第十四話 捨てた勇者と再びまみえて
「……なんでアンタがいるのよ」
「いろいろあってな。それに、俺のせいってのもあながち間違ってない一面があってだな」
ややっこしい、というか俺もまだ確証を得てないから説明は後回し。俺は前方のグリムガンに意識を向ける。
「よう、久しぶりだな。あんまり驚いてねーみたいだけど?」
「いや、これでも十分に驚いている。こやつらが隙間なく囲んでいたというのに、どうやって内側まで?」
本当に驚いてるとは思えない仏頂面で、グリムガンは周囲の盗賊たちを示した。何十人もの盗賊はみんな一様に、唐突に出現した俺へと真ん丸な目を向けている。
誰にも気付かれずに近付く、ってのはクモの得意なイタズラだった。気配遮断の魔術を中心に即興で試してみたんだが、うまく再現できてよかった。その場の全員が勇者の決闘に夢中だったのも一助になったかもしれないが――
そんなことはどうでもいい、と俺は別の質問を返した。
「カゲ、とかいう男を知ってるか? この女勇者を拉致ってきたヤツなんだが」
「知っているとも。あやつの言う通りにしたおかげで、こうしてあなたと会うことができた」
なんとなく満足げに聞こえるが、やはり表情は変わらない。そういえば、前に話したときもこんな感じの岩みたいな男だったっけか。
「『言う通りにした』、ね。せっかくだから、聞かせてもらっていいか?」
「よかろう」
いかめしくうなずいて、グリムガンは話し始めた。
「カゲが指定した宿場町を襲った。一般人ばかりの小さな町なのでたわいもなく制することができたが、そこの女が居合わせていたことだけは予想外だったな。しかし、炎使いだったおかげで、宿場町を燃やすという演出を加えることができたので、むしろ僥倖といえる」
「……ほう」
確認する意図を込めて後ろのレイカに目で問うと、苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
「本当よ。炎蛇で応戦しようとしたんだけど攻撃を捻じ曲げられて、周りの家を燃やす羽目になっちゃった」
なるほど、自分のせいではないけれど悪いことをした気持ちもあるから、ベルーカに問い詰められたときに歯切れが悪かったってことか。
「……それで、攻め切れないままに逃げられちゃったってわけ。もしかしたら一般人が残ってるかもしれないって探してたら、アンタたちがやってきたの」
俺たちにも逃げられた後はカゲに気絶させられて、目覚めたら取り逃がしたはずの盗賊団の真っ只中で、訳も分からないままに決闘を挑まれた、という顛末だそうだ。
「なるほどなるほど。よくわかった。しっかしなあグリムガンよ。天下の勇者さまともあろう者がなんだって、こんな盗賊稼業なんかやってんだかな」
「何故、だと?」
ピクリ、とグリムガンのこめかみがひくついた。
「あなたが隷属することを認めてくれなかったからだ。魔王の下につくためには、相応の悪行を積んで戻る必要があるからとこうして盗賊団を率いている」
「……そう、アンタも苦労してんのね」
……何か言ってるけど、同情されてんのは俺だよな? 怖いから聞かないけど。
「てめーはてめーなりに努力してるってのは分かったよ。けどな、残念ながら見当外れもいいところだ」
「な、んだと!?」
ようやく、表情らしい表情が見えた。驚きうろたえるグリムガンを、俺は冷たくにらむ。
「どうせカゲのやろうに吹き込まれたんだろうけどな。あいつは俺にとって敵だ。あんたは俺のためと思ってたかもしれないが、実際は逆の目的でいいように使われてるんだよ」
「ぬう……そんな馬鹿なことが、いや……」
認めがたい真実を突きつけられて、グリムガンは一歩二本と後ずさる。――が、ブンブンと首を振って動揺を振り払った。
「承知した。自分のやったきたことは無駄だったばかりか、あなたに仇なす行為だったのだな」
「なんだ、物分かりがいいじゃねーか」
真正面から受け入れるとは、大したもんだ。俺は安堵した。話せば分かってくれるってすばらし――
「では、自分と戦ってもらおう」
………………なんで?
「いやホントになんで!? そんな雰囲気じゃなかったじゃん! 分かり合って武器を下ろす流れじゃん!?」
「罪と知りながら築いた功績が意味をなさないと分かった以上、別の方法でもってあなたに認めてもらうほかない。そして、今の自分が示せるのは戦いの腕前しかありえんのだ。
さあ戦え魔王よ。自分が勝ったら、今度こそ奴隷にしてもらうぞ!」
もはや論理崩壊を起こしてるじゃねーか!?
「…………これってもう、隷属を認めた方が早いのか?」
「問答無用ぉぉぉ!!」
「しろよ問答ぉぉ!?」
平和的解決の余地があるってのに無視すんな! という俺の悲痛な叫びに耳を貸すことなく、グリムガンは両手の双斧を振りかぶって、投げた。
二振りの斧は回転しながら円弧を描いて飛来する。そのスピードたるや、目で追うことすらままならず、ましてや回避なんてどうしろってんだ。
ガガスッ!
間一髪、斧は俺の脚を掠めて地面に突き刺さった。
「ッ――!?」」
ゾッとするヒマこそあれ、気がついたら目の前に立っていた巨漢がさらにでかくなって――いや、単純に距離が縮まって大きく見えるだけだ。
「げふっ!?」
丸太みたいに太い腕で薙ぎ払われた。
速い!
まともな防御も取れず、俺は木偶人形みたいに倒れ伏す。
痛って……骨が折れたらどうすんだ。
呻きながら顔を上げると、グリムガンが斧を拾い上げたところだった。
立ち上がろうとしてたら間に合わない。
とっさの判断で倒れたまま転がった。
ゴロリと反転、寝返りを打った直後の空間を、鉄斧が叩き潰す。
「ちょっと魔王! アタシのときみたいに何か小細工仕組まないと、ウカウカしてるうちに殺されるわよ!」
「うるせー! そう簡単な話じゃ……ん?」
レイカの激励、というか野次に怒鳴り返そうとして、ふと口をつぐむ。
俺たちを取り巻く盗賊たちの輪の外側から男の悲鳴が聞こえた。同時に、青色の光が閃くのも見える。
ようやく、あいつらも仕事を始めたか。
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