第4話お兄ちゃん、何あれ!

翌朝、僕の頭の中は「おはよう」より「ファイト!」が強く残っていた。

アイツ、わざとファイトの方を大きい声で言いやがって…


僕はそのことを朝の仏壇の前で思いっきり突っ込んでやった。


不思議な事にいもうとと一晩中話していても次の日は寝不足にならない。

まぁ夢を見ても寝不足にならないのと同じなんだろうなと僕は思ってる。


学校に着き昨日と同じように仲井が教室に来るのを待つ。

運動部の連中は昨日と変わらず団体で教室に来た。

僕は仲井だけを上手く目で追いかけた。


授業中も同じく視線を送る。

何だかすでに昨日より慣れた感じ…


さて今日は体育の授業がある日だ。

元来僕は文科系なのでスポーツはイマイチ苦手…

それに比べて仲井はスポーツなら何でも来いの男、僕は早々に仲井ウオッチャーになる事を決意。


今日の授業はバレーボール。残念ながら(残念?)仲井とは別チームになったため間近で見る事は出来なかった。


その後も昼休みや授業中などなるべく見るようにしたが、中々近くで見る事は出来ない。

いもうとの不満足な顔が今から目に浮かぶ…


「はぁ~やっぱりいきなり近くは難しいな…こりゃ最後の作戦に期待するか」


放課後、僕は生徒手帳を握り締めて仲井に近付いた。

昨日と同じで仲井は部活に行く準備をしてる。


この作戦が失敗したら、今日のいもうとの視線がイタイぞ…

「えいっ!」心の中で叫びながら、仲井の真横を通り過ぎた瞬間、僕はさりげなく手帳を落とす。


パサァッ!と誰もが聞こえる様な音で地面に落下。

南無三!気付いてくれ…


その時、後ろから僕を呼び止める声がした。

やった!成功だ!


「神崎君、落し物よ」


え…


「ダメじゃない、生徒手帳落としちゃ」


ハイと言って僕に手帳を渡してくれたのはクラスメートの宮原さんだった。

僕と同じく運動は苦手で(失礼)絵を描くのが得意な女の子だ。

何やらコンクールなどでも入賞した事があって、同じ文科系でも芸術系の子だ。


「あぁ…ありがとう」


いや、違うんだって、宮原さん…ありがたいんだけど、その…

ふと見ると仲井は既に教室から出ようとしていた。背中だけが視線に残る…


「じゃあね、神崎君」


「あぁ…さよなら」


ずどーん!大失敗!

