第二十話 策謀粉砕
一方そのころ。
ルネリア北方の街道を三人の男が馬で疾走していた。
行商人風の男を挟んで左右には傭兵らしい護衛が従っている形である。行商人が用心棒を雇うのはおかしな話ではないが、どこか緊張感に満ちているのが気にかかる。
街道には三人の他人影はなく、彼らの異様さに気付くものはいない……いや。
「そこの三人、止まりなさい!」
青い閃光が走ったかと思うと、無人の街道に一人の少女が降り立った。軽鎧をまとい腰には長剣。長い黒髪を勇者特有の型で編み上げている。
「うお!?」
いきなり道を塞ぐ形で現れた少女に、行商人たちは慌てて手綱を引き馬を止める。
「な、なんだよアンタ、危ないだろ!」
「すいません」
馬上から怒鳴られても少女――ベルーカは動じることなく淡々と謝罪して話を切り出した。
「実はこの近辺をテロリストがうろついているらしいです。ちょっと調べさせてもらいますね」
「何を勝手な!? こっちは大事な用事で急いでるんだ。勇者だからって命令されるいわれはない!」
「まあまあ、そう言わないで」
無理に馬を進めようとする行商人をなだめながら、ベルーカは体から青光をこぼし始める。
「な、なんだよ、何をする気だ!?」
神の加護を発動しようとしているのだと悟って行商人は頬をひきつらせ、護衛の二人が身構える。
「時間はとらせませんから、協力してください」
「ふざけるな! いいか、暴力を振りかざせばいうことを聞くと――」
「はい、終わりました」
「――思ったら大間違い……え?」
ブン、と一瞬ベルーカの体がブレたように見えたきり、青い燐光は収まった。男たちが暴行を受けた様子もなく、何も変化は起こっていない。
彼女の手に、仰々しい装飾がほどこされた巻物が握られていることを除けば、だか。
「な!? テメーいつの間に!?」
巻物を目にした途端、行商人は目を剥いて自身の懐に手をやった。
何かを探り、「あれ?」という表情に。それを確認して、ベルーカは一つうなずいた。
「なるほど、そこですか」
再び発光、今度は完全に全身がかき消えて――
斬!
行商人の衣服が斬り裂かれ、懐の内からベルーカが持っていた巻物とまったく同じ品物が飛び出した。
薄刃の長剣を手にしたベルーカは宙を舞う巻物を片手でキャッチし、そのまま器用に開いて書かれている内容を確認。目当ての品であることを確認した後、薄刃を閃かせて粉微塵に斬り刻んだ。
まさに神速の早業。男たちは三人とも、呆然と見ていることしかできなかった。
「て、テメ……なんで、巻物……」
「ああ、これですか?」
舌が上手く回らない男の疑念を察して、ベルーカは自分の懐から巻物を取り出してみせた。
大きさからデザインから、今しがた斬り刻んだ巻物と瓜二つである。
「あなた以外にも、宣戦布告書を運んでる人は何人かいるじゃないですか。その一人から頂戴しました」
「な、何ぃ!? 他のヤツもやられたのか!?」
三人の男は驚愕した。
彼らはカゲの命を受けて宣戦布告書を運ぶ使者だった。追っ手が来ることを想定し、なるべくバラけて追いにくくしたのに、この少女は他の使者を片付けた上でここまで追ってきたというのか。
「なんてスピード……いやそれより、何で俺たちが使者だと分かった?」
「そうですね。皆さん外見は普通の行商人と変わらないですもの」
彼らの疑問も当然だ、とベルーカさうなずいた。しかし、特殊な技法だとか魔術だとかで見分けたというような、テクニカルな話はまったくない。
「朝の開城と同時にルネリアを発った人を覚えて、総当たりで潰してるんです」
「ろ、ローラー作戦だと!?」
またも驚く男たちだが、実はさほど難しいものではなかった。朝一番に旅立とうとする人間は一定数いるものの、その多くは盗賊への警戒などから大勢で固まって移動する。おかげで、一度声をかけるだけで多くの容疑者を取り調べることができたのだ。
「この髪型のおかげで、皆さんとても協力的になってくれました。そうして、まず一人目の使者を見つけてからはもっと簡単です。さっきみたいに巻物をちらつかせれば、実に分かりやすく反応してくれるんですから」
「ぐ、うう……よくも!」
豊かな胸を張ってみせると、男たちは顔を真っ赤にして唸り、自暴自棄になったようにそれぞれ構えを取った。
「死ね! クソ勇者が!」
「――遅い」
何かしら攻撃魔術でも使おうとしたときには、すでにベルーカは神速を解除している。
「さて、つい長話をしてしまいました。まだ東の方に行った人たちが三組も残っているんだから、急がないと」
あっという間すら与えられずに気絶した男たちに背を向け、走り出そうとしたベルーカは、ふと自身の髪に手を触れた。
巻物をスリ盗ったと見せかけることで反応を引き出すワザと合わせて、職質が楽になるから勇者の髪型に戻すようにとアドバイスしてくれたのは、ご主人さまたる元魔王だった。助言の通り効果は抜群だったが、改めて編み込んだ髪型にはどこか違和感がある。
「……昨日まではずっとこの髪型だっのにな」
感慨深げに呟いて、ベルーカは気を引きしめなおすと神速で駆け出していった。
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