第3話お兄ちゃん、ファイト!

眠気が覚めない僕はスローリーに布団を這い出る。


頭には最後の

「お兄ちゃん、おはよう!」

という言葉が残ってる。


ちなみにこれは僕がいもうとにリクエストした言葉。

目が覚める前に最後に聞いた言葉が朝頭に残ってるのに気付いた僕がお願いした。


最初いもうとは

「なんで?」

と聞いてきたけど、そうすれば毎朝いもうとに挨拶された気分になるからだ。


歯磨きをしながら僕は昨日いもうとに言われたお願いを改めて思い出した。


「まぁチラ見ぐらいならクリアできそうかな」


いもうとの願いは出来る限り叶えてやりたいと思ってる。

ガラガラとうがいを済ませて僕は朝飯に向かう。

テーブルには既に父さんと母さんがスタンバイしていた。

いつも通り家族3人(この言い方は好きじゃない)で食卓を囲んでいつもの会話。


食事を済ませて仏壇に向かう。


「まぁやるだけやってくるよ…行ってくるよ、零!」


僕は気合いを入れて家を出た。


昨日の葵司の貼ってある“あおつか自販機(僕命名)”をガン見。


「おはよっ!お前また見てんの?」

「神崎さん、お早うございます!兄貴、解る人には解るんだよカッコ良さが!」


悪いけど、サッパリ解ってない!僕は…


と思いつつ突如現れた大友兄妹に挨拶をした。


学校に着いて席についてから僕は改めて昨日のお願いを意識した。


肝心の仲井はまだ来ていない。朝練が有るためいつもギリギリに教室に入ってくるのを僕は知っていた。


さて…とりあえずいきなり声掛けは不自然だから、まずはチラ見だな。

まぁ何回か見たらいいだろう。


心の中でシミュレーション。時計を見たらHRの5分前だった。

…もうそろそろだなと教室の入り口を見た。


変な緊張感が出てドキドキしてきた。


…いやいや!僕がドキドキする事じゃないだろ!


と言いつつやはりドキドキ。


その時教室の扉がガラガラと勢いよく開いた。


「今日いつもよりキツかったな」

「テスト勉強なんて出来ねーよ」


来た!


仲井以外にも各運動部の連中が一気に入ってきた。

いつも朝練を終えたら集まって教室に来るのだ。


仲井は…いた!一番後ろだ!


「おはよーみんな」


よっぽど汗をかいたのか頭にタオルを巻いて登場。

それがまた似合ってる。


いもうとの

「キャー☆(≧∇≦)」

と言う黄色い悲鳴が今から想像できた…


何となく複雑な気分…

これが世間一般の兄の…


いや、考えるのやめとこ。


仲井は席につくなりスポーツドリンクを飲み始めた。

僕の席からならビミョーに横顔も見える。


とりあえずこれぐらいの距離からならOKかな…


先生が入って来てHRが始まる。

仲井は疲れからかあまり聞いてなく、手でパタパタと扇いで涼んでいた。


今日1日はこんな感じで見なきゃいけないのかなぁ〜と思うと結構神経使うかもしんない。


その日僕は授業中も機会があったら仲井をチラ見した(特に数学の時間は)


現国の授業の時、解らない所を聞いていたらしく後ろを何度か振り向いた時にたまたま目が合ってしまった。


マズイマズイ…


向こうも気付いたらしく一瞬気まずくては目線をそらしたが、偶然合っただけだし相手も気にはしていなかったようだ。


かくして今日1日の健闘を讃えた僕だった。


「まぁ上出来かな?今日はこんなもんで」

放課後カバンを片付けていそいそと帰宅準備。

掃除当番でも無いし今日は早めに帰ろう。


「あ〜早く行かなきゃまた先輩にドヤされるよ」


仲井が周りと話しながらカバンに部活用荷物を詰めていた。

2年は3年が揃うまでに1年の管理をして準備しなければいけないらしい。

2年が一番大変なのかなぁとしみじみ思う(他人事として)


最後に出来るだけ見ておこうと、まだ席にいる仲井の横をワザと通り過ぎながら

「今日は帰りながら公園でも行くか」

と、頭の中で帰りに見れる景色を考える。


「オイ、落としたぞ」


僕は「えっ?」と足を止めた。


「ポケットから落ちたぞ。気をつけろよ」


そう言って仲井は僕に生徒手帳を渡した。


「あ、ありがとう…」


「いいよ、これぐらい。じゃあな」


そう言って仲井は部活へと消えた…


至近距離30cm!

間違いなく今日一番の近距離接近だった。


またまた頭の中にいもうとの喜ぶ姿が想像できた。


予想外の収穫に僕は満足した。今日はこれで充分!


