第八話 姉妹の再会

 瞬き一つ、と書いて一瞬と読む。

 文字通りパチクリと一回やる程度の時間で、ベルーカは山を駆け下りた。

「……っ!? これは!」

 裾野を駆け抜け山林が途切れたすぐ先、そこにある宿場町を目にして彼女は思わず足を止めてしまった。

 すべてが燃えていた。

 建物といえば両手で数えられる程度の小さな宿場町であったが、そのすべての建物が一律に紅炎を上げている。

 火を消そうとする者はいない。それどころか、逃げ惑う者の声すら聞こえてこなかった。明らかに異常である。

 燃え盛る宿場町へ、ベルーカは意を決して踏み入った。

 熱風から顔を庇いつつ、宿屋だったらしい二階建ての家をのぞいてみるが、火の手が激しすぎて中に入るのは無理だった。それに、やはり逃げ遅れた人間がいるという雰囲気がない。他を見て回っても、同じようだった。

「……まったくの無人。どういうこと?」

 疑問を口にした、その時だった。

 ――メラ

 炎の燃える音に、妙な違和感を覚えた。

 振り返って見てみるが、そこでは相も変わらず点に届けとばかりに炎が燃え上がっているばかりで――

「呑み込め、炎蛇!」

 女の声がした。

 どこからともなく響いたその声に呼応して、建物の一軒からひときわ高い火柱が二本上がったかと思うと、それそれが空を飛ぶ竜蛇のごとく体をうねらせてベルーカへと襲いかかる。

 とっさに、地面に転がって回避した。直撃を免れてなお、肌をなめる熱気は痛みをともなうほどだ。

 体当たりに失敗した炎の大蛇はぐるりと空中でUターンし、再度ベルーカを狙う。

 が、もう遅い。

「“神速”!」

 すでに、ベルーカは加護を発動していた。

 青き燐光をまとった彼女にとって、炎の蛇など止まっているも同然だ。腰から抜き放った薄刃の長剣が閃き、反射した光が残像となって尾を曳いた。

 斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬!!!

 二体の炎蛇をセンチ単位の輪切りに斬り刻む。その早業たるや、炎熱に少女の柔肌をあぶるヒマすら与えない。

 襲撃してきた怪物を瞬殺したが、ベルーカに油断はなかった。あれが彼女の知っている炎蛇だとしたら、どれだけ細かく斬ったところですぐに再生してしまう。操っている者を見つけなければ。

「……いた!」

 “神速”で宿場町を飛び回り、0.3秒も費やしてようやく見つけた。

 最初に炎蛇が現れた建物のそばだ。火炎が起こす熱風を間近で受けながら顔色一つ変えず、自身も紅蓮の光をまとって立っている。

 キッと目尻のつりあがった、気の強そうな娘だ。年のころはベルーカより四つばかし上、彼女の主人となった元魔王の青年と同じくらいか。大の男でも取扱いに苦労しそうな大剣を背負い、身にまとうは革製鎧。そして燃えるような赤毛を、勇者特有の型に編み上げている。

 彼女のことを、ベルーカはよく知っていた。それはもう、誰よりも詳しいと自負するくらいに。

 ベルーカは瞳に懐かしむような悲しむような色をたたえて、しかし次の瞬間には覚悟を決めて相手の正面に飛び出すと加護を解除した。

 娘は超高速で現れたベルーカに驚いたような顔をしていたが、ぐっと飲み込んで口を開いた。

「……まさかとは思ったけど、やっぱりアンタだったのね、ベルーカ」

「お久しぶりです。姉さん」

 アダマントの勇者が一人、“炎蛇”のレイカ。ベルーカにとっては勇者としての先輩にあたり、同時に実の姉でもあった。

「姉さん、どうしてここに? それにこの宿場町は……いったい何があったんですか? まさか、姉さんが燃やしたなんてことないですよね」

「……アンタには関係ないでしょ」

 周囲の惨状について問いただすも、レイカは視線を逸らして答えなかった。代わりとでもいうように、ベルーカの頭、まっすぐ背中に流した黒髪を見やって、忌々しげに顔を歪める。

「そんなことより。アンタ、その髪どうしたの?」

「えっと、これはその……」

 何と説明しようかと言葉を濁すが、何か言う前に「いいの、分かってる」と姉は首を振る。

「一人で魔王のとこへ行ったって聞いたわ。そして今、勇者の髪をほどいてるってことは、そうなんでしょ」

「……はい。わたしは負けて、ご主人さまに隷属することになりました」

 どこからか、燃えた屋根が熱風で飛ばされてきて二人の間に落下した。ほとんど墨と化していた屋根は落ちた衝撃で砕けてバラバラになる。

「あ、でもですね。なんだか事情はわたしたちが思ってたのと違うみたいで、悪いようには全然――」

「もういいから」

 身の上を説明しようとした妹をレイカは無造作に遮った。その瞳に、暗い決意が芽生えているのを見て取って、ベルーカは背筋が粟立つのを感じた。

「勇者として、アンタの選択は正しい。けど、姉妹としてはアンタが魔王なんかの奴隷として苦しむのは見てらんない。だから、ね」

「待ってください。姉さん、話を」

「せめてアタシの手で、終わらせたげる」

 レイカの右手が後ろに回り、背の大剣を握った。

 最早やむなし。ベルーカも薄刃の長剣を構え――


「フシュアァッッ!」

「ひゃあっ!?」

 突如として飛来した白い粘糸が、レイカの体にまとわりついた。

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