第7話 夜の足音
「大丈夫だったか」
息を切らして膝をついて座り込むと、カズが手を差し伸べて来た。
「ああ、なんとかな」
そう言うと汗で濡れた髪の毛を掻き上げ、立ち上がる。
「お前も随分派手にやりやがって」
秋奈でも美香でもない別の声が聞こえた。少し周りを見渡し、吉田の爺さんがいた家の上を見上げる。
「なんだ、佐々木さんも居たんだ」
「なんだとはなんだ、近くで爆発音がしたらそりゃ見に来るだろう」
佐々木さんとは、同じ通りに住んでる昔から面倒を見てもらってる人で、吉田さんや他の爺さんと共に猟友会にも入っている。いわば血の繋がってない姉さんのようなものだ。
そして、その背中には上下二連式散弾銃が背負われていた。
「心配かけてすいませんね」
「お前のことなんて心配しちゃいねぇよ、お友達さんや周りの人の心配してるんだよ」
相変わらず図太く、辛辣な人だ。きっとだから二十代半ばになっても結婚できないのだろう。
「まあいい、とりあえず奴らが寄って来てるかもしれない、一緒に反対側の通路のバリケードも確認しに行くぞ」
そう言って少しの間姿を消すと、玄関から出てくる。大通りに面した通路は、自分が乗ってきた車や、錆びた鉄柵などで塞がれているが、反対側はまだ見ていなかった。
「わかりましたよ、カズはここで見張っててくれ、美香の秋奈はさっき助けた女の子を頼む」
そう言い残すと、佐々木さんの背中についていく。古い家が多い路地だが、人が住んでいるにも関わらずあたりは静けさに包まれている。きっとバレないように家の中でじっとしてるのだろう。
少し進むと、先に鉄柵と適当な重りで補強してあるバリケードが見えた。
「あれですか」
「出来れば補強したいんだが、資材が無くてな」
小声で話すと、佐々木さんは猟友会の帽子は被り直した。そして腰から全長四〇センチ程度の大柄なナイフを取り出した。
「聞こえましたね」
「武器はあるか?」
「心許ないですがね」
そして自分もナイフを抜く。この狭い通路じゃ和弓は使えない。それにあまり大きな音を出せばまた寄ってくる。
慎重にバリケードに近づくと周りを警戒する。そしてゆっくりとバリケードを越えると、Y字路になっている。
物音がした右側には、電柱にぶつかる人影が見えた。
「文紀、左の通路を見とけ、あいつは私がやる」
姿勢を低くするとゆっくりと、ジリジリと詰め寄っていく。そして奴の真下まで行った。やはり音に反応するのか、佐々木さんの姿には気づいていないようだった。
ナイフの狙いを定めると、一気に立ち上がる。その勢いで刃は顎の下から脳天に達した。
すちゃっ、という音ともにナイフが引き抜かれその人影は一気に崩れ落ちた。
「大丈夫でしたか」
「ああ、他にはいないか」
「ええ、大丈夫です」
ナイフをそれぞれ鞘に仕舞うと、また家に戻る。
「カズ、吉田さんも休憩に入った。お前も家で休んでてくれ。あとは俺と佐々木さんで見張っとく」
「悪い、頼んだ」
そして、近くにあったビールケースを置くとそこに座り込み、見張りを続けた。
それから、三十分ほど動かずにいた。
「文紀、お腹すいてない?」
声の方を振り向くと秋奈が何かの缶を持って立っていた。
「乾パンあったけど食べる?」
そう言えば朝から何も食べていない。気がつけばかなりお腹も空いている。
「悪いね、それじゃあ貰おうかな」
缶に手を伸ばして、一つ取ると口の中に放り込んだ。ガシガシと噛みながら少しずつ口の中でふやかしていく。
「あの女の子はどうだ?」
「目は覚ましたんだけどね、全然喋らなくて」
「そうか、とりあえずまだ見張っとくから、任せといていいか?」
「うん、わかった」
最後にもう一つ乾パンを貰うと、秋奈は家に入って行った。
「彼女か?」
二階で見張ってる佐々木さんの声が聞こえた。
「そんなんじゃありませんよ、佐々木さんも彼氏の一人や二人作ったほうがいいんじゃないんですか」
「余計なお世話だよ」
それから、またかなりの時間が経った。雲が厚いせいか、暗くなるのが早く街灯がつき始めた。どうやら電気はまだ流れているようだ。
次の見張り役である吉田さんともう一人近所の爺さんに交代すると、自分に部屋に直行して崩れるように横になった。
今日だけで、かなり疲れてしまったようでそのまま眠りに落ちた。
「……い……おい、起きろ……」
朦朧とした意識の中で、遠くから声が聞こえた。
「起きろ文紀」
「なんだ、カズか」
むくりと起き上がっておもむろに腕時計を除くと、針は午後八時を指していた。
「バリケードの確認に行くぞ」
「ん、わかった。待ってろ、準備する」
立ち上がると革手を履き、壁に立て掛けてあったコンパウンドボウを手に取った。
「それじゃあ、行くか」
「ああ、言い忘れてたがバリケード警備は俺じゃなくて秋奈とだ。俺はお前が寝てる間に行ってきたよ」
「そうか、じゃあすぐ行って、いたら倒してすぐ帰ってくるよ」
ロウソクが灯る今を通って玄関に行くと、秋奈が既に乾いた血の付いたシャベル片手に待っていた。
「行くか」
そう言うと懐中電灯を持って外に出る。
見張り台となっている家の二階を見ると、まだ吉田さんが見張りを続けていた。恐らく自分が交代してからずっと続けているのだろう。
ライトを頼りに路地を進んで、バリケードに近づくと、奥で何かが光った、それと同時に多数の足音が聞こえた。
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