第9話 討伐対象の告白


 教室窓側の後ろから2番目。

 それが僕の新しい席だ。

 一列ずつ、男子女子男子女子で分けられているのに、当然のように、僕の前には月城、後ろにはザブブが配置されていた。

 露骨すぎる。

 あまりにもあからさま過ぎる。

 そして何故か、皮膚がヒリヒリと痛む。

 目は口程に物を言うとはあるが、これはもはや刀。

 僕は今、視線という名の刀でめった刺しにされていた。



「なんで志藤が……」

「なんで志藤が……」

「なんで志藤が……」

「なんで志藤が……」

「なんで志藤が……」



 このように、男子生徒のほぼ全員が、僕の名前を繰り返し呟いている。

 しかしこの状況……よくよく考えてみると、月城はともかく、ザブブも近くにする必要なくないか?

 必要ないよね?

 こんな感じで悪目立ちするだけだろうし。

 というか、この溢れんばかりの負のオーラにどっぷりと浸かってしまったせいで、気分が悪くなってしまったみたいだ。

 心なしか頭が痛い。

 横になりたい。

 時間逆行したい。

 なんというか、もう、ずる休みしたくなった。

 始業式早々に……と思うかもしれないが、授業などがない始業式だからこそだ。

 本来、今日は席替えだけして帰るはずだったのに、ザブブのせいで色々と面倒なことになってしまった。

 ハルゴンめ。これもきちんと理由あっての事だろうな。……まあ、それはそれとして、今は一刻も早く休みたい。



「あの、ちょっといいですか、先生」


「いかがなされましたか! 志藤様!」



 こいつに至ってはもう無視だ。

 ワザとやっているのか、面倒になっただけなのか、僕はもう、これ以上こいつに絡んでも、なにひとつ得をしないという事がわかった。



「……体調悪いんで保健室行っていいですか」


「な、なんと……!? おい、ザブブ! 急いで志藤様に回復魔ほ――」


「だ、大丈夫です! 民間療法で治しますんで……」


「いえいえ、それで治るのはハッピーな頭だけで……あ! そうだ! 頭痛でしたら私、いま優しさで出来ているアレを持っているのですが! こういう時の為に常備しているのですが! いかがなさいますか?」


「これ以上、僕に構うな」


「……わかりました」



 僕が突き放すように言うと、ベリアンヌはシュンと俯いてしまった。

 僕は若干の罪悪感を抱きながら教室から出ていくと、そのまま保健室を目指し、歩き始めた。

 もうどのみち学校は終わりだけど、このままでは度重なる疲労で、魔王城雑居ビルまでの帰り道で倒れかねない。

 なんというか、ベリアンヌは過保護がすぎる。

 僕がまだ小さいころから、あいつはこんな感じだった。

 小石に躓いて膝を擦りむいた時は、その小石を焼き払い、箪笥たんすの角に小指をぶつけた時も、その箪笥を焼き払い……て、あれ? 

 思い返してみてアレだけど、これは『過保護』というものにカテゴライズしてよいものなのだろうか。わからなくなってきた。わかりたくもなくなってきた。……よし、あまり、深くは考えないでおこう。





「………………」



 人の気配を感じる。

 僕は今、学校の保健室のベッドで、仰向けで寝ていた。

 秀典高校保健室のベッドは、一台一台、ベッドの周りを、白いカーテンで囲っており、使用中ならカーテンは閉じられ、未使用ならカーテンは開かれている。

 そういう風に、ひとめでわかるのだが、なぜか僕のカーテンには、人影が映っていた。

 なぜだ。

 なぜ、そこでじっと僕を見ているんだ。

 というか、誰だ……!?

