第二十二話 魔王よ倒れてしまうとは情けない
「……………………ぐ」
どこだ、ここ。ああ、市庁舎の地下室か。
どれだけ気絶してたのか。一晩くらい寝た気もするが、どうやらほとんど時間は経っていないらしい。
「ホホホホホ。ロビンがやられてしまいました。おそらく、宣戦布告書も全て処分されてしまうことでしょう。確かに、ワタシの策は潰されてしまいました」
癇に障る笑い声が、頭上から降ってくる。
「まあしかし、それもよいでしょう。こうして『元』魔王陛下の身柄を確保できたのですから、また別の策を練ればいいだけの話です」
「…………ぐ、ぬぬ」
「おや、起きていましたか? 完全に意識を奪ったつもりだったのですが、さすがは『元』とはいえ魔王、さすがですねえ」
「……元元って、うっせーな」
元魔王だって散々言い張ってたのは棚の上に放り投げて、悪態をつく。しかし、それが精いっぱいで指一本動かすのも困難だった。
いったい、何が起こった? 確か、ベルーカが俺たちと別行動をとっているとしったカゲが動揺を見せて、俺はチャンスだと思って、それで……
「ホッホホ、不思議そうですねえ」
カゲの高笑いが、痛む頭に響いた。
「ワタシの心に隙ができたから、幻術を使ったんでしょう? 見事にかかったと思って気を抜いた貴方の顔は傑作でした」
そうだ、そうだった。確かに幻術がかかったという手ごたえを覚えて、油断したのは自覚がある。その直後、カゲから魔術攻撃を受けて俺は気を失ったんだ。
「……て、テメー、なんで幻術にかかっても平気なんだ」
あの時の手ごたえは会心のものだった。間違いなく幻術はかかったはず。幻術にかからないでピンピンしてるなら分かるが、かかった上で平然としているのは訳が分からなかった。
「ワタシを舐めてもらっては困ります。前々から、貴方とはいつか戦うことがあるかもしれないと予想していて、きちんと対策を練ってきたのですよ。そう、幻術破りの術を磨いてきたのです」
「……そうかよ」
普通は幻術にかからないように、心を強くする方向で鍛えるもんだろうに。一度幻術にかかった上で打ち破る魔術を身に着けてたとはな。
決まったと思って油断した俺に一撃をかます、その流れを作るためだけにそれだけの労力を費やしたとか……
「脱帽もんだよ。普通はそこまでやらねー」
「ホホ、そんなに褒められると照れますな」
「イヤミだっつーの」
吐き捨てたものの、相変わらず体に力が入らない。かろうじて動く指先で、レンガ敷きの床をひっかくだけだった。
「さてさて、お仲間がやってくる前に撤収しなくては。では『元』陛下、もう一度気絶して頂きましょうか?」
カゲはねちっこい笑みを浮かべて俺の頭に手を伸ばしてくる。今度こそ完全に意識を立つため、直接手を触れて魔術を使用するつもりだ。
……上等だ、来やがれ!
そんな思いが読まれたのか、カゲは手を止めた。
険しい目で見つめるのは、懸命に床をかく俺の指だ。
「まったく。こんな時ばかり往生際が悪い」
ため息をついてカゲが指を振ると俺の手に衝撃が走った。ずっとひっかいていた床のレンガが爆発したのだ。
「床に魔術をかけておりましたな? 何の魔術か知りませんが、無駄な抵抗をして面倒をかけないでいただきたい」
「……チッ」
砕けたレンガの破片を握り締め、舌打ちを漏らす。今ので、仕込んでた魔術は完全に消された。警戒された以上、新たに魔術を使うことはできないだろう。よっぽどの隙を見せてくれれば話は別だが、期待できない望みは持たないに限る
……代わりと言っちゃなんだが、体が動くようになってきた。
「め、面倒なのは俺も嫌いだからさ、そう思わせてんなら悪いと思うんだよ」
腕に力を込めて上体を起こしながら、俺は薄ら笑いを浮かべて話し始めた。
「ほうほう、自分が嫌なことを他人にしてはいけない。大切なことですね」
眉をクイと持ち上げて、カゲが応じる。ノリはいいが、油断してくれてるわけではない。贅沢を言いたいところだが、ノッてくれてるだけありがたく思わなければならない。
「けどさ。テメーがやってることで、世の中の人間どれだけが面倒な目にあってるかって話だよ。俺がこの一晩に関わっただけで、両手両足の指を数人分は使わなきゃ数えられないんだぜ」
やっと神経が通ってきた足を立ててみる。ちょっとくらいなら、体重をささえてくれそうだ。
「心苦しい話ですなあ。しかし、これも大義のため。必要な犠牲というものですよ」
太ももの筋肉に意識を込めて、ぐっとひと踏ん張り。よし、立ち上がったぞ。
「この調子で面倒ごとを撒き散らされたら、もっとヒドイことになるのは目に見えてる。だったら、目の前の面倒を我慢してでも頑張らなきゃなんねーだろ。それこそ、テメーが言うところの『必要な犠牲』ってやつなんだよ」
おっとっと。立ち上がったのはいいが、すぐよろめいてしまう。バタバタと転げるように後ろへ倒れ込み、不格好にも出入り口のドアに背中から衝突して崩れ落ちた。
