第3話 終わりの始まり
夢を見た。
とても幸せな夢を。
そして、なぜかここ最近よく見る夢を。
――いや、いつからだろう?
それは定かじゃない。
僕が誰かと一緒にいる夢。
それはとても幸せな時間で、かけがえのない時間で、失われた時間で――
失われた?
なぜ?
……思い出せない。
僕の隣には、一人の白い髪の女性がいた。
名前は知らない、顔も何も思い出せない。
ただ、とても大切な人だという事はわかる。
その大切な人と、ただ、同じ時間を過ごしている夢。
何もいらない。
ただ、彼女がそばにいる、それだけで、満足だった。
でも、最後は結局、離れ離れになってしまう。
そんな夢。
悲しい夢。
「さま……おう……ま……」
「ん……」
手のひらに何かを押し付けられる感覚。
そしてこれは……女性の声……だろうか。
女性の声が、どこかしらから聞こえてくる。
なんだろう、何を言っているかよくわからない。
「おう……さま……まおう……さま」
僕を呼んでいるのだろうか……?
しかし、瞼が重くてなかなか持ち上がらない。
「――魔王様。寝ころんだままゲームをしていたら、目が悪くなりますよ」
突然、頭が覚醒する。
目がぱっちりと開かれる。
さきほどまでのフィルターがかかっていたような声が、クリアに、はっきりと聞こえるようになる。
「……(タイムリープ)成功だ」
「え? 何がですか?」
「あ、いや……えっと……」
聞き覚えのある声。
言い淀み、僕は眼球を縦横無尽に動かし、現在、僕の置かれている状況の把握に努めた。
どうやらこの時間の僕は、ソファの上で寝転がって、足まで組んで、ポータブルゲーム機で、ギャルゲーを遊んでいたようだ。
ゲーム画面には、巷で大人気の恋愛ゲーム『デッドオアラブ』のヒロインで、僕のバーチャル彼女、『詩織ちゃん』が、いまかいまかと、その手に持ったサーベルで、主人公である僕の首を刎ねようとして来ていた。
「あの……告白成功って意味だ……」
「はぁ……、またゲームの話ですか。いいですか、魔王様。そもそも貴方様は――」
僕は未だ戦闘態勢を解いていない詩織ちゃんを無視し、手に持っていたゲーム機を手近にあった木製の、小さなテーブルに置いてソファの上に座り直した。
ここは……どうやら、旧魔王城のようだ。
記憶が曖昧なのは、この部屋が見渡す限り殺風景で、なんの面白みのない部屋だったからである。
思い出した。
僕が今いる部屋は、僕の部屋ではなく……、目の前にいる、魔剣士ベリアンヌの部屋だったっけ。
魔剣士ベリアンヌ。
腰まである長い、クセのある黒髪を大雑把に後ろで束ね、牛乳瓶の底のような眼鏡をかけている。
この、極端にやる気を削がれる蒸し暑さと、外から聞こえてくるセミの鳴き声から察するに、季節は夏……だというのに、着用している長袖の赤い芋ジャージは、あごのところまでファスナーが止められている。
よく見てると、襟元は何度も洗濯と乾燥を繰り返したせいで、だるんだるんにヨレていた。
しかし、ぱっと見、ダメな休日のOL風な外見で、およそ太陽とは敵対位置にある引き籠り属性のヤツに見えるが、その実、ちらりと覗く手や顔はこんがりと、健康的な、色をしている。
――というのは、ウソで、こいつは元から浅黒いのである。
ベリアンヌは一見、普通の人間のようにも見えるが、れっきとした魔族で、その証拠に、耳の先端が人間よりも長く尖っている。
ちなみに、こいつは種族でいえば、ダークエルフに相当する。
四戦士随一の剣の使い手であり、その絶技たる華麗な剣技の数々は、近所で剣道教室を開くほど。
会費はひとりあたり、月5000円。
これも立派な、魔王城運営資金の一端を担っている。
あと……、そうだ。
大事なことをひとつ、言い忘れていました。
勇者とか魔王とか魔族とか、1話目から、ものすごくファンタジーぽいことを言っていますが、僕たちが現在、住んでいるのは、日本の東京というところです。
21世紀です。
我々魔王と勇者の因縁は、続きに続いて、ついに道行く人々や果ては魔族までもが、スマートフォンをいじくり回す時代まで長引いてしまったわけです。
世界のこの現状を見てわかる通り、度重なる魔王軍の敗北によって、人間たちは繁栄と栄華を極め、現在に至っているわけです。
ちなみに現在の僕は、公立高校に通っている高校生だと思われます。
今はまだ何年かはわかりませんが、僕と勇者が戦っていたのは、高3の夏くらいだったと思います。だから、たぶんそれからすこし遡った感じかと思います。
ややこしくて申し訳ない。
ちなみに、ここ、魔王城も冒頭で出てきた、荘厳で怪しい雰囲気の洋城ではなく、とある路地にひっそりと建っている雑居ビルです。
