第4話 点と線


「――と、いうことで、勇者を倒しましょう」



 一週間。

 なんてこった。

 結局、四戦士全員集まるのに、一週間もかかってしまった。……なんて愚痴はおいといて、僕は時間逆行を含め、初代様とのやり取りから現在に至るまで、その全てを包み隠さず、きちんと、夕飯を食べ終わった後の、なごんでいた四戦士全員に話した。

 あと、ついでに四戦士のひとりに説教しておいた。

 四戦士たちは僕と目は合わさず、各々、なにか考えこんでいるようだった。

 いい加減、毎回毎回、この話をしてからのこいつらの反応も飽きてきたな。……なんてことを考えていると、四戦士のひとりが手を挙げながら、その場で起立した。



「あのー、いいですかぁ?」



 気の抜けたような声をあげたのは、白いノースリーブに、白いフリフリのスカートを着た、見た目が中学生か高校生くらいの女子。

 ノースリーブには、首元から裾まで、縦一列に並んだ、ピンクのフロントボタンが留められており、スカートには、白地にピンクを基調とした、カラフルな色のチェック柄。髪は長いツインテールで、こちらも色はピンク。

 総合的に、とてもアイドルチックな服装をしている、事実アイドルにして魔王軍の四戦士の一人。

 ザブブだ。

 こいつは四戦士の中では、魔法が誰よりも使えてたような気がする。

 今は、『SEKAI☆征服』というアイドルグループで、アイドル活動を行っている。

 その際使用しているのは、『ザブブ』という名前ではなく、『麻布文香あざぶふみか』という偽名。

 ピンクの髪と青い瞳、そしてまるで、人形のように整った目鼻口。

 148センチという低身長。

 その愛され(自称)ボディから放たれる魅惑の声(自称)で、男性のみならず女性のファンも多い。

 ちなみに年齢は不詳。

 魔王である僕でさえ知らないし、聞けない。

 噂では、もうアイドルを始めてから何十年も経っているらしいが、あくまで噂の域で、それも定かではない。

 以前、握手会で、それらについて確認しようとしたファンが、突如として行方をくらませたのは、僕の記憶に新しい。あれは嫌な事件だった。

 外見は中学生といわれても、全く違和感はなく、むしろ、そういう小学生もいるかもしれないのではないか? むしろ、そう錯覚したほうが、色々と幸せになれるのではないか? と、ファンを錯覚させてしまうほど、幼い外見だが、高卒認定は遥か昔に取得している……らしい。もちろん飛び級とかではなく。

 そして本来、この時間は、さっきまで行っていた、ライブの打ち上げのはずだったのだが、急遽、僕の招集に応じてくれた。

 そのため、すこし服装や髪型が乱れており、顔からは若干、疲労の色が窺える。

 この時、ザブブに向かって『経年劣化による心身の疲労』的な事をポロリとでも洩らせば、その時点でこの世界から除外される。

 事実、それを口走ったファンが、突如として行方をくらませたのは、僕の記憶に新しい。あれは嫌な事件だった。



「発言を、許可します」


「魔王様、フミカのライブは見てくれました?」


「ザブブ、僕の話を聞いてくれました?」


「えっと……、新作のRPGの話?」


「いやいや、ちゃんと現実に沿った話だからこれ。なんで新作のロールプレイングゲームの話を、わざわざおまえたちを呼びつけて、この場を設けて話すんだよ」


「え、でも、この前魔王様、『前日からみんなでヨドヤバシに並ぶぞ』って言ってたじゃないですか」


「……そんなこともあったね。でもごめんね、これは真面目な話なんだ」


「ふ~ん、そうなんですね。でもフミカ、勇者とか信じらんないなって」


「……なんで?」


「だって現実味、なくないですかぁ? 勇者とか、ファンタジーかよ! って、思っちゃいますよね」


「いや、でも、それだったら、僕たち魔族とかもさ……」


「え? フミカのおじいちゃんも、おばあちゃんも、おかあさんも、おとうさんも、皆魔族ですよ?」


「うーん……」


 実際、ザブブの言い分はもっともだ。

 というのも、事実、僕も実際に勇者を目の当たりにするまでは、そんなもの、ファンタジーにしか存在しないものだと思っていたからだ。ツチノコやチュパカブラと同類だと思っていたのだ。