「ホッホホホ。ご立派ですなあ。しかし、そんな情けないお姿で何ができるというのです?」
そうやって笑ってられるのも今のうちだよ。
腹の中でほくそえんで、俺は手の中にあったレンガの欠片をカゲの足元へ投げた。
「何ですか、これは? 何やら魔術をかけているようですが、こんなに弱々しくては赤子の手すらひねれませんよ」
ご指摘をありがとよ。でも、これが警戒に引っかからなかった時点で俺の勝ちだ。
「手をひねる必要はないのさ。それはただの目印だからな」
「……目印?」
何のことだ、とカゲは眉をひそめた。
宣戦布告書やベルーカのくだりは半分ほどノリで付き合ってくれたみたいだが、今度は本当に分からないようだ。
「ほうら、耳を澄ませてみな。……聞こえてきたぜ」
カサカサ、コソコソ
ささやかな音だが、ここは何もない地下室。俺たち二人が黙り込みさえすれば、はっきりと聞こえた。
「……ッ!? こ、この音は…………!!」
気付いたとたん、カゲの顔色が変わった。正真正銘の動揺だ。
音の出どころは、さっきレンガを砕かれてできた床の穴。カサコソと音を立てながら、小さい何かが這い出してきた。
「ま、ままままさか、さっきから使ってた魔術は……!?」
「やっと気づいたのかよ、先生」
ニンマリ笑ってやった。
そう、意識が戻ってから床のレンガにかけていた魔術も、そこの欠片にかけてある魔術も、俺たちの思い出。――虫寄せの術だ。
続々とレンガの欠片へ、つまりカゲの足元へと這い寄るアリやムカデやダンゴムシ。やろうの顔色が悪くなっていくのを見るのは、最高の気分だった。
「こ、こここ、この程度の虫でワタシを倒せるとでも!? たとえ幻術にかかったとしても、ワタシには幻術破りがある!」
震える声で言われても説得力はないが、ダメ押しをくれてやるか。
「あのさ、先生。俺もあんたと戦うって決めてきたんだから、ちょっとは準備をしてるんだよ。たとえば、こんなのとかな」
言って、ドアを開けて見せる。そこには、地上に繋がる階段から降りてくる大勢の兵隊たちの姿があった。
「ハエにゴキブリ、便所コオロギ。人が住む建物にはつきものの皆さんだ。ドアの前に虫寄せ術を仕掛けて待機してもらってたんだが、いやあデカイ建物だけあって、数が多いね」
「ひ、ヒヤアアアアアアアッッッ!!?」
今度こそ、カゲは完璧に腰を抜かした。
カゲでなくとも気の弱い者なら気絶しかねないような数の虫たちが、そろってレンガの欠片にかけた最低限の虫寄せ術に惹かれるように、カゲの方へ集まっていく。
「な、ななな舐めるなぁ!!」
カゲが一声吠えると、虫の大半がかき消えた。ありゃりゃ。
「ほ。ホホホホホ! やはり幻術でしたか。ワタシをたぶらかそうなどとは百年早い! さあ、残りも一掃してあげましょう」
いいハッタリだと思ったんだがなあ。実は本物の虫は最初の少数だけで、後のゴキブリやらハエやらは俺が見せていた幻覚だったわけだ。
幻術を見抜いたカゲはいい気になって、炎の魔術で現実の虫たちを焼き払っている。
「最後の悪あがきも無駄に終わったところで、覚悟してもらいま、す……よ?」
調子づいていたカゲの顔が、またも固まった。
チラ、と自分の右肩を見ると、白い糸が引っ付いている。
ツ――、と天井からもう一筋、垂れて来たいとがカゲの頭に掛かった。
「ホ、ホホホホホ。どうせまた幻術……」
ひきつった笑い声で幻術破りを使うカゲだが、今度は消えなかった。それどころか、どんどんと糸は影の体に絡みついていき、地下室の天井や壁ともつながって大きな蜘蛛の巣を形成した。
「な、なんだこれはぁぁ!? 幻術破りで、なぜ消えない!?」
「へ、へへへ。そりゃお前、俺の幻術の方が強いからだろ」
会心の笑みで答えてやれば、カゲは狂ったように叫び始めた。
「馬鹿なぁぁぁぁぁぁ!!? これは幻だ、幻なんだ。早く消えろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
絶叫しても無駄だ。
改めて幻術を上乗せしてやれば、カゲは散々わめいたいたすえに泡を吹いて気絶した。
***
「……クモ、ナイスアシスト」
実在する蜘蛛の巣に巻かれてうなだれているカゲを横目に、俺はどこへともなく声をかけた。
「いえいえ、モブの足止めだけでは物足りないと思っていたところでございます」
いったいどこにいたのか、クモが姿を現した。
最後の最後、カゲを捕らえた蜘蛛の巣。あれは幻術じゃなくて、気配もなく近づいたクモが粘糸を吐きかけたのだ。カゲも冷静だったら気付いたろうが、虫の幻術を受けた直後で動揺を抑えきれなかったヤロウは、俺の幻術が現実と区別つかないほど高性能だと勘違いしてうまいこと騙されてくれたってわけだ。
「ああ、終わった。もう寝てもいいよな」
「はい、お疲れ様でした。後始末はワタクシたちにお任せくださいな」
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