第3話 殺す
カズが梯子を降り終えた。
「美香、ケガは無いか?」
「カズこそ大丈夫?」
「俺は平気だ」
カズが息を整えながら醒めた顔をして答える。
「秋奈は」
「な、なんともないです」
何はともあれ、今はまだ安心できない。すぐにどこかに避難しなければ。せめてさっきのカズのように、何か襲われた時に距離を取れる武器が欲しいところだ。それにもし既に混乱が広まっているならいつ襲われてもおかしくはない。せめてどこか遠くに……
そうだ。
「弓道場に行こう」
思いついた時には口に出ていた。あそこなら山にあるため人目にも付かず、気づかれにくい。それにトタン小屋のようなものであるが、屋内のため雨風も防げる。
何より弓矢という武器があり、何よりこの自分が弓道部だ。人を狙ったことは無いが、それなりに当てる自信もある。
「弓道場って山にある、あの小屋だろ? 大丈夫なのか」
「行かないよりはマシだ、奴らが来る前に逃げよう」
周りに警戒しながら、走って近くの農道に入った。この道なら会うことは無いだろう。少し歩くと、スキー場に向かう道に出る。ここを登って脇道を少し進めば弓道場だ。
時間にして十分ほど歩くと、弓道場についた。
「へぇ、ここが弓道場ね、初めて来たわ」
美香が興味津々で、周りを見渡す。その時、秋奈は弓道場内に飛び交ったり、床を歩き回る虫たちに怯えていた。
和室に入って、また全員が一気に座り込む。ずっと緊張したままあるて来たんだ、無理もない。
「冷蔵庫に何か入ってるだろうから飲んで休んでて」
「ああ、サンキュー」
カズが立ち上がって二人にスポーツドリンクを手渡す。そして自分は
横には部員の弓が立て掛けて並んでいる。その内の一本に弦を装着する。これでなんとか武器は手に入った。他の装備を整えようと、再び和室に入ると窓の奥に人影が見えた。
あの化け物だ、カズに目で合図を送る。
「みんな、静かに」
カズと美香は窓の下にいた為、奴の姿は見えていなかった。しかし、窓の前に居た秋奈は軽いパニックを起こしている。
咄嗟に秋奈の前に立って、矢をつがえた。
「秋奈、落ち着いて」
ゆっくりとしゃがみ込み、秋奈に小さく呟く。秋奈は震えながら背中に掴まる。
瞳孔が開ききって、充血した目をこちらに向けて近づいて来る。額から汗が滲み出る。
恐らくだが、奴らの目は見えていない、でもここに近づいて来た。俺たちの会話に反応したと考えれば、奴らは音に反応しているのだろう。
だから音を出せばきっとこっちに反応して入って来るだろう。
落ち着かない鼓動を抑えつけ、ひたすら気づかれないことを祈り続けた。
奴は少し周りを見渡すと、他の物音に反応したのか別の方へ向かって行った。弓を戻すと、再びカズに目線を送る。そこでようやく全身から力が抜けた。気がつくと手が震えていた。
自分は今、本気で殺そうとしていた。
気づかない自分の潜在意識に恐怖していた。しかし、これからは自分の身は自分で守らなければならない。
覚悟を決め、手を握りしめると、力強く立ち上がって手を伸ばと、子鹿のように震える秋奈を立ち上がらせる。
「早くここから出よう」
「ああ」
呟いたカズの鉄パイプを握る手は、汗をびっしりとかいていた。
矢筒に持てるだけの矢を入れて肩に背負う。他の部員が来るかもしれない、と準備をしてる間少しだけ期待したが、誰も来なかった。
「もう行けるか?」
「ええ、私は大丈夫よ」
「ああ、俺もだ」
秋奈は目を合わせると少しだけ頷いた。
ふとテーブルに目を落とすと、弓道場管理人の車の鍵が落ちていた。しかしここに来てから一度も管理人の姿を見ていない。最悪の結果が脳裏をよぎる。
鍵を手にとって握りしめた。
「俺と文紀が先に行く、合図したら出て来てくれ」
カズがそう言うと、入り口の横に付いて取っ手に手をかけた。それに合わせて膝をつき、腹に力を入れ弓を引いた。
次の瞬間、戸を一気に引くとそこにはさっきの化け物が立ちはだかっていた。
すぐに頭に狙いを定めると、
長い弓をぶつけないように立ち上がって、弓道場から出ると、倒れている死骸から落ちていた財布を手に取った。そして中の免許証を見ると管理人ではない。
自分は管理人が鍵を置いたまま、何かしらの理由でこの化け物になっていたと思っていた。しかし、これは見ず知らずの人の免許証だ。
それじゃあ管理人は?
嫌な予感がした。
咄嗟に後ろを振り向くと、玄関の横にもう一体、化け物が立っていた。
「カズ!」
そう叫んで、すぐに頭に突き刺さった矢を抜こうとしたが、その管理人だったものは、すぐにこちらに襲いかかって来た。
弓で押し返そうとするが、体重で押し返され、そのまま地面に倒される。その衝撃で矢筒が肩からずり落ち、地面に散らばる。
カズがすぐに走って出て来たが、奴の存在に気づかず、後ろから掴みかかられる。
這って矢を取ろうとした、あと少しのところで、カズの後ろには喰らい付こうとしている奴の顔が見えた。もうダメだ、そう思った時、一瞬で管理人の頭が真横に曲がった。
「美香……!」
美香が近くに置いてあった箒で力一杯、頭に向かってフルスイングをかましたようだ。一瞬の隙でカズが抜け出した。
地面に散らばった矢に手を伸ばして、適当に矢を放つと腹部を貫いた。少しよろめいた瞬間、カズが鉄パイプを頭に振り下ろした。
骨が砕ける音、その後には鉄パイプから血が滴る音だけがこだました。
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