そこを買い取って、魔王城(仮)としてやっていってるワケです。
この頃の魔王軍は資金繰りに難儀していまして、僕も、週3で時給850円の、スーパーでバイトなんかをしていたと思います。
ええ、都の最低賃金を割っています。
もちろん、他の四戦士も各々の得意技を活かして、金策に腐心してくれています。
目の前の魔剣士ベリアンヌはさっき言いましたが、剣道教室の師範。
宰相ハルゴンは、大企業の敏腕営業サラリーマン。
怪力無双のアトモスは、その怪力を活かし、プロ野球チーム
魔導士ザブブは、今をときめくアイドルグループ『SEKAI☆征服』のセンター
(他にも手下はいるが、特筆すべき職業に就いていないため、省くものとする)といった具合です。
一見すると、有名剣道道場の師範、大企業勤めのサラリーマン、プロ野球選手、売れっ子アイドル、スーパーのアルバイトを擁する、一切、隙のない魔王軍布陣……ではあるが、決定的ともいえる、欠点があった。
実戦においての戦闘経験が、ほぼ皆無だという事と、人間の生活に馴染みすぎている、という点だ。
僕がそれに気が付いたときには、すでに僕の目の前には初代様がいた。
つまり、死んでいたのだ。
……いや、べつに勇者に討伐されたとかじゃなくて、お買い物に行く途中、ダンプカーに突撃されてしまったのである。
それはもう、HPゲージが一瞬で減ってしまうほどの衝撃だった。
そして僕は、勇者とは全く関係のないところで、呆気なく死んでしまっていた。
これに関しては、魔王も普通に死ぬという、貴重な情報を得ることが出来たから良しとする(決して、僕が歴代最弱の魔王だったからだとか、そういうのは微塵も関係していないことを、ここで断言しておく)。
その時、僕の体は四散し、見事、初代様のいるヘンテコ空間まで飛ばされたのだが……、僕だって最初は、あんなしょぼくれた老人を初代様だなんて信じていなかった。
でも、それも、実際に生き返るまでの間の事。
初代様の
しかし、僕も魔王とはいえ現代っ子。
勇者と魔王との血なまぐさい、血で血を洗うような因縁なんて、できれば関係なく、無視して生きていきたかった。
そして、あわよくば好きなことで生きていきたかった。
――と、考えていた僕は救いようがないほどに愚かだったのだ。
一番最初……、つまり、はじめて時間逆行を体験して現代へと戻ってきた僕は、初代様の忠告を無視し、こともあろうに、これまでと変わらない、普段通りの生活を送ってしまったのだ。
『魔王とか、勇者とか、んなこと、知ったこっちゃねえ』
……とまあ、今思うと、あの頃の僕は少し尖っていたと思う。
というか、若干グレてたと思う。
そして、そんな僕は思い知らされる。
結局、いくら尖っていても、社会という名の紙やすりは、そんな僕の尖った自尊心をいとも簡単に、かつ、無慈悲にザリザリと削っていくのだ。
端的に言うと、僕には死の運命が付きまとっていた。
もうすこし具体的に言うと、僕はなんの因果か、ダンプカーと引き合う運命にあるという事だ。
そして、さらに具体的に言うと、僕はある時間を境に、それ以降の
どこにいても、なにをしていても、およそダンプカーが入り込めないような場所にいても、僕はなぜか、ダンプカーにひき殺されてしまうのだ。
初代様曰く、これは因果かなにかが関係している……とのことらしい。
そして、実際に起こってしまったことは、時間逆行して、なんらかの対策をとっていたとしても、よほどのことがない限り、その事実は捻じ曲がらないという事だ。
『タイムパラドックスを起こすことは容易ではない』
これは、初代様から賜った有難い言葉のひとつである。
身も蓋もないとは、まさにこの事だ。
したがって、先ほど僕が勇者の凶刃によって倒れたように見えたのは、じつは直接的な死因ではない。
1話で『ドカン』という音が鳴っていたのを覚えているだろうか。
あれはたぶん、魔王城にダンプカーが追突した音だろう。つまり、僕はあの後、勇者に切断された後、ダンプカーにひき殺される……ということになる。
しかし、初代様は同時に、この救いようのない状況においての打開策も提示してくれた。
それが『勇者の打倒』である。
なぜ、
僕がダンプカーにひき殺されるという未来も、そういうふうに消えてなくなる……かもしれないらしい。
――以上が、平和主義者な僕が勇者と戦う理由である。
「――ちょっと、聞いてますか? 魔王様」
「え? なにが?」
どうやら、僕が回想を挟んでいる間に、この褐色魔剣士はずっと僕に説教垂れていたらしい。なんて暇なやつなのだろう。
