたいなことをやると面白そうだ。実際、世界の街並みをぬいぐるみ付きで撮って旅をさせるみたいなのがあったはずだ。

 それに、動物型の置物ということでフッとククヴァヤを思いだした。あの貯金箱みたいにこのウサギも動いたら……。色々とポージングを取ってもらえるだろう。ちょっと面白そう。

「これどう思う?」

 周囲の空気をほんわかさせながら里美が持って来たのは、シロクマ型の抱き枕だ。全長が里美の腰くらいまであってなかなかに巨大なぬいぐるみ。

「大きすぎない?」

 これも動物型で面白そうだが、サプライズをするには無理のある大きさだというので止めさせた。それにこのサイズの抱き枕ではベッドのかなりの面積を奪い取ってしまう。

 そうやってああだこうだと言いあった結果、里美はペン立てに落ち着いた。このペン立ては隣の別の店で選んだ物で、竹網細工の一部に着物の柄の布がついた和テイストな一品だった。

「ねえ、上で服が見たいんだけど、良いかな」

 私たちは5階に向かった。ここはレディースファッションの店が多く入っているフロアで、1時間後に合流する約束で別行動となった。

「えっと、ロングスカートは……」

 自分よりも4、5歳上の女性たちの華やいだ様を横目に、ハルはしばらく目についた店の中をうろちょろしていたが、ようやく目的のエリアに着いた。

「多いな……」

 一口にロングスカートと言っても様々。生地はコットン、リネン、シルク。形は裾が揃っていない物、広がった物、全体的に細い物。色はスカイブルー、モスグリーン、ベージュ、ブラック、ホワイト。見ているだけで頭がクラクラする。

 今朝方、母に「穂乃果ちゃんの誕生日パーティー、今年もあるんやろ」と言われてプレゼント代をもらったのだ。あのセーターでお金ないんでしょう、と。一応、ちゃんと取り分けてはおいたので問題ないはずだが、もらえるものはと思ってありがたく拝領しておいた。おかげでプレゼント用に取っておいたお金の大部分をこっちに回すことができた。セーターを見せて恥をかいたかいがあったというものだ。もともとは値段の安いものを探して選ぶつもりだったのだが、これで大抵のものには手が届くようになっている。

 取りあえず、気になったものをいくつか試着室に持っていく。今日は例のセーターを持っていないので、頭の中でセーターをイメージしながらの作業だ。

「はあ、ここからどうしよう」

 履いてみて明らかに違うものを除外した結果、残ったのは足首の10cm上くらいまである、裾が自然に広がったスカートになった。問題は色。全面同じ色なのが新芽のようなグリーン、ボルドーの2種類。あとは、青が基調のギンガムチェックが1つ。

「どれにしようかな」

 取りあえず、除外されたものを元あった場所に戻しに行こうとすると、ポスターが名に入った。『今年のおすすめはボルドーとネイビー』下にはお勧めの着こなし方なんかが載っている。

 着こなしをコピーする気もお金もないが必要な情報はあった。流行の色。手にしていた3着の中にあったではないか。

「これや」

 ボルドーのロングスカート。これに決めた。

 お会計を済ませてエスカレーター脇にあるイスに座っていると、里美がニコニコしながら降りてきた。手には雑誌らしきものを入れたビニール袋があった。

「上に言ってたん」

「うん」

 里美は何やらにまにま笑っている。気になったので尋ねてみたが、彼女は教えてくれなかった。「それは秘密やよ」と言って。ハルも、楽しそうならいいか、と考えて深く詮索はしなかった。

 その夜、ハルは買ったスカートとセーターを合わせてみた。姿見で確認した後、相談相手にも見せてみた。

「どう思う?」

「そういうお主自身はどう思うのだ?」

「良い色だな、と思うよ。シンプルで大人っぽい色合い」

 エレガントなボルドーという色が純白のセーターと見事な対比になっていて、互いを引き立てあっている。上品で、そのくせセーターのフェアスタイルにちょっとした遊び心が加わっている。

「しかし、満足してはいないのであろう?」

 ククヴァヤが少しかすれた声でそう言った。尋ねたのではない。確信した声。さすがは、知恵の化身とでも言えば良いのか。

「何が、気に入らないのだ」

「う~ん、はっきりとは言えんけど。服を着てるというよりも、服を着せられてるっていうか。やっぱり、子供が無理やり大人の服を着せられとる感じが」

 最初に見た時の上下のチグハグ感は消えた。それでもなお、似合っている感じがしないのだ。

 服装のバランスを変えればうまく行くと思っていたのに、これではまたもや無駄遣いだ。いや、今回は念入りに準備をしたせいでそれが何の役にも立たなかったと思うと悲しくなってくる。けれども、意外にもククヴァヤは平然としていた。それどころか。

「さもありなん」

 と言ってのけたのだ。普段通りの低くちょっとかすれた声で。

「クク。どういうこと、それ。無駄になるって分かってて放っといたってこと!?」

「無駄になるとまでは言っておらん。だがな、前に言うたであろう。『似合わないならば、似合うようになれば良い』とな。服装を変えただけではお主自身が変わったことにはならんのだ。それでは足りぬ」

 一旦ククヴァヤはここで言葉を切り、ハルの頭から降りると目の前の枕に着地した。そして羽を大きく広げて言い放つ。

「ここからは、お主自身を磨かねばならぬ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る