第五話 下へまいります

「あの、森の外ってこっちの方角でいいんですか?」

 道を――っても他より若干歩きやすい気がする程度の獣道だが――を進み始めてすぐ、ベルーカは首を傾げた。

 現在、傾き始めた太陽は左手やや前方に見える。つまり、西の方へ進んでいるわけだ。

「わたしが森に入ったのは、たしか北東側からだったと思うんですが」

「そうでございますね。森の北東は街道に近いですので、普通に陸路でおいでになるお客さまはそちらからお入りになることと存じます。ですが――」

「ここらはド田舎だから、普通に街道を歩くんじゃ面倒くさすぎるんだよ。そこで、ちょっと裏技を使う」

 クモの解説を途中から引き継いだ俺は、ちょうどよく目当ての物を見つけて足を止めた。

 目の前には、俺の背丈ほどの小さな木が一本立っている。いや、一本というのは正確じゃないかもしれない。赤・白・黒の三種の木が三つ編みのように絡み合って一つになっているのだ。

 俺は三位一体の不思議な木に近寄ると、注意深く幹に指を走らせる。そして程なく、爪が引っ掛かる感覚がしてカチリと音が鳴った。

「よし、開いたぞ」

 言いながら木の根元を思い切り蹴っ飛ばすと、「あっ」とベルーカが小さく声を漏らした。

 土にしっかりと根を張っていたように見えた樹木があっさりと横倒しになり、地下へと続く縦穴が顔を出したのだ。穴の内側にはハシゴが取り付けられており、人工物であることがはっきりと分かる。

「これは隠し通路ですか? いったい、どこに繋がって……」

「ご覧になってからのお楽しみ、でございます。それでは、失礼してまず私から」

 クモは目を見開くベルーカに満足した様子で、真っ先に穴へと足を入れ――ようとして、わざとらしく息を呑む。

「ワタクシとしたことが! 女性の脚を真下から見上げる絶好の機会を陛下から奪ってしまうところでした。ささ、陛下どうぞお先に」

「バカ言ってると蹴り落とすぞ」

 半眼で見下ろすと、クモは「くぷぷ」と笑いながら闇の中へと姿を消した。続いてベルーカも、三人分の荷物を担いだまま器用にハシゴを下りていく。最後に俺が穴に入ると、倒れていた木がむくりと起き上がり、自動で穴の口を塞いだ。


   ***


 太陽の光が遮られると穴の中は一瞬だけ真っ暗闇になったが、内壁に生えているヒカリゴケが花を開いて光を放ち始めた。

 かろうじて手元足元が見えるくらいの弱々しい明かりの中、大して長くもないハシゴを下りきると広い空間に行き着く。横に伸びるトンネルだ。馬車が二台並んで走れるくらいの道幅がある。

「ここは何ですか?」

「ああ、それについては歩きながら……ん?」

 ヒカリゴケがびっしりの天井を物珍しそうに見上げベルーカの肩を叩き、トンネルの先へと進もうとしたのだがすぐに足を止めてしまった。

 ヒカリゴケの光ではトンネルの果てまで見通すことはできないが、闇の向こうへと目を凝らせば少し先でY字に枝分かれしているのが分かる。その分かれ道の右側から、何が近づいてきているのだ。

 小さくも強い光。ヒカリゴケなどの自然物ではない、人工的なそれだ。ユラユラと揺れる光源がランタンだと分かるくらいに距離が縮まるころには、持ち主が髭モジャの小男だということまではっきりと確認できるようになっていた。