まさかまさかの予想外…仲井の席の真後ろだった宮原さんが拾うとは…


「神崎、ヒマか?駅前ぶらつかない?」


そう言って大友が近付いてきた。

だが僕は少しテンションダウンで声が出ない。


「変なやつだな、何ブルーになってんだよ?駅前の本屋行こうぜ!今日“PCファン”の発売日なんだ、付き合えよ」


大友は同じ文科系でも僕と違って理数系に強い。パソコン関係などやたら詳しい。


「あぁ~いいよ」

僕は元気なく答える。


「よっし決まり!行こうぜ」


大友と校門まで歩いていると、サッカー部の練習が目に入った。

せめてもと…と思い、仲井を探す。だが人数が多すぎてとても見つからない。


「神崎、何ゆっくり歩いてんだよ、お前やっぱサッカー好きなんじゃないの?」


「いや、別に…」


「前も見てたしな?本屋行ったらサッカー雑誌でも買えば?」


それじゃいもうとは喜ばないし…


「あ、兄貴!今帰り?」


ふと大友の妹さんの声が聞こえた。


大友の妹さんは陸上部だ。ジャージ姿でグラウンドを走っている途中に僕達に話しかけてきた。


「兄貴もたまには体を動かしなよ!その歳でメタボになるなよ!じゃあ神崎さん、お疲れ様です」


妹さんは元気な掛け声と共に走っていった。

さりげなく僕にも言われた気分…


「あ~ぁ全く一言多いんだよな、妹のくせに生意気なんだよ!ホント大変だぜ?一人っ子の方が良かったよ」


そんな事言えるのも毎日妹さんと生活出来るからだよ!…と言ってやりたかった。

けど僕のいもうとの事は大友も知らない。いもうとが産まれそうだったという事も教えていない。

わざわざ口に出して言う事じゃないと思ったからだ。

大友はずっと僕が一人っ子だと思ってる。


駅前のアーケードを眺めながら本屋に着いた。

大友はお目当ての本を見つけると「あったあった」と言いながらレジに向かう。


待ってる間に僕はファッション誌のコーナーを眺めていた。

確かいもうとの好きな雑誌も今日ぐらいに発売してた筈…


本棚の片隅に“TEEN POP”という雑誌を見つける。


「これこれ」

10代前半の女の子に大人気のファッション誌だ。いもうと好みのカワイイ服がいっぱい紹介されている。


この本を毎月読むのも僕の使命。

僕は本をとりパラパラとめくった。

大友がいなかったらゆっくり見れるんだけどなぁ~…あ、この帽子いいなぁ絶対いもうと好みだ。似合いそうだし…


「お前…何見てんの?」


ビクッ!として振り返ると大友が立っていた。

早いぞコイツ…


「お、おぅ、もう買ったの?早いな」


「何読んでんだよ!キッモいなぁ!」


慌てて本棚に直す。


「神崎さぁ、女子のファッションに興味あんのか?」


「違う違う、ただどんなんかな〜と思って…見てただけ」


「ホントかぁ?怪しいなぁ…あっ!お前まさか…」


「な、何だよ?」


「もしかして好きな子が出来た…とか!?」


「は?え?」


「図星だろ!だから服とかプレゼントしたら喜ばれると思って調べてた…だろ?」


そう来たか!と思った。

けど普通に考えたらそうも推理するよな…と納得。


「いや違うよ」


「隠さなくていいじゃん!そぅかぁ〜なる程ね」


何やら周りがコッチを見てる。

大友の声がやたらデカくて辺りにまる聞こえだ…


「で?で?誰?同じクラスか?」


やめろってバカ大友…


「よしっ!じゃあ駅前のバーガー屋でゆっくり話し合おうか♪」


どこでもいーからサッサとここから離れたい。

恥ずかしいくらい周りに見られてた…


僕は大バカ友(大バカな友達)とバーガー屋に向かった。


その後は大バカ友の執拗な尋問を浴びせられながら1日が終わった。


「はぁ〜疲れたぁ〜!」


家に帰ると僕は身も心もクタクタになっていた。


大バカ友の誤解を解くために必死だったのだ。


結局、大バカ友にしたら何故だか理由が解らない様だ。

てか納得しなくていいから…


「礼司、帰ってるの?晩御飯出来たわよ」


は〜いと言ってクタクタに1階に下りる。


「今日は父さんは残業だから、先に食べてなさいって。かなり遅くなるみたいだから」


「まぁそんな日もあるよね」と冷めた感じに言って疲れた身体にご飯を押し込む。


「明日の朝はちゃんと3人で食べていくのよ、礼司。お父さんが家族で食事するのを一番楽しみにしてるんだから」


ん?そうだったんだ。

とりあえず「は〜い」と返事しとく。


「最近ちゃんと起きるから大丈夫よね。そう言えば礼司、テスト勉…」


「ごちそーさま!」脱走!


