第二十一話 新旧勇者の対決

 再び場面は変わり、市庁舎の三階は市長室。

「死にたくなかったら、早く外に出なさい!」

 突入とほぼ同時に射ち込まれてきた矢を間一髪で避けたレイカは、一瞥もくてずにベルーカの影武者として用を失った盗賊に一声かけた。

「ひ、ひい!」

 小柄な男が命からがら室外へ逃げ出す気配を感じつつ、矢を放った人物を観察する。

 長身の女性だった。小麦色に日焼けした肌を惜しげをなくさらしているが、不思議といやらしくは見えず、野生の獣にも似た健康的な美しさが感じられた。

 そこらの男と比べても突出するであろう上背の持ち主で、その背丈を優に越える巨大な弓を構えているが、何故か射手の背中につきものの矢筒が見当たらない。

「私の矢をかわすとはな。名乗るに値する者と見た。我が名は”神弓”のロビン。貴様は?」

 レイカは身震いした。猛禽のように鋭い眼光に射すくめられたか。いや違う。武者震いだ。

「”炎蛇”のレイカ、参る!」

 名乗りを上げるや、マントを脱ぎ捨て愛用の大剣を抜き放つ。

 それが開戦の狼煙となった。

 ビシッ! と短い鳴弦とともに放たれた矢が喉元に迫る。

 ――弓だけなのに、つがえてもいない矢を射た!? これがロビンの持つ神の加護か!

 驚くヒマこそあれ、レイカは体をわずかに傾けるだけで回避した。正確に射線を見切っている。当然だ、ただの牽制なのだから。

 立て続けに連射がきた。左手右肩へそに両膝、直接当てにくる矢だけでなく、大剣に当てて防御を崩そうとする矢と、避けるであろう方向へわざとズラした矢と、はなから当てる気のない目眩ましの矢と、別々の意味を与えられた無数の矢が殺到した。

 対するレイカは、一言ささやく。

「――炎蛇」

 業火が眼前に出現した。

 炎の大蛇はとぐろを巻き、雨あられと撃ち込まれる矢を全て受け止め、焼き付くした。

 それだけにとどまらない。

 レイカの傍らにはもう一匹の炎蛇が現れ、横から回り込むようにして長身の射手に襲いかかった。

「ッ!」

 ロビンは即応した。

 弓を炎蛇に向けると、思い切り引き絞る。連射ではないパワーの一射は、その貫通力と付随する矢風でもって、炎蛇を一撃で爆散させた。

「まだよ!」

 連射が止んだことで、もう一匹の炎蛇がフリーになった。ユラリと燃え盛る鎌首をもたげて獲物へと食らいつくが、ロビンは床に倒れ込むことで回避。仰向けの状態からの射撃で二匹目も仕留める。

「もらったァ!」

 横になったロビンへ、レイカが走った。

 大剣を振りかぶり、床ごとたたっ斬る勢いで振り下ろす――が、その瞬間ロビンの体が飛躍した。寝ころんだまま飛び上がったのだ。軽業師もかくやという動きを披露するだけでは飽き足らず、無理のある姿勢であるのにロビンの弓は狂いなくレイカに狙いを定めている。

「ああもう、アタシってばこればっかり!」

 うんざりと叫んで、レイカは床に食い込んだ大剣を引き抜くと至近距離から放たれた二連射を斬り落とす。

「なかなか筋がいいな、レイカとやら。ここで私と相まみえることなく、あと数年も研鑽を積めばいい勇者になったろうに。今摘み取らねばならないと思うと残念だぞ」

「うっさいわね! アタシより十かそこら年食ってるだけのクセに……ィッ!?」

 ズンッ!

