ひとの勇者をとったら泥棒です?

第六話 計画

 箱型のトロッコに揺られること約一時間。

 地上はそろそろ夕陽がきれいな頃合いだろうが、地下トンネルを行く俺たちは景色を楽しむこともできず、おのおの備え付けのベッドでくつろいでいた。

「――ぅぇ。気持ぢわるいい」

 ベルーカに限っては、横たわっていると表現したほうが正しいかもしれない。

 どうしたのかと訊かれれば、何のことはない、ただの車酔いだ。

 このトロッコ鉄道。もともと資材運搬用だっただけあって乗り心地は最悪だ。猛スピードで突っ走るトロッコはガタンゴトンと揺れが酷いうえにやかましい。奮発して一等車を取ったのでフカフカのベッドやら防音壁やら設備はいい方なのだが、初の乗車になるベルーカは早々にグロッキーと化していた。

「ったく、だから出発前に酔い止めの術をかけてやるって言ったのに。症状が重くなってからじゃ効き目が悪いんだよ」

「め、面目ありませむヴぇぁ!」

 これで三度目、ベッドわきのバケツに顔をうずめる姿からは、一騎当千とうたわれる勇者の風格は微塵も感じられない。

 船には何度乗っても酔わなかったとか、激しく振り回されたりしても目を回したことがないだとか、三半規管には自信があったそうだ。で、一人だけ魔術を受けるのを拒んだわけだが、トロッコの揺れはまた違ったということなのだろう。過信しないで人の忠告は素直に受けておく、大事なことだな。

「……ぅう、わたし勇者なのに」

「気にすることはありません。じきに恥じらいすらも快楽へと変わるでしょう。くぷぷ、お水をどうぞ」

「ん、ありがとうございます」

 慰めてるように見せかけてふざけてるだけということには気づかず、クモから水筒を受け取ったベルーカはリバースする前よりもだいぶ顔色が良くなっていた。ようやく俺の魔術が効き始めたのだろう。

「よし、ここらで今後の行程を再確認しとくぞ」

 ベルーカの気を紛らわすのもかねて、俺は提案した。

「いま向かってるのはルネロ坑道だ。そこでトロッコを降りて、地上に出る」

「すぐに地上へ、というのは危険ではございませんか?」

 はーい、とクモが手を上げる。

「トロッコ鉄道の利用経験が少ないのであとどの程度時間がかかるか分かりかねますが、おそらく着くころには夜となっていることでしょう。ベルーカさまはこの状態ですし、朝まで休んでからにされては?」

「え、あ、いいえ! もうだいぶ楽になってきたので、大丈夫ですよ!」

「そこらへんは着いてから決めるとして、だ」

 元気アピールするベルーカは置いておくとして、なるべくなら夜に出たいと俺は考えていた。なぜなら、秘密の出入り口を使うところを他人に見られたくないから。ドワーフたちに迷惑がかかるし、何より行動の一つも起こす前から注目を引くようなことは少しでも控えたいのだ。

 そして、この旅の目的地が交易都市ルネリアだから、というのも理由の一つだった。

「ルネリアに限らず大きな都市ってのは、夜中の間は城門を閉ざして出入りできないようにしてるだろ。だから、都市に入りたい旅人は近くの宿場町で夜を明かして、朝一番に城門前へ殺到するってわけだ」

「そうか、人の出入りが一番激しい時間帯を狙って、他の旅人に紛れて内部に潜入するってわけですね」

 なんて狡猾な、とベルーカは感心しているが、その程度のことは警備する門兵だって警戒しているだろう。とはいえ、押しかける旅人が多ければ多少は注意散漫になるはずなので、いくらかの変装と俺の幻術があれば警備をかいくぐるくらいのことはできると見ていた。

「朝一番にはルネリアに到着していたいので夜間に地上を移動する。感服いたしました、陛下。毎日多くの人間が出入りする交易都市であれば、その策は非常に有効でありましょう」

 珍しいことに、本当に珍しいことにクモが皮肉のひとつも混ぜることなく誉め言葉を口にした。……調子が狂うな、とこそばゆいような気分になっていると、クモはクイと色付き眼鏡を持ち上げながら小首をかしげて、

「それではもう一点。なぜ隠居所からもっとも近いホーツ独立市を後回しにして、ルネリアを選んだのですか?」

「後回し、っつーかルネリア以外はほっとくつもりだからな」

「ぇ、え――――っっ!?」

 しれっと答えたら、ベルーカが大声を上げた。

「車酔いは治ったみたいだな。術が効いたようでよかったよかった」

「はい、もうすっかり……って、そうじゃなくて! ホーツや他のところの勇者たちは放っておくんですか!? ルネリアを皮切りに、世界各地の勇者たちを討伐して回る世直し旅が始まるんじゃなかったんですか!?」

「ち、近い近い!? 女の子でしょ!」

 興奮気味に詰め寄ってくるベルーカと鼻先がくっつきそうになるのを、ドギマギしながら俺は押し返す。

「ちょっとは自覚を持ちなさい、っての」

「失礼な、隷属している者として掴みかかるような無礼は我慢しました」

 そうじゃないんだけどなぁ、とため息をつきつつ俺は説明を続ける。

 別にルネリア以外の場所だったらいくら暴れたってかまわない、などと考えているわけではないのだ。

「正直言って、悪さしている勇者の全部を叩くなんて面倒……もとい時間がかかりすぎる。だから、もっと手っ取り早く、勇者たちが自分から改心するように仕向けるんだよ」

 どういうことだ? とそろって見つめてくる女どもに、俺は自分の策を披露した。

「まずルネリアにいる勇者――ロビンっていったか。そいつを押さえる。この際、隷属を認めてやってもいい。そのうえで、これまでヤツがやってきた悪事は間違いだったと喧伝するのさ。ルネリアは交易都市、ウワサは行商人たちが瞬く間に広めてくれるだろう。すると、各地の勇者たちはどう考えるか?」

「ご主人さまに認めてもらうためには、悪行を積んだところで無駄だと気づく、ってことですか? むしろ、悪いことをやめれば受け入れてくれるかもしれない、と」

「筋が通っているような気もしますが、そううまくいくものでございましょうか?」

「分からん。が、『元魔王が勇者を操って各地を荒らしまわってる』なんてウワサがこれ以上広まるのだけはゴメンだ」

 策がはまるという確証はない。しかしできる限りラクでかつ成功率が高いはずだという自信を込めて二人を見返すと、クモとベルーカは視線を交わしてうなずきあった。

「そこまでおっしゃるなら、ワタクシは従うだけでございます」

「もともとわたしの全てはご主人さまのものと誓ってますしね」

 忠実なる返事に励まされ、俺はこの先に何が待っているのか思いをはせるのだった。

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