第22話 潜む狂気
取り返した町中には死体や肉を乗せたリアカーが行き来し、全員がその片付けに追われていた。
秋奈も愛用のシャベルで散らばった肉を掬い上げ、リアカーの上に積んでいた。その隣で自分もリアカーに積むのを手伝っていた。
散らばる腹わたを前に、もう誰も動揺しないほどに常識は崩れている。
そして暗い顔をしながら黙々と作業をする秋奈に思わず声をかける。
「な、なあ秋奈、そろそろ休憩するか?」
「ありがとう、でも大丈夫だよ」
「でも疲れた顔してるぞ」
「大丈夫だから」
「そ、そうか……ならいいんだが」
その時の秋奈の顔は少し怖かった。何というか本当に怖いものを見た時の恐怖。上手く言葉に出来ないが単純に「怖かった」のだ。
それからある程度積むと、リアカーに繋げられていたビジネスバイクに跨りエンジンをかけた。そして後ろのキャリアに括り付けたタオルの上に秋奈が座る。
この死体たちはまとめて焼却するためスーパーの駐車場に固められた。
駐車場に着いてから積み重ねられた山に下ろしている時に秋奈の顔を見るとやはりいつもと様子が違う。
「秋奈、やっぱり休もう」
「でも……」
秋奈がまだ言い切らない内に手を掴んだ。そしてバイクからリアカーを外し、それに乗せて港まで連れて来た。多分あんな腐敗臭でいっぱいの所に居たせいで気持ち悪くなったんだろう。きっといい空気を吸えば治るはずだ。
「どうだ気分は?」
「え、うん……」
だが秋奈は一向に下を向いたままだ。何か思い詰めてるのかもしれない。まあこれだけ色々なことがあれば仕方ないのかもしれないが。
「じゃあ作業に戻るわ、なんかあったら言ってくれよ」
そう言い残してバイクのエンジンをかけようとした時、秋奈が振り返って口を開いた。
「あ、あのね……」
力を振り絞って出したような弱々しい声だ。
その声に「どうした?」と返そうとした瞬間。シャベルを地面に突いて膝から崩れ、周りに金属音が響き渡る。
「大丈夫か!」
滑り込むように秋奈の両肩を掴み体を支えると秋奈は下を向いて体を震わせた。
あの日から見たくもないものを見て、やりたくないことをやって、まともに寝れないような日々が続いている。それから来たストレス障害か何かだろうか。それともまた別の原因か。そんなことが脳裏をよぎる。
「やっぱりあんな事ばっかして辛かったか? これからは俺たちが何とかするから秋奈は休もう」
「いや、違うの……」
「え?」
予想とは違う反応に思わず素っ頓狂な声を上げる。
「文紀、聞いても引かないでね?」
「あ、うん」
あまり秋奈の事を理解しないうちに話し始めた。
「私ね、実はアイツらと殺りあうのが好きで堪らないの」
更に理解出来ない事が降りかかる。そして秋奈はシャベルを握り直して話を続ける。
「最初は勿論怖かったの、でもどうしても戦わなきゃいけないって時にシャベルを頭に振り下ろした時すっごい爽快感があったの。あの頭蓋骨を叩き割って脳漿が地面にばら撒く、あの感覚がクセになるの」
秋奈は元々クラスではあまり目立たない方なはずだ。それが今やどんな人間よりも狂気に満ちている。
「自分でもわかってる、こんなのおかしいって。でも奴らを倒せば倒すほど楽しくて仕方がないの。肉を叩き斬って内臓が溢れ出したり、思い出すだけで手が震えてくるの」
震えながら語る秋奈の顔を覗き込むと。
笑っていた。
震えながら口角を上げて、理性で抑えてるようだったが狂気が満ち溢れていた。
これが状況が生み出した狂気。普通なら一生表に出てくる事がないであろう衝動。それがこんな状況であるが故に表面化した。どんな言葉を掛けようが、どんだけ行動を抑えようが理性では抑えきれない。
自分にはどうしようもないと思った時、隣に佐々木さんの運転するピックアップトラックが止まる。
「二人とも! 駐屯地に奴らの群れが接近してる! 行くぞ!」
秋奈の手を掴んでトラックは向かった。そして後部座席に飛びむと、タイヤを空転させながら発進し駐屯地まで猛スピードで向かった。その間、秋奈はずっと下を向きシャベルを握りしめていた。
駐屯地の近くには大量の死体が転がっており、それを避けながら検問所に近づいた。
佐々木さんと浜崎さん、そして田中も含めた自分たちが五人、合わせて七人が車から降りた。そこでナイフしか持っていないことに気付く。和弓も奪還戦の途中で矢がほとんど使い物にならなくなった為もう武器は無かった。
「おい文紀、それだけじゃ心もとないだろ?」
カズが荷台からリカーブボウを取り出した。家に置きっぱなしだったものだ。そしてカズからそれを受け取った。
「ああ、ありがとう」
駐屯地内は襲われたと言う割に死体しか転がっていない。しかし自衛隊の本隊が移動したといえどまだ部隊が残ってるにも関わらず人気が無い。
何か嫌な予感がした。
そして検問所内か物音がした。すぐに近づき中に入ると隊員の死体が転がっている。そしてその死体からして全部生きた内に殺される物だ。そして一つだけ奥の部屋に血が引き摺るように続いていた。
「誰かいるのか」
浜崎さんがライフルを前に構えてドアの向こうれ問いかけた。
「よかった、増援か……」
奥から力無い声が響いた。
「おい何があったんだ、大丈夫なのか」
「俺のことはいい、早くみんなのいるところに向かってくれ、銃は好きに使っていい。奴らが、来るぞ……!」
それから何かを吐き出す音が聞こえる。
「ここはみんな噛まれた……だから俺が殺した、まだ生存者の子供達がいる、早くそっちを!」
その言葉で何があったかは薄々勘付いた。
「もういい浜崎、行くぞ」
そう言って素早く検問所の建物から出た時、一発の銃声が響いた。
「クソッ」
佐々木さんは一言そう吐き捨てると車に乗り込み子供達や他の生存者がいる建物に向かった。
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