第十一話 シリアスにならない
「なんであの時止めたんですか!?」
詰め寄るベルーカの目尻には、涙が浮かんでいる。目の前で姉がさらわれたのがよほどショックだったのだろう。
「分からねーのか。あいつは、お前が突っ込んでくると分かっててレイカの姿を見せた。つまり誘いだ。餌につられて攻撃してたら、お前だって無事じゃすまなかっただろう」
心を鬼にして正論で突っぱねると、ベルーカは口を真一文字でうつむいてしまう。そのまま泣き崩れるかと思ったが、ぐいと袖で乱暴に拭って再び顔を上げたときにはもう不安に揺らぐ少女はいなかった。
「……分かりました。過ぎたことでメソメソしたって仕方がない。それよりも、姉さんを助けることを考えないと!」
さすがは勇者、ということか。立ち直りが早さは感動ものだが、苦笑せずにいられない。
「ベルーカさま、助けに行くって決まったような物言いをなさるのですね」
「え……」
クモが揶揄すると、途端に捨て犬みたいな顔になった。ちょっと面白いが、こんなネタで遊ぶのはかわいそうなので俺は乗らないでおく。
「心配すんなよ。ちゃんと助けるつもりだ。本音で言えば大してメリットもないのに面倒ごとを背負いたくはないんだが、あのヤロウが関わってると知った以上、無視はできない」
「あのやろう……姉さんをさらった、カゲとかいう男ですね。ご主人さまは先生って呼んでましたけど、どういう関係なんですか」
あのときのことを思い返して怒りが再燃したか、きつく拳を握りしめてベルーカはたずねる。
ヤロウとは付き合いが長いんで一言で説明しづらいんだが、さてどう話したものかな。
「あいつは親父――つまり俺の前の魔王だが――の腹心だった男だ。ころころ名前を変えるんでややっこしいが、魔王直下四天王のナナシって通り名なら聞いたことくらいあるだろ」
「し、四天王のナナシ!? そんな大物だったんですか!?」
ベルーカは目を剥いた。過去には伝説的な功績をいくつも残したからな。下手したらベルーカが生まれる前の時代の活躍だが、それでも四天王の名声はよく知っているらしい
「もっと年を取っているものと思っていました」
「実際に取ってるよ。若作りしてるが内側はボロボロで、俺が即位するころには完全に第一線を退いてた」
怒りなど忘れてしまったかのように感心しているベルーカが面白くなくて、俺は鼻を鳴らした。子供っぽいのは分かってるが、それだけ嫌いなヤツなんだから仕方がない。
「そんな名将だから、『先生』なんですね」
「くぷぷ。その呼び名は尊敬でなくイヤミなのですよ。あの方に限っては」
クスクス笑いながら、クモが訂正した。こいつは当時のことを知っているから、思い出して笑っているのだろう。
「陛下が幼少期のころ家庭教師になったことがあるのですがね。いやあ、あれは傑作でございました」
「……な、何があったんですか?」
「ある時に、宿題としていくつかの初級魔術を習得するように命じたことがあったのですが、当時の陛下は反抗期の真っ只中でして」
「ふん! あんにゃろうの教え方がクッソ腹立っただけだし」
「ええ、ええ、そうでしょうとも。それで陛下は、指示されたのとはまったく別の魔術を習得して、あの方の前で使って見せたのでございます……くっぷぷぷぷぷぷ」
「え、ええ……い、いいいったい、どんな魔術を……?」
そこまで話して、とうとうクモは噴き出した。ベルーカは腹を抱えて笑うクモに戦々恐々としつつも、最後まで聞かなければという義務感にかられたように、先を問うた。
クモは使い物にならないので、仕方なく俺が先を引き継ぐ。
「虫寄せと悪臭、上乗せで永続化と解呪不能」
それから一月ほどの間、ヤツは魔王城周辺の虫という虫、そしてひどい臭いに囲まれることとなった。一生苦しみ続けろ、と恨みを込めてやったのに、たったの一か月で解呪不能の追加効果を打ち破られた。残念無念。
「……………………。……うわぁ」
「ぷっく、あははははははは!!」
生理的嫌悪と憐憫と呆れを合わせたような何とも言えないため息に、クモがこらえられなくなった。涙を流し地面を叩いて笑い転げて回る。
「そういうわけで、『先生』ってのはあいつにとってトラウマを呼び起こす呼び名ってわけだ。
他にもいろいろな出来事があったが、ヤツとの因縁の始まりと言えるのがこの事件だな。あと最近だったら、テロ組織に勧誘に来やがったこともあったっけ。戦争に降伏したのは失敗だったとか、ド田舎に引っ込んでて恥ずかしくないのかとか、今からでも遅くないからアダマントに目にもの見せてやろうとか、聞くに堪えない妄言を並べ立てるもんだから蹴り出してやったけどな」
「あの、ついでみたいに言ってますが、そっちのが重要っぽいんですけど?」
客観的に見ればそうかもしれない。ただ、個人的には非常に思い入れ深い事件だったので、断然前者を推したいのであります。
「長々と語ったわけだが、結論を言うとお前の姉を助け出すのにやぶさかでない、ってことさ。もちろん、本来の意味でな」
「……? ……あ! そうですよ、姉さんです! あの男を倒して姉さんを救う方法を考えないと!」
忘れてたのをごまかすように、ぐっと拳を握るベルーカ。ただ、足元でヒーヒー言ってる白髪の女が邪魔で、シリアスな空気は帰ってきそうもない。
なんか申し訳ない気もしたが、悲壮感を漂わせたままでいるよりは数段マシだろう。
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