 だったら、僕らの存在自体もファンタジーじゃないか、と思うかもしれないが、事実、僕たち魔族はこの人間社会で生活している。

 ザブブがさきほど言った通り、曾祖母、曾祖父、祖母、祖父、母、父から親類縁者、皆さんもれなく魔族だ。

 僕自身、勇者と魔王の大戦については、祖母から聞かされたことはあるが、御伽噺おとぎばなしの類だと思っていたし、祖母も実際に、勇者を見たことはなかったそうだ。

 だから、僕はこの事が起こるまでは、この世界はそういうものだと・・・・・・・・思っていた。

 人間にも国籍や肌の違いがあるように、僕たちのソレ・・もそういう類の個性だと思っていたのだ。

 この世界には、人間と魔族がいて、僕たち魔族は人間に正体を隠して生きている。……それが、この世界の常識なのだと疑わなかった。

 でも実際に、この世界の人間は、魔族の存在など、僕たちが勇者に抱いているのと同じくらい、架空のモノだと思っているのだ。


 ――という、やりとりをザブブとはもうかれこれ、何十、何百回もやってきていたため、いまさらこのくだりを説明するのも面倒くさい。

 あとでさらっと説明しておこう。

 だったらここは、適当に会話を切っておくか。



「……僕が……おほん、この魔王たる我が、このようなちゃちなウソをつくと思うか?」


「う~ん、思いますね」


「……なんで?」


「今日がエイプリルフールだから?」


「もう時期的に、オーガスト8月に差し掛かってるんですけど……」


「じゃあ、オーガストフール?」


「フールはおまえだ。この、おフールバカさんめ。……他に質問は?」


「はいはいはい! フミカちゃん、もうひとつ――」


「ザブブ以外で」


「ブー、魔王様のイジワルー」



 僕がそう突っぱねると、ザブブはわかりやすく頬を膨らませた。



「あの、では自分から……」



 そう言って、次に挙手したのは、高級スーツを着こなし、短髪のオールバックで、銀縁の眼鏡をかけた男、ハルゴン。

 こいつにも、ザブブと同じように『春川権太郎はるかわごんたろう』という偽名があり、普段はそちらの名前を名乗っている。ちなみに、名刺に書いてる名前も春川だ。

 今は仕事終わりのため、ネクタイをだらりと緩めているが、普段はキッチリとスーツを着こなし、出来るリーマン風な外見を必死に取り繕っている、なんというか安っぽいやつだ。……というのも、こいつはぱっと見、目つきがものすごく悪いからだ。

 いや、ぶっちゃけ、目つき云々とかよりも、雰囲気もものすごく悪い。

 どれくらい悪いかと言うと、そこらへんのチンピラが道を開けるほど。

 笑っている赤ん坊も、こいつの顔を見れば泣き出してしまうほど。

 黒服なんて着ていたら、それこそ、誰も寄り付かなくなる。

 だから、こいつはその分、身だしなみに気を付けることで、見た目のいかつさを相殺しているつもり……なのだが、それがむしろ、余計に怖いまである。

 要するに、どう足掻いても顔面凶器なやつだ。

 無常。

 あまりにも無常。

 そして、こいつも四戦士のひとりなのだが、こいつには特に突出した能力はなく、魔力も腕力も剣術も魔族の中では上の下。

 しかし、現にこいつは四戦士という地位を獲得している。

 それはこいつが智将タイプだからだ。

 実際、僕が時間逆行するたびに、あの手この手で勇者を追い詰めてくれていた。

 ……全部失敗してるけど。

 まあ、それはこいつが悪いのではなく、なにか策を弄しても力業で突破してくる勇者のほうに問題がある。……と、フォローしてみる。



「発言を許可します」


「申し訳ありません、お手洗いにいきたいのですが……」


「いけよ!」



 ……このように、こいつはときどき、抜けているところがある。

 そのうえ、表情も滅多に変えないため、何を考えているのかを読み取るのは、ほぼ不可能だ。

 ハルゴンは申し訳なさそうに『申し訳ない』と言うと、そそくさと席を立ち、そのままトイレのほうへ歩いていった。



「はァいッッッッ!」



 食堂に響く、野太い声。

 3番目に手を挙げたのは、アトモスだった。

 怪力無双のアトモス。

 アトモス科アトモス目に属す、世にも奇妙なしゃべるアトモスだ。

 体表で時折、ピクピクと筋肉が痙攣を起こしているが、これが彼らの言語である。

 まさに肉体言語。

 口から声を発す類の言語能力を持たない彼らは、これが唯一にして無二の、他者とのコミュニケーション手段なのである。

 しかし、こと、この四戦士アトモスにおいては、その言語能力の――



「あのッ! いいですかッッ! 魔王様ッッッ!」



 もはや、鼓膜への殴打ともとれる、声の暴力。

 喉だけでなく、そこから発せられた声にさえ、筋力が宿っているのだろうか。

 脳筋ではなく声筋。

 そう錯覚……もとい、聴覚せざるを得ないほどの暴声が、僕の鼓膜から脳へ突き抜けていった。



「うるせー!!」



 パチィン!!