帰り道でいもうとが好きそうな公園の自然を目に焼き付ける。


家に帰ってからまずは仏壇に報告。


「零、とりあえず満足かな?」


夜は家族で食事をとり、またまた部屋で歌番組を鑑賞。


これも葵司が新曲を出したからなるべくチェックして欲しいと言われたから。


「アイツ結構気が多いのかな」

何やら兄として気にならないでもない…と考えながら1日終了。

就寝についた。


……



夢の中、僕は零のテンションMAXの声に迎え入れられた。


「お兄ちゃん、ナイスファイト!」


「ぁ〜只今」


「うん、おかえり♪」


僕の言葉もそこそこに零はハシャいでいた。


「ビックリしたぁ!最後なんてもう…キャー☆(≧∇≦)☆(≧∇≦)☆」


予想以上の反応だ…


色々あったが零の喜ぶ姿を見ていたら何となく嬉しくなった(複雑な心境込みで)


考えてみたら零は生きていたら13歳、学校の先輩やアイドルに憧れたりするのは当たり前かと思う。


僕と零はひとつ違い。


僕がまだ1歳になるかならないかの時、父さんはほぼ毎日僕を母さんが入院する病院に連れて行ったらしい。


父さんが僕を母さんのお腹に当てて

「礼司聞こえるか?もうすぐ産まれるお前の妹だぞ、ちゃんとお兄ちゃんらしくするんだぞ」

と言っていたらしい。


だから母さんが流産した時には父さんはスゴく落ち込んでいたらしい…


何度も何度も僕と母さんと母さんのお腹に

「ゴメンな…ゴメンな」

と泣きながら謝っていたらしい…


無論父さんのせいじゃない!

誰のせいでもない…


けど父さんはずっと泣いていたと母さんが僕に僕がまだ小さい時に教えてくれた。


その時母さんが

「父さんの言う事守ってあげてね」

と言ったので僕はコクンと頷いたのを覚えている。


僕には難しい事は良くわからない。

なぜ零がある日僕の中にだけ現れたか…


ただ産まれる前の零の鼓動を感じていたのは僕だ。

父さんがいつも近づけてくれていた。


まだお腹にいた零の心が、僕が近づく度に僕にいつの間にか語りかけ、僕の中に残った…


僕はそう思ってる。


零が無邪気に喜ぶ姿を見ながら、父さんにも本当に見せてあげたいな…と僕には珍しい親孝行感情がわいてきた。


「なぁんか、わたしも学校行きたくなるなぁ〜」


ドキッとした。

こんな時返す言葉が見つからないからだ。


「あ…え〜…」


しどろもどろしてる僕に零が笑った。


「冗談だよお兄ちゃん!解ってるって、そんな困った顔しないでよ」


僕は軽く胸を撫で下ろした。


「お前なぁ〜充分困ったって」


「ゴメンゴメン!でも今日はスゴく感謝してるよ。葵司もしっかりTVでチェックしてくれたしね♪」


「あぁ、あおつかね?」


「は?何それ?」


「略語!解りやすいだろ?」


「…センスゼロ(ボソッ)」


しっかり聞こえたその言葉に僕は兄貴卍固めで制裁。


零が笑って「ギブギブ」と言ってきた。


僕は笑いながらもさっきの言葉が引っ掛かっていた。


…零、本当に冗談なのか?


だがそんな事は口に出さない。

零も笑っている。もしかしたら零もお互い傷付くだけだと解ってるのかも知れない…それ以上言うべき事じゃない。


「あ~もうヒドイ兄貴だなぁ!カワイイ妹にプロレス技かけるなんて」

零が髪を直しながら笑っていた。


「ふっふっふっ!実戦では勝った!」


「DVだ!DV~!」


どこでそんな言葉も覚えるのやら…多分僕だけど。


「そういやさぁ、お兄ちゃんテスト大丈夫なの?見たとこあまり勉強してない様なんですが」


うっ!バレテル…

「大丈夫だと思うよ、数学以外は…文科系なら得意だし」


「ホント?ならいいけど…高校受験なんてあっという間みたいだし、大丈夫なのかなぁと思って」


「心配してくれてんの?」


「まあ一応。私も高校生活見たいし」


そうだよなぁ…と実感した。零は僕が高校に行かなきゃ高校生活を見れないんだと。

こりゃ何としても大学まで頑張ろうと改めて思う。


「大丈夫だよ、ちゃんと勉強するって。大学までいくつもりだから安心しなよ」


「ホント!良かったぁ~…じゃあそれはそれとして改めて明日の作戦を考えよう~♪」


「は?」


「今日の最後のサプライズ良かったじゃん!あれいこうよ」


「ちょっと待て、何の話?」


「仲井先輩に近づく作戦に決まってるじゃない。ホラ生徒手帳拾ってくれたじゃない?もっかいいけんじゃない」


「あの…高校進学の話は…」


「終わった終わった、解決」


どうやら頭の中は、仲井先輩>僕…らしい。


「お前なぁ~あんなのまた使えると思うか?白々しいだろ、流石に」


「そうかなぁ?考えすぎじゃない、そんなのワザと何て誰も思わないよ。ただちょっとボ~ッとしてるって思われるだけじゃない?」


それはそれでみっともないぞ。


「あんなタイミング良くいけるかどうか解んないぞ、気付かなかったら終わりだし」


「何でもいいよ、筆箱でも鞄でも大っきい音で目立つのにしてよ♪」


もう出来ませんて言わせないつもりらしい。


「出来る…かなぁ?」


「出来る!大丈夫、自信持って!」


「解ったよ、うまくいくかどうか解らないけど」


「さっすがお兄ちゃん!頼りにしてるからね。頑張って、ファイトだよ!」


僕は力なくハイハイと答える。その時眠気がやって来た。


「ゴメン、起きそう…じゃあ零、またな」


「うんお兄ちゃん、おはよう!ファイト!」


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