第十七話 他人の奴隷を奪うのは常識です!?

「我らアダマントの祖霊たる戦神アダムとの誓約に基づいて、アンタの下にくだることを誓――」

「待て待て待て待て!」

 一通り片がついたあと、ひざまづいたレイカが何か言い出した。何が何だか分からない。

「何よ、文句ある?」

「むしろ文句以外の何があるって話だけどよ。……とりあえず確認だが、勇者が隷属を誓うのって、負けたときだよな?」

「ええ。」

「俺はあんたを倒した覚えがないんだけど?」

「そうね。アンタには逃げられて、決着がつかないままだったもの。アタシを倒したのは、そこのデカブツだわ」

 レイカは俺の言い分に同意して、焚き火の近くで横たわっている大男を見やった。

 グリムガンは幻術に苦しめられのたうち回った後、気を失っていた。今では静かに眠っているが、たまにうなされるそぶりを見せている。

 現在、この場にいるのはこの三人だけだった。クモは制圧した夜営地を見回っていて、ベルーカは宿場町から拐われた人たちを護衛して山を下りているところだ。帰っても住む家はなくなってしまったが、別の宿場町の世話になるつもりだとか。年よりや怪我人など歩けない者も多数いたので、盗賊どもが使っていた馬車を一台拝借していった。

「正直に言えばあの時、負けを認めてたの。アイツの奴隷に下らざるをえないってね。でも、それがアンタにやっつけられちゃったでしょ。だから、代わりにアンタが主人になるってわけ」

「はあ、なんだそれ!? 一度決めたことは貫き通せよ! あいつに付いていってやれよ!」

「奴隷の支配権が敗者から勝者へ移るのは常識でしょうが! それを何よ、まるで厄介者を押し付けられたみたいに!」

 レイカは憤慨して、俺をにらみつける。その瞳は力強く、人の尊厳を売り渡そうとしている者とはとても思えない。

「確かあんた、ベルーカが俺の奴隷になるの嫌がってたよな?」

「そりゃそうよ。実の妹が魔王の奴隷だなんて、喜ぶ姉がいるもんですか」

「自分が奴隷になるのも嫌だよな?」

「進んで奴隷になりたがるなんて、変態趣味はないわ」

「だったらさあ、無理しなくたっていいじゃないかよ!?」

「バカにしてんの!? アタシは誇りをかけて、勇者として掟をまっとうしようとしてるのよ。個人的な好き嫌いよりも優先させなきゃなんないことくらいわかるでしょ!」

 ……理解できねーから言ってんだけどなあ。

 悲嘆にくれるばかりだが、何を言っても無駄なことはベルーカで経験済みだ。ここは潔く諦めるか。

「この後カゲのやろうをとっちめることを考えたら、戦力が増えるのはありがたいしな」

「あら陛下ったら、物分かりがよろしいようでなによりでございます」

 不本意ながら話がついたころになってクモが戻ってきた。いつもの他人を小馬鹿にしたような口調だが、対照的にその表情は浮かない。

 倒した盗賊たちを蜘蛛糸で縛り上げたりテントの中を物色していたはずだが、何か見つけたのか。……それとも、見つからなかったか。

「一通り探したのですが、やはりカゲはいないようでございます。関連がありそうな物品も一つとして見つからず、盗賊を締め上げたところで何も知らないというありさまで」

「カゲって? アンタたち、何か探してるの?」

 レイカが首をかしげた。そういえばこいつは知らなかったな。

 ヤツの正体とか俺との因縁について手短に説明するとレイカはポカンと口を開いた。

「そんなことがあったなんて」

「あんたと宿場町で出会ったのもカゲの差し金じゃねーかと、俺は考えてる」

「……どうかしら。確かにアンタの人相と、あの宿場町のことは人から教わったんだけど、あんなワシ鼻じゃなかったわよ。もっと若くて、どこにでもいそうな顔した行商人だったわ」

「たぶん、そいつがカゲだったんだよ。あいつは名前だけじゃなくて顔もコロコロ変えるからな」

「魔王直下四天王のナナシといえば、変装術の達人としても有名だったものでございます」

「それは……うん、アンタたちが言うならそうなんだろうけど、やっぱり分からないわね。アタシやグリムガンを配置した意図が見えないわ」

 レイカは腑に落ちない様子だったが、俺には何となく予想がつく気がした。それはアダマント人と考え方が異なるからか、気色悪いことにヤツの考えることを理解できてしまっておるからか。

「これはあくまで俺の読みだが」と前置きして、自分の考えを披露する。

「たぶん、配置すること自体が目的だったんだろう。俺と道中で衝突したならそれでよし。そうでなくても、別の策につかいまわせばいいだけ、ってな」

「……つまり、予備の駒ってわけ?」

「それか、足止め用の捨て石あたりかね。わざわざあんたを拐って盗賊団に放り込んだあたり、回り道させようって魂胆が透けて見える」

「フン、どっちにしろふざけんなって話よ!」

 レイカが怒りを込めて拳を打ち合わせると、火花のように紅蓮の燐光がこぼれた。

「アダマントの勇者に舐めたマネしてくれむこと、後悔させてやるんだから!」

「おうおう、頼もしいね」

 気炎を上げるレイカに拍手を送りつつ、ふと見上げてみればいつの間にか東の空が白んでいた。やれやれ、結局徹夜だよ。これでまだ一仕事残ってるってんだから、たまったもんじゃない。



 ところで余談であるが、グリムガンは話の途中で目覚めていたらしかった。

「もののついでに、自分の隷属も認めてはもらえないか」

「とりあえずあんたは寝とけ。まだ幻術のダメージが残ってるだろう」

「申し訳ありません。陛下は女の子の奴隷しか欲しくないとおっしゃっていて」

「むう、性別の壁はいかんともしがたい。……しゃべり方と服装を女性ものにするのでは駄目だろうか?」

「それだけはやめてくれ、頼むから!」

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