 まず、これはたぶん一般の生徒ではない。

 普通なら違うベッドのところへ行くか、今、保健室に保険医がいないことを察し、どこかへ行くはずだ。

 そして、ベッドは僕が来た時には既に満室だった。

 始業式なのに、これほどまでに軟弱者がいるのか……とぼやきそうになったが、僕もその内の一人だったので、何も言えなくなった。

 そしてもうひとつ。

 間違っても、まる5分間もの間、他人のベッドの横に立ち続けることなど、するはずがないのだ。

 ……ということは、四戦士のうちの誰かという事になるんだけど……あの影の小ささからして、ハルゴンやアトモスじゃないのはわかる。

 必然的に、残りはベリアンヌかザブブという事になるんだけど、そもそも声をかけてくれればいいのに、なぜそこまで頑なに、じっと立っているんだろう。

 心配して来てくれたのか、単なる嫌がらせか。

 ……しょうがない。ここは僕から切り出してやるか。



「……なあ、もうホームルームは一通り終わったのか?」


「………………」



 返答は無し。

 ということは、ベリアンヌだろうか……?

 だったら、嫌がらせというセンがなくなる。

 さっきの僕の言い方のせいで、あいつもすこし僕に遠慮しているのかもしれない。

 いくらテンパって、空回っていたからといっても、ベリアンヌはただ、僕のことを心配してくれていただけだ。

 僕はそれを考えないで、ひとりで不機嫌になって、あいつを傷つけてしまった。

 ここで押し黙ってしまうのも、無理もないといえば、無理もない。



「あの……さ。さっきはごめん。いくら部下とはいえ、その……強く当たりすぎたかもしれない。でも、これから大事な任務をこなしていくんだ。さっきみたいなことがあれば、いずれバレてしまうかもしれない。だから、僕もつい熱くなってしまったんだ。『赦してほしい』って言うのはちょっと変だけど、悪かったとは思ってる」


「ううん、気にしてないから」


「そうか。よかっ――うん?」



 僕の声に返答してきたのは、ベリアンヌの声とは似ても似つかない、すこし気怠さの混じった声だった。

 もしかして、この声の主は――



「ところで、大事な任務って……なに?」



 僕はベッドから跳ね起きると、囲っていたカーテンを勢いよく開けた。

 そこに立っていたのはベリアンヌではなく、月城結菜だった。

 月城は怪訝そうな顔を浮かべるでもなく、無表情で、中腰で固まっている僕を見下ろしていた。



「あ、あれ? なんで月城さんがここに……?」


「先生の指示。体調を見て来いって」


「さ、さいですか……」



 しまった。

 こいつの存在を完全に失念していた。

 というか、なんでこいつを寄越すんだ。バレたらどうするんだ。こういう風に!

 いや、目的はわかる。大方、話すきっかけを、みたいな感じで派遣されたのだろう。

 だけどこれ……そんなの、知らないじゃん。

 事前に告知してくれないと対応できないじゃん。



「それで、大事な任務って、なんのこと?」


「えっと、頑張って勉強して、いい大学に入ろうっていう――」


「さっきの内容からして、勉強や部活じゃないってのはわかる」


「そ、それは……」


「ねえ……」



 月城は小さく呟くと、ずい――と僕との距離を詰めてきた。

 お互いの鼻と鼻とが、ぶつかってしまいそうなほどの至近距離。

 僕はその圧に屈し、ベットの上に倒れこんでしまう。

 しかし、月城も折り重なるようにして、僕の上に倒れこんできた。

 再び、僕と月城の鼻と鼻がぶつかってしまいそうなほどの距離。

 ベッドが二人分の体重を受け、ギシ……と沈み込む。

 これはマズイ。

 殺られる。

 時間逆行の最速記録を更新してしまったか……?



「……あたしたち、会ったことある?」


「え?」


「あたし、あなたにどこかで会った事がある気がするの」


「ぼ、僕は初めてだけど……」


 僕はそう言って、視線をすこし逸らす。


「ウソ」


「え?」


「あたし、ウソをついてたら、ウソをついてるってわかる」


「汗をなめなくても……?」


「汗……?」


「あ、ごめん、こっちの話だから……」



 あまりの事に動揺しすぎて、思わず取り乱してしまったが……マジかよ。

 そんな特技があったなんて聞いてない。それに、ウソってどのくらいまでわかるんだ?