 突如、アトモスと食卓を挟んで向かい合っていたザブブが、身を乗り出し、アトモスの頬に、渾身の平手打ちをぶちかました。

 その平手打ちは、これ以上ないほどにクリティカルヒットし、常人なら頬が腫れあがるほどの威力を有している平手打ちだったのだが、ぶたれたアトモスはいたって平然。

 ピクリとも動いておらず、逆にザブブが腫れた手を押さえて、悶絶している。

 アトモスはそんなザブブを、一切意に介さず、そのまま続けた。



「なんかッ! いまッッ! ものすごく俺の事、バカにしてませんでしたかッッッ!」



 初代様といい、なぜこいつらはこんなにも無遠慮に、ずかずかと他人の心を読んでしまうのか。

 魔王にはプライバシーというものが存在しないのだろうか。

 それとも、僕の表情が、言葉よりも遥かに雄弁にモノを語ってしまっているのだろうか。



「語ッてますッ!」


「うるせー! てか、べつにバカにはしてません」


「魔王様ッ、こういうのホントッッ、第一印象ッて大事ですからッッッ!」


「だッたらッ! まずッッ! その、バカでかい声で喋るのをやめてくれませんかねッッッ!?」


「御意ッ!!」



 アトモスは、今まで僕が耳にしたことのない声量の『御意』を空気中に爆散させ、そのまま押し黙った。

 しんと静まり返った食堂の天井からは、パラパラと細かな埃が舞い落ちてきた。


 アトモス。

 ベリアンヌの着用している芋ジャージとは一線を画す、動きやすさ、通気性、肌触り、吸水性に優れた、アスリート専用のジャージを着用している大男。

 というか、事実、アスリートである。

 アスリートであり、脳筋であり、ゴリラであり、上腕二頭筋及び、下腿三頭筋。

 というか、もはや筋肉の塊。

 というか、もはや筋肉そのもの。

 四戦士の中では、その外見の通り、自らの肉体で戦う『武』に長けており、一通りの魔武術の心得がある、生粋の武人。

 ちなみに魔武術というのは、人間の体の破壊のみを視野に入れ、貪欲に追求した、魔族による魔族のための武術だ。現在、魔武術を使えるのは、目の前のアトモスだけ、と自身で豪語している。

 だが、その本業はプロ野球チーム叛神の四番打者。

 アトモスの代名詞である、その、有り余る筋肉から放たれる、『殺人ピッチャーライナー』は数多くの投手を屠ってきたが、本人曰く、故意ではないうえに、手加減はしているとのこと。

 まあでも、実際、手加減をしなかったら、ピッチャーの胴体を突き破り、そのまま背後にある電光掲示板もぶち抜くだろうから、手加減はしていると思う。

 選手名はそのままの『アトモス』

 普段は日本語ペラペラなクセして、投直ピッチャーライナーが出た時だけ片言になる畜生芸が得意技。

 なぜ野球選手になったかは分からないが、今現在、我が魔王軍において、一番の稼ぎ頭である。

 ちなみに、今はシーズン中だが、試合は明日からのため、こうして魔王城に戻ってきている。



「改めて、いいですか。魔王様」


「はいはい、どうぞ」


「明日の野球観戦チケット、特別席を確保できたんで、来ますか?」


「おま!? ……なんでオマエラはこう……話を脱線させたがるんだよ! 一向に前に進まないじゃん! こっちはやる気出してんのにさあ! 君たちがやるやらないの確認もできないしさ! なんなのまじで! どうすんの? これ、どうすんの? 僕の気持ち、どうすんの!?」


「え、来ないんですか?」


「行くわ! 観戦しに行くわ! 勝てよ!? 絶対! 負けた後の一塁側の雰囲気嫌いだしさ! あと、球場の飯高いから割引券もください!」


「御心のままに……」



 アトモスはそう言って離席し、僕に跪いてみせた。



「……あの。すこし、よろしいでしょうか――」



 最後に手を挙げてきたのは、ベリアンヌだった。

 右手でスっとビン底の眼鏡を上げるが、そのレンズに亀裂が入っている。

 おそらく、さきほどのアトモスの怒声で割れたのだろう。

 そこから覗かれるダークエルフ特有の、色鮮やかな紅眼が、まっすぐに僕を捉えていた。



「私たちは魔王様の手であり足であり、下僕です。魔王様が右と仰るのなら、右へ。上と仰れば上へ。勇者を討伐しろと仰るなら、それに付き従うまでです。魔王様は私たちのとって、絶対的存在。……ですので、私たちの顔色などは窺わず、己が考えのまま、覇道を邁進していただきたく存じます。もちろん、何かを問われればそれなりの意見は申し上げますが……」


「えっと……?」


「つまり、フミカたちに気を使う必要なんてないってことですよ。魔王様」



 ザブブにそう言われ、ベリアンヌとアトモスを見る。

 ふたりは僕に対し、しっかりと頷き返してきた。



「……え? あ、うん。ありがとう。なんか、ごめん」

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