第十九話 黒幕との対面

 クモが暴れ始めた気配を背中に感じつつ、俺は単独で下り階段を駆け下りた。あとの二人は上階へと向かっている。

 なぜ俺だけが地下階へ通じる階段を選んだのかといえば、一番下まで下りきった先に広がっていた地下室の景色が全ての答えだった。

「よう、カゲ。来てやったぜ」

 閉ざされていた扉を開け放つと、レンガ造りの壁床天井が剥き出しという殺風景な地下室の中央に独りで立っていた中年男が顔を上げた。

「これはこれは『元』魔王陛下ではございませんか。お出迎えできずに申し訳ありません」

「昨日の夜と同じような挨拶だな」

 慇懃無礼な態度でお辞儀をするカゲに、俺は冷たく返す。

 カゲの周辺には光の板のようなものがいくつも浮かんでいる。板にはそれぞれ何処かの景色が映し出されているが、あれは市庁舎の中か? 板の一枚、廊下の一画を映しているものに、フードを被ったマントの二人組が駆け抜けるのが映った。静止画ではない、リアルタイムということか。指定した場所の定点映像を離れたとこからでも見ることができるようにする監視魔術だろう、とあたりをつける。

「よくぞワタシが地下にいると分かりましたな。迷わず下り階段を選ばれた」

「お前は昔から、暗くてジメジメした場所が好きだからな」

「ホホホ、なんと酷い言われよう」

 余裕の笑みを浮かべるカゲへと、俺はフードを脱ぎながらにじり寄った。

「お前の悪だくみも終わりだ。さっさと叩き潰してやるから観念しろ」

「終わり? 終わりとは異なこと、まだ始まってもいないというのに」

 無駄に芝居がかった仕草で、カゲは反論した。

「貴方が降伏を宣言したせいで、我がミスリラ族の誇りはアダマントに蹂躙されております。まさにこれから逆襲の戦いが始まるというのに、終わらせてなるものですか」

 グッと拳を握って力説し、カゲは急にニンヤリ笑みを深くする。

「まあ、この場を潰されても別に構わないのですがね? もはやワタシの計画は止まらない。何故かと言いますと――」

「当ててやろうか?」

 自慢話など聞きたくないので、早々に遮った。

 言葉に詰まるカゲに向けて、俺は立てた指を教鞭みたいに振るう。

「お前の目的は降伏宣言の撤回と戦争の再開だ。それを達成するための手段で、現状分かっている事とお前の趣味を鑑みればおのずと想像がつく」

 嫌いな人間の思考をトレースするのは不愉快だったが、まあ仕方ない。推理を進める。

 前触れもなく、唐突に市庁舎を占拠した“神弓”のロビン。それは俺を迎え入れる準備だったのだろう。治安維持部隊に加えて統治機構を手中に収めた状態のルネリアに、元魔王たる俺が入城する。なかなかシンボリックなイベントではないだろうか?

「完全に掌握した一大都市と、元魔王という象徴的存在。この二つをそろえれば大々的に戦争を始めるだけの体裁は整う、と少なくともお前はそう考えたんじゃないか? だから、先んじて送り出したはずだ。宣戦布告の文書を持たせた使者を」

「……さすがさすが、本当にワタシのことを分かっていらっしゃる。嬉しくて涙が出そうですよ」

 パチパチパチ

 カゲは大仰に拍手した。その姿は教え子の成長を喜ぶ教師のようだ。顔に張り付いた余裕は、いまだ消えない。

「しかし、分かったところでどうするというのです? 使者は朝一番の城門開放とともに早馬で出立しました。途中で取り押さえられることを警戒して、複数を用意し別々のルートで向かっています。彼らの全てを押さえるためには、軍隊を動かして大規模な検問を敷くしかありませんが、貴方にそんなことが可能だとでも?」

「まあ、無理だな」

 肩をすくめて、あっさりと認める。隠居した俺には軍を動かす権力などないし、あったとしてもそんな時間はなかった。あの盗賊どもを使うのも考えたが、信用できないので却下した。

「俺の数少ない手札じゃ、対処に回せるのは一人が精いっぱいだった」

「……一人?」

 カゲが怪訝そうに眉をひそめる。

 まさか分かってないのか? だとすれば、魔王直下四天王も耄碌したもんだ。

「ここで問題だ。早馬で別々の方向に向かう人数不明の人間を、一人で叩いて回るにはどんな能力が必要だと思う?」

「何を……まさか!?」

 カゲは息を呑んで、周辺の光窓を見渡した。その一つ、市長室かなんかだろう豪奢な部屋の映像に動きがある。

 バタン! と音が聞こえそうな――実際には映像だけなので聞こえない――勢いでドアを破り、フードの二人組が突入。途端に、彼らが何かする間も与えず、室内にいた一人の人物が手中の馬鹿でかい大弓を引き絞った。

 二筋の閃光。

 放たれた矢が二人を貫く――と見えたが、片方が半身に開いて回避し、もう片方を横に突き飛ばした。

 矢風にあおられて前者のフードがめくれ上がり、燃えるような赤毛が顔を見せる。勇者の髪形に編まれていた髪はほどかれ、左右に分けてまとめた二本の尻尾が元気に跳ねる。

 ツーンテールにイメチェンしたレイカが突き飛ばしたもう一人も、フードが脱げて素顔をさらしていた。……いかにも不健康そうな、やせぎすの男だ。

「む!? “神速”のベルーカではない!?」

「さあもう一問。ベルーカはいま、どこにいるでしょうか?」

 動揺を隠せないカゲに、俺は会心の笑みを浮かべる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る