 シンプルにウソかホントかだけを判別するのか、なぜ、どのようにウソをついているのか……までわかってしまうのか。

 だとすれば、これ以上の問答は危険。

 僕は黙秘権を――



「黙っててもわかる」


「な!?」


「あたしは言葉を聞くんじゃなくて、その人を見て判断する。だから、誤魔化しは効かない」


「んな、バカな……」


「じゃあ、最初の質問。あたしたち、会ったことある……?」


「はじめまして、です」


「……そう。会ったこと、あるんだ」



 ヤバい。マジでバレてる。

 このままここにいても状況は悪化するだけだ。

 はやくこの保健室から出ていかなければ。

 僕はベッドから急いで降りようとするが――

 ガシッ。

 月城の細く、白い指が僕の手首を、がっちりとホールドしてきた。

 逃げられないし、動けないし、ギリギリとしまって若干痛い。

 まるで万力のように、抗えない力で僕の腕を締め上げてきている。

 こいつ、この力はどこから来ているんだ!?



「ふたつ目の質問」


「ま、まだあるんですか……!?」


「あたしが誰か、知ってる?」



 さて、どう答える。

 さっきはウソをついてそれを看破された。……ということは、今度は逆に、本当のことを言ってみたらどうだろうか。

 黙ってもバレる……それは即ち、結論ありきで質問をしているからではないだろうか?

 よし、ここは虚を突いて――



「し、知ってる……けど……?」


「……うん。それは本当みたい」


「……あれ?」



 アホか。僕、アホか。

 やっぱり、こいつの言ってることは、デタラメでもなんでもない。

 こいつには本当に、僕の言っている事の正否がわかるのだろう。

 だとすれば、是が非でもここから脱出しなければならない。

 ……いや、ちょっと待て。

 そもそもこいつは、僕の事をある程度知って――違う。そうじゃない。

 こいつはもうすでに、僕の正体を、突き止めているのかもしれない。

 だとすれば、これは尋問ではなく、裏どりという事になる。

 もしここで、全てが白日の下に晒されてしまえば、それこそ何もかもが水泡に帰してしまう。

 それだけはなんとしても阻止しなければならない……んだけど、でも、だからといって、僕にこの状況から抜け出す術はない。

 やはり、もうあきらめて時間逆行をするしか――



「み……っ、みっつめ。あなたがあたしの運命の人?」


「へ?」


「……ようやく、みつけた」



 ウンメイノヒト……?

 こいつ、いま運命の人って言ったか?

 僕の事を?



「あ、あの……? それは……どういう……ことでしょう……?」


「……1、あたしは会ったことがないけど、あなたはあたしを知っている」


「え……っと……」


「2、あたしのことを勇者だって知ってる。いままで、誰にも言ったことがないのに」


「え? ああ、うん……」


「3、だから、あなたはあたしの、運命の人」


「うん……、うん?」



 話が飛躍し過ぎているため、いまいち要領を得ないが……つまり、これは……どういうことだ?

 何が起こっているんだ?

 僕はこれから、殺されるのか?