「よいですか、貴方様はいずれ、わたしたち魔族を背負って立っていく身。そのような有りもしない幻想に身をやつしていては、やがて身も心も滅んでしまいますよ?」
「いやいや、ただギャルゲーやってただけだよね。なんでそこまで言われないとダメなのさ」
「……そもそも、なんなのですか。その『ぎゃるげえ』なるものは」
「え? ああ、そこから? えっと、これはね――」
「いえ。仰っていただかなくても結構です。存じております。生身ではなく、ただの平面……絵に対し、あれこれと世話を焼き、あまつさえ、それに恋愛感情を抱き、最終的に夢と
「ま、まあ、大体そんな感じだけどさ……てか、なんか、やけに詳しくない? 独断と偏見も混じってるけどさ」
「そ、そんな事はありませんともっ! これは一般常識です! 義務教育で教授される範囲内です! 誰でも知っている情報なのです!」
そう言うと、ベリアンヌは眼鏡のつるを人差し指と親指でつまみ、慌ただしく、カチャカチャと上下させた。
何か知らんが動揺しているぞ、こいつ。
そもそも、どこに『ギャルゲーとはなんぞや』を教えてくれる、公立の小中学校があるんだよ! ……と素直にツッコんだら、ベランダから飛び降りて昇天しそう。
「……そうだね。必修科目だもんね」
「はい。そうですよ、全くもう。魔王様は勉強不足ですよ。全くもう」
なんなんだこいつ……。
「……それにしても、『ぎゃるげえ』なんて非生産的で、得にもならない行為なのでしょう。それに、そんなことをするなら、もっと現実に目を向けてみてはいかがですか?」
「言うに事を欠いて、娯楽に生産性の有無を問うてきたか……。にしても、現実に目を向ける……ねえ……」
「は、はい。えと、たとえば……、わ、わたしなどは――」
現実に目を向ける。
ベリアンヌの一言でなにか……、なにか、いい案が浮かびそう。
この周で、勇者を打倒できるような、何かが……。
「ムムム……。なにか、出てきそうだ」
「へ……? 便秘……ですか?」
「ちがうわ! 毎日快便だわ!」
「う、うらやましい……じゃなくて! でしたら、なにが出そうなのですか?」
「アイデアだよ。こう……、勇者を……打倒できるような、画期的なアイデアだ」
「はて、勇者……で、ございますか?」
「あ……と」
そういえばこの時って、まだ勇者云々は話していなかったっけ。そもそも、僕を含め、魔王軍の誰も勇者の存在なんて知らなかった時期だと思う。
僕たち魔王軍はこの時、世界征服を掲げるでもなく、ましてや、勇者を打倒することでもなく、ただ『がんばっていきる』という、漠然とした、よくわからない、フワフワとした目標を掲げていたと思う。
実際に、
しかも、見ていると気が抜けそうになる文字で。
……だけど……あれだな。
改めて、客観的にこの状況を精査してみると、魔族とは、大した目標がないだけで、かくも腑抜けた一族になり果ててしまうのか――と、思ってしまった。
そうなってくると、本格的に人間とは変わらないような……でも、嘆きはしない。
なぜなら、僕はこの状況は嫌いじゃないからだ。
そして、さきほども言ったけど、平和主義者な僕は勇者と死闘なんて演じたくはないのだ。
だけど、このダンプカースパイラルを抜け出すためには、勇者打倒は必須。
結局のところ、僕が死ぬか勇者が死ぬか……という二択しか残されていない。
もちろん、僕は死ぬのは嫌なので、死んでもらう役は勇者しかいないのである。
「よし」
そうと決まれば今日中には、あの習字を『打倒勇者』に改める必要がある。
まずは意識改革――と、言いたいところだが、その前に、部下たちには、現在僕が置かれている状況をイチから説明しなければならない。
もちろん、時間逆行という能力も含めて。
「……ベリアンヌ。今後の方針について話したい。部下を……いや、四戦士を集めてくれるか」
「は、はい。わかりました。では、あの三人の今日の予定をすべてキャンセルするよう、伝えますね」
「……いや」
ハルゴンはサラリーマンだから、ある程度融通が利くかもしれないけど……、ザブブとアトモスはどうだろう。ザブブは夏フェスとかなんとかで、この時期は結構家を空けてたし、アトモスはオールスターゲームかなにかがあったような……。
それを無理やりキャンセルさせるのって、ちょっとアレだよな……。
特にザブブのステージをキャンセル……と、なってくると、暴動とか起きかねないし、それの腹いせで住所特定とかされるかもしれない。
「……魔王様? いかがなさいましたか?」
「まあ……、今週中でいっか」
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