自室に引きこもってTV鑑賞。

今日は“あおつか”が出る番組が無いので僕の好きなお笑いを見た。


「葵司も見れないし…こりゃ今日は大分ご機嫌ナナメかもな〜」


就寝タイム、僕は既にイヤな予感がしていた。


出来れば今日は会えないと嬉しいかな…とか考え熟睡。


僕の希望は見事に打ち砕かれた…

いつも通りいつもの言葉で目が覚める。


「お〜か〜え〜り〜…」


うぉっ!オーラが…黒い…


「あ、あぁ…只今」


零は後ろを向いたままオーラを放っていた。

うっ…やっぱりかなりご機嫌ナナメだ…


まぁ予想してたとは言え…かなりくるものがある…


「何…あれ…」


「えっ?」


僕は白々しく返した。

我ながら見苦しい。


「何であんなことになるの!大体なんで仲井先輩じゃない人が拾っちゃうの?おかしいよ」


いや、おかしくは…ないぞ…


「あれ何なの?」


「えっと…あの人はね、宮原さんて言って同じクラスの…」


「そう言うことを聞いてるんじゃないの!!」


すいません…


今まであまり見た事がない零の反応にビックリ。


「もう楽しみにしてたのに~…あ~あ、葵司もテレビに出なかったし、もう最悪だぁ」


「ごめんごめん、明日は頑張るからさ」


「使えないなぁ…(ボソッ)」


聞こえてるぞ。。。


「だ、大丈夫!ちゃんと仲井の前で手帳落とすから」


「それもうやめたら?三回目は流石にどうかと思うよ?」


…自分で提案したクセに。


「とりあえず授業中は頑張って見るよ」


「頼むよホントに~」


どうやら少し落ち着いた様子。ちょっと一安心…


「そう言えばお兄ちゃん、今日サッカー部の練習見てたじゃない?」


「あぁ見てたけど…それも見たの?短時間だから見えてないと思ってたよ」


「見えたよ~探してるのも解ったし」


前から思っていたけど、零に見える時と見えてない時が何と無く解ってきた。

どうやら僕にとって印象深く意識したものは零にも伝わってる様だ。

まだまだ確実じゃあないけど多分そうだろう。

今までも僕自身とくに意識してなかった物はあまり零にも伝わってない事が多かった。


…ん、待てよ?


…という事は…


「今日は大友さんに攻められて大変だったね♪しかもあんな人だかりで」


「やっぱり見えてたかぁ~」


「バッチリ♪いやぁ~本見てくれてありがとうね!…でもその後が、ね♪」


「ね♪じゃないよ…マジ辛かった」


「まぁまぁ、いいんじゃない♪“青春”て感じで」


「死語!」


「死語って言わない!じゃあ明日の作戦はお願いね」


「はい?」


「練習!ちゃんと見てよ」


「いいけど…ずっと見てたら変人だぞ」


「手帳三回よりマシだよ」


だからそれは自分が…

と言ってるうちに眠気がやってきた。気疲れしたせいかかなり早い。

僕は零に目覚めそうだと伝えた。


「とにかく頑張ってみるよ」


「じゃあ頑張ってね!お兄ちゃん、おはよう!…ア~ンド、超ファイト!!」


目覚めた僕は再び「超ファイト」の言葉に頭を響かせていた。

眠い目をこすりながら1階に降りて朝御飯。父さんは昨日かなり残業で遅かったらしい。

僕は気紛れまじりで父さんにねぎらいの言葉をかける(我ながら偉そう)


「父さん昨日はお疲れ!遅かったみたいだね」


「おぅ礼司おはよう、なんだ気遣ってくれてるのか?ありがとう。珍しく親孝行だな」


「まぁそんな日もあるよ~」


珍しくは余計だよ…時々いもうとの事で色々考えてるのに!


「ホラ早く食事済ませて下さいな!礼司、お父さんをからかっちゃいけませんよ」


「先にからかったのは父さんだって」


父さんが確かになと言ってクスクス笑った。

いつも通りの神崎家の風景だ。


「あ~やっぱり家でとる御飯が最高だな。出来れば今夜もそうしたいとこだが…今日も遅くなりそうだよ」


「今日も残業?忙しいんだ」


「あぁ仕事だから仕方ないとはいえなるべく早く帰りたいもんだ…それじゃ礼司、父さん先に行くからな。遅刻するなよ」


「あいあいさ~行ってらっしゃい!」


「あぁ、行ってきます。じゃあな」


「父さんが行った後、もくもくと食事をする僕に母さんが話しかけてきた。


「あんた昨日の言葉聞いて気遣ったでしょ?ありがとう。いつの間にそんなに大人になったのかしらね」


「それ誉め言葉?ちゃんと考えてるよ。昔母さんに言われた事をちゃんと守ってるつもりだからね」


「あら、何かしら?」


「忘れたの?言ったじゃん!父さんの言う事守ってねって…」


「あんたあんなに小さい時に聞いた言葉覚えてたの!?」

母さんはかなり驚いている様子だった。


「言ったら本人が忘れるってあり?ヒドイ話だなぁ~10年近く守ってきたのに」


「だってあんたその時4~5歳だったから…せめて、その時に聞いてくれたらいいと思ってたからね…そう覚えててくれたの…」


「お望みなら今日一杯で記憶から消去致しますが?」


「バカ!何言ってるの!…礼司」


「ん?何」


「…ありがとうね」


素直に面と向かって感謝されたら何も言えなかった。どう言っていいか解らない…

僕は早々に食事を済ませ仏壇に逃げ込んだ。


「行ってきます」


お爺ちゃん達に朝の挨拶を済ませて僕は勢いよく家を出た。

何だか朝からムズカユイ気分。しかしそうもばかり言ってられない、僕はいもうとに言われた事をどうやって達成するかで頭が一杯だったからだ。


…ちなみにこの時点で勉強する気…ゼロ!

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