第十三話 窮地の炎蛇
夜の山中の道なき道を歩くことしばらく。
やがてワイワイと盛り上がる男たちの声と、焚き火の灯りが見えてきた。
「あれは……野営地みたいですね」
「ずいぶん品のない騒ぎ方でございますねえ。育ちの悪い方々なのでしょう」
「しっ、静かにしろ」
声を潜めて近付いてみると、そこは広々とした更地になっていて、いくつもテントが並んでいた。そして、更地の真ん中ではクモが言った通りいかにも野蛮そうな出で立ちの男どもが何十人もでわめいている。
男どもの群れはグルリと輪を描いていて、その内側では二人の人間が向き合っている。片方は見覚えのある、大剣を構えた赤毛の女勇者だ。
「……姉さん」
叫びたいのをこらえるように、ベルーカが押し殺した声でささやいた。
そしてレイカと対峙するのは褐色肌の大男だ。筋骨隆々とした体躯で、両手に鉄の片刃斧を持った二刀流。その髪型はレイカと同じそれだ。
「向かいの男も勇者ですね。何者でしょう」
「――“歪曲”のグリムガン、だ」
まさか俺が疑問に答えられるとは思わなかったのだろう、ベルーカは目を丸くしてこちらを見た。俺だって驚きだ。まさか感知魔術に引っかかった正体不明の知り合いってのが、あいつだったとはな。
「知ってるんですか?」
「隠居した俺を襲いにきて、逆にボコって追い返した勇者の一人だよ。盗賊団を率いてあっちこっち荒らし回ってるのが何人かいるって、あんた言ってたろ」
「そうか、あの人が……でも、どこにいるか予想もつかなかったのがこんなところで見つかるなんて。偶然とは思えませんね」
「当たり前だろ。誰かが仕組んでるに決まってる。その誰かってのは、あそこにレイカがいる以上カゲ以外に考えられねー」
それはつまり、悪行に走った勇者とカゲとの間に接点があった、ってことでもある。
ベルーカから話を聞いたときから不可解ではあった。今まで何人も勇者を追い返してきたが、それが大きな事件を起こしたなんてずっと聞かなかった。それがどうして最近になって、同時多発的に事件が起こったのか。
――何者かが裏で糸を引いていたのなら、腑に落ちる。
「あのヤロウ、くっだらねーことしやがって」
脳裏にカゲの薄ら笑いが浮かんで唸り声を上げたときだった。
ワァッ! と男どもの歓声が一段と高まった。レイカたちに、動きがあったようだ。
***
呼吸を整えたレイカが力を込めると、全身から紅蓮の光が溢れだして二匹の炎蛇が召喚された。
「行け、炎蛇!」
炎の蛇たちは空を駆け、二重螺旋軌道を描いて一つに交わり敵へと突進する。
対するグリムガンは、受けるでもなく避けるでもなく、ただ白い輝きを放った。
――グニャリ
一直線に飛翔する大蛇がふいに軌道を変えて、大男の頭上を通りすぎていく。
「まだ!」
炎蛇の残した陽炎を突き破り、レイカは突貫した。初撃が外れるのは予想の範囲。本命は次の大剣だ。
「ヤアッ!」
重い大剣に自分の体重、疾走の勢いもプラスした渾身の斬撃だ。スピードとパワーのどちらともレイカが放ちうる最大限でもって、縦一文字に振り下ろす。
――が、再びグニャリ。
水晶玉を通して見た景色のように、レイカの体が歪んだ。上から下へまっすぐに振り下ろしたはずの大剣は大きく左手へ歪曲し、敵をぶった斬ること叶わぬまま地面へと墜落する。
「チィッ!」
舌打ちし、振り下ろしの勢い余って宙に浮いた体を旋転。苦し紛れの回し蹴りを見舞うが、その時にはすでにグリムガンは受けの構えを取っている。左手の斧で。刃をこちらに向けて。
「!? っやば!」
全身の筋肉を動員して、強引に空中回し蹴りを中断。自分から鋭い斧刃へ脚を叩き込むところを、寸前で急停止した。危うく自慢の脚線美を失うところだったが、安堵する局面ではない。
致命的な隙をさらした胴体を、もう一振りの斧が強打した。
「げふっ!?」
肺臓がぺしゃんこにされたかと錯覚するほどの衝撃で、窒息に陥った。
真っ白になった意識を何とか引き戻したときには、敵から数メートルほど離れた地面に横たわり、酸素を求めて喘いでいた。
右手一本でこの距離まで殴り飛ばされたのか、という驚きと同時に、あえて殺さないよう加減したのだという事実を悟る。
今の打撃――そう打撃。今のは峰打ちだった。刃の方で打たれていたら、レイカの体は真っ二つになっていたはずであるところを、わざと峰に返して殴ったのだ。
生殺与奪を握られている構図てある。屈辱で唇を噛むレイカを見下ろして、ずっと黙っていたグリムガンが初めて口を開いた。
「粗いな。とても勇者に選ばれた者の動きとは思えんぞ」
「……うっさい、わね」
喘鳴の合間にどうにか憎まれ口を叩くが、本音のところでは返す言葉もなかった。
精彩を欠いているのは、自分でも分かっていた。
手足が重い。反応が遅い。集中は乱れ判断力も鈍っている。
理由は疲れと混乱だ。魔王との戦いの後、黒づくめの男に気絶させられて、訳もわからないまま今度は盗賊に囲まれて勇者同士で決闘をさせられているのである。
蓄積した疲労を回復するヒマなどないし、状況についていけず戦闘に身が入らないでいた。
「クソ、それもこれもあの魔王のせいで……」
「いやいや、それはいくらなんでも八つ当たりじゃねーの?」
「分かってるけど、そうでも思わなきゃやってらんない……って、え?」
普通に会話をしていて、レイカは遅ればせながら気づいた。
……自分は誰に向かった言い訳しているというのか。
カクカクと妙にぎこちない動きで、声がした方つまり真上に首を向ける。そこにいたのは果たして、忘れもしない三白眼の男の顔が見返してきた。
「ま、ままま魔王!?」
「だから『元』魔王な」
ニッと、前回目にしたのと比べるとずいぶん可愛げのある笑みを浮かべて、魔王はレイカを庇う位置へと歩を進める。
「せっかく助けに来てやったのに、そんな態度をされたんじゃそれこそやってらんないぜ」
冗談めかす彼の背中を頼もしいと感じてしまったのは一生の秘密にしようと、レイカは後に誓ったという。
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