連れて行く勇者を選んでください

第十八話 一気呵成に攻め立てろ

 朝日が昇ると、これまで見ていた景色も全く違うものに感じられる。昨夜から今まで一つながりだと実感するのは、グリムガン盗賊団に焼かれた宿場町の方角から煙が上がっているのが見えることくらいか。

 盗賊団の野営地を後にした俺たちは、盗賊団の幌馬車を二台ほど借りて交易都市ルネリアへと向かっていた。移動中は幌の中で仮眠を取り、夜通し歩き回ったり戦ったりした疲労を少しでも回復するのに費やす。

 馬車の運転は盗賊団下っ端の皆さんだ。町まで行ったらそのまま逮捕されるんじゃと恐れおののいていたが、ルネリアは悪に走った勇者に占拠されていて混乱中だから捕まる前に逃げられると説得して、快くご協力いただいた。……断じて、レイカとクモが炎蛇と異形の姿で脅迫したわけではないと弁明しておく。

 ともかく、夢見心地で馬車に揺られることしばらく。特にトラブルに巻き込まれるでもなくルネリアの城門前までたどり着いた。

 検問の順番待ちをしている商人やら旅人やらの列を無視して入り口付近に停車した。さっそく逃げ出しにかかる馬車から俺を先頭に四人が飛び降りる。四人ともきちんと旅装を整えて、革製マントを羽織りフードを目深にかぶったスタイルで統一していた。ちょうどよいことに、兵装の男が近付いてきた。

「ちょっとおたくら、ちゃんと順番を守って――」

「ああ、あんた自警団の人か? 実はあんたらのトップに用があってな。悪いが入らせてもらうぞ」

「並んでもらわないと……は?」

 めんどくさいのに注意する態度だった男が硬直した。

「念のために言っとくが、前の団長じゃなくてな。新しく元締めになったっていう“神弓”のロビンだからな」

「……おたく、何者だ?」

 剣呑な目つきになる男。

 さて、問答に付き合ってやってもいいんだが、面倒くさいな。何と言っても、得るところがない。

 というわけで、強行突破させてもらう。断じて、徹夜明けのテンションで雑になっているのではなく、スピーディにことを済ませたいのである。

「確か、神弓のはいま市庁舎にいるんだったよな?」

 何故それを!? と顔に書いてあった。

 タネを明かせば、ベルーカが“神速”でひとっ走り偵察してくれたのだ。何だか物々しい雰囲気なので覗いてみたら、自警団の連中が市庁舎を占拠していて、まさにクーデターの真っ最中だったらしい。

 自警団の男の表情を見る限り、ロビンはいまでも市庁舎にいるとみて間違いなさそうだ。そうとわかれば、ちゃっちゃと行かせてもらおう。

「グリムガン! いっちょ頼む!」

「おおっ!」

 叫べば、馬車の幌から筋骨隆々の巨漢が姿を現した。迷惑をかけた詫びをしたいと幻術のダメージをおして付いてきたグリムガンは、体から白い光を溢れさせる。

 俺たち四人は城門へ向かって疾走した。自警団の男や門兵たちが止めようとするが、構いはしないで、

 ――グニャリ

 空間が歪曲した。

 俺たちはまっすぐ走っているだけなのに、制止するやつらをスルリと通り抜け、城門の内側へ侵入する。そしたら市庁舎までは大通りを一直線に駆け抜けるだけだ。

「お、ぬおおおおおおおおっっ!!」

 グリムガンの白光がさらに強まった。

 大通りがアコーディオンみたいに折り畳まれ、一歩だけで五歩も十歩も進んだみたいに周囲の景色が後方へと流れていく。

 負傷者のくせに、恰好をつけてくれる。おかげで、あっという間に市庁舎の入り口までたどり着いた。三階建てレンガ造り、左右も奥行きもたっぷりなルネリアでも一番立派な建物だ。

「邪魔するぜぇぃ!!」

 四人そろって、玄関扉を蹴り破った。

 玄関をくぐると、そこはエントランスホールになっていた。左手前には受付窓口、中ほど左右に蝋かが伸びており、奥手には大きな昇り階段と「STAFF ONLY」と立て札が添えられた小さい下り階段がある。

 ホールには自警団らしい兵装が数人。よく見てなかったが、扉の外にも二人ほどいた気がした。ホールの自警団員は一瞬ポカンとして、役目を思い出したように慌てて武器を構える。建物の奥やら上階やらからも怒鳴り声が聞こえてくるので、すぐにでも増援がわんさか押し寄せてくることだろう。

「皆さま、ここはワタクシが引き受けますので、どうぞお先へ」

 四人の一人がフードを脱いで前に出た。

 白髪に色付き眼鏡、言わずと知れたクモである。

「頼んだ!」「しっかりやんなさいよ!」

 色付き眼鏡を投げ捨てるクモに託して、俺たちは階段へと向かう。

 攻め込んだからには時間との戦いだ。振り返りはせず、ひたすら前だけを見る。


   ***


 前方を阻む敵だけを殴り飛ばして走る三人を見送って、クモは色付き眼鏡を投げ捨てた。

「さて、自警団の皆さま。遊びたいのでしたらワタクシがお相手しますので、あの方々は放っておいていただけませんか?」

「なんだ、このアマ」「さっさと拘束しちまえ」「それよりもあの三人を先へ行かせちゃまずいぞ」

 立ち塞がってはみたものの、自警団員の面々はクモひとりなど脅威とも思っていないようで、先行する三人を追いかけようとしている。

 これではいけない。小さく息を吐いて、クモは体に力を入れた。

 メキメキ、ギシギシ。尋常でない音を立てながら異形へと変じていくクモに、ようやく自警団員たちの表情が変わった。

「改めて申し上げます。あの方々を追うのは貴方たちの勝手ですが、ワタクシを放っておいては後悔することになるでしょう」

 半人半蟲の怪物アラクネと化したクモは、どんどん集まりつつある自警団員を見渡して、不敵にほほ笑んだ。

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