第十二話 シリアスに戻って

 ひとまず俺たちは燃える宿場町から離れ、山林の中まで戻っていた。

「そういえば結局、あの宿場町はどうして焼かれてしまったのでございましょう」

 思い出したように、クモが口を開いた。

 確かに、いろいろあってうやむやになってしまっていたが、明らかに普通の火事ではなかった。すべての建物が燃やされていたというところは大規模な略奪の後とも思えたが、だとしたら犠牲者の一人でも見つかりそうなものだ。生死に限らず人っ子一人いないというのはいささか異様である。

「町の住人や宿の客がいない理由は分からねーが、家を燃やしたのはレイカと見るべき、かな。あいつが操る炎の蛇なら、あの程度は朝飯前だろう」

「ぁ…………」

 推測を口にするとベルーカが何か言いたそうに口を開き、しかし何も言わぬまま閉ざしてしまう。

「なあベルーカ。あんたはどう思う? あの場所に、自分の姉がいた理由。思い当たることはあるか?」

「え、それは……」

 あえて明後日の方を向いたまま訊いた。振り向くことはしないので、彼女がどんな表情をしているのかは分からない。

 長い沈黙が続いて、諦めかけたころにベルーカの答えが返ってきた。

「分かりません。姉さんに訊いても、わたしには関係のないことだ、って教えてもらえず」

「それは……自分が犯人だと言っているようなものでございますね」

「いえ、違うんです」

 思いのほか強い声で、ベルーカは否定した。

「わたしの知っている姉さんなら、自分がやったにしろ違うにしろ、はっきり答えるはずなんです。勇者として、戦士として、自分の行いには責任を持てる女性でした。なのにどうして、あんなはぐらかすような言い方をしたのかが分からなくて」

「答えられない、答えたくない、答えが分からない、ってな理由があるんじゃねーかと思うわけだな」

 うなずいて、俺は目の前に立っていた木の枝を折り取った。

「実は、俺もちょっと気になることがあるんだよな」

「と、おっしゃいますと?」

「俺が出ていったとき、あいつは何の疑いもなく『魔王』って呼んだんだよ」

 まさか名乗る前に魔王呼ばわりされるとは思っていなかったから、一瞬言葉に詰まってしまった。

「ああそういえば、わたしも初めは、こんなのが魔王だなんて思いもよらなくて、すっごくビックリしました。普通は、パッと見では分かるわけがないですよね」

 …………や、そうなんだけどな?

 ポン、と無言でクモが肩に手を乗せた。

「いや、なんか言えよ!」

「……申し訳ありません。さすがのワタクシも、茶化すに茶化せません」

「むしろ今こそ茶化せよ! そしてツッコませろよ! ギャグとして流させてくれよ!」

 つい現実から逃げたくなったが、そろそろふざけてる場合ではない。話を進めなければ。

「戻すぞ! 問題なのは、どうしてレイカが俺を魔王だって分かったのか、ってことだ。自分で言うのもなんだが、俺の正体を初見で見抜ける人間なんてそうはいない。となると、前から俺の顔を知ってたってことだ。もっと言うなら、誰かに教わっていた可能性が高い」

「もしかして、あのカゲって男が姉さんにご主人さまのことを教えていた、って考えてます?」

「あくまで可能性だけどな。宿場町の火事もレイカの登場も、あいつが仕組んだことだとしたら……考えすぎかもしれねーけど」

 レイカをあの場に配置して何をさせたかったのか想像もつかないが、なんだかんだ話してみても、結局のところレイカ本人に聞いてみないことにはどうしようもない。

 という結論にいたったところで、俺は手折った枝を持ち直し地面に丸を描きだした。

「それって、地下から出てきたときに使ったやつですか? 知り合いを探せる、とか」

「自身と縁のある人物がいる方角を探る魔術でございますね。今回はより上級のもののようですが」

 クモの言う通り、今回俺が描いているのは三重の真円だ。前回みたいにざっくりと光の強弱で表すよりも格段に精度が高い。その分、繊細な技術が必要だからあんまり使いたくないんだけどな。

 魔力を込めて円を描き上げると、内側から順番に円が光り出す。そして三つの円が全て光ると、円周の上に大小の光球が出現した。

「……これは?」

「この球の一つ一つが、俺と縁のある人間を示している。位置は方角、光の強さや大きさは縁の強さだったり距離の離れ具合を表している」

 興味津々とベルーカが顔を近づけると、彼女の方を向いていた光球がわずかに大きくなった。

「この球はベルーカ、その隣にある同じくらい大きいのがクモだな。んで、こっちでゴチャゴチャしてるのはルネリアに住んでる連中。反対方向にあるのはドワーフたちだろう」

 と、判断しながら俺は光球に触れて消していく。そして、正体が分かっている球を全部消し終えた後には、いまにも消えそうな弱い光を放つ球が二つと強く輝く光球が一つ、あわせて三つが一塊に並んでいた。

「さて、こんな人が住んでる場所が限られてるところで、正体不明の知り合いが三人固まってる。怪しむのは、当然だわな」

「指し示している方角は……思いっきり山の中でございますねえ」

 夜目の利くクモが闇の先へと目を凝らすが、見えるのは木々ばかりと首を振る。

「……これが姉さんの居場所を指してる、ってことですか?」

「十中八九そうだろ。光が強い方がカゲ、弱いのがレイカだろうな。もう一人、俺と縁のあるやつが一緒ってのが気にかかるが……ともかく、行ってみるぞ」

「少々、不安要素が多い行軍になりそうでございますね」

「兵は拙速を聞く、ともいいます。すぐ行動に移しましょう」

 三重円を踏み消して、俺たちはレイカが捕まっているであろう方向へと歩き出す。行く手は暗い山の中、果たして何が待ち受けているのやら。

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