「あんれまあ。誰が秘密の入り口を開いたのかと思ったらクモの姐さんと魔王さまでねえか。見たことのねえめんこい娘っこまで連れて、どうしたんだ?」

「どうもギブリさん。この度は陛下が緊急でお出かけしなければならない事態になりまして。トロッコ地下鉄を使わせていただこうと思いお邪魔したのでございます」

 ギブリという小男はいかつい顔に反してつぶらな瞳を丸くして、何度も俺たち三人の顔を見比べた。顔見知りのクモが前に出るが、一応俺からも訊いておく。

「よくわがんねえけど、大変そうだな?」

「ちょと地上で騒ぎが起きてんだよ。お前、何か知ってるか?」

「いんや、知らねえなあ。何か起こってるにしても、地下までは下りてきてねえんだろ」

 残念ながら収穫なし、と。

 期待もしてなかったので大して落胆したわけでもなかったが、ギブリは過剰なまでに恐縮していた。いかつい顔に反して、結構なお人好しなのだろう。

「役に立てねえで申し訳ねえや。他に何が手伝えることはねえがな。駅まで案内でもすっか?」

「駅前までなら何度も行ったことがございますのでご心配なく。それよりも、外出している間留守になってしまう隠居所のお世話をお願いしたいのです。一人か二人、見繕っていただけますか? お礼は帰ってからお渡ししますので」

「わかっただよ。そっだら、家事が得意そうな若いのに声かけとくだ」

 ランタンを揺らしてもと来た道を去っていくギブリを見送って、ベルーカが俺の顔をうかがうようにたずねた。

「あの人は、もしかして?」

「お察しの通り、ドワーフ族だよ」

 ドワーフ、またの呼び名を小人族。小さな背丈と立派な髭が特徴的な民族で、地下や洞窟で隠れるようにくらしている。このトンネルもドワーフたちが掘ったもので、彼らの隠れ里と地上とをつなぐ通路だった。

 俺が住む森は辺境も辺境、行商人すら来ないのだが、こうしてドワーフの隠し里との交流があるおかげで森では手に入らないような物でも購入することができた。

「ベルーカさまは実物のドワーフを見るのは初めてでございましたか? 何でしたら、駅に向かう前にマーケットの方も覗いてみてはいかがでしょう」

「え、いいんですか! 実は前々から、ドワーフの鍛冶屋はすばらしい剣を打つと聞いていてとても興味が……ハッ! い、いやいや、悪に走った勇者たちを討伐するのが先決です!」

 クモの誘惑に釣られそうになったベルーカだったが、すんでのところで踏みとどまり緩みかけた口元を引き締める。

「そんなことより、さっきから言っている『駅』って何のことですか?」

「ああ、そういや結局説明できてなかったんだっけか」

 まさに話し出そうとした矢先にギブリが現れて腰を折られた形になってしまった。

 改めて歩きながら話そう、と左側の道へと進む。

「クモが言ってたけど、トロッコ地下鉄を借りるんだよ」

「……チカテツ、ですか?」

「『鉄道』って知ってるか? 馬車の進化系みたいなやつで、あらかじめ敷いた線路しか走れないかわりにすっげースピードが出るんだよ。地上を旅するよりもだいぶ時間短縮できるはずだ」

 もともと鉄道とは、採掘した地下資源を運ぶトロッコを走らせるものだったらしい。大型化したトロッコの一部を人間も乗れるようにしたといういきさつだそうだ。

 などと説明しつつ、アリの巣みたいに入り組んだ分かれ道を何度か曲がっていくと、早くも行く手に駅の看板が見えてきた。

 トンネルを抜けた先はドーム状に広がっていて、採掘工や鉱物商、職人といった何人ものドワーフが行き来していた。

 声をかけて来るものに挨拶を返しつつ、俺たちは一番奥にある駅へと向かう。

 地下鉄の駅の造りは簡単だ。トロッコ用のトンネルに向かって線路が二本、上りと下りの一本ずつが伸びていて、周りの者が好きに近寄れないように柵で囲われている。

「今すぐに出発できるそうでございますよ。お二人とも、お急ぎくださいませ」

 柵の前に立っていた駅員へ確認しに行ったクモによるとちょうどよいタイミングに行き当たったようで、招かれるままに柵の間の通路を進む。 

 人間用の大型トロッコは、四角い箱の四隅に車輪がついているだけという非常にシンプルな外見だった。これが地上を走るものだったなら窓の一つや二つくらいはついていたのだろうが、地下トンネルを走るトロッコにそんな物ついてはおらず、本当にただの箱だ。

「運賃はワタクシが払っておきましたので、どうぞお二人ともお乗りくださいませ」

 購入した切符を片手に先導するクモに続いて、俺とベルーカも並んでいる箱の一つへと乗り込んだ。

 さあ、いよいよ出発である。

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