「……どうかした? ぼーっとして」



 そう言って、月城は僕の目を覗き込んできた。



「ちょ、ちょっと待って、いまいち状況が理解できない。整理させてくれ……」


「うん」


「その前に、まず僕からどいてくれる?」


「うん」



 月城はそう頷いてみせると、ゆっくりではあるが、僕の上からどいてくれた。

 僕はゆっくりと上体を起こすと、ベッドの上に座るような形で、立っている月城と向かい合った。



「……えっと、君は一体……?」


「あたしは月城結菜。勇者してる。……いまさらこの情報、言う意味ある?」


「そ、そっかー、勇者かー、ふーん? ロールプレイングゲームのやりすぎかなー?」


「そういうのは、いい。白々しい」


「ぐぬ……! そ、そんな勇者様が、僕なんかに何の用ですか」


「……最初は、なんでさっき、『魔王』って言ったか、訊きだそうとした」


「ま、魔王? そんなこと、言ったっけかなー?」


「……それで、ここまで来た。けど……」


「けど……?」


「あなたを見ていると……、運命を感じた」


「う、運命……すか……」



 いきなり何を口走っているんだ、このちんちくりんは……と思うかもしれないが、そんなことはない。

 僕だって、こいつに運命を感じている。

 ただ、ロマンス的な運命ではなく、フェイト的な……所謂いわゆる因縁とか、そういう意味での運命だ。

 なにせ、魔王と勇者なんだもの。

 なにか、ビビっとくるものがあっても、不思議じゃない。

 ……というよりも、僕も最初こいつを見たとき、直感的になにかを感じ取ったのを覚えている。

 その時は、まさかこいつが勇者だなんて思ってもいなかったが……。



「うん。うまく言えないけど、なんというか……」


「なんというか……?」


「殺したくてうずうずしてる」


「うん?」



 コロス?

 ちょっと! 今この子、殺すって言わなかった?

 物騒だよ!



「……あなたは、あたしを殺したいと思う?」


「……へ?」



 突然のよくわからない質問。

 そして、不意に僕の手が月城に掴まれる。

 そうすると、月城は僕の手を掴んだまま、ゆっくりと自分の首元へあてがった。

 右手人差し指がちょうど、首の横、頸動脈に触れている。

 月城の血管が、とくんとくんと脈打っているのがわかる。

 こいつ、自分が何をやっているのかわかっているのか……!?

 ――僕の両手はいま、月城の細い首を掴んでいる。

 月城は魔力で首を防御している気配はない。

 生身の……ただの首。

 やろうと思えば……力を込めれば殺せる。

 僕の、初代様の悲願が果たされる。

 だけど――



「え?」



 冷たい感触が手の甲を伝い、僕はハッとする。

 涙……?

 僕は顔を上げ、月城の顔を見た。

 その一瞬、僕の脳裏に、なにかがフラッシュバックする。

 捉えどころのない、フワフワしたもの。

 その輪郭さえもよくわからない。

 ――ただわかるのは、僕は手に、一切力を込めることが出来なかった。

 


「……でも、安心して。あたしはあなたを・・・・殺したりはしない」


「え、ど、どういう……?」


「あたしのお母さんもそうだった」


「そうだったって?」


「お父さんを殺したくて殺したくて……たまらないほど愛してたって、言ってた」


「それはなんとも歪ん……素敵だと思います」


 

 しまった。

 魔王ともあろう者が、相手の顔色を窺ってしまった。

 それも、よりにもよって勇者の顔色を。

『歪んだ愛だ』

 なんて言えなかった。

 もはやそれは、歪みすぎて、愛とは呼べないのではないだろうか。

 みたいなことも言えなかった。

 なんでそこでヘタレてしまうんだ、僕は……て、ちょっと待てよ。

『愛』というものが、こいつにとって『殺したくてたまらない対象』だということは、こいつの言う運命って、因縁的なものじゃなくて――



「あの」


「なに?」


「僕の勘違いだったら申し訳ないんですけど……その、僕って今、告られてます?」


「ん、反省……言葉足らずだった。本当は色々と、言っていい事と悪い事があったけど……あなたに会えて、ごちゃごちゃになったの」


「そ、そうだよね。勘違いも甚だしいよね。ただちょっと、脳みそにビビっと電気が走ることなんて、よくあることだもんね」



 やべえ、何を言ってるかわからねえ……。



「だから決めた」


「ん?」


「これは告白。あたしの運命の人、絶対にあなたを殺して・・・、救ってみせる」


「……え?」



 トス――

 胸に広がる熱い感触、冷たい感触、痛い感触。

 それがどんどん全身に行き渡ってゆく。

 次第にポタポタと、とめどなく僕の胸から溢れ出ていく。

 これが……恋?

 なんて、悠長なことなど言ってられるはずもなく、僕は、魔王は――胸にナイフを突き立てられていた。

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