 顔面に飛んできた矢を避けたら、すごい音がして後ろの壁に刺さった。

 何故だか、さっきまでは満面に好戦的な笑みを浮かべていた女傑の表情が一変している。……いや、笑顔は笑顔なんだが、なんか怖い。

「もしかして、年増なの気にしてた?」

「年増っていうな! 私はまだ28だ!」

「……ああ、いよいよって感じなのね」

「いよいよとかいうなあああ!!」

 わめきながら乱射してきた。狙いは雑になったが、勢いとか殺気とかが三割くらい増していて、レイカは防戦一方に追い込まれる。

 大剣を盾のように構えて矢を防ぎながら、レイカは「あと十年しないうちにアタシもああなっちゃうのかなー」みたいなことを思って悲しくなる。

「……って、そんなことどうだっていいか」

 気を取り直して集中を高める。

「防げ炎蛇!」

 再度、前方に炎の蛇を召還した。

 乱れ飛ぶ矢を焼き尽くし、攻め入る機会をうかがう。

「……?」

 炎蛇の熱で揺らぐ空気の向こうに見えるロビンの姿に、何か違和感を覚えて目を凝らすレイカ――

 ――の懐にロビンが飛び込んできた。

「はっ!? なんで!?」

 向こうにいるんじゃ……とよく見れば、そこにはロビンの大弓が単体で立っていて、自動で矢を乱射していた。

「そんなこともできんの!?」

「ふふん、視界が効かない状況で矢が飛んできていたら騙されても仕方ないが、その原因が自分の炎では世話がないな」

 まさか射手がインファントを挑んでくるとは、と驚きながら応戦するが、レイカの長大な剣はゼロ距離に接近した相手と戦うには大きすぎて、手首に手刀を受けて大剣を取り落としてしまう。

「あ!」と声を上げてしまった時には、後悔しても遅い。隙を突かれて腹に蹴りをもらい吹っ飛ばされる。

「ぅ、くう……」

「勝負あったな」

 腹を抱えて苦しむレイカを、なおも油断なく見下ろしながらロビンは自立する大弓を回収して言った。勝ち誇るでなく、単なる事実を口にしたというような、淡々とした口調だった。

「負けを認めろ。殺すのは惜しい」

「……ま、まだ終わってないわよ、オバサン」

 ピキ

 ロビンのこめかみで何か音がした。

「上等だ小娘ぇ!!」

 猛々しく吠えて、大弓を引きしぼった。先ほど炎蛇を一射でかき消したのよりもさらに強い。フルパワーを込めているのは見ただけで分かった。

「……そこまで怒んなくてもいいじゃない」

 挑発しといてなんだけど、と呆れてしまうのはさておいて。

 ――それを待っていた。

「炎蛇!」

 三度目となる炎の防壁が現れた。

「馬鹿め、無駄だ!」

 ロビンが嘲笑うが、当然レイカだって分かっている。だからもう一言、呼んだ。

「来い!」

 呼び声に対して、炎蛇は完璧に応じる。……防壁になっているのとは別の方が、だ。

 今まさにロビンが渾身の矢を放とうとした瞬間だった。ゴウとうなりを上げて飛来したレイカの大剣が、弓矢の射線上に割り込んだ。

 カキーン! と甲高い音を立てて大剣は弾け飛んだ。重量級の鋼鉄武器に当たったことで、ロビンの矢は軌道を逸らしてレイカを射抜くことができぬまま壁に大穴を開けた。

「くっ!? な、何が……!?」

 ロビンに初めての表情、狼狽が浮かんだ。

 レイカの加護は、炎の蛇を二匹まで召還し操る能力である。それがどうして、大剣を動かすことができたのか……。

 疑問はしかし、役目を果たして床に転がる大剣に一筋の紅蓮が巻き付いているのを発見したことで氷解した。

「あれは、炎蛇か!」

「正解!」

 答えを導き出したロビンへ、レイカは称賛代わりにタックルをぶちかます。全力で矢を放った直後のロビンにはかわすだけの余裕がなかった。

「アタシの炎蛇は、炎だけど物を持つことができるのよ。ついでに言えば、大きさを変えることもね!」

 大蛇の炎壁で注意を惹きつつ、こっそり小蛇で大剣を持ち上げたというわけだ。炎の壁はレイカの視界を塞いでしまうのだが、タイミングが合ってよかった。

「種明かしもしたところで、決めさせてもらうわよ。まとえ、炎蛇ァ――――!!」

 ロビンに組み付いたまま、レイカは体にまとう形で炎蛇を召還した。蛇の姿をした火炎は使い手の体を燃やすことはないが、それ以外は容赦なく焼き尽くす。

「グアアアアアアアッッッ!!?」

 炎に包まれたレイカと接触していたロビンはひとたまりもなかった。炎熱を防ぐ手段などもたない彼女はどうすることもできず、レイカが火を消したときには真っ黒になって、ブスブスと煙を上げながら倒れ伏したのだった。

「……ぐ、最後の最後で……油断した、な」

 かろうじてそれだけ言い残し、ロビンは意識を手放した。

「…………ふう。こっちは完了したわ。そっちは頼んだわよ、ご主人さま」

 何とか勝てたものの、レイカの方も疲労困憊だった。その場にへたり込んで、全ての元凶と対決しているであろう主人に思いをはせる。

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