第9話 本当の敵

「文紀、起きろ」


 小さな雨音が響く中、佐々木さんの声と同時に体が揺さぶられ眠りから覚めた。昨日から天気が悪かったが、ついに雨が降り始めたようだ。


「とりあえず飯食ってこい」


 言われるがまま居間に降りて、買い込んであった菓子パンを食べた。眠気がようやく覚めてきて、意識がはっきりしてきた。

 周りを見渡すが、周りには誰もいない。自分と佐々木さんだけだ。


「カズや他のみんなは?」


「外で見張りやってるよ、私たちは今日はこの通りから出るぞ」


「出るって?」


「バリケードも補強したいし、それに食料だってあったほうがいいだろう。だから今日はホームセンターまで行くぞ」


「行くぞっても、人なんて居ないし、奴らだって沢山居ますよ」


 佐々木さんは呆れて、大きくため息をついた。


「お前のその弓は何の為にあるんだ? 自分の身は自分で守るんだよ、ほら行くぞ」


 そのまま散弾銃を肩に背負うと、家から出て行った。仕方ないので、脱ぎ捨てたままになっていたブレザーを羽織り、弓を手にとって外に出る。


「俺と佐々木さんだけですか?」


「いや、俺も付いてくぜ」


 玄関を出てすぐの壁にもたれかかっていた、カズが声を掛けてくる。


「二人だけじゃ不安だからな、それにここは他にも猟友会のジジイ共がいるから大丈夫だ。それじゃなくても畑作業ばっかやってるようなパワー系老人ばかりだ」


 そう言うと、佐々木さんはバリケードを越えて銃を構えた。


「よし、付いてこい」


 周りにいないことを確認すると、走り出す佐々木さんの背中について行く。少し走ると駐車場にアメリカ製のピックアップトラックが止まっていた。

 佐々木さんは鍵をかけると滑り込むように乗り込んだ。


「全員いるな、出発だ」


 後部座席に乗り込んだ自分達を見ると、キーを差し込み、V8エンジンが唸りを上げる。


 町の中心部に近づくと店が多くなる。しかし、人口が多い所だと生存者も居るかと思ったが、一晩にしてほとんどは化け物になったようだ。その証拠に、警察車両が大量に止まり、陣地を構成していたであろう場所があった。

 しかし、周りには撃ち殺された化け物と、血塗られた車両だけだった。


「佐々木さん、止まって」


「どうした」


「すぐ戻る」


 車から飛び出すと、警察の死体に向かった。何か違和感があったからだ。車の合間をすり抜けて近づくとその違和感の正体がわかった。


「何だよこれ……」


 カズも気づいたようだ。

 警察の死体には噛み付かれた後がない、それなのに胸を撃たれたり、首を引き裂かれたり、明らかに生きた人間の行為によるものだった。


「酷えことやる人間もいるもんだな、君たち二人はこんな風になるなよ」


 そう言って、佐々木さんは先に車に戻った。

 少ししてホームセンターに辿り着いた。駐車場のど真ん中に、乱雑に駐車して車から降りる。ちょうどその時になると、雨が強くなり髪の毛の先から雨が滴る。

 カズはコッキングして矢を装填する。その隣で自分も矢を取り出す。佐々木さんも背負っていた銃を手に取った。


 そこは明らかに雰囲気が違った。なにか、別の気配が。


「そこのお前ら武器を捨てろ!」


 物陰から二人の男が出てきた、すぐに自分とカズは武器を構える。

 その男たちの手には明らかに警官から奪ったであろう拳銃が握られていた。


「もし殺されたくなきゃ車と武器を置いてどっかに行きな!」


 佐々木さんは小さくため息をついた。


「あんまでかい声出すと寄ってくるじゃねえか」


「な、なんだ! 黙りやがれ!」


「黙んのはお前らの方だよ、どうせ私達みたいなのから物奪ったり、逆らう奴らは殺してたんだろ? こういう非常事態でもゴミみたいなのは沸くんだな。私は大嫌いなんだよ……」




「そんな獣以下の連中が」




 雨の中に二発の銃声がこだまする。二人の男は一瞬にして後ろに吹き飛ばされ、ただの物と化した。

 カポッと音がして銃身から排莢されるとすぐに次弾を装填する。


「次あんな奴らが出てきたらすぐに撃て、どうせゴミみたいな連中だ。生かしといても良いことなんてない」


 そう言って店の中に入っていった。


 店の中は外の光は入らず、電気も付いていない為かなり薄暗い。奥に行けばもう闇だ。

 持って来ていたL字ライトを胸ポケットに差し込んで先を照らす。

 何体か入り込んで、彷徨っていたがカズと自分ですぐに頭を射抜いた。


 買い物カートに最低限の必要な物を入れると外に出た。すると死体の周りに別の男が三人囲っていた。


「そこで寝てるゴミの仲間か?」


「お前らがやったんかゴラァ!」


 三人が同時にナイフを抜いた。それも恐らくこの店から奪った物だろう。

 佐々木さんが言った通り、なんの躊躇も無く頭を射抜いた、そして一人が真っ先に佐々木さんに飛びかかった。


 ぴちゃっ。


 横を見ると男の首から血が溢れ始めた、そして佐々木さんの手には、狩猟用の長いナイフが握られていた。


「帰ろう、用は済んだ」

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